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http://tanakanews.com/110212egypt.htm
2011年2月12日
2月11日夜、エジプトのムバラク大統領が辞任した。ムバラクは辞任の前日、かねてから親しかったイスラエル労働党の国会議員ベンエリエゼル(Ben-Eliezer。元国防相)と電話で20分間話した。その中でムバラクは「米政府は中東の民主化を支持すると言うが、彼らは、自分たちが言っていることの意味を理解していない。中東を民主化すると、米国を敵視するイスラム過激派の国ばかりになってしまうのに、米政府はいつまでもそのことに気づかない」と述べ、米国を非難するとともに、自分が米国から疎んぜられていることを嘆いた。 (Mubarak slammed U.S. in phone call with Israeli MK before resignation)
米政府は1979年のイラン革命で、民衆が蜂起してイラン国王を追放することを「民主化」として支持したが、それは結局、ホメイニ師らイスラム主義勢力がイランの政権をとって親米的なリベラル派や軍幹部を粛清し、今に続く反米的なイスラム主義政権ができることにつながった。また米政府は2005年、ブッシュ政権が推進した「中東民主化」の一環としてパレスチナで民主的な選挙を行わせた。イスラエルやパレスチナ自治政府(PA)は「真に民主的な選挙をやれば、反米イスラム主義のハマスが勝ってしまう」と反対したが、米政府は聞かずにPAに選挙を実施させ、その結果ハマスが大勝した。事後になって、米国やPAは何とかハマスに政権をとらせまいと画策し、西岸の政権交代を阻止したが、ガザをハマスにとられてしまった。 (イスラム共和国の表と裏(1)乗っ取られた革命) (ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」)
ムバラクは、これらの例をふまえて「米政府は、中東を本気で民主化するとイスラム過激派の国ばかりになることを、過去の教訓から理解できるはずなのに、理想主義にふけってそれに気づかず、今またエジプトの民主化運動を支援し、自分が大統領職から追い落とされることを容認しようとしている。エジプトの政権転覆を容認したら、政権転覆が他のアラブ諸国に飛び火し、エジプトだけでなく中東全域が反米的なイスラム過激派の国になってしまうのに、米政府はそんなこともわかろうとしない」と米国を非難したのだった。
ムバラクは2月11日、エジプトの軍部によって大統領職を追われた。3週間におよぶ民衆の反政府運動がムバラクを追い落としたことになっているが、実際には、この50年間エジプトの権力を黒幕的に支えてきた軍部がムバラクを支持する限り、何百万人の群衆が集まろうが、ムバラクは無視して大統領にとどまり、そのうち群衆はあきらめて帰宅する。軍が反政府の国民運動に同調し、ムバラクに辞任を求めた結果、ムバラクは権力を失った。
それでは、軍はなぜムバラクを追い出したのか。ムバラクの独裁に嫌気がさしたから?。民意を尊重したから?。いずれも違うだろう。独裁をやめて民主化したら、イスラム主義のイスラム同胞団が与党になり、革命後のイランのように、イスラム主義者が世俗的な軍部を潰しにかかるだろうことを、軍は良く知っており、軍幹部はムバラクと一緒にイスラム同胞団を弾圧し、選挙不正を良いことと考えてきた。
軍部が民衆運動を支持してムバラクを追い出したのは、エジプトの軍隊を育成した「軍部の親玉」である米政府が民衆運動を支持し、エジプト軍に対し、民衆の味方をしろと裏で圧力をかけたからだろう。米オバマ政権は、エジプトの民主化を支持すると繰り返し表明し、そのたびに民衆運動は扇動されて大胆になり、ムバラクが辞めるまで運動をやめないと断言した。軍部はそれに引きずられ、最初はムバラクに政治改革を約束させ、それでも米国に扇動された民衆運動が納得しないので、最後には軍はムバラクを追い出した。ムバラクの追放は米国の差し金なので、ムバラクは米国を非難したのだった。
▼米国の理想主義でアラブ親米諸国政府は存亡の危機に
イスラエルの議員はムバラクの愚痴の聞き役だったが、単なる聞き役ではなく、米国の頓珍漢な理想主義に迷惑しているのはイスラエルも同じであり、イスラエルもムバラクと同じ気持ちのはずだ。イスラエルのネタニヤフ首相は、エジプト革命について、79年のイラン革命のようにイスラム主義に席巻されていき、最後はイスラム同胞団が権力につくだろうと警告している。サウジアラビアやヨルダン、パレスチナ自治政府の権力者たちも、イスラエルやムバラクと同じ気持ちだろう。サウジ国王は「米政府は(民主化という理想主義にふけって)後のことを全く考えず、ムバラクの追放を支持しようとしている」と再三にわたり、米国の戦略を批判していた。 (Back off Hosni Mubarak, Saudi King Abdullah warns Barack Obama)
サウジ政府は「米国がムバラク政権を見捨てても、サウジが金を出してムバラク政権を助ける」とまで言っていたが、ムバラクの辞任が不可避になってきた2月10日以降、態度を「ムバラク支持」から「中立」に転換し、ムバラク辞任の巻き添えでサウジ王家のイメージが悪化することを避けた。 (Riyadh rethinks stance on `popular revolt')
サウジやヨルダン、イエメン、クウェートなど、アラブの親米国の政府は、いずれも独裁的な王政か終身的な大統領の政権だ。エジプト革命の映像は、アルジャジーラやアルアラビアといったアラブ全域をカバーする衛星テレビ放送によって即時中継され、アラブ諸国の人々を「自分の国の独裁政権も転覆できるのではないか」という気持ちにさせている。米政府は、エジプトだけでなくアラブ全域の民主化を歓迎しており、アラブ諸国の反政府活動家は、自分たちも頑張れば米国に支持され、独裁政権を転覆できると奮起している。サウジやヨルダンなどの親米アラブ諸国の権力者たちは、米国の理想主義が自分たちを破滅させかねないと苛立ち、ムバラクやネタニヤフと全く同じ気持ちだろう。
イスラエル政府は少し前まで「ムバラクが辞めたら、イスラム同胞団の政権が不可避となる」という見方をしていたが、米国の「専門家」の間では「エジプトでは今のところ、イスラム同胞団が最も良く組織された野党勢力であるのは事実だが、今後時間をかければリベラル派の野党が育ち、同胞団をしのぐ勢力になる。民主化してもイスラム主義の政権ができる懸念は低い」という見方が強い。「イスラエルは同胞団の脅威を過剰に見積もり、エジプトの民主化を阻害している」と、親イスラエルだったはずの米共和党系のネオコン(ブッシュ政権で中東民主化やイラク侵攻を推進した勢力)がイスラエル批判をしている。 (In backing change in Egypt, U.S. neoconservatives split with Israeli allies)
ネオコンに非難され、ムバラクの辞任も不可避と知ったイスラエル政府は、数日前から「ムバラクが辞めても軍部が政権を握る限り、エジプトがイスラム主義に陥ることはない」という言い方に変えた。しかし実際には、イスラム同胞団についての見立てについて、米国のネオコンは間違っており、従来のイスラエルの方が正しい。米政府は、エジプトで軍部がずっと政権を握ることを許さず、真に民主的な選挙を求めるだろう。そうなるとイスラム同胞団が与党もしくは連立与党の一角を占めることになる。
イスラム同胞団は、エジプト政府によって政党組織になることを禁じられているが、同胞団員は無所属として議会に立候補できる。05年の総選挙では、投票の前半の段階で、イスラム同胞団系の勢力が改選議席165のうち88議席をとっていた。だがこの事態をみた当局は、同胞団の支持者が多い選挙区に警察を繰り出し、投票に行こうとする有権者を抑止して投票を阻害し、同胞団の当選者の増加を止めた。結局、エジプト議会の全454議席のうち88議席が同胞団となるにとどまったが、それでも同胞団は事実上の野党第一党となった。もし当局が選挙の後半戦で同胞団の支持者を抑止する不正をしていなければ、同胞団の議席は200以上になっていたかもしれない。 (Tide turns in favor of Egypt's Muslim Brotherhood)
ムバラク政権を支持してきた米政府は、長くイスラム同胞団を嫌っていたが、05年の選挙後、在エジプト米大使館がイスラム同胞団の議員らと交流を開始した。ムバラク政権は米政府に対し、イスラム同胞団と接触しないよう求めたが、米側は「野党議員との懇談はどこの国の米国大使館もやっていることで、やめるわけにはいかない」とうそぶいていた。今回のエジプト革命の勃発後、米政府は「エジプトの民主政権には、非世俗系の主要勢力も含まれる必要がある」と表明し、同胞団の政権入りを歓迎している。 (U.S. reexamining its relationship with Muslim Brotherhood opposition group)
▼自分を弱く見せているイスラム同胞団
イスラム同胞団は1928年に結成された、近代の政治的枠組みに沿った世界最初のイスラム政党だ。独立直後のエジプトで設立されたが、アラブ全体をイスラム主義の政治体制で統合して一つの国家(カリフ)にすることを目標に掲げ、すべてのアラブ諸国に支部組織を持っている。同胞団は、世界最大規模のイスラム政党でもある。ガザのハマスは、イスラム同胞団のパレスチナ支部の一派閥である。 (Muslim Brotherhood From Wikipedia)
エジプトを含む全アラブをイスラム主義政権にして統一するという同胞団の目標は、歴代のエジプト政府に警戒され、同胞団は弾圧され続けた。ムバラク政権では、先日副大統領になって権力を握ったオマル・スレイマンが、諜報機関のトップとして同胞団の弾圧と解体に注力した。同胞団は、当局による弾圧の中で組織を維持する戦略を身につけ、暴力を非難し、穏健な言動につとめ、イスラム主義を標榜していることすら強く打ち出さないようにしてきた。
カイロの市街地にある同胞団の本部には、イスラム主義を象徴するものは何も置かれておらず、エジプトの多くのイスラム教徒の家庭の居間に飾ってある、メッカのカーバ神殿の写真すら掲げられていない。同胞団は、今回のエジプト革命における主要な推進役の一つだったが、彼らはイスラム主義のスローガンや横断幕を全く出さず、リベラル系の運動組織と同様、ムバラクの辞任と民主的な選挙を求めただけだった。エジプトのリベラル派は、同胞団の支持者数をエジプト国民の2−3割と概算しているが、同胞団自身は、非合法政党なので党員数を数えたこともないが400万人(国民の6%)ぐらいだろうと言っている。 ('We Are On Every Street' What the Future May Hold for Egypt's Muslim Brotherhood)
エジプトにおける同胞団の支持率が、05年選挙の前半戦が示す「165議席中の88議席」つまり単独与党になれる規模なのか、それとも同胞団自身が言っている「6%」なのか、今は判然としない。だが、今回の革命の中で、同胞団が自分たちの力を意図的に小さく見せようとしていることは確かだ。
報道によると、タハリル広場の入り口で武器持ち込み規制の検問をしていた同胞団員は、へジャブ(スカーフ)をかぶっていない女性たちが来ると歓迎し、積極的にテレビに映るようにしてくれと女性らに頼んでいた。デモ隊がへジャブ姿ばかりだと、同胞団の影響力が強いのだと世界の視聴者に思われかねないからだった。同胞団は、非常に良く組織され、都会の貧困層が多く住む地域に無償の病院や学校を建てて運営したり、食料支援をするなど地道な努力によって、広範な草の根の支持を得ている。 (Muslim Brotherhood looks to gains in Egypt protest)
エジプトの軍部は、イスラム同胞団の台頭を何とか抑えたいだろう。しかし米政府は「真の民主化」を求め続け、エジプト軍部に対し、同胞団を抑圧するなと求め続けるだろう。軍部が米政府の意に反して同胞団を弾圧したら、米政府はエジプト軍を公式に非難し、軍事援助の打ち切りなどの経済制裁をするだろう。エジプトの混乱が長引き、国民が困窮するほど、同胞団の貧困層に対する支援活動が重要なものとみなされ、同胞団に対する支持が増える。米国からの圧力に屈して、軍部が民主的な選挙を許すと、同胞団が与党または連立与党の重要構成員になる。イスラエルが懸念していた「エジプトの民主化はイスラム主義化になる」という事態が実現する。
エジプトがイスラム主義化していくと、エジプトとガザを一体化しようとする動きが双方から強まる。エジプトとガザの国境には、幅500メートルのイスラエル領(フィラデルフィア・ルート)が挟まっており、イスラエルがそこからの撤退を拒否すると、エジプトとイスラエルの間が険悪になり、最悪の場合、戦争になる。ガザのハマスとイスラエルが戦争になり、そこにエジプトが巻き込まれる展開もあり得る。こうした紛争と平行して、パレスチナ自治政府やヨルダンの王政がイスラム主義勢力によって転覆させられるかもしれない。エジプト革命を受け、ヨルダンで国王が内閣を改造したが、国民の評判は悪い。 (「ガザの壁」の崩壊)
米国が「中東民主化」を容認し続けると、ヨルダンとパレスチナがイスラム主義に転換し、イスラエルは戦争になり、政権転覆はサウジアラビアにも波及しかねない。サウジ王政が存続できるとしたら、米国を非難してイスラムの大義を支持することが必要だろう。これはサウジ王家が親米から反米に転向し、イスラム同胞団やイランと仲良くすることを意味する。イスラム勢力が原油価格を決める態勢になって相場が高騰し、1970年代の石油危機のように、イスラエルを支持する国に石油を売らないという宣言が出るかもしれない。
▼イスラム帝国が復活する?
こうした流れがどこまで進むか予測できないが、サウジアラビアがイスラム主義に傾くと、ペルシャ湾岸諸国やパキスタンやアフガニスタンもイスラム化の傾向が強くなり、アラブ全域がイスラム主義で統合的な動きを示す。イスラム同胞団の目標である「カリフ」に近いものが出現するかもしれない。インドネシアやマレーシアなど東アジアのイスラム諸国も、何らかの政治転換をするかもしれない。
すでにイスラム的な協調をみせているイランとトルコという2大勢力と合わせ、中東はアラブ、イラン、トルコという3つのイスラム勢力が協調する新体制になりうる。米国の影響力は排除され(米議会で台頭する共和党の茶会派は、すでにイラクとアフガンの占領を無意味とみなし、撤退を求めている)、イスラエルは国家存続できない可能性が高くなる。
このようにエジプトのムバラク辞任は、世界的に巨大な影響を与える事件である。欧米や日本の多くの人々が「エジプトがリベラルな民主主義に転換して欧米化し、みんなハッピー」と思っているかもしれないが、それは幻想だ。欧米人が嫌うイスラム主義が西アジアを席巻する可能性の方が高い。
米国のマスコミや右派(ネオコン)は、同胞団は大したことないと分析している。だがそれは、03年のイラク侵攻の前後に、彼らが「米軍がフセイン政権を倒すだけで、イラクはリベラルな民主体制になっていく。イラクがイスラム主義化することはない」と言っていたのと同様の、少し考えればすぐにわかる大間違いである。米国のマスコミや右派の中には(ユダヤ人が多いだけに)中東情勢に詳しい人が多いのに、なんでこんな基本的な大間違いを繰り返すのか。(Fears of a Muslim Brotherhood Takeover are Overblown)
それを「民主化という理想主義に目がくらんでいるから」と単純化して考える人が多いが、米国の上層部の人々は、非常に現実的な世界支配の体制を何十年と維持しており「中東民主化」の部分だけ過剰な理想主義に走ると考えるのは無理がある。間違いの大きさから考えて、プロならやるはずのない「未必の故意」に相当する。
私はやはり、以前から分析してきたように「米政界が1970年代からイスラエルに牛耳られてきた事態をふりほどくための、親イスラエルのふりをした反イスラエルの、意図的な大間違い」だろうと思っている。もしくは、世界的な覇権体制として見ると、米国が英イスラエルによって縛られている、ユーラシア包囲網の世界戦略から米国と世界を解放し、米英に敵視されてきた地域の経済成長を誘発する多極化戦略の一環としての、意図的な米国覇権の解体再編策であると考えられる。
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