http://www.asyura2.com/10/hasan70/msg/484.html
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専門家の多数意見としては、税制改革の方向(富裕層増税、法人税減税)自体は長期的にはプラスと見ているようだが、
やはり短期的な効果に関しては、非常に小さい(円高や雇用規制など多くのマイナス要因を打ち消すほどの効果はない)ということになるか。
転載
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■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:1143への回答ありがとうございました。2010年ももう終わろうとしていま
す。2010年という年ですが、あまり仕事をしたという実感がありません。『歌うクジ
ラ』という新作長編小説を電子化し、G2010という電子書籍の制作・販売会社を作っ
たりして話題になりましたが、小説そのものは今年初めに連載が2本終了し、そのあ
とはほとんど原稿を書いていません。仕事をしたかどうか、わたしは小説を書くこと
でそのことを確かめているのだと実感しました。作品を書いている間は、そんなこと
はあまり考えません。書き終わって、次の小説を本格的に書きはじめるまえに、そう
いった実感を持つわけです。
連載や書き下ろしを書いているときは、早く終えたいとそればかり考えているので
すが、終わってしまうと気が抜けてしまう、これまでもその繰り返しでした。小説を
書いていないとネガティブな気持ちになるというわけでもありません。解放されてい
るような気分もあります。新しい小説を書きたいという強い欲求が起こることもあり
ません。執筆は本当に大変な作業なので、できれば遠離っていたいのです。来年から
新しい連載がはじまりますが、わくわくするわけでもないし、楽しみでもありません。
面倒くさいなと思うだけです。
ただ、こうやって小説を書いていない間、執筆に対する飢えが醸成されているのか
も知れないと、この歳になって思うようになりました。集中して資料を読んでいると
いうわけでもないのですが、新しい作品のモチーフに関係する事件や事象には無意識
に敏感になっているようで、ふと気づくと関係する記事をネットで拾い集めたりして
います。歳を取るということは、わたしにとって小説とその執筆に関して、自覚的に
なるということのようです。
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■次回の質問【Q:1144】
2011年が、2010年よりも、日本経済にとってよい年になるという指標、兆
候のようなものは、何かあるのでしょうか。
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村上龍
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■ 村上龍、金融経済の専門家たちに聞く
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■Q:1143
政府は税制改正大綱を閣議決定し、国と地方を合わせた法人税の実効税率が5%引
き下げられ、その代わりに高額所得者、富裕層に対しては実質的に増税ということに
なりました。ちなみにアメリカでは、オバマ政権がブッシュ減税の継続を決めたよう
です。今回の日本政府の税制改正ですが、どのような経済効果があるのでしょうか。
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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
今回発表された民主党の税制大綱を見ると、基本的に、企業が負担する法人税率を
5%引き下げることに伴う税収の減少分を、他の税項目の見直し等で埋め合わせる格
好になっています。具体的には、企業負担に係る減価償却制度の一部見直しや繰越欠
損金の扱いを見直し、さらに個人が負担する所得税・相続税の控除枠を削って税収を
増やすことを意図しています。
この程度の税制度の見直しでは、おそらく大きな経済効果を生まないのではないか
と思います。法人税率が引き下げられたといっても、引き下げ幅は5%で改正後の絶
対水準は35%ですから、国際的にみて依然高水準であることに変わりはありません。
ただ、国内企業にとっては、税率の引き下げによって納税額が減りますから、手元資
金が増える計算になります。それは、相応のメリットであることは確かです。
企業の内部留保が増えると、その分だけ企業が使うことのできるフリーキャッシュ
フローが増えます。そうなると、中・長期的にみると設備投資に回せる資金が潤沢に
なり、設備投資が増加して企業の競争力が向上することが期待できます。政府は、そ
うした効果を期待しているのだと思います。その方向性は間違っていないと思います。
国の経済力を強化するためには、付加価値を生み出すことができる企業の実力を強化
することは必要です。そのために、企業の税負担を軽減することには合理性がありま
す。
問題は、現在の企業の状況を考えると、5%の税率引き下げが直ぐに企業競争力の
強化につながるか否かです。その点については、やや疑問があります。まず、企業の
キャッシュポジションはかなり潤沢で、今でも、企業がその気になれば、設備投資を
積極化するだけの原資を持っています。それにも拘わらず、企業の設備投資が目立っ
て回復していないのは、企業経営者が、設備投資を行っても十分な収益期待を持てる
投資案件が少ないということが主な理由だと思います。税率を5%引き下げただけで、
直ぐにそうした状況が変化することは考えにくいでしょう。
また、海外企業にとって、この程度の法人税率を魅力的と認識する企業は殆どない
でしょう。今回の改正によって、海外企業の進出を期待することは難しいと思います。
今後、わが国が産業を強くするために、さらなる法人税率の引き下げや、国内の規制
緩和、海外進出企業に対する支援など総合的な施策が必要になると考えます。その意
味では、今回の5%の法人税率引き下げは、そうした方針の第一歩と位置付けるべき
です。
一方、今回の税制大綱で税負担が増える一部企業や個人は、経済活動を低下させる
ことが考えられます。特に、個人部門については、所得額が相対的に高いセクターの
負担が増えることになります。メディアの多くは、「本来あるべき消費税率に関する
議論を避けて、法人税の税率引き下げと、高額所得層に対する増税での帳尻合わせ」
との論調を採っているようです。確かに、不人気な消費税率の引き上げを封印した政
府のスタンスは、"帳尻合わせ"と批判されても仕方がないでしょう。
今回の大綱を見て、最大のポイントは、民主党政権が消費税率に関する議論を意図
的に避けたことではないかと思います。民主党政府は、昨年夏の衆院選挙時のマニフ
ェストの内容に固執する姿勢を示しているように見えます。マニフェストは一種の約
束ですから、すぐに反故にすることはできないでしょう。しかし、その約束した歳出
のなかで、政策効果の望みにくいような内容のものは、見直しが避けられないはずで
す。
人気取り政策的な内容を充分に見直さず、消費税率の引き下げの議論を先送りにす
るスタンスは、短期的には、わが国の経済状況を改善する事にはつながりにくいと思
います。それでは、人々が、将来に希望を持つことは難しいのではないでしょうか。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
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■ 菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
株式市場の観点からは、法人実効税率が40.69%→35.64%へ引き下げら
れることになったことと、2012年1月から20%へ引き上げられる予定だった個
人向けの配当及びキャピタルゲイン課税が、2013年末まで10%に維持されるこ
とになったことがポジティブです。法人実効税率の5%引き下げだけであれば、法人
部門は1.5兆円の減税になるはずでしたが、課税ベースの拡大によって、法人部門
の実質的な減税額は5800億円程度に留まります。今回の法人実効税率の引き下げ
は12年ぶりの画期的なことです。法人減税を求めてきた経済産業省によると、19
98〜99年に実効税率が7.5%引き下げられた時には、TFP(総要素生産性)
成長率が0.5%加速しました。今回も成長率の加速が期待できるということです。
課税ベースの拡大には、租税特別措置である特別償却や準備金などの縮減、法人税法
上の措置である減価償却制度の償却速度を主要国並みに見直すこと、大企業の欠損金
の繰越控除の制限が含まれました。この法人税制改正から恩恵が大きいのは、実効税
率が高く、過去に赤字がない内需系大企業でしょう。輸出系大企業は既に法人実効税
率が低い海外展開を進めているため、内需系企業より実効税率が低くなっています。
法人税率の引き下げは、菅首相の政治決断で実施されることになりました。国内投
資と雇用を守ることが、法人減税の大儀名分でした。そのため、従業員を増やした企
業に対して1人20万円を税額控除する雇用促進税制が3年間の期限付きで創設され
ることとなりました。海外からの投資が増えるという期待もあるようです。しかし、
残念ながら、法人減税だけで国内での投資や海外からの投資が増えるとは考えにくい
です。日本は人口減少によって市場縮小が不可避ですし、教育水準の低下によって、
優秀でやる気のある労働力も減っているためです。中国も人件費が年15%上昇して
いますが、まだ日本の10分の1のコストで労働者を採用できます。日本企業は、買
収防衛策や株式持合で、海外からの投資を歓迎しないというシグナルを発してきたた
め、海外からの投資が増えるとは予想しにくいです。
一方、収入比例だった給与所得控除(サラリーマンの必要経費とみなされる)が、
年収1500万円で頭打ち、相続税最高税率の50%→55%への引き上げなど高額
所得者・富裕層に対して増税が行われることになりました。高額所得者を含めて、ブ
ッシュ減税が延長された米国とは対照的な増税です。2009年の給与所得者450
0万人のうち、年収が1000万円を超える者は3.7%しかいませんが、所得納税
額の38.5%を支払っています。所得がありながら、納税を全くしていない者は1
8.3%に及びます。今回の家計部門の増税は4900億円ということで、雇用者報
酬の0.2%に過ぎないうえ、高額所得者は貯蓄率が高いため、GDP上の個人消費
に与える影響は小さいのでしょうが、高額所得者にターゲットを絞った増税は、日本
経済の活力低下や、優秀な人材の海外流出につながり、日本の潜在成長率の低下につ
ながるでしょう。日本に求められているのは、少子高齢化に伴う社会保障費を広く薄
く負担することと、グローバル化時代にアジア諸国に負けない経済活力が維持される
税制を確立することでしょう。
消費税引き上げなどの抜本的税制改正なしに、税金を取りやすい所から取るという
姿勢が明確になった今回の民主党の税制改正で、次回の総選挙では民主党に投票した
くないと思った証券市場関係者が多いようです。JMMの読者も、所得が相対的に高
い金融関係者が多いため、今回の増税に否定的な方が多いのではないでしょうか。消
費税引き上げについて、2011年半ばに成案を得ると明記されましたが、菅首相の
弱いリーダーシップのままでは実現性に疑問が呈されます。
メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊
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■ 北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
まず、法人実効税率の引下げについて、10月28日に経済産業省が作成した資料
を見てみましょう。法人税率を5%引下げた場合の効果は、三つあると書いてありま
す。(1)最大121万人(製造業で69万人)の雇用維持効果、(2)GDPの押
し上げ、国内投資・回帰効果で5.3兆円、海外移転抑制効果で9.1兆円、その結
果、3年後には法人税収4800〜6400億円の増加、国税税収1.15兆円の増
収、(3)海外企業の日本への呼び込み、海外から日本への直接投資を8500億円
押し上げ。
これに対して、「企業が手元現預金や内部留保を増加させている状況を踏まえると、
法人実効税率引下げ効果はない」という想定される反論にたいしては、以下のような
再反論を用意しておりました。(1)中小企業はそうかもしれないが、大企業の現預
金は過去20年近く一定の水準(法人実効税率引下げ分は、投資に回る)。(2)内
部留保も、手元資金ではなく、設備や事業投資などに活用されている。(3)財務体
質の強化はすでに終わっているので、法人税減税でキャッシュフローが増えると「攻
めの投資」につながりやすい。
さらに、なぜ、今年の6月に予定されている「税と社会保障の一体改革」から離れ
て法人税減税だけを急いだのかという疑問に対しては、「円高の影響もあり、我が国
産業の空洞化が進みかねない状況に」あったからだと説明しておりました。この資料
によると、今回は、5%の引下げですが、中長期的には25%まで、さらに10%程
度の引下げを考えているようです。
合計で15%程度、法人税を引き下げねばならないのは、要するに日本と諸外国の
法人実効税率の格差がこの10年で大きく拡大したから。2000年と2009年を
比べると、EUは約35%から約27%に、アジアは約28%から約25%へ、これ
に引き換え日本は42%から40.7%とずいぶん高いと言います。その上で、韓国
のサムスン電子とシャープを比較し、もし日本の法人実効税率が韓国並みなら、シャ
ープの余裕資金は約1600億円増え、亀山第二工場をもう一つ作ることができると
プレゼンしております。
ところで、こうした現状認識に対して、本当に日本の法人実効税率は高いのか、と
いう疑問を提示していたのは「赤旗」です。同紙の試算によると、日本のトップ大企
業の利益にかかる法人課税の実際の負担率は、様々な優遇措置の結果30%程度であ
ったと。調査対象期間は、2003年度から09年度の7年間、対象企業は経常利益
の上位100社です。ちなみに、法人税負担率を低い順番にみると、ソニー12.9
%、住友化学16.6%、パナソニック17.6%、三井不動産18.8%、京セラ
18.9%でした。これについては、自分でも計算しましたが、同じ結果でした。こ
の場合、日本の法人実効税率が諸外国よりも高いので競争上不利だ、したがって、法
人減税を急がねばならない、という議論の前提が崩れます。議論の前提が崩れるなら、
前述の効果も本当にあるのかどうかは分からないということになるでしょう。
イギリスの社会経済学者であるコリン・クラウチは、「ポスト・デモクラシー」
(青灯社)のなかで次のように指摘しておりました。現在のグローバル企業は、「政
府に耳を貸してもらえなければビジネスセクターは繁栄せず、したがって政府の主な
関心事である経済発展も危うくなると脅かすことができる」。ただ、こうしたグロー
バル企業の力は誇張されており、「実際には、グローバルにはほど遠い企業が多く、
巨大な多国籍企業でさえ、既存の投資パターンや専門知識、ネットワークに縛られて
おり、最低の賃金と最悪の労働条件を求めて世界中を転々とするどころではない」と
指摘しておりました。
同様の指摘は、ハジュン・チャンの新著「世界経済を破綻させる23の嘘」(徳間
書店)にもあります。資本には国籍はないと言われるが、それは嘘だと。グローバル
企業と呼ばれる企業でも強い「ホーム・バイアス(本国偏向)」があると言います。
例えば、ダイムラー・クライスラー。クライスラーがダイムラー・ベンツに買収され
た時、取締役の構成をみると、ドイツ人10〜12人に対してアメリカ人は1〜2人
だった。その後、買収が上手く行かなかったことからクライスラーが米投資ファンド
に売却されると、クライスラーの取締役の大半はアメリカ人になった。今、クライス
ラーはイタリアのフィアットの出資によって再建を図っているが、今後、イタリア人
取締役が増えて行く公算が高いと。こうした傾向は、経営陣だけではなく、研究開発
部門や生産拠点においても同じだと指摘しておりました。
ここで、改めて思い出すのは、現在の状況は、革命前のフランスに似ているという
コリン・クラウチの痛烈な皮肉です。当時のフランスでは「税金を免除された君主と
貴族が政治権力を独占し、納税する中産階級と農民は政治的権利を認められなかっ
た」と。なお、彼の本のタイトルである「ポスト・デモクラシー」とは、「資本主義
の性急なグローバル化に、民主主義が追い付いていけない状況」を指しております。
この民主主義が機能するためには、マスメディアの役割が重要ですが、今回の法人税
減税において、その役割を果たしていたのは「赤旗」だけだったのではないでしょう
か。
ところで、もう一つの論点である「高額所得者、富裕層に対する実質増税」は、法
人税減税の財源捻出のためというよりも、本来は「税と社会保障の一体改革」の文脈
で議論されるべきことだと思います。先日、日本経済新聞の「大機小機」欄に「真の
弱者と真の格差」という論考が掲載されておりました。弱者とはこれから生まれてく
る世代であり、格差としては、現役世代と将来世代に「機会の不平等」があるという
話でした。
実際、鈴木亘氏の「年金は本当にもらえるのか?」(ちくま新書)によると、「1
940年生まれと2010年生まれの年金の世代間格差は、5460万円から593
0万円もある」という話でした。これは、「世代間の助け合い」という次元を超えて
いる。そうなると、年金を含む社会保障制度と税は、より世代内で自立する方向を目
指して再構築されねばならないでしょう。では、どうするかですが、鈴木氏は、現在
の賦課方式から積立方式への移行を前提に、財源の調達先の一つとして、相続税をあ
げておられました。要するに、「現在の年金受給者の相続資産の中には、過去の大盤
振る舞いの結果蓄えられた年金分を含んでいる筈」なので、それを返してくれという
ことです。
いずれにせよ、世代内で完結するためには、高齢富裕層の資産への課税を強化する
ことになるでしょう。場合によっては、実質的なマイナス金利をも意味する流動資産
税を考慮する必要があるかもしれません。昔、高度成長期のころ、「マル優」という
少額貯蓄非課税制度がありましたが、今は、この逆の高額貯蓄課税制度でも設けて、
高齢富裕層から高齢貧困層への再分配を考えても良いのではないかと思います。そも
そも金融資産を持っているのは、もっぱら高齢者でしょうから。曽野綾子さんの新著
「老いの才覚」(ベスト新書)は、50万部を突破したようですが、ある意味で、興
味深い現象です。「できるだけ若い世代に負担をかけさせないようにしようと思うの
が当然ではありませんか」と高齢者の覚悟を促している本だからです。
ちなみに、前述のハジュン・チャンの23の嘘のなかに、次の二つのことが含まれ
ておりました。まず、「市場が上手く動くのは人間が利己的だから」というのは嘘で、
「富者をさらに富ませれば他のものたちも潤う」というのも嘘だと。人間、そして経
済が、ハジュン・チャンの言う通りなら、世代内で自立する社会保障制度の構築は可
能でしょう。世代間の「機会の不平等」を是正するには、世代内の「結果の平等」が
重要だと言うことです。今回の「高額所得者、富裕層に対する実質増税」は、その一
歩としてなら評価できます。
JPモルガン証券日本株ストラテジスト:北野一
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■ 杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
法人税の実効税率の5%引き下げは、もちろん企業にとってもちろんありがたいこ
とです。単純計算で利益から支払う税金が5%減るわけですから、その分設備投資に
まわすことができます。研究開発・人員なども増やすことが出来るかもしれませんの
で、その分企業の長期の成長率を上方にシフトする効果が期待できるでしょう。
1兆から2兆円ぐらいの減税のはずですが、今回の措置は課税ベースの拡大とセッ
トになっているので、その減税効果は半分以下という試算のようです。現在企業は、
デフレで投資機会が少なく、社内にキャッシュを溜め込んでいる状態でので、います
ぐそれが成長率の上昇につながる状況ではありません。現時点では将来デフレが解消
された時点での潜在成長力が上昇したということにとどまり、10%位まで下がるな
らともかく35%では、すぐに海外からの投資を呼び込んだりする力はありません。
海外立地を考えている企業に、思いとどまらせる一材料にはなるのではないでしょう
か。
所得税の方を眺めると、所得控除に上限を設け、年収1500万円で上限に達する
にしたことや、相続税、退職金課税での強化を打ち出したことで、高額所得者・富裕
層への増税ということになります。所得控除の上限で増税額としては、国税と地方税
合わせても1000億円程度ですが、この層には子ども手当てのメリットはあまりな
いと思われますので実質かなりの増税になります。
高所得を狙い撃ちにしたように見えますが、相続や退職金課税までふくまれている
ので、年齢軸で高齢者に対する課税と言うこともできるのではないかと思われます。
功なり名を遂げた裕福な高齢層には、もっと負担してもらおうという担税能力の議論
だけではなく、世代間負担の不公正是正の動きとも見えます。
もっとも、優遇されたはずの子育て世代ですが、月1万3千円の段階で、財源のほ
とんどを同目的の政策であった、児童手当てや年少扶養控除、特定扶養控除などの廃
止で捻出した計算ですので、差し引きプラスになっているかどうかは、よく分からな
い状況です。したがって、経済刺激効果もあまり期待できないでしょう。
どこが政治主導だったのか首をかしげるような結果で、財務省主導で省庁内だけで
数字合わせをした結果が歴然としています。この世代を優遇することが政治なのだと
するのなら、他のところからの別財源で、公約満額の2万6千円支給までもって行か
ないことには、ただかき混ぜただけに終わってしまいます。これでは、増税される、
高額所得者も浮かばれないのではないでしょうか。
生命保険関連会社勤務:杉岡秋美
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■ 金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
「公平」、「中立」、そして「簡素」が税の三原則とされています。ここで「中立」
とは、税制が個人や企業の経済活動における選択を歪めないことを指しています。し
かしながら現在では、税制が経済活動に与える正しいインセンティブ=動機付けを通
じて経済の効率性に寄与すべきという、より積極的な役割を求める考え方が主流とな
っています。
そうした観点からは、法人税の実効税率引き下げなど一連の税制改正案は、経済効
果の面からも正しい方向性を持っていると評価できる点はあります。特に、法人税の
軽減自体には経済活性化を促す効果が期待されますが、その減収分をどこに求めるか、
という点も重要になります。現在の財政状況で全体としての減税案は非現実的ですし、
経済の活性化による成長拡大で減税分以上の税収増が見込めるというのは楽観的に過
ぎるでしょう。法人税の軽減は、直接的には労働分配に影響しないため、実際にその
恩恵を受ける層は株主や役員、あるいは一部の上級職員に限られます。
その意味では、高額所得者や富裕層に対して実質的に税負担の増加を求めることは
理に適っています。高額報酬を得る会社役員の税額控除の縮小を通じた実質的増税な
ども奇策のようにも受け取られますが、同様に一応の理屈は立ちます。また、一部に
は消費税増税に踏み込めなかったことで法人負担の引き下げ規模が縮小されたことに
対する不満も指摘されますが、消費税増税は目的税化も含めて社会保障制度と一体と
して議論されるべきものと考えていますので、その不満自体は筋違いと思われます。
ところで、今回の税制改正では、法人に対する税制の見直しとして、法人税の実効
税率を5%引き下げる一方で、「課税ベースの拡大」として、減価償却制度の見直し、
欠損金の繰越控除制度の見直し、などの減税措置の縮小が盛り込まれています。その
ため、法人税の実効税率5%引き下げの減税効果自体は平年度で1兆35百億円程度
と見積もられるのに対して、課税ベースの拡大によって、新たな政策減税の効果を加
えてもネットでの減税効果は58百億円程度に留まるという点に関して、効果が不十
分との批判があります。このような批判は、法人部門全体での税負担の増減のみを捉
えており、税制改正がそれぞれの企業へ与える個別の効果を無視している点で不十分
です。
税制改正がそれぞれの企業へ与える個別の効果という点では、「利益の出ている企
業のみを優遇している」と言われますが、これは指摘としては正しい一方、批判とし
ては誤りです。利益の出ている企業を優遇することが経済の活性化につながるのであ
り、逆に、利益を上げている企業に対して過度に負担が偏ることや、法人税に対して
個人所得税と同様の所得再分配機能を求めることは、経済の非効率性を助長すること
につながります。
経団連の米倉弘昌会長は、今回の法人税の改正案に対して「課税ベースの拡大=租
税特別措置の見直しと一体なら、法人税率引き下げは不要」と指摘したと報道されて
います。ちなみに、米倉氏が会長を務める住友化学は租税特別措置の一つであるナフ
サ免税の恩恵を受けている企業です。実際、6月24日付け「しんぶん赤旗」が報道
で指摘しているように、租税特別措置などの税制優遇によって大企業の法人税負担率
は低く抑えられており、経常利益の上位100社(単体)での法人税負担率は03年
度から09年度の7年間で平均33.7%、住友化学は16.6%にとどまっている
とのことです。
このように、これまでの税制の下では、経済団体の主流を占めるような重厚長大型
製造業や、過去の不良債権処理に伴う欠損金の繰越控除により法人税を納めていない
金融機関などが優遇を受けて来ました。こうした偏重が、今後の成長戦略と整合的か、
という点は少なくとも見直されるべきでしょう。今回の法人税率引き下げによって、
多くの雇用を担いながらも税制優遇の恩恵を受けて来なかったサービス業、IT産業
あるいは「工場を持たない製造業」などの新しい産業も、減税の効果を享受すること
になるでしょう。
また、日本企業の国際競争力の維持、あるいは国内製造業の空洞化回避、といった
観点から法人税の引き下げが必要、との議論がありました。こうした議論に対しては、
そもそも利益に対する課税である法人税の引き下げは国内での事業採算性の改善とは
無関係であり、いわゆる空洞化対策としては効果がないとの指摘もあります。実際、
ソニーなどのグローバル企業の場合、外国税額控除によって法人税負担率13%程度
と既に低く、法人税の引き下げが経営判断に与える影響はあまり大きくないようです。
一方、法人税の引き下げによる留保利益の拡大が、設備投資や研究開発などの再投
資を通じて日本企業の競争力につながるとの考え方は誤りとは言えません。ただし、
企業利益が拡大する中で、内部留保が積み上がっている現状では、あまり説得力のあ
る議論とも言えません。企業利益については、経済活性化の観点からは設備投資や研
究開発などの再投資に回ることが好ましく、再投資に回らないのであれば、資本の効
率性に観点からは株主に還元されるのが基本的には好ましいと考えられます。
企業利益の配分については、本来は株主が決定すべき問題ですが、税制によって一
定のインセンティブを与える余地はあります。その点からは、今回の税制改正で、減
価償却制度や研究開発減税を安易に見直そうとしていることは、やや軽率に思われま
す。
外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
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■ 山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
法人税引き下げの狙いから考えましょう。(1)日本のビジネス立地を相対的に改
善すること、(2)企業に投資・雇用などの意欲を持たせること、(3)株価や不動
産などの資産価格を引き上げて消費・投資を喚起すること、の三つが考えられます。
ビジネス立地の改善に関しては、実効税率にして40%→35%といった改善では、
たとえば25%の中国、24.2%の韓国(財務省調べ。2010年1月現在)と比
較しても、あるいは20%を下回る香港、シンガポールと比較するなら、まだ突出し
て高く、現状から改善であることは間違いないとしても、殆ど効果はないだろうと思
います。国際企業は、アジア・ビジネスの拠点を相変わらず日本以外の場所に置くで
しょうし、日本企業の海外進出も止まらないでしょう。
法人税率引き下げに関連して、漠然と「日本の国際競争力」と言われることがあり
ますが、これは使用に注意を要する(できれば使わない方がいい)曖昧な言葉です。
国際市場で競争しているのは、国ではなくてあくまでも個々の企業ですし、法人税は
企業の利益が出た後に掛かるものなので、法人税率は、主としてコスト構造で決まる
競争力には直接的には影響しません。
日本が国際的に競争しているのは、「ビジネスの立地条件」であり、この競争は勝
者に、国内の繁栄と雇用増をもたらす筈ですが、今回の法人税率引き下げでは著しく
不足と言わざるを得ません。
法人税率が下がることで、企業がより多くの自由なキャッシュフローを持ち、投資
や雇用により積極的になることについても、顕著な効果は無いように思います。実効
税率が40%であっても、35%であっても、利益を最大化したいという企業のイン
センティブ自体はあまり変わらないので、投資をするか否か、雇用を増やすかどうか、
の何れに関しても、大きな変化は無いと思います。
菅内閣は、政策目標として雇用の重要性を強調していますが、上記の二点を考える
と、法人税率引き下げは、雇用には大きな改善効果が無いように思います。
利益を出している企業の法人税の実効税率が40%から35%に下がるということ
は、純利益が課税対象利益の60%から65%に上昇することを意味します。株価は
将来の利益の割引現在価値の合計と考えることが出来ます。法人税率の引き下げは、
将来の利益に対する課税の低下を意味するので、株価に対しては、一定の浮揚ないし
下支え効果を持つでしょう。
総合的に見て、今回の法人税率引き下げは、効果が小さく、余りに小幅かつ遅い、
と言わざるを得ませんが、多少はプラスなので、やらないよりは良かったと考えるの
が妥当でしょう。政府に多くを求めることは、現実的ではありません。
一方、高所得者、富裕層に対する増税が同時に決まったのは、菅内閣発足後の閣議
決定で、新しい歳出ないし減税は、個別に恒久的な見合いの財源を必要とするという
方針があらためて確認されたことに対応しています。
長期的に見ると、富裕層への課税強化も、さらに消費税のような課税ベースの大き
な税金の税率引き上げも必要でしょうが、デフレから脱却できず、他の先進諸国より
も生産水準の回復が遅れている日本で、減税見合いの財源の増税を急ぐことは疑問で
す。
経済のマクロ的な要請に対応するには、財政収支を柔軟に増減(赤黒も含めて)す
る必要があると思われます。現在の予算のルールはあまりに硬直的でマクロ的な政策
に不都合であるばかりか、個々の予算の増減や、政策の実現のためにも大きな制約に
なっているように思います。この硬直性は、現在のようにデフレの場合にも不都合で
すが、物価が過度のインフレになって金利も上昇するような場合に早急に財政を黒字
化する上でも障害になるでしょう(既存の歳出に対して甘いので)。
端的にいって、日本の政府行動と経済政策は、政治主導どころか政治不在の状況で、
前例のある支出が認められやすく、新しい支出を厳しく抑えるという、自縄自縛的な
現状維持原理の下で、細かな増減の調整を官僚に委ねて漂っているといえるでしょう。
現在の仕組みは、ある意味では、「政治がなくても世の中が回るシステム」(本当
に回りそうに思えるところが怖いところです)として、驚嘆すべき社会運営の原理だ
ともいえますが、社会を変化させようとしたり、変化する経済環境に適応しようとし
たりするには、極めて不都合に出来ています。現に、政権交代があっても、2回の予
算案を見る限り、政治家には大きく予算を変える力がないことが確認されました(政
治家には、建前の権限上はあっても、現実的に力がない)。国民にとっては、現状維
持の安心感がある一方、社会を変化させることが難しいという意味で閉塞感の原因に
もなっています。
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
( http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/ )
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■ 中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長
シェイプアップやダイエットの成功はまずは体重を落とすことなので、60キロが
55キロになれば、それなりの成果があったことになります。しかし、同じ60キロ
でも、それが贅肉から筋肉に変わった場合や、出るべきところと出なくていいところ
の区別がきちんと付いた身体に変われた場合には、シェイプアップが成功したことに
なります。
今回の法人税の実効税率の引き下げについては、それなりに意味があるのかどうか
ということになります。法人税の実効税率が5%引き下げられました、という点だけ
取れば、事業会社の国際競争力を維持するという観点では多少なりとも効果はあると
思います。財政再建中のアイルランドが同率12.5%に維持して、なお国際競争力
を維持しようとしている点を見るまでもなく、払う税金は低い方が、残ったキャッシ
ュフローを設備投資など有効に使えることは間違いないからです。ただし、先ほどア
イルランドが12.5%と言いましたが、下げた下げたと騒いだところで、所詮35
%ですから、それが本当に日本企業の国際競争力に寄与するのか不透明な部分さえ残
ります。
一般的に言えば、法人税率が下がることによって、企業の収益が増加する、キャッ
シュフローが増える、それによる投資が増加する、といった効果があるでしょう。企
業業績がよくなってくれば、賃金が増加し、それが、いずれは個人消費を促進させる
ことになるということになります。ただし、そこまで企業業績に寄与できるかは、水
準自体が微妙であることに加え(この水準では海外企業体が喜んで日本にやってくる
とも思えません)、企業側から見ても環境税など、これまでと同等の税金支払いを要
するため、経済効果を期待できる程ではないかもしれません。
また、高額所得者などの税金を上げる方はどうでしょうか。まず、その理由を税制
改正大綱から抜き出すと以下です。「現在の給与所得控除は、給与収入に応じて逓増
的に控除が増加していく仕組みとなっており、上限はありません。しかし、給与所得
者の必要経費が収入の増加に応じて必ずしも増加するとは考えられないこと、また、
主要国においても定額又は上限があること等から、給与収入が1500万円を超える
場合の給与所得控除額については、245万円の上限を設けることとします」。高額
所得者の税金があがる理由は、つまり、必要経費が収入の増加に応じて必ずしも増加
しなかったかも知れないのに、これまで配慮し過ぎてたってことですね、という決め
つけと、他の国は考慮してないし、という二つです。前者は、給与所得があがる時は
必ずや必要経費は上がっているのが現実ですが、それを考慮しないほうが税金を取る
側から言えば有利なので、に見えてしまいます。後者は、他の国がやってないから、
というのは、他の国が高い消費税率を日本が上げない理由には、まだ、していないわ
けですから、調子のよいご都合主義に聞こえます。
そうした意味のない理由をつけては、高額所得者や富裕層の税金をあげようとすれ
ば、高額所得者が支えている消費活動は停滞の方向に進むでしょうし、モチベーショ
ン、働く意欲を喪失する方向にも進むでしょう。過剰にし過ぎれば、いいはずは、あ
りません。
問題は、結局今回の税制改正が60キロは60キロだ、という点にあります。先ほ
ど述べたように、シェイプアップの成果があったとすれば、同じ体重でも贅肉は筋肉
に変わっているなどの場合には、大きく効果があったと言えます。ところが、です。
述べてきたように、高額所得者や富裕層から、つまりは取れるところから取りましょ
うの発想から抜け出せませんでした。結局、アンバランスなシェイプアップしか出来
ませんでしたということになるわけです。そのため、経済効果を期待するとしても、
一時的一部分に多少現れるものに注視しない限りは、ほとんど効果などない、と言え
ます。小手先の税制改正による、単なる付け替えである限り、日本経済に対する抜本
的な効果など与えようがないのではないでしょうか。むしろ高額所得者となる人が、
長期的には海外へ出て行くというネガティブな影響を見ておかねばならない分、マイ
ナスの効果が気になるところ、にさえ見えます。
BNPパリバ証券クレジット調査部長:中空麻奈
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■ 津田栄 :経済評論家
今回の日本政府の税制改正の目玉は、法人税率を12年ぶりに引き下げ、国と地方
を合わせた実効税率を5%引き下げて35%にし、その財源を、高所得層に対する所
得税の控除縮小、退職金優遇税制の縮小、富裕層を狙った相続税の基礎控除額大幅縮
小と税率アップなどによる個人増税を中心に求めたことにあるといえます。しかし、
法人税減税が企業にとって丸々プラスになるわけではなく、財源が個人増税では足ら
ないため、欠損金の繰越控除の制限、減価償却制度の縮小、研究開発減税の縮小、租
税特別措置の一部廃止・縮減、環境税の導入など増税も用意されたために、実際は5
800億円程度の減税効果と、法人税減税のみの1兆3500億円に比して半減以下
になっています。
こうした税制改正は、企業にとっては、ないよりはましかもしれませんが、世界の
法人税率の引き下げ競争にある中で、実効税率が30%を下回る欧州、25%前後の
中国・韓国、その上をいって20%を割る香港・台湾・シンガポールなどに比べたら、
依然として高いことになり、日本企業の競争力が回復するわけではありません(経済
のグローバル化で、自国に企業が残ってもらったり、進出してもらいたいために各国
が法人税率を引き下げるのであって、それが企業の競争力を増強することになり、そ
れゆえに国の選択権が企業にあるというのが現実です)。もちろん、アメリカの40
%を考えると、少しは優位ですが、アメリカを支える大企業の多くは多国籍企業とな
って、税率の低い他国の優遇税制を活用していますから、実態はアメリカ大企業の税
負担は日本ほどではないかもしれません。
そして、今回の税制改正でも、日本の企業は、まだ他国から比べると実効税率が高
いことから、また日本の低成長による市場の伸び悩みと中国、アジア、新興国を中心
に高い成長のもとで急拡大していく市場を前に、低税率国への営業・開発拠点や工場
の移転の動きは簡単に止まりそうにはありません。ましてや、この改正で、海外企業
の日本への進出は、どう考えてもないのではないかと思います。そうなれば、150
〜200兆円とも言われる企業の内部留保が、減税で少しは増えても、容易に動くこ
とはなく、設備投資や雇用創出への期待は、ただの希望にしかなりません。もちろん、
減価償却制度、研究開発減税、租税特別措置など優遇税制を加えると、改正前で実際
の税負担は平均で30%前後という計算もありますが、その視点で韓国をみると、サ
ムスン電子では10%前後にまで落ち、台湾では10%を割るように、一向に税負担
の差は縮まりません。ましてや、今回は減価償却制度、研究開発減税、租税特別措置
を見直して増税していますから、法人税率の引き下げでのアジア、新興国との税負担
の差はあまり縮小しないといえます。
とはいっても、今回の法人税率引き下げの効果は、日本にある黒字企業が恩恵を受
けるのであって、それは約2割と言われます。むしろ、約8割の赤字企業にとっては、
その恩恵とは無縁、むしろ、これまで税金を払わなくてもよかったのに、租税特別措
置などの廃止・縮小で税金を納めなければならないところも出てくるかもしれません。
したがって、今回の法人税制改正の効果は、期待したほどには大きいものではなく、
むしろ課税されるところも出て、マイナスの面もありうるかもしれません。
一方、個人増税では、高所得層や富裕層をターゲットに絞って行われます。それは、
これほどまで経済格差が広がっているなかで、国民の不満を利用したものかもしれま
せん。以前も書いたかもしれませんが、昨年の衆議院選後の民主党議員が「これから
は金持ちから税金をたくさん取って貧困層に配るべきだ」と言い、それが経済格差の
縮小、景気回復につながると信じていたように、今回の税制でそれを実際に実行して
いるように見えます。しかし、サッチャー元英首相の「金持ちを貧乏にしても、貧乏
人を金持ちにすることはできない」という言葉にあるように、一生懸命働いてお金を
稼ぐというインセンティブが機能しなくなって、働かなくても貧乏人であれば政府が
養ってくれるという風潮が広がり、優秀な人材は海外に移り、海外からは日本に来る
のを嫌うことになり、民間の経済活動は低下することになります。そうなれば、ます
ます景気が低迷して、デフレからの脱却は一層難しくなります。それは、税収が減少
して、財政赤字の緩和どころか、膨張にもつながります。
また、実際今回の高所得層、富裕層向けの増税は、日本において、そういった対象
者は地方にほとんどおらず、東京などの都市部に集中しています。つまり、個人増税
は、日本をなんとか支えている都市部の労働者や住民を直撃することになり、その結
果都市部の消費を抑制し、景気を下押ししかねません。まして、東京など都市部でち
ょっとした土地を持っている人の相続人は、これまで相続で税金を払わなくて良かっ
たのに、増税で税金を払うために家・土地を売り払い、より小さな土地・家を買った
り借家住まいになって貧乏人化していくことにもなります。しかも、この都市部にあ
る中小企業、個人企業では、この相続税増税で継承することが無理になるところも出
て、廃業や倒産も起こり、ますます経済を停滞させるかもしれません。
こう見てくると、まさに菅民主党政権の税制改正は、社会主義政策に近いものとい
えます。それでは、経済は一層低迷し、閉塞感を強めるだけです。そう考えると、税
制改革は、政府が期待している経済成長や雇用拡大、デフレ脱却につながるとはとて
も思えず、むしろ悪い方向に向かって、効果としてむしろマイナスに働くのではない
かと恐れます。
そもそも、菅首相が就任したときに「増税で得た財源によって成長をはかる」とし、
「強い経済、強い財政、強い社会保障」という第三の道を唱え、成長戦略のもとデフ
レを解消し、雇用を創出することを目指していたはずですが、この税制改正からは、
そうした方向性を示すものは見当たりません。この税制改正では、今後何を目指すの
か、国民及び国をどこに向かわせようとするのかという将来ヴィジョンを示すものが
何も見られません。そして、法人税率引き下げによって生じる減税分に対して財源を
探して帳尻を合わせることに終始し、日本経済を立て直すべき成長戦略も、そのもと
で財政再建や社会保障改革をいかに行うかも説明が全くなされていないため、理念の
なき税制改正といえましょう。今後は、一刻も早く、経済が効率的になるように構造
改革を行って、ムダを排除し、その上で、消費税を含めた抜本的な税制改革を進めな
ければ、将来の日本への不安は、加速して一段と膨らんでいくのではないでしょうか。
経済評論家:津田栄
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■ 土居丈朗 :慶應義塾大学経済学部教授
平成23年度税制改正大綱は、政権交代前からの課題に一定の解決を見たところは
高く評価できる半面、場当たり的な財源捻出のために税制改正の哲学が若干見えにく
い決着となったといえます。
税制改正は、政権交代前からわが国経済が直面する重要な課題として挙げられる、
グローバル化への対応、所得格差是正、社会保障財源の安定的確保に対し、どのよう
に対応するかが問われます。今回の税制改正大綱では、そのうち前2者とは整合的な
対応が出来たといえます。しかし、社会保障財源の安定的確保については、具体的方
策が明確には打ち出し切れませんでした。
まず、政権交代前からの課題を解決した点は、法人税率の引き下げと所得税におけ
る高所得者に対する給与所得控除の縮小です。法人税率の引き下げは、厳しい国際競
争にさらされている日本企業が、税制面でのハンディキャップを少しでも弱めること
が出来る点で重要な一歩といえます。しかし、法人実効税率が世界最高水準の約40
%から約35%に下げられるとはいえ、日本企業が肉薄する国際競争に直面するアジ
ア諸国では20%台であるだけに、この5%引下げで日本経済に劇的な刺激を与えら
れるとは思えません。引下げなかったら、日本企業の海外流出に歯止めをかけられな
い意味で日本経済に打撃を与える恐れがあるわけで、引下げることでそれを防ぐ効果
があるといった程度(それでも重要な効果です)でしょう。したがって、法人税率は
今回の引き下げで終止符を打つわけには行かないでしょう。再来年にすぐとは行かな
いものの、経済財政状況を見極めつつ法人税率のさらなる引下げの機会を窺う必要が
あります。
所得税における給与所得控除は、高所得者に手厚すぎるとの問題が、財政学者の間
で政権交代前から指摘されてきました。現行税制だと、稼いだ給与収入のうち6〜7
割が控除されて、課税対象となるのは3〜4割にまで縮小してしまう状態(例えば給
与が年収1500万円の人だと様々な控除があって課税対象所得が約450〜600
万円になり、それに5〜40%の税率がかかる)なので、課税ベースが狭小化されて
いる、その要因には給与所得控除がある、という指摘です。今回の税制改正ではこれ
を改めることにしたことは重要で、所得税制における所得再分配(所得格差是正)機
能の強化に資することになるでしょう。同大綱に盛り込まれた相続税の基礎控除の見
直し等も、その方向と軌を一にしています。
しかし、同じ所得税でも、証券優遇税制の継続は、哲学のない政治的妥協に終わり
ました。証券優遇税制をなくすとともに、株式等の証券投資における損益通算の範囲
を拡大させることで、利益が出たときと損失が出たときの間の税引後所得の差が縮ま
るので、投資家はリスクをとりやすくなり、証券投資を促す効果が期待できる。危険
資産への投資は、税引後収益率(リターンを示す)と税引後収益率の分散(標準偏差
:リスクを示す)の組み合わせが重要です。証券優遇税制を維持したい側からの主張
は、主に、税引後収益率が下がること(つまりリターンの側)だけに焦点を当てた偏
った見方による主張であり、危険資産投資の本質を理解していないものです。リター
ンだけでなく、リスクの側つまり税率を上げれば税引後収益率の分散が低下する効果
をも、きちんと踏まえた主張が欠かせません。実際、損益通算の範囲を拡大するとと
もに、税率を軽減税率10%から本則税率20%に戻せば、危険資産への投資が促せ
るという実証分析の結果が出されています(私のゼミの学生が書いた、大澤・坂井・
高木・溝渕・村井「家計の危険資産保有を促進する税制」
http://www.isfj.net/ronbun_backup/2010/i03.pdf
もその1つです)。今回の証券優遇税制の継続は、せっかくの証券投資促進の機会を
逸することになってしまいました。
今回増税となる所得税と相続税だけでは、毎年1兆円を超える社会保障費の自然増
(社会保障制度の改変なしに高齢者人口の増加に伴う支出の増加)の財源は捻出でき
ないことは、今回の税制改正大綱で明らかになりました。国民の安心を支える社会保
障の給付財源を税金から安定的に確保するには、所得税や相続税では不十分で、もは
や消費税の増税しかないのです(もちろん、社会保険料の負担は別途必要です)。今
回税制改正大綱に盛り込んだ所得税、法人税、相続税だけでなく、消費税についても
具体的に踏み込んだ姿(いつ何%に上げ、それに伴いどのような別途措置を講じる
か)を国民に示してこそ初めて、我が国の税制の方向性を責任ある形で示すことが出
来ます。今後は早い時期に、国民の安心を確保する社会保障改革の具体策を示すと同
時に、消費税増税についても踏み込んだ具体策を国民に提示して、合意を形成するべ
きです。
慶應義塾大学経済学部教授:土居丈朗
< http://web.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/ >
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●○○JMMホームページにて、過去のすべてのアーカイブが見られます。○○●
( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
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JMM [Japan Mail Media] No.616 Monday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
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