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ブータン公務員だより「ありのままの姿」に価値がある 軌道修正した観光誘致が実を結んだ理由
2011年7月7日 木曜日
御手洗 瑞子
コラムの初回、『お金は「幸せの国」の大切な一要素です』で書いた通り、ブータンは経済的に自立し、持続可能な「幸せの国」になっていくために、GNH(国民総幸福度)のコンセプトの下での産業育成をしています。
ブータンの産業とは、具体的には、どういったものでしょうか。
農業でもなく、林業でもなく・・・
ブータンはヒマラヤにある小さな国です。人口は約68万人(島根県や東京都大田区と同程度)、国土は約3万8000平方キロメートル(日本の約10分の1、九州の約9割)。そして、国土の72%は森林で覆われています。
ちなみに、日本も森林率が67%(林野庁 2007年)と、森林の多い国です。意外な共通点がありますね。
さて、この小さな山がちの国ブータンで、今GDPにもっとも貢献している産業はなんでしょうか。農業でしょうか。林業でしょうか。
実は、ブータンの最大産業は、エネルギーです。
政府統計資料の最新のGDPデータ(2009年)で見ると、この国の最大の産業はエネルギーです。GDPのうち、電力が占める割合は20%、農業が占める割合は19%です。エネルギーが国のGDPにもっとも貢献しています。
では、この決して豊富な資源に恵まれているわけではない小国ブータンで、どうしてエネルギーが最大産業になるのでしょうか。
それは、このブータンという国が、国を挙げて水力発電を推し進めているからです。
ヒマラヤに位置するブータンは、雪どけ水が流れる川が多くあります。また山がちな地形で勾配も急です。この地の利を生かして、ブータンでは水力発電インフラを整備し、発電をしています。さらに、水力発電でつくられた電力は、国内消費を賄うだけでなく、近隣国であるインドにも売電されています。
2009年のブータンの総輸出額431億円のうち、電力の輸出額は182億円と約4割を占めています。(1ヌルタム=1.8円で計算)
立ち退きを迫るダムなら要らない
またブータンでは、水力発電のダムを作るために、住民に立ち退きをさせたり、広範囲に浸水させ生態系を壊したりするようなことをしません。それはGNHの精神に反する、と考えているからです。それらが起こらないよう場所を慎重に選びながら、水力発電インフラの開発をしてきたそうです。
きっと困難も多かったと思います。しかし、そのおかげで現在では電力が国の最大事業になるまでになりました。
またインドとも長期協定を結んでおり、ブータンがインドに電力輸出をする代わりにインドも水力発電インフラの建設を支援しています。さらに、安定した電力供給ができる水力発電の強みを生かし、データセンターを誘致しよう・・・、などといった計画も進行中です。
ヒマラヤ山脈の山並み
万事順調に見える水力発電事業ですが、これだけを国の産業の柱にしようとすると、いくつかの課題も出てきてしまいます。
1つは、水力発電事業はあまり雇用を生まないことです。
いったん設備を作ってしまえば電力は作られる、インド政府との協定により販売先も確保できている水力発電は、資本集約型産業であり雇用創出にはあまり貢献しません。人口増にともなって失業率が向上しているブータンでは、雇用創出できる産業を作ることも大きな課題です。
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インド政府に頼らない産業も欲しいところ
もう1つは、潜在顧客が近隣諸国に限られること。
電力輸出は、モノの輸出と違い、輸出できる範囲が限られます。送電できる範囲は限られているため、顧客は自然と近隣諸国、特に急激な経済成長により電力を多く必要としているインドになります。
もともとブータンは海外への経済的依存度が高く、財政の3割を海外支援が占めています。日本の政府開発援助(ODA)などもあるのですが、最大の支援国は何といってもインドです。海外支援も半分以上はインドからであり、学校や病院などもインド政府に建ててもらっているものが多い。
中国とインドという2つの大国に挟まれ、地政学的な舵取りは難しい。そんな場所で経済的に自立し、持続可能な社会モデルを作るための産業育成として、主要顧客がインド政府となる産業だけでは、心許なくはあります。インド政府に頼らない産業も欲しいところです。
こうした水力発電の課題を補いながら、ブータンのもう1つの産業の柱となっているのが、観光業です。ブータン政府観光局によると、観光業のGDPへの貢献は約9%と試算されています。水力発電の20%に比べると小さいですが、観光業はこれからブータンでの雇用創出を担う産業と見込まれています。また、インド政府に頼らない産業でもあります。
ただし観光は、一歩間違えると自然や人々の暮らしに、大きな負荷をかけてしまう産業でもあります。そこでブータンは、自然や人々の暮らしを守りながら観光を発展させていくために、ユニークな仕組みを持っています。
ブータン観光業の特色「公定料金」とは
例えば、ブータンの観光における「公定料金」という制度です。
ブータンでは1日の観光における「最低料金」のようなものが定められています。それが公定料金です。旅行者は1日観光するごとに公定料金200ドルを支払います。これを受け取るブータンの現地の旅行会社は、この費用の範囲内で、ホテルやツアーガイド、食事、移動手段まで、すべてを賄います。
より多くの方にブータンを楽しんでいただきたいという思いはあるものの、同時にブータンとしては、あまりに急激に観光客が増えすぎると、自然や暮らしを変容させてしまう可能性があるとも思っています。それはブータンの観光資源を失うことになりかねません。
そこで、「公定料金1日200ドル」という“敷居”を設け、それでも来てくださる方に、しっかりとこの自然と暮らしが守られたブータンを楽しんでいただこう、という方針を打ち出しているのです。
では、ブータンにとって、「適正な観光客数」とはどれくらいなのでしょうか。
ブータンの議会は、環境への負荷と経済効果のバランスを考え、現在、年間4万人程度の旅行者数が10万人ぐらいまで増えると、いい塩梅だという答えを出しました。
「10万人ぐらい」と議会は簡単に言いますが、小国ブータンにとって10万人の受け入れはなかなか大変です。確かに、他国の観光客数と比べるととても少ないのですが、今のレベルの2倍以上です。環境への負荷を最小限にしながら、すべてのお客様にちゃんとブータンを楽しんでいただく。これはなかなか難しいお題です。
最大の課題は、季節による観光客数の変動にあります。
「ふたこぶラクダ」を克服せよ
ブータンでは、3月と10月に観光客数のピークがあります。観光客が最も多い10月と、少ない6月で比較すると、その差は約4倍です。この「ふたこぶラクダ」のような形の変動を放置したまま、観光客10万人を目指すのはあまり現実的ではありません。
そもそも、現状のフライト数やホテルの客室数を考慮すると、1カ月で受け入れられる観光客には限度があります。ですから、ピークシーズンの客数をさらに伸ばすのはあまり現実的ではありません。
また同時に、フライト数や客室数を増やしても、季節変動が大きいのは決して好ましいことではありません。ピーク時に合わせてホテルや道路などインフラを整備すると、それ以外の時期はあまり使われなくなってしまいます。季節変動を平準化できれば、新たに整備しなければいけないインフラも少なくて済み、環境への負荷も軽減できます。また、通年で働ける仕事も増えますから、雇用面でもメリットが大きくなります。
ではなぜ、ブータンでは観光客数が季節によって大きく変動するのでしょうか。
調べてみると、「ブータンの人が自分たちの何に価値があると思っているか」ということに深く関係していました。つまり、自分の国、自分たち自身のマーケティングの問題です。
観光客は「お祭り目当て」なのか
なぜ季節変動が大きいのか。ブータンの旅行会社の人に聞くとたいてい、こんな答えが返ってきます。
「それは、3月にはパロツェチュ、10月にはティンプーツェチュという2つのお祭りがあるからだよ!」
う〜ん、本当でしょうか。私はブータンに来る前、「GNHを掲げる幸せの国」として憧れ、行ってみたいと思っていましたが、「ブータンはお祭りが有名だから、パロツェチュかティンプーツェチュに行ってみたい!」と思ったことは特にありません。いったいどれだけの人が、お祭りありきでブータンに来るのでしょうか。
またそもそも、ブータンには20の県があり、各県が年2回お祭りをしています。各寺院や僧院が行うお祭りも合わせると、1年間でたくさんのお祭りがあります。本当に、その2つのお祭りが理由で、季節変動が生まれているのでしょうか。
そう思って観光客の方を対象に調査をすると、結果は、ブータンの人たちが思っていたものとは異なりました。「どんな理由でブータンを訪れる時期を決めましたか」という質問をしたところ、「お祭りの開催期間を基に決めた」と答えた人は全体の6%に過ぎなかったのです。
では、一番多かった答えは何でしょうか。
それは「旅行会社がこの時期に来るようにアドバイスしたから」でした。
ブータンの旅行は、旅行会社を通じてのみ催行可能です。そこでブータンに行こうと思う人の多くは、まず自分の住む国の旅行会社に問い合わせます。そこで、ブータンに行くのはいつがいいかを尋ねる。すると、3月や10月を薦められる。
では、各国の旅行会社はなぜ3月と10月を薦めるのでしょうか。各国の主要な旅行会社にヒアリングをすると、もちろん、ブータンをよく理解した上でこの季節を薦めている旅行会社もあるものの、多くは、「提携しているブータンの現地旅行会社がこの時期を薦めるから」または「ほかの季節にブータンで何が見られるのかよく分からないから」ということでした。
ブータンの旅行会社は「季節変動は2つのお祭りによって生まれている」と考えていましたが、ふたを開けてみると事情は違っていました。3月と10月を推薦することで、実は自分たちが自身が季節変動を作ってしまっていたのです。
「幸せのヒントを探るツアー」などいかが?
では、お祭りが主な目的でないとすると、ブータンを訪れる人たちは、何を求めているのでしょうか。これも、聞き取り調査により、今までは知らなかった実態が浮かび上がってきました。
例えば、ヨーロッパからの来訪者は「手つかずの自然」に興味を持っている人が多い。特に「ヒマラヤの自然の中をトレッキングしたい」「エコな国の自然を肌で感じたい」といった意見が目立ちます。また、日本人の場合は、幸せの国・ブータンの暮らしそのものに興味を持っている人が多い。「本当にブータンの人は幸せなのか」「なぜブータンの人は幸せなのか」「どんな風な暮らしをしているのか」といったことに注目しています。
そうであれば、ブータンの旅行会社は、ヨーロッパからの旅行者に対しては、トレッキングなど自然と触れ合えるパッケージを作って提案することが効果的かもしれません。晴れの日が多く、空が澄み渡り、暑すぎない2月や、たくさんの花が咲く4〜6月などもベストシーズンです。
日本からの旅行者に対しては、「幸せのヒントを探るツアー」などを提案することができるかもしれません。例えば、ブータンの村を散策してもらって民家に立ち寄り、そのおうちの人と話したり、子どもたちと触れ合ったりしてもらう。あるいは、市場で買い物をしたり、民族衣装を仕立てたり、ブータンの伝統医療を体験したり、寺院に行ってみたりしてもらう。よりブータンの人々の生の暮らしを実感できる旅行を作ることができるでしょう。これならば、季節は問わないはずです(ちなみに、ブータンの松茸はとてもおいしく、旬は8月です)。
ブータンの人は、実にいい笑顔を見せてくれる
実は、たった2つのお祭りに観光客が集中するのは、ブータンの文化の観点から考えても望ましいことではありません。これらのお祭りは、ほかのお祭りと同様、伝統行事であり宗教行事です。そこにたくさんのカメラを持った観光客が押し寄せると、伝統や文化が観光イベント化してしまう心配があります。「伝統文化の保全」という観点からもリスクがあるのです。
このため、単に3月と10月のお祭りだけを推すのではなく、各市場、各季節にあった商品を自ら提案していく。当たり前のことですが、きちんと顧客の声を聞きマーケティングをするということが、ブータンの観光業にとっても重要です。
ではなぜ、ブータンの人たちは、こうしたマーケティングをせず、どの旅行会社に対してもお祭りだけを売り込んでいたのでしょうか。
それは、自分たちの「ありのままの姿」に価値を見つけることが難しかったからではないかと私は思います。
「当たり前」を見に来る不思議
ブータンの人にとって、自分たちを囲む自然は慣れ親しんだものです。ましてや、自分たちの暮らしぶりなどというのは、ごくごく当たり前のものです。海外の人が、わざわざ海を渡って遙々ブータンまでやって来て、お金を払って「当たり前のもの」「ありのままのもの」を見るということは、不思議だと感じているはずです。
近所の裏山としか思っていなかった山に、わざわざやってくるヨーロッパの人たち。日常の暮らしに「幸せのヒント」を探しにくる日本の人たち。顧客の声を聞き、初めて「これがブータンの外にいる人にとって価値があるんだ」と知ることになる。そういう感じなのだろうと思います。
ブータンの人がこれまでお祭りを主に薦めてきたのは、それが、彼らにとって「特別なもの」だったからでした。彼らにとってお祭りは晴れの日です。だから、外の人にもそれを薦めた。しかし、誰もがそれを求めているとは限らないわけです。
「当たり前」の中にある価値に気づく。それは、難しいことかもしれませんが、ブータンのような国の観光業にとっては、とても重要なことであると思います。
組織の壁を超えて振興策を議論
この1年間でブータンの観光産業は、官民の壁を超えてこの季節変動の課題について話し合ってきました。旅行会社、ホテル、航空会社、観光局のメンバーが集まってワークショップを開き、どうやったら観光客数を平準化しながら増やせるかを議論したわけです。
「どうしたら海外の人たちは、ブータンの『日常の季節』に来てくれるのか」
「海外の人にとって、ブータンの何に価値があるのか」
「誰に、どのようにアプローチすればいいのか」
アイデアを出し合い、個々の企業がやるもの、業界として取り組むものを決め、進捗を確認し、問題があれば協力して解決してきました。
同じブータンの観光業に関係する仕事でありながら、これまで旅行会社やホテル、政府などは、横に連携して話し合うことがほとんどありませんでした。それが、こうして1つの課題についてワークショップを開き、同じテーブルで検討を始めたのです。画期的な取り組みでした。
その結果、上記に挙げたような、旅行客のニーズに合わせた「日常のブータン」のマーケティングに加え、比較的、季節変動が小さいビジネス客の誘致などが進み始めています。今年1〜5月、観光客数は前年同期に比べて62%も増加しました。
また、去年までは3月のピークシーズンの後、観光客数ががくんと落ち込んでいたのですが、今年の4〜5月は減少幅が縮小しました(3月から5月にかけて、昨年はマイナス19%で、今年はマイナス7%)。この1年間の取り組みの成果が表れてきたのではないでしょうか。
この国の経済を支える柱として、ブータンの観光業はまだ立ち上がったばかりです。その取り組みはまだまだ未熟ですが、自然や文化を最大限生かし、かつ共存していく形で発展していくための、大きな一歩を踏み出したと感じます。
このコラムについて
ブータン公務員だより
ブータンを「夢の国」として扱うわけでもなく、また「幸せの国と言っているけれど、こんなに課題があるではないか!」とあら探しをするわけでもない。「多くの課題を抱えながら、『国民の幸せ』を最大化することを目指すブータン政府の国づくりの知恵」「いやなことだってあるけれど、『結局は、幸せだよね』と言ってしまうブータンの人々の幸せ上手に生きる知恵」を紹介する
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著者プロフィール
御手洗 瑞子(みたらい・たまこ)
御手洗 瑞子ブータン政府 Gross National Happiness Commission (GNHC)首相フェロー
東京生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年9月より現職。ブログは「ブータンてきとう日記」。好きなものは、温泉と公園とおいしい和食。
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