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『from 911/USAレポート』第499回
「アメリカがリビア情勢に感じている恐怖感とは?」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第49
9回
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「アメリカがリビア情勢に感じている恐怖感とは?」
リビアでの反政府デモは、解決の見えないまま暴力的な衝突が続いています。
この
国の問題についても、アメリカでは関心が大変に深く連日トップニュースの扱い
です。
ニュージーランド、クライストチャーチの地震の報道も直後には扱いが大きかっ
たの
ですが、何と言っても今週のニュースとしてはリビア一色というところです。こ
のア
メリカにおけるリビア報道ですが、ある意味では民主化に肩入れする中で「それ
なり
の高揚感」をもって報道していたエジプト情勢とは全くニュアンスが全く違いま
す。
一言で言えば、腰が引けており、ある意味で「事態の推移に怯えている」そん
な姿
勢が見て取れます。勿論、腰が引けているといっても、アメリカが瞬間湯沸かし
器の
ように軍事外交で力を振り回しても、それがいい結果になる可能性は少ないわけ
で、
腰が引き気味というので丁度いいのかもしれません。ですが、今回の空気は「冷
静に
距離を置いている」というようなものでもないのです。ましてエジプトに対する
よう
に「原理主義の危険を過大に怖がらず冷静に見る」という「当面の視点」を持て
ても
いないように思えます。
そんな「恐怖感」は例えば市場に現れています。アメリカが三連休の間に悪化
した
リビア情勢を受けて、2月22日の週明けから数日間、NY市場の株は大きく下
げる
一方で原油価格は大幅に上昇しています。リビアは埋蔵量8位と言われる産油国
です
から、その動揺が原油価格に影響するのは分かりますが、それにしても大きなリ
アク
ションです。一方で、オバマ政権も動きが取れずにいます。孤立しつつあると言
われ
る一方で、暴力行使に走っているカダフィ政権に対しては、何度も警告を繰り返
して
いるのですが、相手には全く聞き入れる様子がありません。
そんな中で、オバマ大統領は23日の会見では「とにかく米国人の安全確保が
最優
先」と言う言い方をしています。他に打つ手がないとでも言っているような弱気
の発
言とも言えるでしょう。一方で、保守派の論客で知られるワシントン・ポストの
ビル
・クリストルなどは、このリビア情勢が「オバマの運命の瞬間」だとして「そん
なに
一般市民の殺傷を止めさせたいのなら軍事行動も辞さずという態度を取ったらど
う
だ」というコラムを書いているのですが、実際のところは政権周囲にもまた世論
の中
にもそうしたムードはほとんどありません。ひたすらに金縛りに遭ったように事
態の
推移を見つめているといったところです。
その「金縛り感覚」には色々な要因があるように思います。一つ目は、198
0年
代からの長い経緯です。特にアメリカの世論の記憶に残っているのは、テロ行為
を繰
り広げていた(らしい)80年代のリビアをめぐる忌まわしい事件の数々です。
とい
うのは、この時期はアメリカはカダフィのリビアと戦争をしていたというのに近
い状
況にあったのです。実際にこの時期のカダフィは、アラブの盟主を気取ってPL
Oの
武力闘争路線を応援したり、極端な行動に走っていました。
時系列をたどると、84年にはロンドンでリビア大使館員が銃撃事件を起こし
てい
ますし、85年のはじめにはイタリア船籍の船舶シージャック事件でアメリカ人
を殺
害、同年6月にはTWA機のハイジャックで人質を殺害、更に86年にはドイツ
のデ
ィスコでの爆破事件でアメリカ人が犠牲になっています。例えば、この時期のど
真ん
中に当たる1985年の7月に公開された映画『バック・ツー・ザ・フューチャ
ー』
(ロバート・ゼメキス監督)では、主人公の盟友である謎の科学者「ドク」がリ
ビア
のテロリストに襲撃されるという設定で緊迫した演出が施されていましたが、正
にア
メリカとリビアは「緊張関係」にあったのです。
86年のディスコ爆破事件のあたりで、レーガン政権はガマンができなくなり
、カ
ダフィ個人を抹殺する作戦を実行に移します。米軍はカダフィの個人宅を狙って
首都
トリポリを空爆、一説によればカダフィの養女を殺害したとされています。カダ
フィ
は生き延び、爆撃にあった自邸をそのまま保存して「米国への抵抗記念博物館」
にす
るなど益々国内でのカリスマ性を高める一方で、自分の暗殺を狙ったアメリカへ
の恐
らくは報復として1988年にはスコットランド上空を飛行中のパンナム機を爆
弾テ
ロで爆破しています。このパンナム機爆破テロもアメリカにとっては衝撃的な事
件で
した。2009年に実行犯が病気を理由にスコットランド当局が釈放するとリビ
アで
は英雄として迎えられたというニュースが流れると、アメリカの世論はかなり激
高し
ています。
ちなみに、86年の「カダフィ暗殺ピンポイント爆撃」の失敗という事件は、
その
時にはレーガン大統領への不信というような反応は強くはなかったのですが、「
宣戦
布告なき敵国要人の暗殺」ということを試みたことは一部の世論には漠然と暗い
記憶
として残っています。例えば、クリントン時代の1995年にヒットした映画『
アメ
リカン・プレジデント』(ロブ・ライナー監督)では、マイケル・ダグラス演ず
る好
人物の大統領が、恐らくリビアと思われるテロ拠点を空爆する命令を出しながら
「民
間人犠牲が最小であればいいが・・・」などと悩む場面がありました。この中途
半端
な演出にも「カダフィ暗殺未遂」の記憶が反映していたように思います。
アメリカはその後、ブッシュ(ジュニア)政権になってカダフィの「無害化工
作」
を進め、911の翌年2002年の初頭に、ブッシュが「悪の枢軸」を名指しし
て世
界に衝撃を与えた際には「リビア」の名はそこにはありませんでした。それだけ
では
なく、ブッシュ政権の外交努力でカダフィは核開発計画を放棄して、アメリカと
の関
係を修復した形になっています。そんなわけで、近年ではアメリカの対リビア感
情は
好転していたのですが、この関係修復もカダフィの利害だけでなく、アメリカと
して
は「リビアとの戦争状態」の記憶や疲労感を忘れたいという事情がありました。
アフ
ガンやイラク、イランなどの難問を抱える中で、リビアの問題は過去形にしてお
きた
かったのだと思います。とにかくこの長く複雑な経緯は、仮に「憎いカダフィ政
権が
風前の灯」になったとしても、アメリカとして安堵するどころか、イヤな記憶を
呼び
起こすだけという感覚があるように思います。
もう一つは、アメリカの国内政治事情です。一連の中東革命に対して、アメリ
カの
中は三つの立場に割れているのです。簡単に整理すると、(1)民主化に共感し
精神
的に支援、一般市民への暴力には反対、原理主義拡大への警戒感は弱い。(2)
あく
まで財政再建が最優先、アメリカと関係の薄い国外の紛争に対しては一切コミッ
トし
たくない。(3)原理主義の拡大やイスラエルの孤立を懸念、感情論中心に一国
主義
的ナショナリズムを煽る。という三つの立場です。ちなみに、オバマはタテマエ
が
(1)でホンネには(2)も混じっています。この(1)が中心でプラス(2)
とい
うのは幅広い支持があり、民主党のほとんどと共和党の穏健派も同様だと思いま
す。
一方で、ティーパーティーについては、雑誌『フォーリン・アフェアーズ』に
ウォ
ルター・ラッセル・ミードという保守系の学者が寄稿していたのですが「ペイリ
ン
派」は(3)で、「ポウル派(極端なリバタリアン=政府極小化論者)」は(2
)と
いう風に分裂しているのです。つまり、アメリカの政界としてはビル・クリスト
ルの
言うように、国連でのリーダーシップを発揮しつつ、場合によっては有志連合を
組ん
でリビア問題に介入するというような主張をするグループはほとんどいないので
す。
(3)のペイリン派は感情的なナショナリズムを前面に出すのが好きですが、こ
のグ
ループにすれば「反カダフィにアルカイダが混じっていたら?」というのも心配
であ
って、結局傍観するだけということでは他の立場とそうは変わらないわけです。
もう一つ、今回のリビアを巡る状況がエジプトなどと比較すると深刻だという
こと
も重要な要素です。本稿の時点では、カダフィはまだ首都トリポリ市内に潜伏し
てい
ると思われますが、東部をほぼ制圧した反乱軍は、トリポリ市内での市街戦を覚
悟し
ており、市内や周辺部では連日のように散発的な武力衝突が繰り返されているよ
うで
す。カダフィ側では、まだまだ「反乱に加担した人間の殺戮」を指示していると
され
る一方で、反乱軍も「カダフィの追放ではなく殺害」を当面の目標に掲げている
とい
う報道もあります。
特にエジプトと大きな違いになっているのは、正規軍が一つの組織として独自
の意
思や統制を維持してないことです。つまり、カダフィから「叛徒を殺せ」と言わ
れた
ばあい、軍としてはカダフィに忠誠を誓っているために無茶な命令も拒めないわ
けで
す。その一方で恐らくは東部の部族出身者などを中心に個人的に「民衆の殺戮」
には
躊躇する部分があり、バラバラに組織からの離脱が始まっているようで、既に東
部で
は正規軍の過半が武器弾薬ともども反乱側に寝返っているというという報道もあ
りま
す。結果的に政府軍の兵力も武器弾薬も双方に分かれてしまい、本格的な内戦へ
向け
て事態は悪化を続けているというわけです。
NBCのリチャード・アングル記者は、そんな中、今週前半にはエジプト側か
ら陸
路リビア国内に入って取材を続けていますが、既に東部国境でのリビア政府の検
問は
なくなり、東部一帯は反乱側がコントロールしているということを、明確に現地
から
伝えていました。貴重なレポートと言えます。また世界各地にある大使館などリ
ビア
政府の在外公館でも、公館員の中で政府からの離反が始まっているようです。
つまり、政府が崩壊しているのではなく、政府側と反政府側が地域的にも組織
的に
も分裂をはじめており、しかもその対立エネルギーは殺気を伴って拡大している
よう
なのです。反政府サイドは、東部の旧キレナイカ王国に属するエリアだけでなく
、ト
リポリを囲むようにほぼ全土を掌握しているものの、地理的には追い詰められた
カダ
フィの側には、まだまだ忠誠を誓う兵力が残っているという報道もあり、全く予
断を
許しません。特に、既に反乱側がコントロールしていると見られる東部のベンガ
ジ地
域にある油田について、最悪の場合はカダフィ派が空爆を行って施設の壊滅的破
壊を
狙っているという説もあります。空軍機で市街地への空爆を命じられた操縦士が
命令
を拒否してパラシュート離脱し、機体は墜落したというニュースなども含めて、
世界
的な原油価格高騰の一因となっています。
そんな中、アメリカの対応は後手に回る中、全くの手詰まり感があるようです
。例
えば、3ビリオン(2600億円)とか4ビリオンとか言われる、カダフィ一家
の
「石油で築いた財産」がスイスや米英、カナダなどに分散されているらしいので
すが、
匿名預金や租税回避地への迂回など「非常に高度なテクニック」を使って分散さ
れて
いるらしく、資産凍結とか経済制裁とか言ってもテクニカルに可能なのかどうか
分か
らないのだそうです。24日の木曜日にはスイス銀行が一部を差し押さえたとか
、2
5日にはEUが足並みを揃えたという報道がありましたが、どこまで実効性があ
るの
か詳細は不明です。
NBCのアンドレア・ミッチェルが言っていたのですが、このカダフィ家の「
フィ
ナンシャル・アドバイザー」は相当に優秀らしく、「史上空前の詐欺事件」とし
てウ
ォール街に激震をもたらしたバーナード・マドフのインチキ投資ファンドがかつ
て営
業をかけたところ、カダフィ家は全く乗ってこなかったのだそうです。連邦政府
も証
券管理委員会も見抜けなかったインチキを、彼等は見抜いていたのだとすれば、
相当
に手強い敵だとミッチェルは指摘していました。他でもないFRBの前議長アラ
ン・
グリーンスパンの奥さんがそう言うのですから、全くのファンタジーでもないよ
うで
す。
後は、カダフィ派空軍による油田爆撃や都市への空爆を阻止するために「NF
Z
(飛行禁止区域)」を設定するということも検討されているのですが、ではどう
やっ
てリビア領空の「制空権」を国際社会として監視していくのかというと、こちら
も物
理的には難しいようです。ただ、ギブアップ気味のオバマ大統領とは違って、ヒ
ラリ
ー・クリントン国務長官は、80年代からの複雑な文脈を正確に理解しているこ
とも
あり、「ありとあらゆる手段を使って民間人殺戮を断固阻止する」と気合十分な
とこ
ろを見せていますが、果たしてどうなるかは分かりません。米国人の「脱出」に
も手
間取って、25日の金曜まで足止めを食った人もたくさんいるようです。
そんな中、23日の木曜日頃からは「反政府派にアルカイダが混じっている」
とい
う説が、FOXなどアメリカの保守派メディアから流れています。これと前後し
て、
カダフィの周辺から「デモ隊を煽っているのはオサマ・ビンラディン」というデ
マ情
報も流されており、情報戦の行方も混沌としてきました。そんな中、アメリカの
世論
や市場には疑心暗鬼が増幅しています。24日には、一旦カダフィが狙撃された
とい
う噂が出て市場が乱高下するというドタバタまでありました。本稿の時点では、
トリ
ポリ地区での市街戦で犠牲が出たという情報、カダフィが民衆に「歌って踊って
人生
を楽しめ」と演説したという情報なども出るなど、報道の内容も混乱しています
。で
は、その一種の恐怖心の核にあるのは何なのでしょう?
それは、アルカイダの復権が怖いとか、原油高騰の恐怖という問題、あるいは
民間
人犠牲の惨劇を見たくないというような個別の問題だけではないように思います
。ア
メリカの世界への影響力低下、とりわけ外交や軍事によって問題を解決する能力
が大
きく低下していること、その不安感が大きいのだと思うのです。いわゆる「世界
に民
主主義を広めたい」というリベラルが無力感を感じているだけでなく、ティーパ
ーテ
ィーなどに見られる極端な「軍事費も大幅カットして一国に閉じこもるべき」だ
とい
う主張も、「世界は怖い、自分たちは世界にコミットしたくない」という感情と
表裏
一体のように思います。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビ
ア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わ
った
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』
など
がある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケー
ショ
ンズ)( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484102145/jmm05-22 )
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