http://www.asyura2.com/10/hihyo11/msg/479.html
Tweet |
記者の出世は“見えない壁”で決まる、歪な内情
「会社の人間関係に悩んでいる」といったビジネスパーソンも多いだろう。メディアも例外ではなく、いわゆる“閥”が幅を利かせている。今回の時事日想は、メディア界の社内階級制度などに触れてみる
相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『偽計 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo
相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『偽計 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo
相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『偽計 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo
読者の所属する企業、あるいは団体の人間関係は良好だろうか? 派閥、あるいは学閥が幅を利かせ、窮屈な思いを強いられている向きもいるのではないだろうか。筆者が長らく籍を置いていたマスコミ業界は、個性の強い面子が集まっていただけに、人間関係は複雑だった。今回は、ほとんど取り上げられることのないメディア界の社内階級制度、あるいは「閥」の内情に触れてみる。
「君は有資格者ではない」
以前本コラムで触れたが、筆者はバブル経済の真っただ中、1989年に古巣の通信社に入社した。採用時の職種はキーパンチャーだ。
当時の古巣は、金融機関のディーラー向け情報端末がヒットしたばかりのタイミングで、全国、世界中の支局から届く手書き原稿をテキスト化する需要が高まっていた。
外国語専門学校でタイプを習い、ブラインドタッチができるという非常に緩い条件で、筆者はマスコミ業界の一員となった。
入社後は、情報端末の編集部門で外為や株式市況、膨大な量の市場データの編集業務に携わった。仕事に慣れた95年、日本の金融界が不良債権問題に揺れ始めた。当時、経済部は同問題を集中的にカバーするため、日銀や大蔵省(現財務省)の取材態勢を変更し、外為市況担当に欠員が生じた。筆者はこの欠員を埋めるべく、若干の金融知識があるというだけの理由で記者職に転じた。以降、日銀記者クラブで3年ほど過ごし、東京証券取引所の兜クラブに異動した。
兜クラブで市況や外資系金融機関を2年間カバーしたころ、当時のキャップから次の異動先の希望を尋ねられた。筆者は迷うことなく「財研」(大蔵省記者クラブ)と返答した。
日銀クラブで金融政策や金融システム、民間銀行の経営問題をみっちり取材し、兜クラブで資本市場の内部をつぶさに見たあとだけに、次は財政、税、国際金融の取材してみたいと切に願っていたからだ。同省取材の過程では、政治家との接触が多くなると聞かされていたこともあり、魅力に感じていた。
だが、当時の直属のキャップの反応は極めて冷淡だった。「君は大卒じゃない。大蔵省を取材する資格はないよ」。言葉の端々に、「キーパンチャー上がりに大蔵省を触らせるわけにはいかない」とのトーンがにじみ出ていたことを十数年経た今も鮮明に記憶している。
一介のキーパンチャーを記者職に就かせてくれた古巣に対し、筆者は現在も大変感謝している。経営センスのなさを批判することはあっても、記者という仕事の面白み、やりがいを教えてくれことに対する恩義は今も変わらない。だが、このときほど自身が極めて特殊なキャリアを経たことを痛感したことはない。
本社採用組を蹴散らせ
閑話休題。
古巣を退社して数年後、筆者を取材に来た某大手紙の記者に先ほどの一件を話したところ、この記者の顔色が変わった。
聞けば、この記者も同じような境遇にあるというのだ。同記者は本社採用ではなく、地方支社で採用された。「本社採用組とは明確に給与体系も違えば、担当する取材先も区別されている」と聞かされた。
同社の他の記者にこの人物のことを尋ねた際、地方で猛烈に取材を続け、スクープを連発したことで本社にたどり着いた猛者、ということだった。
「本社採用組を蹴散らしたい一心で仕事を続けている」――。同記者は筆者にこう語ってくれた。真摯(しんし)な取材姿勢とともに、筆者は同記者のガッツにいたく感銘を受けた次第だ。
そして別の新聞社のベテラン記者と会食するため、都内の居酒屋に向かった。
店に着くなり、同記者が周囲を見回し始め、筆者は仰天した。「このエリアは、◯△局長の縄張りだから」というのがその理由だった。縄張りの意味が分からず、筆者がその意図を質すと同記者は所属する新聞社の二大派閥の存在を明かしてくれた。「どちらかの派閥に所属しなければ、部内での出世や海外勤務の希望が通らなくなる」ということだった。この記者は派閥嫌いで、どちらにも属さないことをポリシーとしていたため、同僚記者によっていらぬ詮索を受けぬよう細心の注意を払っていた、というわけだ。
目に見えない壁が存在する
このように、大手メディアの内部ではさまざまなキャリアを経た人材が存在する。また、出身大学ごとの学閥、あるいは所属する部門ごとの部閥、生え抜き、あるいは中途など採用時の「出自」など、目に見えない壁が存在する。
だが、「記者はネタをあげてきてなんぼ」だと筆者は思う。読者や視聴者のもとに、いかに良い記事を提供し続けることができるかが、本分に他ならないからだ。
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
▲このページのTOPへ ★阿修羅♪ > マスコミ・電通批評11掲示板
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。