02. 2010年12月21日 16:17:27: cqRnZH2CUM
米国の金融癒着構造を映画化したらしいが売れているのかね日経ビジネス オンライントップ>投資・金融>田村耕太郎の「経世済民見聞録」 映画「インサイド・ジョブ」の衝撃(ただし、日本公開未定) 誰が世界金融危機を作ったのか?《一部ネタバレあり》 * 2010年12月20日 月曜日 * 田村 耕太郎 政治 世界金融危機 映画 経済 リーマンショック Inside Job ゴールドマン・サックス アメリカ インサイド・ジョブ 日本の現政権下では骨抜きになりつつある「天下り規制」。ここアメリカではどこが“天”か分からないほど、政・財・官・学の間を人がよく動く。いわゆる回転ドア(リボルビング・ドア)だ。 アメリカの回転ドアシステムの弊害を鋭く暴くドキュメンタリー映画「Inside Job(インサイド・ジョブ)」(日本公開は未定)が話題を集めている。アメリカでの公開は2010年10月8日。今年度のアカデミー賞ドキュメンタリー部門候補との呼び声も高い。 監督はリチャード・ファーガソン。米MIT(マサチューセッツ工科大学)で博士号を取得した後、政府でコンサルタントを務め、後に事業を起こし経済的に成功した人物である。政治・政府・民間をバランスよく知り尽くした異色の監督だ。 さらに、登場人物が凄い。実際のインタビューに答えるのが、著名投資家のジョージ・ソロス氏、IMF(国際通貨基金)のドミニク・ストロス・カーン専務理事、シンガポールのリー・シェンロン首相、フランスのクリスティーヌ・ラガルド蔵相、米ジョージ・W・ブッシュ政権の大統領経済諮問委員会議長で現在は米コロンビア大学ビジネススクールのグレン・ハバード学長、米ロナルド・レーガン政権の主席経済顧問であった米ハーバード大学のマーティン・フェルドスタイン教授、金融危機を唯一予言したと言われる米ニューヨーク大学のヌリエル・ルービニ教授、FRB(米連邦準備制度理事会)の元議長であるポール・ボルカー氏、ニューヨーク州の元知事であるエリオット・スピッツァー氏など。 そのほか、映像では元米財務長官のペンリー・ポールソン氏、元FRB議長のアラン・グリーンスパン氏、元リーマン・ブラザーズCEO(最高経営責任者)のリチャード・ファルド氏らが登場。ナレーションはアカデミー俳優のマット・デイモン氏である。 ちなみに日本から誰も取材されていなかった。金融危機直後最も株価とGDP(国内総生産)が急減した国であるのに・・・。 国家的ねずみ講を暴く! インサイド・ジョブとは、「内部者の犯罪」を意味する。2008年9月のリーマンショックが引き金となった世界金融危機は、その内部にいたものが人工的に作り出した、と示唆しているわけだ。 映画の中で、英大手紙「フィナンシャル・タイムズ(FT)」の名物論説委員マーティン・ウルフ氏が、「アメリカの金融は、国による“ねずみ講”だ」と一言で斬っている。これが映画のエッセンスである。 その後始末は、金融長者ではなく、社会の底辺であえぐ世界中の人たちによって負担される。中国規制当局者は「冷戦時代に大量破壊兵器開発に携わっていたエンジニアが、冷戦後は金融市場で大量破壊兵器を開発してきた」と辛らつだ。金融危機を作り出した張本人たちは、お縄になるどころが、再びその力を増している。これが“あらすじ”である。 「アメリカは成功者を賞賛し、日本は妬む社会だ」とよく言われるが、ことはそう簡単ではない。その過程がフェアかどうかを大いに議論する。 最初に断っておくが、私はこの映画を絶対的におススメするが、その内容には全面的に賛同しない。この映画には私の知人もたくさん出てくる。私は彼らから、この映画の取材のアプローチの仕方と実際のインタビュー内容の相違など、制作の姿勢に非常に問題があった様子も聞いている。短絡的で感情的な分析や一方的な証拠集めも気になる。今や隆盛を取り戻したシンガポールが、いまだに金融危機の衝撃で開発が止まったように編集されているなど、情報が古い点もある。また名優マット・デイモン氏がナレーターを務めるが、彼の物言いが説得力あり過ぎな点も、割り引かなくてならない。 日本で公開予定が現時点ではないのでネタバレにならないと思うが、逆にここでのネタバレもどきが「日本公開につながってほしい!」との思いを込めて、内容を少し紹介したい。 映画は、国際金融に翻弄された小国アイスランドの惨劇から始まる。金融危機前、代替エネルギー投資などにいち早く取り組んだアイスランドは、1人当たり GDPは世界トップレベルとなっていた。最盛期には小国アイルランドの銀行はGDPの6倍を超えるレベルまで借り入れを増やした。 その後の金融危機で、銀行だけでなく、国ごとが窮地に陥った。そして最後はそのアイスランドへ投資が集まるアイスランドを安易に賞賛した学者たちを暗に糾弾していくシーンで終わっていく。 パンドラの箱を開けたレーガン 映画は「なぜ危機の前兆は作られ」「危機はどうして起こり」「これからどうなるか?」とのエピソードに分かれている。物語は金融サービスが製造業など “実業へのサポート産業”として細々と規律を持って行なわれていた時代から始まる。初期の投資銀行は、自己責任で投資を取り仕切る少数のパートナーたちから成り、今や世界36カ国に6万人を超える社員を誇るモルガン・スタンレーでも100人ほどしか従業員がいなかった。 その後、レーガン政権が大幅な規制緩和と富裕層と株式投資への大減税を行なう。ここから空前の金融ブームと格差を作り出し、金融産業が力をつけ、政治に介入していく。「国家的ねずみ講」の始まりである。莫大な資金力を背景に、選挙キャンペーンの手伝いからロビイングまで強烈に行い、人材をホワイトハウスや政府に投入していく。有力大学にも多くの冠口座を設け、研究資金を提供し、教授を高待遇の顧問として採用し、金融産業に有利な理論や研究成果の生産を暗に陽に働きかける。 インサイド・ジョブの中心にあるのが、ゴールドマン・サックスだといわんばかりの作りである。もともとファーガソン監督は、ゴールドマン・サックス CEOから財務長官に転出したポールソン氏を主役にするつもりだったらしいが、ほかの会社も相当インサイド・ジョブに関わっていることが判明し、「ゴールドマン・サックスへのスポットライトが分散してしまった」と自身への取材で答えている。 しかし、それでもポールソン氏は主人公と言える存在感を映画では十分に示していた。余談ではあるが、シンクロナイズドスイミングのフランス代表であったラガルド蔵相がリーマンショック直前に、当時のカウンターパートであったポールソン氏に「このままでは金融の津波が来る。我々欧州はどんな水着を準備したらいいの?」と聞いたという。ポールソン氏からの返事は「心配しなくて大丈夫だから」だったらしい。リーマン・ブラザーズ破綻が知らされたのも「破綻してからだったわ!」と、彼女の憤慨は隠せない。 癒着の構図として描かれた回転ドア ロバート・ルービン氏やポールソン氏のように、歴代の財務長官がいかに「金融業に不利な規制を揉み潰し、有利な規制緩和に持っていったか」が描かれている。ポールソン氏は証券化商品やレバレッジを規制する案をことごとく排除した。アメリカ金融界は毎年50億ドル(約4200億円)もの資金をロビイングに使っているという。 学界と金融業、そして政権との癒着として描かれる部分では、今でも国家経済会議の委員長を務めるハーバード大学前総長のローレンス・サマーズ氏が出てくる。大きな政府を志向しがちな民主党(ビル・クリントン)政権下で、財務副長官そして財務長官として規制緩和路線を推進させたと皮肉な功績を称えている。 ちなみに、ハーバード大学総長を辞した後、ホワイトハウス入りまで、ヘッジファンドから高額の顧問料をもらっていた。サマーズ氏と同時期にクリントン政権の経済アドバイザーを務めていたローラ・タイソン元経済諮問委員会議長は、米カリフォルニア大学バークレー校の経済学者であり、モルガン・スタンレーの取締役でもあった。この2人は、ポールソン同様、この映画の取材を断っている。 そして、グレン・ハバード学長に執拗に迫る。彼はブッシュ政権の経済諮問委員会議長で、今回バラク・オバマ大統領が延長した減税案を作ったサプライサイダーである。ハバード学長が12万ドルの手数料でアイスランド商工会議所に依頼された「アイスランドの“安定性”について」とのレポートを書いたことを問題視する。それには、いかに投資リスクが低く投資先として有望かを描いてあるという。映画の最後では、アイスランド経済崩壊後には、その論文のタイトルが、教授の実績欄に「アイスランドの“不安定性”について」と書き換えられている点が強調されている。 映画はバブル絶頂期のウォール街の金融マンの生態を赤裸々に描いていく。まず、脳神経学者の研究成果から始まる。「お金で喜びを見つける人間とドラッグ中毒の人間は、脳が刺激を受ける部分が共通である」のだそうだ。よって、ウォール街の金融界にはドラッグが蔓延していたとの情報をいくつか紹介。高給売春クラブを経営していた女性まで登場し、1万人の顧客のうち半分以上がウォール街の人間で、使途に「市場調査費」「パソコン修理費」と書かれた領収書を要求していたことを告白。ここで紹介するのがあほらしいくらいの金額であった。 ニューヨーク郊外の高級住宅地ハンプトンズに居並ぶ金融業界幹部の大邸宅を空撮していく。敷地内にプールやテニスコートだけでなく、乗馬場やマリーナやヘリポートまである様子が流れていく。後ろで見ていた婦人たちが、「この最低野郎」と映画館内で野次る。ここがアメリカの映画館の醍醐味だ。 リーマン・ブラザースの破産管財人が、同社が合わせて十数機の自家用飛行機と高級ヘリコプターまで持っていたことを明かす。破綻時のCEOであったファルド氏の会社での様子も暴露される。31階社長室へはひとつしかない直通エレベーターで上がる。アクセスができるのはファルド氏のみ。同じフロアから CEOの部屋にたどり着くまでに3つのドアを通過するという閉鎖性。ファルド氏が毎日会社に美術鑑定家を呼びつけ、仕事そっちのけで美術品収拾に精を出していた様子を伝える。ここでも後ろで映画を鑑賞していたご婦人方の怒りが収まらない(笑)。 ここで、フランスのラガルド蔵相の「金融はサービス業だ。社会に奉仕(サービス)することが求められている。給与が抑えられて当然だ」との見解の映像が入る。 リスクが広がる「証券化の食物連鎖」 映画では、銀行、投資銀行、格付け会社、政権、学界が「証券化の食物連鎖」とのニックネームで紹介される。彼らが、いかにその欠陥を知りながらも証券化商品を開発し、顧客に危険と知りながら売りつけていたかということだ。証券化商品で大儲けをしたアメリカの金融機関が「それを危険なクズ商品と知りながら顧客に販売していた」ことが、米議会中継専門チャネルCSPANの実際の映像を使い、金融機関トップの米議会公聴会での証言のビデオなどで紹介される。金融界の重鎮が顧客をいかに食い物にしていたかが知らされる。 ゴールドマン・サックスやリーマン・ブラザーズの幹部が「もしそんな事実(危険なクズ商品と知りながら顧客に販売していた)があったとしたら、それはたいへん不幸なことだ」との証言に、映画館は嘲笑と罵声に包まれた。 それだけでなく、彼らは自分が開発し売りつけた商品に対して売りを浴びせていたことも明らかになる。格付け会社もずさんだ。破綻した証券化商品や金融機関が、破綻の直前まで最高レベルの格付けであったことを列挙する。 その商品に最高ランクの格付けを与えていた格付け会社の幹部たちが、「あれは評価ではなく、ただの“意見”です」と議会証言するシーンも嘲笑と罵声にかき消された。ジョージ・ソロス氏がシティバンクのCEOだったチャック・プリンス氏の「我々は音楽が止まるまで踊り続けるのだ!」という有名な言葉を紹介する。 そして、あのリーマンショックを迎える。音楽が止まったのだ。そこでポールソン氏については、別の逸話も紹介される。彼が古巣ゴールドマン・サックスのライバルである理由で、リーマン・ブラザーズを救済しなかったという話だ。リーマン・ブラザーズの買収に関心が強かった英バークレイズが買収の条件として要求した政府保証を、財務長官としてポールソン氏が蹴ったと指摘。一方、ゴールドマン・サックスを救済するために米保険大手AIGに高額の資金支援含めて救済を強要したことが描かれている。 中国の金融規制当局の「本当の安い給料でも立派なエンジニアは橋や港を造る。偽者のエンジニア(金融業界の人)は悪夢を作る」との発言が挿入される。 最後は、危機を経験して「これからどうなるか?」について。結論としては、「彼らは再び君臨する」というもの。基本的に危機を作り出した張本人たちは無傷である。それどころか、さらに強大になった。金融機関の数は減って、図体は大きくなり、収益も回復した。そしてロビイングの力も取り戻した。政権の中にも金融業界の代表がしっかり入り込んでいる。いまだに規制緩和や規制強化に反対する論陣はアメリカの有力大学や研究機関に枚挙に暇がない。 「今回もゴールドマン・サックス政権だ」 「貪欲なウォール街の風土を変えてみせる」と息巻いた、オバマ大統領が金融ロビイングの前にいかに無力であるか。それを実在の金融ロビイストが登場し、解説してくれる。ロビイストは「我々玄人筋には、オバマ政権の金融政策周りの面子を見て『これじゃあ、オバマも骨抜きにされる』と分かっていた。今回もゴールドマン・サックス政権だ」と言う。映画はオバマ政権の金融アドバイザーにゴールドマン・サックスの金融ロビイスト自身が就任していることを紹介する。 欧州が金融規制強化や金融機関幹部の待遇規制に出たのに対し、最もそれに積極的であったはずのオバマ大統領を抱える米国はそれらを実施できない。そこにもアメリカの金融ロビーの強さと「回転ドア」の力があるという。 私自身は、政・財・官・学の間を人が流動する米国の回転ドアの仕組みについては高く評価している。自分自身が経済界・政界・政府・学界を行き来している経験から、人が行き来することのメリットは、その人にもその業界にも大きく及ぶと確信する。 特に、日本は人材が業界をあまり移動しないので、皆がたこつぼのように業界に閉じこもり、実践向きの人材がどの世界でも育ちにくい。ただ、運用によっては、映画に描かれているような弊害はあるだろう。 逆に、短時間の恣意的な取材では浮き彫りにできない学者や実務家の正義感も善意もあっただろう。事実は「足して2で割ったくらい」のところにあるのではなかろうか? 日本の現状とアメリカのそれとの中間地点くらいになる回転ドア制度が実現すればいいと思う。そのうえで、一番素晴らしいと思ったのは、こんな映画を作れるアメリカの度量の広さである。そういう意味でも、ぜひともこの映画を観ていただきたいと思う。 このコラムについて 田村耕太郎の「経世済民見聞録」 政治でも経済でも、世界における日本の存在感が薄れている。日本は、成長戦略を実現するために、どのような進路を選択すればいいのか。前参議院議員で、現在は米イェール大学マクミラン国際関係研究センターシニアフェローを務める筆者が、海外の財界人や政界人との意見交換を通じて、日本のあり方を考えていく。 ⇒ 記事一覧 著者プロフィール 田村 耕太郎(たむら・こうたろう) 田村 耕太郎 米エール大学マクミラン国際関係研究センターシニアフェロー。前参議院議員、元内閣府大臣政務官(経済財政政策担当、金融担当)、元参議院国土交通委員長。早稲田大学卒業、慶応大学大学院修了(MBA取得)、米デューク大学ロースクール修了(証券規制・会社法専攻)(法学修士号取得)、エール大学大学院修了(国際経済学科及び開発経済学科)経済学修士号、米オックスフォード大学上級管理者養成プログラム修了。
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