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2010/01/07(木) 13:47:10 ID:JcVBTwjQ
自民党、厳冬期の予感
政治部 林博英
自民党の谷垣総裁が元日付で発表した年頭所感に、「冬の時代」という言葉が出てくる。
昨年8月30日の衆院選で野党に転落し、予算編成を始め、あらゆる政策決定から阻害された自民党の
厳しい現実を表現したもので、谷垣氏は「『冬の時代』に耐え、『自民党ここにあり』との気概を示す」と宣言
した。ここで踏ん張れば、いずれは政権復帰という「春」がめぐってくるという期待も込めた言葉だろう。
しかし、今の自民党を見ていると、これから「厳冬期」に向かう予感がしてならない。
鳩山政権の支持率が下落しているのに、自民党の支持率は民主党に2倍以上も水をあけられたまま低
迷が続く。昨年12月には、ついに現職議員に離党者も現れた。衆参で自民党と統一会派を組む改革クラ
ブに移籍する1人を除けば、党運営への不満による離党表明は参院議員3人に上り、今後も参院選の
公認調整などをめぐって、その数が増える可能性は否定できない。
有力議員からも、不穏な発言が聞かれ始めた。「ポスト谷垣」の候補の1人と目される舛添要一・前厚生
労働相は「古くなって、国民から見捨てられた政党を再生しようとしても駄目だ」と指摘し、新党結成で政界
再編に取り組む可能性もちらつかせている。野党転落で党内に働き始めた遠心力は、決して小さなもの
とは言えないようだ。
自民党は1993年8月に下野した際も、存亡の危機に直面している。94年6月の村山内閣発足で政権
復帰するまでの10か月間に、現在の石破政調会長を始め衆院議員18人、参院議員5人が党を批判して
離党した。5人以上で集団離党したケースも複数あり、「もう1〜2年、政権復帰が遅れていたら党が崩壊
していた」という指摘は少なくない。
当時、副幹事長だった大島幹事長も、党存続に危機感を抱いた1人だ。「あの時は幹事長室に離党届も
持って来ずに突然、『辞めた』と言い出す人が相次ぐひどい状況で、自民党はどうなっていくんだろうかと
思った」と振り返る。
75 :大分者 ◆GVjPtgkKao :2010/01/07(木) 13:48:13 ID:JcVBTwjQ
ただ、大島氏は、当時の離党ラッシュは衆院選挙制度改革を柱とする政治改革論議の意見対立が誘発
したとし、「今日とは状況が違う」と強調している。現在は党内に目に見える対立軸が存在せず、「参院議
員の離党は選挙区事情などの個別的な要因によるもので広がりを持たない」というのが大島氏の見方だ
が、いささか甘くはないか。
党内を覆っているのは、党改革が思うように進まず、「再び国民の支持を呼び戻せる政党に生まれ変わ
れないのではないか」という閉塞(へいそく)感だ。民主党が分裂でも起こさない限り、政権復帰のチャンス
は最長で3年半先の次期衆院選まで訪れないという状況も、新党への誘惑をじわりと広げているようだ。
50人を超える若手の衆院落選議員有志で組織する「奪還の会」というグループがある。この会が執行部
の党再生策を聞こうと、昨年12月に谷垣氏を招いた。その時、谷垣氏は逆に「都市部の無党派層にどう
したら支持が得られるのかが分からないので、皆さんに教えてもらいたい」と語り、参加者を暗たんと
させたという。新党論はこの会のメンバーからも出ている。
新たな支持層の開拓、派閥の弊害の除去、地方組織や業界団体との連携強化、人材育成……。自民党
改革のメニューは93年の下野以降、繰り返し提言されてきた。野党に再び転落した自民党に重くのしかか
るのは、累次にわたる提言の実行を中途半端に終わらせたツケにほかならない。
谷垣執行部がスピード感を持って大胆な党の自己改革を成し遂げない限り、「春」の兆しの訪れさえ遠い
ことは間違いないだろう。
http://www.yomiuri.co.jp/column/politics/20100107-OYT8T00449.htm