http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/564.html
Tweet |
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/223985440.html
■「元気をもらう」の妙ちきりん
私の友人の女性で、個人会社を経営していた方がいる。なかなかのやり手だったのだが、先頃会社を畳んでしまわれた。
某日、久しぶりに喫茶店で逢ってその間の事情を聞いた。
簡単に言えば、世話になった人が新会社を設立するにあたって、スジものから借金をしていて、その連帯保証人になったせいで、その相手が倒産してしまい、自分の方に返済の義務が生じてしまったからであった。弁護士に相談したところ、会社に未練がないのなら会社を潰してしまいなさいとアドバイスされたのだという。
まあ簡単に言えば踏み倒しだが、相手はヤクザ。
ひっきりなしにヤーさんからケイタイに脅迫電話がかかってくるので、怖い思いもしたので、個人会社を倒産させて、借金苦から逃れることにしたのだそうだ。
弁済を強要されたカネが800万円ほどだったが、弁護士費用など20万円で済んだ。
こういう場合、普通は、自分を倒産させる原因をつくった先方の男性を恨むのではないかと思うが、彼女はそうではなかった。昔自分が世話になった方だし、そういうことで相手に冷たくして付き合いを断つという普通の人のあり方はとりたくないと思って、今もまったく変わらずつきあっているのだという。
これはなかなか出来ることではない。肝が据わっているというか…。
そのほかこの件に関するいろいろ面白い話があった。
会社がつぶれてからの彼女の生きざまがこれまた面白くて、時間が経つのを忘れるほどであった。実にたくましい対応。挫折したのに、少しもめげていない。
常に前向きで、明るくて、幸運をどういうわけか呼び込む彼女の生活のありようにはほとほと感心させられた。
さて、この話をまた別の若い女性にメールで送ってみたところ、「その女性は、
見た感じや、お話した感じはどのような方ですか? お会いするとやはり元気がもらえますか?」
という問い合わせが返ってきた。
私はこの「元気をもらえる」という言い方や「勇気をもらう」とかいう言い方が、嫌いである。
そんなことを簡単に口にできないと思うし、そんな言葉の遣いかたは日本にはなかったからだ。
逆に、「元気を与えたい」とか「勇気を与えられたらいい」などとスポーツ選手がいうのを聞くと、なんて傲慢なのだろうと思う。
3月の震災のあと、プロ野球が開幕を遅らせたとき、当初は例の読売ナべツネが予定通り開幕しろとすごんでみせる騒ぎがあった。選手会が反対し、ファンもそれに賛同して、結局半月かそこら開幕が遅くなった。
その際に、選手会会長だったかと思うが、ヤクルトの宮本慎也選手が、(ナベツネのいう)プロ野球を見せてやれば、被災地の人たちにも勇気や元気を与えられるからいいじゃないかという見解に対して「そんな言い方は傲慢だ」と批判したのだった。
宮本選手は立派であった。私も同感である。
ところがスポーツ選手の誰もかれもが、とくに今年は、被災地の人を元気づけられたらいい、とか、勇気を与えたいとか、堂々のたまうようになった。
力士、サッカー選手、高校野球球児、フィギュアスケート選手、マラソンランナー、水泳選手などなど、あらゆるスポーツ選手が、同じように「傲慢な」発言を繰り返した。新聞記者がインタビューするときに言わせるのだろう。
スポーツ選手も、被災地で苦労している方々を思うと、好きなスポーツをやっているという後ろめたさがあるために、言い訳をこうして見つけて「自分は被災地に人々のためになっているんだ」と思いたいのであろう。
それを宮本選手は傲慢だと自戒したのだ。
私は別に被災地は被災地であって、被災地以外でスポーツ競技ができるならいくらやっても構わないと思う。遠慮することはない。自粛はせいぜい1ヶ月でよろしかろう。「今年は中止」は、やりすぎである。
なんでも自粛は変だが、自分がスポーツをやることが(いくら勝っても)被災地の人たちを元気づけるとか、勇気を与えると思い、堂々と言うことも異常であろう。
「元気をもらえる(あげた)」「勇気をもらった(あげた)」というのは一種の流行語になった感がある。マスゴミが流行させたのだと思う。
しかし、例えば30年前なら、そんなことを言ったら、周囲の人は「?」となったはずだ。なに言ってるの、と。10年前でもなかったのではないか。
元気とか勇気とかは、もらったり、あげたり、できるものなのかいな?
もちろん「あの人は元気だな」とか「勇気があるな」と思って、だから自分も元気にならなくては、とか、自分も勇気をださなくては、と思うのはわかる。本来は見習うとか、あやかるという意味だったはずである。それならいい。
だが、それを簡単に「もらう」「あげる」という変な言葉で済ませるようになった。言葉の堕落、認識の堕落であろう。
ささいなことかもしれないが、これは大切な日本の文化である。
例えば誰もが知っている偉人や、尊敬する人、それが学者でも芸術家でも先生でもいいが、昔の人ならそんな「元気をもらった」「勇気をあげた」などと珍妙なことは言わなかった。日本文学全集を全部ひっくり返しても、どの作家もそんな下品な言葉遣いはしていないだろう。
本来なら社会の木鐸たるべき新聞記者が、こういう下品な言葉はチェックして遣わないようにしなければいけないのに、大衆受けするとばかりに流行させて、そして日本文化をぶち壊すのである。
元気とか勇気とかは自分の主体性の問題である。冒頭の会社を畳んだ女性のように、自分でがんばるしかない。他人からもらったり、あげることができると思うのはマザコンだからだ。
-------------------------------------------------------------------------
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/224499167.html
■まったく書き損じのない原稿
昨日の毎日新聞夕刊(9月5日付)に、元日本兵で、戦後英軍の捕虜になっていたという故人の日記が出版された、という記事があった。
日記の主は粉川清さんで、戦争中はインドネシアに派兵され、戦後しばらくは捕虜になってマレーシアやシンガポールなどで日本兵の捕虜収容所に入れられ、肉体労働をさせられながらも英語の通訳を務めたそうだ。
93年に77歳で亡くなっているが、ご家族が遺品を整理していたら、捕虜時代のことを克明に綴った日記を発見し、このたび出版したのだ。
粉川清さんは、東京帝国大学卒業後兵隊にとられ、復員後は大蔵省や銀行に勤務した。だが家族には戦争体験をほとんど語らなかったので、ご子息も英軍の捕虜になっていたとも知らなかったらしい。
日記には「捕虜生活の悲惨な状況ではなく、日本復興への意欲がつづられている点に驚かされた」と記事にある。
「80枚の紙に46年12月から翌年8月までの8カ月間が、英語交じりで記されていた」。
さて、そういう戦時中の体験はこう言っては失礼になるが、珍しい話ではない。私が今回取り上げたいのは、記事についているご子息と奥様が本を眺めている写真のキャプションに関してである。
キャプションになんと書いてあるかというと。
「まったく書き損じがない父の日記を読み返す粉川英夫さんと著書を手にする妻美穂子さん」
とある。
私はこの「まったく書き損じがない手書きの日記」がすごいと思ったのである。捕虜生活のなかでは紙は超貴重品だったはずだから、慎重に書いたとは言えるのだろうが、なかなか一字も「まったく」書き損じなしに書くのは、私には神業に見える。
毎日新聞も出版したご夫妻の写真よりも、書き損じのない手書き原稿を写真で見せてくれたほうが何倍も価値があったろうに。
粉川清さんは東京帝大卒ならば、旧制高校の出身であろう。戦前の旧制高校生らの頭脳のすばらしさを垣間見た思いだ。
私など書き損じてばかりである。ずば抜けた頭脳と、書くときの緊張感、気魄といったものが違うのだと思う。もっと言えば脳細胞がちがう。
原稿は書き損じてもまあ後で直せばいいや、と思いながら書いていた。認識がルーズなのだ。
そういえば、わが師の生原稿を見せていただいたことがあるが、後からの書き込みはあっても、書き損じはほとんどなかったように記憶している。
ついでに言うのはおこがましいかもしれないが、思いだしたことがある。それは私の祖父のことだ。私の祖父は明治の人間だったけれど、貿易の仕事をやっていた関係で英語が達者だったようで、仕事を卒業してから70代で死ぬまで英語の勉強はやめなかった人間だった。誰に強制されたわけではないのに。
その祖父が残した英語の勉強の大学ノートが残っていて、それこそ英文がびっしり細かい字で書き込んであって、何十冊もあった。現在は数冊を記念に保存してあるだけだが、これがまさに「まったく書き損じがない手書きのノート」なのである。
昔はコピー機なんかないから、手書きで書き写したのだろう。
祖父は旧制高校を出たわけではなく、明治時代だったからたぶん小学校くらいしか出ていなかったと思うけれど(かなり裕福だったので家庭教師がついていたそうだ)、それでも英文を書き損じなくノートに埋め尽くす“技”を見せてもらったときには圧倒された。こういうことは祖父だけのことではなく、明治期の日本人の実力の一端ではないだろうか。庶民にもこの程度の勉強家はざらにいたのだ。
話をもとの新聞に紹介されていた「書き損じがない原稿」のことに戻そう。
これも一つの優れた技ではあるまいか。…ということは本人が創ったのである。創れるのだ。これまで私は書き損じても直せばいいやと能天気に構えていたのは反省しなければならない。
書き損じをしないというのは、本来的には書いた文章は他人に読んでもらうためにする。汚い字を書いたり、墨であちこち潰してあったりする原稿や手紙では相手に失礼であるという考えなのだろう。その基本が戦前は徹底されていた、徹底して教育されたのだ。
その(相手のために)書き損じをしない原稿をかくことで、自分の頭脳も否定の否定で冴えたのである。現在は個性大事教育のせいと、教育は強制でなく支援だなどと馬鹿を言う教師のせいで、若い人は鉛筆の持ち方すらまともな人が少なくなり、字も下手で読めないものが出現してきている。
私の知るかぎり医者がとくに字がメチャクチャに汚い。カルテの文字が粗雑の極み。看護婦が何の指示が出ているのかわからなくて困惑している事例をいくつも知っている。ワープロが普及して、手書きの文章はほんの自分用のメモとしか思っていないのではないか。「ちゃんとした文章はワープロがやってくれるからいいじゃん」か?
俺は勉強ができる、アタマがいい、というウヌボレがそうさせるのだろう。勉強さえできればよく、人がちゃんと読める字を書く思いやり(?)すら不要だと考えているようだ。
わたしたちはついつい便利になって忘れがちだけれど、手書きの大事性は当然で、この例のように書き損じなく原稿を書くのはもっと大事なのだと改めて認識したしだいである。
さきほど、書き損じなく書ける、もしくは書く努力ができるのは、脳細胞が優れているからだと書いた。現代とは生活がちがったのだ。粗食・少食に加え、重い荷物を持つのは当たり前で、裸足や下駄で過ごす日々、洗濯、水汲み、雑巾がけ、草むしりなど、とくに手足の末端の鍛え方が凄まじかったからこそ、頭脳が冴え、「まったく書き損じがない文章」が書けたのである。
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。