http://www.asyura2.com/10/hihyo11/msg/111.html
Tweet |
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20100701-00000301-gtwo-cn
安田峰俊(ノンフィクションライター)
無錫老船長青年旅館。
誰かが廊下を歩くたびに床板がキイキイ鳴る。築30年は経っていそうなこのボロ宿は、江蘇省の古都・無錫の裏路地にある。1泊あたり40元(約560円)。宿泊者5人がザコ寝をする、中国のユースホステルである。
俺はノートパソコンを立ち上げてから無線LANでネットに接続し、自分のブログのコメント欄をチェックする。いつもの習慣でなにげなく別のサイトに飛ぼうとすると、真っ白な画面に「接続不可能」のメッセージが表れた。……そうだった、去年の夏のウイグル騒乱以来、中国国内からtwitterは接続できなくなったんだっけ。
ベッドの上には、今回の取材のために買ってきた大量の中国雑誌や新聞が散らばっている。上海市や浙江省を中心に、江南の各地を回って入手した50冊近くの現地誌だ。国内のインテリ層に人気の政治雑誌から場末のカストリ誌、マニアックな若者向けのアニメ誌から怪しげなゲイ雑誌まで、我ながらよくもこれだけ集めたもんだ。
雑誌に交じり、時事ニュース紙『環球時報』の見出しが目に入る。3月27日付のトップ記事は、ネット検索大手Googleの中国撤退を大文字で報じていた。
大量に発行されている雑誌と言論統制。この国で、情報は氾濫しているのか閉じられているのか――。
いったい、どっちなんだろう。
俺は新進気鋭のノンフィクション作家……というタテマエを掲げた、無職スレスレの三流ライターである。20代後半になるのにろくな職歴もなく、少し原稿料が貯まるとインドや中国をウロウロしてばかりいるので貯蓄もない。近頃、世間の目がどんどん冷たくなってきた。
だが、ダメ人間を絵に描いたような俺にも特技はある。「迷路人」というハンドルネームで、中国の面白げなネット掲示板を「2ちゃんねる」風に翻訳する、『大陸浪人のススメ』というブログを運営しているのだ。
その内容はまさに玉石混交。天安門事件のデモ隊への再評価を訴える「反体制的」な大学生の主張から、日本式の人材管理に不平を鳴らす中国ユニクロ社員の内部告発、はては夫に1ヵ月も放っておかれて無聊に苦しむ有閑マダムの愚痴にいたるまで、日本のテレビや新聞にはまず出てこない等身大の中国人のホンネをあれこれと紹介している。そのネタをもとに、最近になって『中国人の本音』という(自称)マジメな本を書いたりもした。
「君、中国のディープなメディアを探ってきてよ。君の好きそうなローカルな場所に出張していいからさ」
そんな俺が、部屋に引きこもって2ちゃんねるばかり眺めていた今年の春、『G2』の編集部から突然電話が入った。現地目線で中国の言論事情についてレポートせよという。
よろしい。学生時代、俺は現地に1年ほど住み、当時付き合っていた中国人の女の子に振り回されるアホな日々を通じて“リアル”な中国を体得してきた。この国が舞台なら、どんなディープな場所でもそれなりには耐性があるからな……。
■中国屈指の硬派系隔週刊誌
3月18日。
さっそく中国に渡った俺は、万博を控えた上海の街からメディア探索を開始することにした。
高層ビルが乱立する上海は、見た目だけなら既に東京をしのぐ大都会である。ローカルな中国人民ご用達の小籠包食堂にまで店内禁煙が徹底されるなど、マナー向上への動きもうるさい。ただし、ビルを仰ぎ見ながら三輪自転車でクズ鉄を集めるオッサンや、田舎から出稼ぎに来たと思われるイケていないセーターを着た女工さんの姿も目立つ。明暗のコントラストの激しい街だった。
俺がまず、街角の書報亭(=雑誌販売キオスク)で買ったのは『南風窗』という雑誌である。時事ニュース分野では国内トップクラスの50万部の発行部数を誇り、2007年4月にNHKのドキュメンタリー『激流中国』でも特集された、大胆で自由主義的な論調で知られるジャーナリズム誌だ。
『南風窗』はこれまで、経済的に立ち遅れた貴州省で横行する貧困層の売血問題への批判、あるいは中国社会のGDP拡大至上主義からの脱却や環境問題に配慮した「グリーンGDP」への転換を提言するなど、挑戦的なテーマに次々と切り込んできた。外見は『ニューズウィーク』みたいな感じで、印刷と紙質も上等。1冊あたり8元(約120円)と値段も良心的だ。知識層に読者が多く、政権内部にもファンがいるという。
俺が入手した2010年4号の『南風窗』は、中国内陸部の重慶市で昨年6月から続く「マフィア撲滅キャンペーン」の問題点について、独自の論陣を張っていた。もともと、重慶周辺ではマフィアと地元公安局との癒着が問題視されており、そのアンタッチャブルな地域の暗部に華々しくメスを入れた重慶市のトップ・薄熙来の活躍は大きな話題となっていた。国内の報道は彼の功績を称える論調が圧倒的だった。
だが、『南風窗』の切り口はちょっと異なる。誰でも彼でも「マフィア」のレッテルを貼って検挙を繰り返す重慶市当局のやり方について、取材対象からのこんな声を載せているのだ。
現在の重慶のマフィア鎮圧は、1950年代の「反革命運動」の鎮圧とかなり似た部分がある。それは、「為政者が決定を下すや、庶民が全力で支持し、大規模な大衆運動を発動する」という点である。
たしかに重慶のマフィア取り締まりは、わずか1年足らずで3000人以上の容疑者が拘束されるなど、薄熙来によるパフォーマンス的な側面が濃厚だ。香港の一部報道などでは、「薄熙来が前任の重慶市トップ・汪洋の影響力を一掃するための権力闘争としてマフィア摘発を利用しているのではないか」と指摘する声もある。
マフィア撲滅は、誰にも文句をつけられない「良いこと」だ。だが、トップダウンの指示で片っ端から批判対象に「悪」のレッテルを貼って吊るし上げ、それを政治的ライバルの「追い落とし」に利用するやり口は、毛沢東の「革命」時代と何も変わらないと、この雑誌は大胆な批判を展開しているのである。
中国で権力者の政策に対し、ここまで踏み込めるのは『南風窗』ならではのことだ。
だが、このような報道姿勢は、当然ながら中国国内のメディア統制をおこなう共産党中央宣伝部からはあまり良い顔をされない。
事実、俺が取材で中国に滞在している間にも言論統制の締め付けを実感させるような動きがあった。3月24日、国内情勢における18項目の話題について、中央宣伝部が「メディアの報道や独自取材を禁じる」という通達を出したのだ。
ちなみに「通達」とは、中国共産党や政府の関連機関が下々に向けて出すお触書のことだ。議会の審議を経ずに国民の権利に制約をかけることが可能で、法的根拠はないが事実上の法として運用される―という摩訶不思議な命令である。
つまり、今回の通達は宣伝部が「最も触れられたくない」問題を、自らわざわざ説明してくれたようなもの。俺のように中国ウォッチブログを運営している人間に、狙うべきネタを丁寧に提供してくれているのだ。その意味では、彼らの親切に深く感謝したいところではある。
御禁制18項目の一部は次のとおりだ。
■人民元切り上げ問題
■官僚の腐敗
■食品安全問題・事件
■ウイグル騒乱・チベット騒乱
■貧富の格差
■党幹部の人事予想
■不動産価格の上昇と住宅難
■重慶の警察と暴力団の癒着
重慶の事件は、ばっちりと「禁則事項」である。先に紹介した記事は通達が出される前に発表されたものだが、やはりアブナい話題であることに違いはない。「『南風窗』、いいぞもっとやれw」と俺なりのエールを送ってあげたい気分だ。
もともと中国の新聞や雑誌は、各省や各都市の党委員会といった「体制側の組織」の機関誌や、その機関誌の別冊という形をとることが多い。タテマエの上では、この国のメディアは全て中国共産党のプロパガンダ機関。要は「党と政府の喉と舌」だ。
社会問題の真相を抉るジャーナリズムや、党や国家の権威を傷つけるような主張、アホで下品だが笑える娯楽といった他国のメディアに必要とされるような要素は、この国では本来的に求められていないのである。
だが、改革開放政策がスタートして30年を経た現在、周知のとおり、中国の社会は資本主義化されている。市場競争を重視する政府主導の出版改革により、2004年春からは大部分の出版社が一般企業と同じような経営体に転換した。いまや国内で発行される雑誌は9000種類以上。生き馬の目を抜くような部数獲得競争を展開中だ。
各出版社のバックには体制側の組織が存在するとはいえ、過去のような親方日の丸―、もとい親方五星紅旗のお役人経営でやっていけた時代はすでに過去のことだ。読者の関心が高いテーマをセンセーショナルに取り上げ、部数を伸ばさなくてはメシが食えない世の中になっている。
結果、メディアに余計な事を喋らせたくない共産党の言論統制部門と、商売上の必要など、諸般の事情から自由に情報を発信したいメディアとの間で、ギリギリの駆け引きがおこなわれるようになった。微妙な緊張関係である。
しかし、ここで疑問が残る。それならば中国の雑誌は、いったいどうやって政治や社会への批判を人民に語るのだろうか。
ひとつの手段としては、前述の重慶の事件のように、「雑誌が批判したい対象」を、その対象と対立関係にある党のエラいさんを後ろ盾につけながらコキおろすという方法がある。
さらに、ちょっとした高等テクニックもある。
俺が上海市内のローカルコンビニ「好徳」の店頭で買ってきた『南風窗』2009年24号より、「主義、路線と変革」と題された興味深い特集記事をご紹介しよう。これはロシア・日本・インド・ネパール・北朝鮮といった各国の社会主義政党の現状を批判的にルポするという、通常の記事の3倍以上に真っ赤な色に染まった、まことにチャレンジングな企画である。
記事をすこし引用・要約してみる。
仮に北朝鮮が経済開放政策を実行した場合、大量の国外情報の流入が、国民の現政権に対する盲信・盲従の姿勢を大きく変化させてしまうことだろう。
北朝鮮の政治状況について述べた部分だ。朝鮮労働党の実態を「金家党(=金正日一族の党)」だとする見出しまで付いている。
他には日本共産党についての分析もあり、同党の議席がなかなか伸びない原因が指摘されている。いわく、その一因は「日本共産党の内部が非民主的」であるからとのこと。まさか中国人からこのように評されるとは……。志位和夫サンの耳にでも入れば腰を抜かすだろう。
スターリニズムの信奉者であるロシア共産党委員長・ジュガーノフ氏へのインタビュー記事はさらにハジケている。中国人記者が直接こんな質問をぶつけているのだ。
★スターリン時代、ロシアでは粛清によって数千万人が死に追いやられ、数百万人が労働改造所に送られました。いかがお考えですか?
★あなたはまだ、共産主義を信じていますか?
いかに『南風窗』といえど、さすがに自国の政治体制を批判する内容は載っていない。だが、中国人がこの記事を読めば、この雑誌が本当に批判したい相手が誰なのかは一目瞭然だ。
古来、無数の政治闘争を数千年にもわたって繰り返した中国は、いつしか「指桑罵槐」というテクニックを生み出した。ある対象に文句を付けるフリをしながら、別のモノへの批判をそれとなく仄めかすというものである。
つまり、同誌の記者たちが本当に文句を言いたい、本当に読者に対して不満を伝えたいのは、朝鮮労働党やロシアの共産党などではなく、きっと中国共産党なのである。宣伝部による言論統制の下で対象への直接的な批判ができないゆえに、後は読者に「お察し下さい」とすることでお茶を濁す。
彼らは確信犯なのである。
こうした際どい論調には、むろんそれなりのリスクも伴う。『南風窗』の記事も、ときにはやり過ぎて言論統制のコードに触れ、原稿がボツになったり、雑誌ウェブサイトが公開禁止処置を受けたりもしている。2006年に中国共産党の歴史認識の見直しを正面から主張した週刊タブロイド紙『冰点』が発行を一時停止されたように、文字どおりの「死刑」の執行をちらつかされるケースもある。
ちなみに『南風窗』の発行元は広州市党委員会の影響下にある新聞社。『冰点』の後ろ盾は現在の中国のトップである胡錦濤の出身母体・共産主義青年団だ。雑誌編集部も、少なくとも管理職クラスの大半は共産党員である。
だが、中国国内でも「強権的」で「頭が固い」と評される中央宣伝部と雑誌編集部の現場とでは、同じ党員であっても価値観はまったく異なる。今日の中国共産党は8000万人近くの党員を抱え、各組織や個人ごとの認識の差が非常に大きい。
報道関係者のなかには、党員でありながら、党のイデオロギーや現在の中国社会のありかたに対してクールな視点を持つ人が結構いるのだ。
テレビ、新聞はもちろん、雑誌でさえも当局の規制は及ぶ。そこで、中国人が政治や社会制度の不満を遠慮なくぶつけるメディアとしてインターネットが頭角を現している。近年の中国政府があれほどしゃかりきになってネットへの統制を強めようとしているのは、まさにそのためだ。
著作権意識の低い中国では、新聞、雑誌記事がネットのあちこちに(タダで)転載される。その後、ブログや掲示板経由で、より多くの人々の目に触れ、世論の一端を形成していく。
ネットで政治批判を行うのにも工夫が見られる。「党」をローマ字表記で「dang」と書いたり「?」と別の漢字に置き換えたりすることで、意図的に言葉を書き換え、当局による検索に引っかかりにくくするのだ。事情を知っている人間の間で意味が通じることは言うまでもない。
同じように、天安門事件は「TAM事件」、民主という言葉は「鳴猪」など、表記の例は枚挙にいとまがない。ネットの世界では、中国でもそれなりの政治批判・意見表明は可能なのだ。
知識層のユーザーが多いと言われる大規模掲示板『天涯社区』から用例を拾ってみよう。
中華民国時代の共産党は、「ZIYOUと鳴猪を勝ち取ろう」というスローガンを掲げていたのだが。
今の中国で、人民はZIYOUをどこで目にすることができるのか、鳴猪をどこで勝ち取れるのかねえ。
もちろん、現代中国の「お上」たる共産党の指導者層だって、こうした言論空間の存在に気付いている。北京五輪とチベット騒乱のあった2008年以降、ネット世論でも現実社会のメディアでも、言論統制は大幅に強化されている。Googleと中国政府との衝突や、twitterやYouTubeなどの閲覧禁止措置もその一例だ。
だが、雑誌記者もネットユーザーも、検閲の陰ではさまざまな情報を、発信したいし知りたいのである。だから、この国の人々は婉曲表現や隠語など、ありとあらゆる手段を用いることで、少しでも言論の自由を謳歌しようとする。
ともあれ、3000年以上も昔から文字を使って文章を読み書きしてきた、中国の知識人をナメてはいけない。彼らはなかなかシブトいのだ。
■安田峰俊(Minetoshi Yasuda)
1982年滋賀県生まれ。広島大学大学院文学研究科(中国史)修士課程修了。「迷路人」のハンドルネームで、中国のネット掲示板を翻訳・編集する人気ブログ『大陸浪人のススメ』を運営中。初の著書となる『中国人の本音』(講談社)が評判に。
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
▲このページのTOPへ ★阿修羅♪ > マスコミ・電通批評11掲示板
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。