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貨幣が持つ保存機能の分離 『楢篠賢司の人間とは』
2010-12-12 06:29:30 | Weblog
貨幣が持つ保存機能の分離として下記文章をブログに書いたのですが、自分でも飛躍しすぎかもと考えたので、ご意見を伺いたく阿修羅に載せます。
貨幣が持つ保存機能は銀行を通して行われるのが主流ではないだろうか。たとえヘッジファンドが投資家から集めた資金だとしても現金で持っているわけではないと考える。
証券会社を通して個人が株を買ったとしても、値上がりしていく金を買ったとしても、先物で資金を動かしたとしても、人から人の手を渡り証券なり何らかの証書と引き換えに人の間で貨幣と商品の交換が行われていく。
決して貨幣は減価していくわけではない。むしろその間利益というかたち、利子というかたちで増えていくことになる。ヘッジファンドなどはそれ等を目的としてカネにカネを生ませる行為のために、本来の貨幣の労働と労働の交換機能の枠を超えた数字上の貨幣を増やしていく。だがそれは本来の貨幣の役割である物を買う、労働を買うという役割から外れたものであり、その彼らの行為のため、市中の貨幣は偏った方向へと流れていく。
もしそれ等を規制できたなら。市中の貨幣は偏った所有を無くし、市中に貨幣不足という状態を起こさずに済むことになる。
また新たな国債を発行して市中の不足した貨幣の穴埋めをすることも無いと考えるが。
そこで私の提案となる。交換機能と保存機能を分離させる方法として、銀行に預金されたマネーは国債と同じように証券として渡す。当然その証券(預金証書)は国債と同じように幾ばくかの金利をつけて市場において取引される。買いたい者と売りたい者がマッチしたとき保存機能から物(労働)と交換できる貨幣になることができる。
それがいやならタンス預金なりして現金を保管していく方法しかないだろうが、そこには大量の資金なら銀行と同じような保管庫(金庫)が必要になる。
なぜ先人は国債という(注1)交換機能と保存機能を分離させときながら銀行に預けられた預金には交換機能を連動させてしまったのだろう。
もう一歩踏み込めば人間社会は幸福になれたのにと思うが。
注1 交換機能と保存機能の連動=金融機関に預金したマネーは、現金なみに使うことができる。預金があれば物を買ったときカードで支払うこともできる。小さな取引であればさほど問題はないのだが、ヘッジファンドのような大きな取引もできてしまう。つまり銀行に多額のマネーを預金しておけば連動して交換に回せる現金になる。そこから保存機能(預金)と交換機能を分離をしておけば多額の現金が必要になったとしても、国債と同じように市場での売却によってしか現金を手にすることができない。
また多額の預金されたマネーを即現金化させようとしても買い手が現れなければ現金化することができない。
ここに貨幣の交換機能と保存機能の分離という考えに行き着いた次第です。
まだまだ考えることが多くありますが、偏った貨幣所持を無くす方法としてこれを最初の一歩として考えた次第です。
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