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米国アリゾナ州トゥーソン郊外で一月八日に起きた銃乱射事件は、銃犯罪には慣れているはずの市民を震撼させた。町全体は喪に服し、現場近くのガブリエル・ギフォーズ下院議員(四〇歳)が治療を受けている病院前の献花場には、多くの市民が同議員の回復祈願と犠牲者追悼に訪れている。
今回の事件が全米に衝撃を与えたのは、白昼、スーパーの敷地内で市民との対話集会中であった民主党議員が狙われたことである。ジャレッド・ロフナー容疑者(二二歳)は、ギフォーズ議員の頭部に発砲後、集会参加者に乱射。六人が死亡、同議員を含む一四人が負傷した。ロフナー容疑者は殺人罪などで訴追されているが、事件の動機はまだ明らかにされていない。しかし事件後、ギフォーズ議員の父スペンサーさんが、『ニューヨーク・ポスト』紙のインタビューにおいて、「敵に心あたりは」という質問に対し、「ティーパーティ(茶会運動)」と話したことから、ロフナー容疑者の犯行に政治的背景があるのでは、とメディアは熱くなり始めた。
昨年三月、医療保険改革法案可決後、ギフォーズ議員事務所のガラス戸が破損されるという事件が起きた。一一月の中間選挙で、茶会運動が推す対立候補のジェシー・ケリー氏は「自動小銃でギフォーズを撃って追い出そう」といった脅迫めいた言葉で支持者を煽っていた。
さらに、前アラスカ州知事サラ・ペイリン氏は、フェイスブックで二〇人の民主党議員の選挙区をライフル照準十字線でマークした。
その二〇人の中にギフォーズ議員もいた。またペイリン氏は、ツイッターで「退くな、再装填しろ」といった扇動的な言葉も書き込んでいた。
このような過激言動を乱射事件と結びつけようとするリベラル派による保守攻撃が過熱する最中の一二日、アリゾナ大学構内で犠牲者追悼式が開かれた。式典には、オバマ大統領夫妻の他に、ナンシー・ペロシ下院・院内総務、ジャン・ブリュワーアリゾナ州知事、ジャネット・ナポリターノ国土安全保障省長官などが列席した。
オバマ大統領はスピーチで、犠牲者と事件での英雄を讃えた後、礼節をもった新しい米国を構築しようと呼びかけた。「人を責めず、共に前進しよう」「希望と夢は結びつくと信じよう」と、今回の事件を教訓としてとらえようと提案した。
オバマ大統領のスピーチは、シンプルな言葉で人々の心を捉える。参加者は大統領の言葉に共感し、頷き、立ち上がる。割れんばかりの拍手は止まなかった。
しかし、追悼式が終わり熱気の波が去った後、参加者は冷静だった。ウィスコンシン州出身のマイケル・バーテルさんは「スピーチは素晴らしかった。でも、大統領には期待していない。この国は悪い方向へいっている。より分裂していっている」と話した。
一方、ペイリン氏は一二日、沈黙を破りフェイスブック上でビデオ声明を出した。「茶会運動が事件と関連しているというのは、メディアによる中傷だ。選挙集会での言葉は、『言論の自由』で擁護されている」と問題になっている過激発言を弁護した。
この憲法修正第一条の「言論の自由」に加えて、保守派が盾にしているのが同第二条の「銃保有の権利」である。茶会運動集会で、時には憲法本が「聖書」のように掲げられることもある。
オバマ大統領とペイリン氏のスピーチは、現在の米国の有り様を対照的に示しているといえる。オバマ氏の言葉は人々を癒し、ペイリン氏の言葉は人々を扇動する。しかし、いずれの言葉にも一般市民の反応は冷ややかで、政治への諦めも感じられる。
リンダ・ヒューズさんは、土地管理局に勤める公務員で、事件の犠牲者を個人的に知っているという。「反政府感情をもっている人は多いわ。この分裂した政治情勢が変わらない限り、人々が銃を持ち続ける限り、このような事件はどの町で起こってもおかしくない。問題が解決されるとは思わない」と言い切った。
マクレーン末子・ジャーナリスト
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