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8月22日 AFP】国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の最高指導者、ウサマ・ビンラディン(Osama Bin Laden)容疑者は死んだ。だが2001年9月11日の米同時多発テロから10年が過ぎたいまも、米国はビンラディンの影と、そして米国自身が行った報復行為の影響にとらえられたままだ。
ニューヨーク(New York)とワシントンD.C.(Washington D.C.)を舞台に起きた事件は、国民を恐怖に陥れ、「テロとの戦い」を引き起こし、それが米国の法制度を歪め、多くの米国人兵士をイスラムの土地で死なせ、米国の覇権をむしばんでいる。
9.11後の沈うつな日々の中、米国が1つに団結する中、誰もが「すべてが変わった」と口にして、まずはビンラディン容疑者のアフガニスタンの潜伏先を標的にして、米国は戦争に進んだ。
それから10年、アフガニスタンにはいまだ10万人近い米軍兵士が駐留し、イラクとアフガニスタンでの戦争や軍事作戦を合わせた米軍と同盟軍の死者数は7500人に上った。戦争は債務で賄われ、米国は深い財政赤字に陥った。
さて、米海軍特殊部隊SEALS(シールズ)に殺害されたビンラディン容疑者は、米国との戦いに勝利したのだろうか?中東での戦闘に誘い込まれた米国の恐れ知らずの攻撃は、1世紀に及んだ米国の覇権に終止符を打ったのだろうか?
■2001年9月11日
2001年9月10日、世界で唯一の比類なき超大国には、いまからすれば黄金時代とも言える成長期を経て、資金がありあまっていた。
だがその時代は、米アメリカン航空(American Airlines)機が世界貿易センタービル(World Trade Center、WTC)のツインタワー北棟に突入したときに、突然の終わりを迎えた。
米国の自由さにつけ込んだビンラディン容疑者は、カッターナイフと原理主義の熱情で武装した工作員を送り込んで航空機をハイジャックし、米国の経済、政治の中心地へ向かって飛ぶ爆弾とした。
それは歴史上最も劇的なテロ攻撃だった。ニューヨークの名所が煙に包まれ、別の機体が米国防総省本部に突入したのを、世界は信じられない光景として見つめた。ワシントンD.C.へ向かっていたとみられる別のハイジャック機は、乗客の英雄的な行為で飛行途上で墜落した。
その攻撃で、3000人近くが死亡し、米国本土の安全神話は崩壊した。
■テロの傷、「テロとの戦い」の傷
米プリンストン大(Princeton University)の政治歴史学者、ジュリアン・ジライザー(Julian Zelizer)氏は「ビンラディン容疑者は、1つの大きな勝利をした」と語る。
「純粋なテロリストの行動として、犯罪行動として、成功だったのだ。米国本土の治安上に無数の抜け穴があることを明るみに出し、米国に心理的な大打撃を及ぼし、人的コストの面でも大きな損失をもたらした」
事件当日、米フロリダ(Florida)州の学校を訪れていたジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)大統領は、事件の知らせを受けたとき、恐怖の表情をよぎらせた。この表情は、米国民が患った深いトラウマを象徴するものだった。
一方で、あっという間に行われた「テロとの戦い」の宣言こそが、実際の同時多発テロよりも大きな損害を米国に及ぼすことにつながったと指摘する専門家もいる。
「国家的な心的外傷後ストレス障害の瞬間があり、ブッシュ政権による異常な反応に米国が誘導された」と、米シンクタンク「カーネギー国際平和財団(Carnegie Endowment for International Peace)」の客員学者、デビッド・ロスコフ(David Rothkopf)氏は語る。
「パニック、過剰反応、そしてわれわれの価値観への妥協、これらのことはビンラディン容疑者以上に米国に損害を及ぼした。それがテロリズムの目標だ。ある行動をし、それで引き出された敵側の反応が、当初の行動よりも大きな損害をもたらすようになることを目指すのだ」
■失墜した米国、「すべてが変わった」わけではない
結果として、米国はアフガニスタンから10年経っても撤退できず、イラク進攻の大義とされた大量破壊兵器は発見されることがなく、米国は同盟国から距離を取られるようになった。さらにアブグレイブ刑務所(Abu Ghraib)での虐待事件は、世界の米国に対するイメージを傷つけた。テロ容疑者に対する「拷問」とも批判された過酷な取り調べは、米国憲法の基礎を揺るがした。
「敵性戦闘員」を裁判にかける方法をめぐって、政治は混乱を続けている。キューバのグアンタナモ湾(Guantanamo Bay)にあるグアンタナモ米海軍基地の収容施設では容疑者たちがいまも拘束されている。バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領はグアンタナモ収容施設の閉鎖を試みたが、失敗に終わった。
財源のない戦争に費やされた数兆ドルは、住宅ローンバブルの崩壊により世界的な金融危機が発生して以降、米国を弱体化させた。
だが、9.11の長期的な影響は、もっと複雑なものになるだろう。9.11で「すべてが変わった」わけではないのだ。
一部の人は、愛国者法(Patriot Act)が基本的な自由を制限したと論じているが、米政治システムは崩壊しなかった。空港のセキュリティーチェックで裸足で歩かされることに不平を漏らす人がいるとはいえ、米国は、無人機を使った戦争でアルカイダを抑え込み、情報機関を再編成したことで、2001年以前よりも安全になった。
さらに注目すべきは、いまだに大量破壊兵器を持ったテロリストに対する恐怖が国民に根強く、また、航空機を使った計画などを運良く発見することができた面があるものの、9.11以降、米国本土に目覚ましい攻撃がなかったことだ。
■ビンラディンの野望ついえる、米国の脅威はどこに?
ビンラディン容疑者の世界的な「聖戦」の野望は、実現することはなかった。中東・北アフリカで巻き起こった反体制デモの波、「アラブの春」からも、イスラム教徒たちがビンラディン容疑者のイデオロギーを拒否していることがわかる。
米国は、リビア情勢で示されたようにその野心が減ったとはいえ、いまだに外国へ軍隊を派遣する能力を維持している。
「9.11は重要な事件だが、地政学的な大転換の原因ではないし、地理経済的な大転換の原因でもない」と、ロスコフ氏は語る。「興味深い出来事だったが、それが何かの終焉(しゅうえん)をもたらしたわけではない」
事実、中国、インド、ブラジルの経済的、外交的、戦略的な台頭は、9.11よりもはるかに米国の覇権を衰えさせる可能性もある。欧米の優位性も、財政赤字の拡大と人口高齢化により、景気後退や高失業率の中、10年後には脅威にさらされているだろう。
米軍制服組トップのマイケル・マレン(Mike Mullen)統合参謀本部議長は2010年、こう語った。「わが国の国家安全保障上の最大の脅威は、わが国の債務である」
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