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プロレスってやっぱり八百長、それはマスコミの責任だ
2006年08月25日12時31分
提供:PJオピニオン0ツイート
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ミスター高橋氏の『流血の魔術 最強の演技―すべてのプロレスはショーである』。かつての名レスラーとそのシナリオが書かれておりとても面白い。(撮影:堀口剛)亀田興毅選手の世界戦の判定に多くの人が納得がいかなかったのは、皆さまもご存知の通りであるが、そこで浮上してくる問題が、プロボクシングって、スポーツ?それともショー?ということではないだろうか。しかし、ここでは亀田選手のあの世界戦のことは、今回は置いておく。そこでショーと言って思い出すものの一つにプロレスがある。最近はタレントなども出場して、完全に“ショー”としてのイメージが強いものもあるが、かつては真剣勝負であった。ジャイアント馬場、アントニオ猪木が活躍した時代を覚えているだろうか?あの時代はまさに真剣勝負で手に汗握って試合を観た。しかし、あれは結局、悔しいが、八百長だったんですよね。
PJも中学生の頃、プロレスがとても好きで、憧れの選手を写すために、カメラを持って会場に何度も足を運び、家でもブリッジやスクワットの練習を毎日していた。もう数十年前だろうか、かつてプロレスの試合がゴールデンタイムに放送されていた時代があった。そのときに行われていた世界タイトルマッチのテレビ中継が途中で終わってしまって、その試合結果が、次の朝刊にはなぜ載らないのか?と不思議に思ったことがある。
PJはどうしても試合結果を知りたくて駅のキオスクまで足を運び、スポーツ新聞を片っ端から調べたところ、やっととあるスポーツ新聞に載っていたのを見つけて、喜んで2部買ってしまったことがある。そのくらい夢中だった。しかし、朝刊などの新聞に出ないということで、普通のスポーツとは違う、つまり八百長?ということを少し後になって知り、少々裏切られた気持ちになった。
さらにプロレスにはシナリオがある、ということを決定的にしてくれたのは、かつて新日本プロレスのレフェリーをしていたミスター高橋氏の流血の魔術 最強の演技―すべてのプロレスはショーであるというプロレスの内部事情を世に広めた暴露本だ。これは“すべてのプロレスはショーである”というサブタイトルのごとく、試合にはシナリオがあり、誰がシナリオを書き、それをどう実行したかが詳しく書かれている。プロレスは“キング・オブ・エンターテインメント”だそうだ。個人的にもその昔、ジャイアント馬場の必殺技16文キックは動きがスローなのに相手に本当に効いているのか?とか、タイガーマスクが絶対に負けないのはなぜ?など、不思議に思っていたことがあるが、これを読めば謎が解けた気がする。
八百長という言葉は、それをスポーツとして観た場合に使われるようだが、ショーなら八百長にならないようだ。しかしPJの中には“八百長”という言葉が合う気がする。当時、真剣に観たし、ショーならショーと言っていないからだ。今さらショーと言われても遅いのだ。マスコミは、どうやら視聴者に真実を明かさずに放送することで、面白くさせようとしているようだが、これは昔からやっている手段だった。マスコミは、ショーならショーと言ったらどうなのだろうか。その上で視聴者を面白い!と言わせる番組作りをしたらどうなのだろうか。【了】
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