09. 2010年11月15日 23:46:48: cqRnZH2CUM
日本の場合。農業に限らず、製造業もサービス業も、産業構造の再構築問題は、単なる経済の問題というよりも、宗教問題に近いな 自分の職業に対して、単なる生活手段以上の執着心を持っており、それに加えて経済的な救済も求めてくるから、厄介だ だから韓国のような合理的な解決策がなかなか成立しにくい ■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』 ◆編集長から 【Q:1137】 ◇回答(寄稿順) □真壁昭夫 :信州大学経済学部教授 □北野一 :JPモルガン証券 日本株ストラテジスト □三ツ谷誠 :金融機関勤務 □杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務 □中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長 □山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員 □津田栄 :経済評論家 □金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■ Q:1137への回答ありがとうございました。TPPへの参加を巡る大手既成メ ディアの論議には、「国民のすべての層がハッピーになる政策が現在でも存在するは ずだし、存在しなければいけない」という前提が見え隠れしているような感じがしま す。現状、TPPに関しては、輸出主導の製造業と農業などで利害の対立があるとい われています。しかし、財政に余裕のない政府の政策には、程度の違いはあれ、短期 的に、国民各層に必ず利害の対立が生まれるという事実への言及はあまりありません。 またTPPに参加しなかった場合の、中長期的な損失への言及も多くはありません。 TPPは今やトピックスになっている感がありますが、もはや短期的に全国民が利益 を得るような政策はありえないのだということをメディアは広く伝えるべきだと思い ます。 ---------------------------------------------------------------------------- ■次回の質問【Q:1138】 政府の行政刷新会議は15日から「再仕分け」を行うようです。鳴り物入りではじ まった事業仕分けですが、その実質的効果について、どう考えればいいのでしょうか。 ---------------------------------------------------------------------------- 村上龍 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 村上龍、金融経済の専門家たちに聞く ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■Q:1137 政府は、TPP(環太平洋パートーナーシップ協定)への参加を「明言しない」と いう方針を出したようです。TPPへ参加した場合、どの層に利益があり、どの層が 不利益を被るのでしょうか。 ============================================================================ ※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・ 組織の意見・方針ではありません。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授 最近、経済講演に出かけると、ほとんど例外なくTPPが話題になります。それほ ど、人々の関心が高い証拠といえるでしょう。TPPに対する反応には、一般的な傾 向が鮮明であることも確かです。農業関係者が多い地方の講演会ではTPP参加への 反対が多く、大都市圏などの講演会では、圧倒的に賛成意見が多いようです。 TPPに参加すると輸入関税の撤廃によって、海外から安価な農産物や畜産品が 入ってくることを考えると、わが国の農業にとっては大きな痛手になることは避けら れません。農業従事者が、反対意見を唱えるのは当然とも言えるでしょう。一方、競 争力のある工業品などを作る企業にとっては、輸出相手国の関税が撤廃されることは 歓迎すべきであることも当然です。そうした分野に従事する人々は、TPP参加に よって便益を享受できると考えられます。 ただ、農業分野の従事者すべてが不利益を被り、輸出産業分野の人々がすべて利益 を受けるという単純な図式を想定することは必ずしも正しくはないと思います。農業 関係者の中からも、少数ではありますが、TPP参加賛成という声があります。実際、 地方の経済講演のレセプションなどでも、必ずといっていいくらい、「私は農業をし ていますが、TPP賛成です」という人が声をかけてくれます。 そうした人に聞いてみると、「農産物すべてが、関税撤廃に耐えられるか否かはわ からないけれども、少なくとも一部のものについては、工夫次第で何とかなると思う」 と言います。おそらく、そうした意見にも一理あるのだと思います。つい先日も後援 会の後のレセプションで農業関係者の一人は、「品質の高い果物を作って海外向けの 輸出をやってみたら、予想外に上手く行った」という話をしてくれました。 彼は、日本の農産物のブランドを定着させれば、ヨーロッパ製の高級服が高価な価 格で売れると同じように、日本の農業にも生き残る道があるはずと指摘していました。 日本の産業界は、今まで円高という厳しい状況を乗り切るために、様々な工夫をし、 効率化を図って競争力をつけてきたことを考えると、農業だけ、何も工夫をしないで、 政府の保護に頼っていることは適切ではないという考え方を持っていました。 そして、彼は最後に、「日本の農業をダメにしてきたのは、組合などの既得権益層 だ」と断言していたのはとても印象的でした。そうした意見が少数意見であるとは思 いますが、彼の、農業を特別扱いすべきではないという考え方は、相応の説得力があ ると思います。 確かに、農業関係のシンポジュームに出席するたびに、農業関係の既得権益層の存 在の大きさに驚かされることがありました。個別の農家が、直接、消費者と農産物の 販売を手掛けようとすると、既存の流通経路を握っている組織から大反対を受けたと いう報告もあったように思います。そうした農業分野の既得権益層が、わが国の農業 の改革を阻んできた一つの要因だったかもしれません。もちろん、わが国の狭い国土 などの条件を考えると、簡単に農業改革が可能だとは思いませんが、少なくとも、多 くの農業関連の既得権益層が、改革を阻んでいることは間違いないように思います。 そうした事情を勘案すると、TPP参加で不利益を被るのは、農業関係者、特に、 当該分野に既得権益を持っている層であると思います。農業従事者の中にも、改革が 可能と考える人たちにとっては、TPP参加は、ある意味、一つのきっかけになるか もしれません。あるいは、工業関連の分野であっても、充分な競争力のない企業に とっては、TPP参加はマイナスの要素となって作用するはずです。 信州大学経済学部教授:真壁昭夫 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト ガット以降、TPPに至る海外との自由貿易協定において、常にボトルネックに なってきたのは農業です。これを「亡国農政」として、批判し続けているのは元農水 省の官僚である山下一仁氏です。彼の農政改革論、いわゆる「山下理論」を理解する うえで、参考になる書籍は、『農業ビッグバンの経済学』(日本経済新聞社)、『農 協の大罪』(宝島社新書)、『「亡国農政」の終焉』(ベスト新書)などでしょう。 すでに、朝日新聞や日本経済新聞などのマスコミの社説は、かなり山下理論の影響下 にあると思います。 山下理論のエッセンスは、コメについて「減反廃止→価格引下げ→対象者を絞った 直接支払い」につきます。この対極にあるのが価格維持を狙った現行の減反政策です。 価格を維持するための減反政策(生産調整)によって、1970年に344万ヘクタ ールあった水田は、254万ヘクタールに減少しました。これは、食料安全保障上も 由々しき事態です。食料危機の際に、もっとも重要なのは農地資源の有無です。山下 氏は「農地さえあれば飢えはしのげる」と言います。農業の自由化から一部の農家を 守るための減反政策によって、国民全体の食料安全保障が脅かされている危険性もあ るということでしょう。 こうした「亡国農政」を担ってきたのは、農協、自民党農林族、農林水産省からな る「農政トライアングル」だと山下氏は指摘しておられます。農協法による「組合員 一人一票制」の下では、「数のうえで圧倒的な兼業農家の声が農協運営に反映されや すいし、少数の主業農家よりも多数の兼業農家を維持するほうが、農協にとって政治 力維持につながる。農協が主導した米価引き上げによって、コストの高い多数の零細 な兼業農家が農村に滞留した」(「「亡国農政」の終焉」P126)。 こうした「農政トライアングル」は、政権交代によって崩れつつあるともいえます が、まだまだ十分ではありません。今回の回答は、ほぼ山下理論の受け売りになりま すが、彼によると、民主党は2003年までは「山下理論」そのものをマニフェスト に記載していたけれども、2004年以降は政権獲得が現実味を帯びてきたからか、 変質したといいます。農家に対する「戸別所得補償」は、前述の「直接支払い」に当 たるのですが、肝心の「対象者を絞って」という部分が外されてしまいました。要す るに、バラマキになってしまったのです。 選挙で勝つためには、政策の恩恵を受ける人数が多いほどよい。所得補償される農 家は、主業農家だけではなく、兼業農家にまで対象を広げたほうがよい。しかし、減 反政策をやめ、米価が下がると、補償額が膨大な金額になる。したがって、価格維持 のための減反政策を維持せざるを得ない。こうした「減反を維持して戸別所得補償を バラマクという発想では、日本の農業の規模は拡大しないし、コストは下がらない。 WTOやFTA交渉にも対応できない。FTAとは、そもそも関税をゼロにするとい う自由貿易協定だ。減反、すなわち高米価政策をやめなければ、関税をゼロにするこ となど望むべくもない」(同書P197)。 高米価政策をやめるためには、結局、対象を絞った戸別所得補償(直接支払い)に 切り替えねばならない。それを行わない場合、「零細な兼業農家が農業を続けてしま えば、そもそも農地が出てこないので、主業農家に農地は集まらない。コメの構造改 革は進まない」(同書P206)ということで、結果的に、日米FTAであれ、TPPで あれ、これを締結することは難しくなります。言い換えると、結果的に兼業農家が不 利益を被るような農政改革が、TPP参加の条件ということではないでしょうか。 JPモルガン証券日本株ストラテジスト:北野一 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 三ツ谷誠 :金融機関勤務 「全ては必然として」 TPP参加によって利益を得る層、不利益を得る層はどの層か、という質問への回 答は、その利益を推し量る時間軸をどう設定するか、に拠って大きく変わってくると 感じます。 確かに近視眼的には前原外務大臣がしきりに発言するように、農業従事者(それも 兼業、専業で大きく層の分解はできるでしょうが)が不利益を被るという事になるの でしょうが、もう少し長い時間を設定すれば、結局TPP参加によって「国が富む」 のであれば、その恩恵はいずれ等しく程度の差はあれ国民各層に廻ってくるので、不 利益を被る層はいないという結論が導かれるでしょう。 また、同様の発想に立てば、仮にTPPに参加しないのであれば、それは単純に近 視眼的に既得利益を農業従事者が守れたという話にはならず、「国が貧しくなる」不 利益を農業従事者もまた被る訳なので、全ての階層が不利益を被る、という話になる 筈です。 基本的には市場が拡大することはそのまま分業を促進することに繋がり、それは 様々な富やサービスを限りなく(欲望と市場があるままに)生み出す母胎となり、豊 かさを拡大・蓄積しますので、「開く」という行為に私は個人的に賛成ですし、過去 の歴史が何より雄弁に「開かれた世界」が実現する豊かさを示していると思います。 勿論、その前提には<交通>の発達があり、その前提なくして世界は開かれません し、結局は技術や文明の発達こそが逆に世界を開かせる原動力となっているので、逆 にTPPのような試みはTPPが先にあるのではなく、技術の発展(その発展を促す 資本蓄積の進展)が必然として用意した体制であるという解釈も妥当なような気がし ます。 ただしこのような形で「開かれた世界」は、常に激しく移り変わる世界であって、 その変貌に適合するための不断の変革がこの世界に生きる全ての主体に求められます。 そこでは、既得権として守られた価格の公的な買い支えも、各種補助金も意味をなし ません。この世界にあっては非合理なもの、効率性を欠くもの、は基本的には合理的 なもの、効率的なものに置き換えられていくのです。 そのような歴史の大きな流れに無条件に流されてしまうことで起きる個々人の悲劇 を緩和させる事は必要ですし、そこにこそ「政治」の介在の意味・意義があり、本義 的には激変緩和のような意味でこそ、補助金・助成金などの政策が重要なのではない でしょうか。 また、そうは言っても1億を超える人口を抱えるこの国において、その食を最も身 近な場所で担うという機会を、産業としての我が国の農業は持つ訳ですし、更に我が 国が「アジアの観光地」というポジションを美しい四季や景観、文化・歴史、豊かさ、 ホスピタリティ、火山国特有の温泉の豊富さ、などで担った場合、アジアから我が国 に訪れる観光客の食をアジアから輸入された食材が満たすとは思えません。この分野 で付加価値という言葉をいたずらに使うのは危険もあると思いますが、鮮度高く手を 掛けられた日本の農漁業が提供する食材がそこでは供されるのではないでしょうか。 ここにもチャンスは存在します。 と言う意味では、枠組みさえ変われば、日本の農業にも豊富なビジネスチャンスが 存在するように感じますし、そのチャンスの匂いを敏感に嗅ぎわけている層は確実に 存在するように感じます。 また、別の議論にはなりますが、食糧自給率が40%から10%に変わる意味合い についての国防的な議論にも疑問を感じます。なぜなら、40%の段階で既に10人 中6人は生存できないという話も、10人中9人が生存できない、という話も全員が 生存できない時点で、実は話は終わっているからです。たぶんこの話のポイントは潜 在的な意味での食糧自給率が100%になるかどうか、であって、その部分で語らな い限り、この議論には根本的な欠落があるように感じます。 「開かれた世界」を前提にすれば、貨幣さえあれば食糧は手に入るのであり、極端に 言えば食糧のある場所への移住さえ可能なのであり、この種の議論には思考を麻痺さ せる効果があるので、そこには警戒が必要だと思います。また、だからこそ食を守る ために歴史の流れに従い「開く」努力が求められるのではないでしょうか。 最後に、方法の議論になりますが、「開く」ために既得権益を失う対象に過度な手 当てを渡す事にも警戒が必要だと感じます。その意味で研究・学習すべきは実は明治 期の「秩禄公債」ではないでしょうか。 債券という形で処理をすれば、一気に新しい事業を起こす資金を得たい場合、債券 を処分するという方法も与えられるのであって、小出しの無限の助成金より政治・選 挙目的を別にすれば、ずっとスマートな手法であるように感じます。また、「士族の 商法」という形で揶揄されたとは言え、明治を推進した起業の源泉に確実に公債は威 力を持ったのであり、官に求めるものはこのような柔軟な発想です。 金融機関勤務:三ツ谷誠 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務 日本の製造業が自由貿易体制から大いに利益を受け、日本の描きうる成長戦略のな かで製造業の成長の割合が大きいのは確かなところなので、TPP参加は反対しにく い議論です。古典的な経済学でも、自由貿易の利益はほとんど自明なので、相当量の 政治・社会的な議論を積み重ねないと、不参加の結論には到達しにくいことになりま す。 韓国などの競争相手がTPPに参加し貿易の条件で優位に立とうとしているように、 参加しないことにより製造業も日本の立地の意味がますます小さくなり、海外移転の インセンティブが強まり、国内雇用は縮小することでしょう。 問題は、生産性が低く国際競争力に難がある部門です。日本人はもの作りにこだわ りを見せる一方、豊葦原の瑞穂の国のイメージに執着しますので、農業を切り捨てる ことに罪悪感をいだくのではないでしょうか。 生鮮野菜などの競争力は、地理的な条件からも大きく競争力が劣後するということ はないのだと思いますが、保存の効く国際商品である、米穀や食肉・乳製品などで、 関税障壁を下げていくと、現在の農家のうちのかなりの部分が成り立たなくなるおそ れがあります。この部分が輸入にとってかわられると、食料の自給率が低くなり、食 料安全保障の問題という国民の琴線に触れます。 統計によると、平成20年の日本の農業人口は約300万人、総人口の6%を割り 込んでいます。特に、その2/3以上が60歳以上ということで、とても明日を担う 産業とは言えないところまで、すでに衰退してしまいました。いずれにしても、世代 交代と大きな変革が避けられないところまできてしまいましたので、外圧を奇禍とし て製品の自由化の度合いを進めて、生き残れるところを所得補償等で積極的に保護す ることになるでしょう。 消費者としては、自由貿易で農産物が自由化され安い製品が手に入ることになり歓 迎されることです。消費が高度になると、安全や品質が要求されるようになっていき ますが、外国製品に高額の関税を課す理由にはならず、日本産も外国産も同じ市場内 で取引をすれば解決出来ることになります。米でいえば、品質が高いカリフォルニア 産の米が安く入ってくれば歓迎するような立場です。国産の食品や、TVに価値をお く消費者がいても、その人が市場で、消費行動を起こすことが排除されていなければ、 その他の消費者全員に国産消費を強要するような規制は、消費者全体の利益を大きく 損なうでしょう。 食料の安全保障の立場からは、農業が崩壊したら困るので、食品とTVは違うとい う議論もある程度は成り立つでしょうが、それを外国に向かって全面的に主張するの は難しく、あえてこだわる場合は外国に工業製品を売るのが、その分難しくなるとい うことになるのだと思います。 同じ消費者でも、食物に対する支出の割合が高い低所得者の方が、食料品価格の低 下のメリットを受けやすく、実質所得の向上につながる可能性が高いかもしれません。 限界的な雇用の多くが、製造業で生まれるとすれば、この階層の雇用にとってもTP P加盟はプラスであるということになります。中高所得層は、日本産の高級食料品の 消費が多いので、生産者が打撃をうけ、製品が人手できなくなるなどの問題が出てく るかもしれませんが、その分外国産高級ブランド輸入品の価格も下がるので相殺で しょう。生産性の高い輸出企業に就業しているのが高給取りの消費者だとすると、や はりTPPに加入した方がメリットがありそうな気がします。 生命保険関連会社勤務:杉岡秋美 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長 どの層に利益があり、どの層に不利益があるのか、という問いに対する答えは、ほ ぼお定まりの答えが用意されていると思います。子供新聞にすら、「家電製品などは 関税が撤廃されることで輸出が増えますが、関税が低い農・水産物が入ってくるよう になると日本の農業・水産業は大打撃になる可能性があります」という趣旨のことが まとめられています。農・水産業従事者およびその周辺業務については競争激化とな る一方、電機製品などの業態にとってはプラスに働く可能性大、との見方です。要は、 関税によって保護されてきた競争力の弱い産業には不利益で、その逆の場合には利益 になる、それだけのことと整理できます。 TPPへの参加によって、モノ・ヒトの流れがスムーズになり、さらにはカネの流 れがスムーズになることが期待されます。国が何らかの狙いを持って阻止してきた障 害を取り払うことで、安い商品が手に入る仕組みが誕生する礎となります。ある製品 Aを買う時、その業界の保護目的のために閉ざされた市場から買わなければ選択肢が ないという状況よりは、いろんなものから選べる仕組みを作ることは、特に消費者の 立場からは大事なことだと思います。 日本の農・水産業にはリスクなのでしょうが、電機産業にはプラス要素ということ になります。他国から見れば、その逆のことが生じることになります。つまり、農・ 水産業にはいいことかも知れませんが、電機産業は育たないというリスクが生じるか もしれないのです。それでも、いい製品を安く手に入れる仕組みを作り、比較優位の 世界を構築することで効率性が図られるであろうことは想像がつきます。また、日本 が入ろうが入るまいが、その仕組みはアメリカも含めてすでに展開しているのです。 韓国のように二国間協定を結ぶでもなく、かといってイコールフッティングの土壌も 作れないというのでは、電機製品をアジアに展開していこうとする日本の電機産業の 努力を水泡に帰すことになりかねないということでしょう。 よく農・水産業の打撃の部分がクローズアップされますが、どこまでの影響がある のでしょうか。本当に安いものだけが売れていくようになるのでしょうか。嗜好は値 段ではなく、許容できる価格設定を前提に、"質"重視の面は大いにあると思います。 1993年の平成の米騒動の際、タイ米が緊急輸入され米価格の高騰を招いたという ことがありました。あのとき、確かに米が買えず、タイ米を買った向きも多かったは ずですが、毎日の生活にタイ米を食べることになったらそれは"きつい"と多くの日本 人が思ったのではないでしょうか。毎日ピラフを食べるわけにもいかない我々の食生 活や伝統は、日本の米を買うインセンティブに繋がります。オージービーフやアメリ カ産ビーフは大衆のデイリーフーズでも、松阪牛や神戸牛の需要がなくなるわけでは ありません。申し上げたいのは、不平等ルールと非難される関税を無理にかけずとも、 自ずと均衡点が模索され、日本米は日本米の、松阪牛や神戸牛はそれなりの需要が確 実に確保されることになるでしょう、ということなのです。 日本に農・水産業を営むヒトを確保することが重要だということや、食糧自給率を 守るという国防的な発想についても検討を重ねる必要はあります。しかしながら、日 本製品が他と入れ替え可能な製品は、輸入品ばかりで構成されてもまったく問題ない はずなのです。それがグローバル経済で生きていくことなのではないでしょうか。あ る食料の日本製品がなくなったとしてもその代替物が低価格で提供されるなら問題は ないはずです。 ただし、これまでの指針や保護政策を突如変更させてしまったことで、生活が立ち ゆかなくなる国民をたくさん出してしまうことになれば、それこそ政治の出番になる ことは言うまでもありません。保護政策をかけてきたがゆえ、競争力を落としてし まったのだとすれば、保護政策を取り払った際の不都合は取り除いてあげる必要があ ります。 とはいえ、です。関税制度を創設して、既得権益を作り上げてきたのですから、そ れがなくなることに脅かされた当事者の不満は紛糾するとしても、自然の流れにおけ る淘汰であれば認めざるを得ないはずです。極端な例をあげてみます。たとえば、携 帯電話です。これだけ普及する際に、固定電話を守るための政策やPHSを保護する 政策があったでしょうか。競争の結果、携帯電話市場が構築される一方、固定電話は 固定電話なりの、PHSはPHSなりの需要に落ち着き出したのが現状です。農産物 や水産物だって同じことではないでしょうか。時の流れとともに、日本人の嗜好の変 化は受け入れるしかありません。グローバル経済下に生きるための枠組みに入ること で軋みが生じる場合には、被害を受ける立場の人間や業界は騒ぐことになるのでしょ うが、携帯電話の事例を挙げるまでもなく、自らの製品の位置づけを素直に受け入れ て、自らが変化していくしかないことを物語っているのではないでしょうか。 TPPで平成開国を遂げることにより、フィリピンやマレーシアから介護資格者が やってきて職を得ることができます。値段が高くて払えない多くの老人が多くいる日 本の社会福祉市場に対して、安くて若い労働力を提供できることにもなります。包括 的な経済協定で失うものに焦点を当てすぎて(それが農民の票を意識しての政治家の 判断ならなお悲しいことですが)、競争力のある業界の競争力を削ぐようなことにな らないのか、注目してみる必要もあります。そう考えると、TPPに参加することに より、広く日本国民の利益に資する可能性がある一方で、そうしなければ、電機業界 を中心に国民の利益が長い目で削がれていくということにもなると危惧せざるを得な い、ということになるでしょう。 BNPパリバ証券クレジット調査部長:中空麻奈 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員 私は、官僚のなすがままに漂い、政治的リーダーシップのかけらもない菅政権を支 持しませんが、菅政権はTPPを積極的に利用すればいいのに、と歯がゆく思ってい ます。当面支持していない政権でも、「いいこと」をしてくれるならいい政権です。 それが積み重なれば、支持できる政権になります。 この種の試算はしょせん正確なものではないので、大雑把な数字を挙げると、TP Pに加入すると、自動車・電気など輸出産業では8兆円以上の生産拡大につながり、 一方で、農業・漁業・林業といった農林水産省管轄の一次産業では4兆数千億円のマ イナスになる、と言われています。 生産が拡大するのは自動車・電気だけではないでしょうし、これらの数字を見ただ けで、帳尻としては「TPP」は日本の経済にプラスだといえるでしょう。それが正 しいかどうかはひとまず保留するとしても、TPPに参加すること利益を配分して、 現状と比較して誰も損をしない状態を作りことができるはずです。 大まかには、TPPに参加して得た利益に対して課税して、一次産業の従事者の所 得補償、転業ないしは効率化のためのサポートに使えばいいはずです。農業の場合、 農協といった中間搾取構造を飛ばして、戸別補償のスキームを使うことが合理的で しょう。TPPは関税の全廃を掲げていますが、産業に対するサポートを必ずしも全 て禁止するものではありません(なるべく早く止める努力をするべきですが)。 また、農業をはじめとする一次産業も経営を大規模化して効率を高める道がありま すし、そもそもどうやっても競争力のない商品なら早く生産を縮小することが合理的 です。いつまでも同じ場所で同じ作物を作る状態をサポートし続ける必要はありませ ん。 農地の環境に対するプラス効果が大事だというなら環境のプラス効果に見合う費用 だけを当該農家に払えばいいし、農地以外にも環境に配慮した土地の使い方はあるは ずです。また、「食糧自給率」は農業利権にたかる人々が喧伝する意味のない数値で、 食糧だけあっても所詮国は守れません。 だからTPPに参加しようと言って、ここで話を止めてもTPPの正当化にはなる とは思いますが、TPPについて私が真に言いたいことはこの先です。 TPPの最大の受益者は一般消費者でしょう。経済全体が拡大することで所得が改 善しますし、関税ゼロの安い輸入品を買うことが出来ます。国内の競合品も流通を合 理化するなどの手段を使って価格を下げて来ることが期待できそうです。 正直なところ流通コストまで考えた場合にどれくらいの価格になるのか見当が付き ませんが、象徴的な商品でいうと、牛肉やオレンジのようなものは劇的に安くなるの ではないでしょうか。 たとえば、「一枚200円でそこそこの牛肉のステーキが食べられます!」「オレ ンジが一袋、5個で100円です!」といった価格にはインパクトがあると思います。 近年、勤労者の所得は悪化しているので、こうした安値には魅力があるはずです。 「これまで本来、皆さんがこうした価格で食べられたはずのものが、過去の自民党政 治、これと癒着した利権のお蔭で、この価格では手に入らなかったのです。民主党は 国を開くことで国民の生活を改善したい。これが政権交代の果実なのです」とでも言 えば、政治的にも格好が付くでしょう。 象徴的な商品、印象的な価格、訴求できるライフスタイル、心だけでなくお腹と財 布に響く言葉を、TPPに絡めていくらでも作ることができるのではないでしょうか。 国民にとっての直接的メリットという点では、小泉純一郎元首相の「郵政民営化」よ りも、「生活コストの劇的引き下げ」あるいは「庶民でも毎日ステーキが食べられる 生活」の方がずっとはっきりしています。 理屈の上では、貿易にはメリットがあり、一方的な市場開放でもメリットの方が大 きいはずなのに、多くの場合、薄く広い消費者の利益を代表する勢力よりも、狭くて も深く且つ運動に予算も労力も使える国内被保護産業の勢力が勝ってきたのが、これ まで、とりわけ日本において貿易の自由化が遅れた理由でした。消費者の利益を誰が 代表して政治的に働きかけるかが常に問題でしたが、今回は、政府がその役割を果た すことで、国民の生活を改善できます。TPPは大きなチャンスではないでしょうか。 経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元 ( http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/ ) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 津田栄 :経済評論家 政府がTPP(環太平洋パートーナーシップ協定)に参加検討するとの報道が流れ てから、早速支持を表明した輸出製造業などの企業や経団連などの経済団体、経産省 に対して、農協などの農水産業関連の団体や農水省、それらの支援を受けた与党民主 党や野党自民党の国会議員が超党派で反対の声を大にしたため、結局参加するかどう か明言せず、関係国との協議を開始するとの基本方針を政府は決めました。TPPは、 関税をなくして完全に貿易を自由化する構想ですから、この時点で、関税なしで利益、 不利益が決まります。すなわち、予想通り、かつ従来通り、TPP参加賛成を訴える 輸出関連産業関係者が利益を受ける層、それに対してTPP参加反対を訴える農水関 係者が不利益を受ける層という構図になっています。 こうした構図は、EPAやFTAなどの話が話題に上るたびごとにいつも出てくる ことで、こうも長期にわたって変化しないのはなぜかと不思議になるくらいです。編 集長のコメントから感じるのですが、日本は、今何もしないよりも、変化に対応する ために何か行動を起こすことを率先して決断し、その結果を受け入れていくことが求 められています。しかしながら、今の日本は、何か理由をつけて何もしないで与えら れた状況を受け入れる、あるいは時間の経過を待って事が収まるのを期待している姿 勢です。それでは、何事も変化に対して守りであり、内向きであり、後退であるとい え、じり貧になることは確実です。まさに、実質的な鎖国状況です。私の回りにも、 それに気づいている農林水産業関係者がいます。そういう点で、果たしてそう単純な 構図なのかという疑問があります。 そもそも、日本にとって、経済を回復させ、発展させる産業は何かと考えれば、自 明なことです。日本は資源がなく、モノ、サービスを輸出することでしか発展してい けません。そして人材を育て、技術を開発していくことが必要です。それには競争が 求められます。その点で、貿易の自由化を一段と進めることは、日本にとって最も必 要なことであるはずです。TPPに参加すれば、輸出増を通じて雇用や消費などが伸 び、プラスの経済効果があることは明らかです。そう考えれば、TPPに参加する場 合、輸出関連産業だけが利益を受けるのではなく、国民全体が利益を受けるのです。 それを明確にしないからこそ、問題が矮小化されて、実態が見えなくなり、迷走する のです。 もちろん、農業、畜産業、水産業などを犠牲にするのかという反発が強いのは当然 でしょう。そして、それに関連した食品加工関連企業も大きな悪影響を受けることに なりましょう。しかし、だからといって、貿易の自由化に反対し、輸入品に対して高 関税をかけて農林水産業とその関連企業を守ることによって国が疲弊するのでは本末 転倒です。むしろ、これまでウルグアイラウンドなどでコメの部分的輸入自由化の際 に6兆円の対策費が使われましたが、農業は強くなり、競争力を持ったのかというと、 そうはなっていません。農道などの公共事業などに大半が使われ、大きな変化の前に 既存の農業政策を変えず、改革をしてきませんでした。あるいは、アメリカのオレン ジ自由化で国内ミカン農家が壊滅すると言いながら、結果はミカン農家が潰れず、む しろ以前より高い値段で売ったり、他の果物に転作したりして、自ら改革しながら生 き残っています。 そこから言えることは、結局、高関税で既存の産業を守ろうとしては、何も生まず、 むしろ無駄を生み出し、変化に迫られれば、それに合わせた改革がなされ、発展して いくのです。そして、ウルグアイラウンドで利益を得たのは、末端のコメ生産農家で はなく、農水省などの監督官庁や公共事業にかかわる業者、生産から販売まで農家に 入り込んでいる農協、そうした人たちから事業配分や献金や選挙運動員や票をもらっ て、国会・行政内で運動してきた政治家であるといえましょう(当時は自民党議員が 大半でしたが、今や選挙のために民主党議員がそれに代わっていますが)。つまり、 コメに高い関税をかけて入ってきた収入で補助金を獲得して、内輪で分配していたよ うに見えます。しかもその高い関税は、最終的に消費者である国民が負担してきたと いえましょう。 そして、農地の集約化、大規模化、農業法人の参入などにより、農業を製造業の一 つの産業として経営をし、生産の効率化、生産性向上を図る農業改革によって、変化 に対応した農業に生まれ変わることが可能ですが、それをすることで、今のように農 家にべったりくっついて寄生虫になっている農協は不要であり、自分で生産から販売 まで手掛ける存在が生まれると、これまでのような手足の上げ下げまで監視し、補助 金や補償金で権限を行使しようとする農水省もいらなくなり、そうした人たちの支援 をもらって選挙する議員たちの存在理由がなくなります。 ただ、こうした不利益を受けると思っている人たちは農業関係者すべてではありま せん。私の知っている地方の農協は、農薬や農業器具を売り、コメなどの農産物を集 荷して販売することだけで生きていけず、積極的に海外に打って出るなど「攻めの農 業」にならなければだめだ、そうでなければ地方が生きていけないと考えていて、む しろこうした動きを封じ込めようとする中央の動きが邪魔だと思っているはずです。 しかも、こうした事情は水産業でも畜産業でもいえるのではないでしょうか。 こう見てくると、黒船が来ると大変だぞと騒ぎたてて、恐怖をあおって、これまで 築き維持してきた既得権益を守り、うまくいけばさらに補償などで利益を得ようとす る層が、核心的なTPP反対派であり、不利益を最も受ける層だといえます。それも、 農業に実際に従事している人たちではなく、東京などの中央で机に向かって仕事をし ている人たちといえましょう。現実には、今農業従事者の平均年齢は65歳を超えて おり、専業農家はごく少数で、三ちゃん農業といわれるように兼業農家や高齢者・女 性だけの零細農家が大半では、もうあと何年かすれば、農業従事者は急減します。も はや時間はありません。それなのに、こうしたTPP反対者は、TPPに参加しない で農業をどう立て直すのか、またヴィジョンがあるのかというと、何も見えてきませ ん。ただ反対しているだけで、やはり既得権益を守りたいだけだといえましょう。 とはいっても、彼らの言い分である自給率の低下、いざというときの食糧安全保障 という問題は、検討しなければなりません。そこにこそ、農業の大規模化などで生産 の効率化、生産性の向上という道を早く確立し、農業を産業として成り立たせ、攻め の農業として海外に展開していけば、こうした問題は解消する方向に向かうのではな いかと思います。こうしたことは、水産業でも同じです。私の知っている漁業組合は、 会社化して、経営を効率化し、生産性を上げ、攻めの水産業として、内ではなく外に 向けて、販売を始めています。そこには20代の若者が多数入社し、新たな漁業の担 い手として育ちつつあります。そういった意味で、既得権益を捨て、TPPに参加す ることで、実際適用される10年後を見据え、新たなヴィジョンのもとで改革して、 現実を先取りし、第一歩を踏み出す時に来ているといえましょう。ただ、その時は、 すべてがハッピーで終わるわけではなく、TPPに参加して農地を手放したり、食べ ていけなくなったりで犠牲になる人は少なからずいます。 一方、製造業やサービス業において、今回のTPP参加ですべてが利益を受けるわ けではありません。今言われているのは、輸出関連産業であり、内需関連産業ではど ういった影響があるか、今一つ読めません。ただ、TPP参加で、ルールが国際的に 統一化されますから、これまで国内のルールでやってきたことが変更されます。つま り、日本の規制が撤廃され、国際ルール一本で行くことになり、それに合わせた製造 転換を図らなければなりません。それだけに負担が掛かってくることが予想されます。 また、輸出においても競争が激化することが予想され、それに合わせた技術開発、経 営の効率化、生産性の向上を図ることが必要であり、それも負担になり、中小企業で は利益が得られるとはいえないかもしれません。 また、輸出関連産業は、TPP参加で関税がなくなって、競争力が増し輸出が拡大 するがゆえに利益を得ることができます。しかし、それをちゃんと国内に還元されな ければ、つまり雇用の増加につながり、従業員の給料に反映されるなどの動きになら なければ、農水産業関係者の犠牲とそれに対する国民負担を無駄にしてしまうことに なります。もちろん経済原理ですから、より有利な場所に生産基地を造り、輸出して 稼ぐという構造は変わりませんから、TPPに参加したからと言って、それがすべて ではないことは確かですが、TPP参加で利益を得るのが確実ならば、国内に還元す ることを示すべきではないかと思います。そうでなければ、輸出関連企業は独りよが りだと言われましょう。 とはいっても、TPP参加は、輸出関連産業にとって、競争力向上、輸出増加の一 つの条件でしかありません。今のままの経済構造では、競争力を高めて、輸出を増加 し、雇用を増やし、最終的に経済を回復・発展させるのは、難しいように思います。 一つは、他国と競争できるような法人税の大幅な引き下げであり、二つ目は、競争を 阻害し、経営の効率化、生産性の向上を阻んでいる規制の緩和、撤廃などを含めた大 胆な構造改革です。それは、農業だけでなく、製造業やサービス業においても、求め られる大きな改革です。そうした改革の先にあるヴィジョンを示して、一歩先の行動 の決断が、政府に求められていますが、そうした長期的なヴィジョンがなかったから、 今回の菅政権のドタバタに表れたのではないでしょうか。 最後に、政府は、国民にとってTPP参加のメリット、デメリットを明確な数字で 統一的に示すべきでしょう。すなわち、TPPに参加しなければ、こうした負担と利 益があり、逆にTPPに参加すれば、いかほどの利益があり、不利益を蒙る農水産業 関連者をいかに補償するかという具体例を示して、これだけの負担が必要だというこ とを政府として責任を持って示して、国民の理解と判断を求めるべきではないでしょ うか。そのためにも長期的なヴィジョン、それに合わせた総合的な戦略が求められる のですが、それが今の与野党ともにないのが、残念です。 もう一つ、今回TPP参加で利益を受ける輸出関連産業の経営者が出てきますが、 労働者の代表である労働組合の声があまり聞こえてきません。労働組合は与党民主党 の支持母体でもあるはずですが、そうした声を反映した議員の意見も小さいです。声 が上げられないとしたら、それは、連合において、既得権益を失って不利益になると みている官庁系組合が多数を占めているからでしょうか。あるいは、消費者の声もあ まり聞こえてきません。そうした意見を代弁する都市部の議員の声も聞こえません。 というより、マスメディアが取り上げないだけかもしれませんが。どうも、TPP問 題を農水産業関連の特定の既得権益者と輸出関連産業の経営者の対立という紋切り型 に押し込めて報道するマスメディアにも問題があるのかもしれません。TPP参加の 可否を、利益・不利益を提示して、もっと広く身近な問題として国民に報道する姿勢 が必要なのではないでしょうか。その意味で報道にも改革が求められているといえま しょう。 経済評論家:津田栄 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務 TPPへの参加による日本の経済的利害については、政府内でも見方が分かれてい ます。内閣府はGDPベースで2.4兆円から3.2兆円程度プラスに寄与すると見 ているようです。また、経済産業省は「TPPに参加しなかった場合」にEU・中国 とのFTAも遅延すると仮定して、基幹産業(自動車、電気電子、機械産業および関 連産業)の輸出減による機会損失として、2020年の時点でのGDP換算で10. 5兆円、雇用は81万2千人失われる、としています。一方、農林水産省は、TPP 参加に伴う農産物への課税撤廃によって農業生産がGDPベースで4.1兆円減少し、 関連産業への影響を含めると7.9兆円程度のGDPの減少となり、さらに環境面な ど「農業の多面的機能の喪失額」3.7兆円を加える合計で11.6兆円の損失が見 込まれる、と主張しています。 「政府内でも見方が分かれている」としましたが、実際には基幹産業と農業の利害の 議論に終始している印象があり、各種の規制緩和あるいは労働者の受け入れなどの論 点についてまでは議論が深まっていないようです。また、産業政策としての議論の一 方で、消費者としての国民の利害を代弁する有力な省庁の不在、という問題も透けて 見えます。 ただし、TPPが例外品目なく100%自由化を前提とするFTAである以上、最 も大きな影響が想定される農業分野に議論が集中するのは止むを得ない面もあります。 実際、農水省が提出した算定については、国内農業がほぼ壊滅するとの想定に基づく ものです。 農産物に関しては、内外で大きな価格差があり、国内農業を保護するために高率の 関税(米で1キロ当たり341円、およそ外国産米価格1キロ当たり50〜60円相 当)あるいは規制が設定されています。そのため実質的には、差額相当分割高な国内 価格を消費者である国民が負担し、農家に所得移転するという構造になっています。 もちろん、こうした間接的な所得移転以外にも、農業保護政策として財政の負担もあ り、農水省の22年要求では予算2.4兆、個別所得保障制度導入の準備で5千5百 億円が要求されています。 農林水産省が算定する、農産物への課税撤廃によって減少する農業生産4.1兆円 という数字は、裏を返せば、内外価格差を所得保障で補填し国内農業の競争力維持を はかるのに必要な追加的な金額が4.1兆円ということでもあります。 この負担に対して、所得税増税を財源とすれば高所得者層の負担配分となり、消費 税増税を財源とすれば広範囲に負担は配分されます。仮に、消費税増税に換算すれば 2%程度の引き上げに相当しますが、社会保障目的の消費税増税とは異なり、増税分 は農家に所得再配分されるため、低所得者に相対的に負担が重い逆進的な負担になる 可能性があります。ただし、食料品価格の低下の恩恵を受けるのが低所得者層である ため、一定のバランスは保たれるとの考えもあります。 もっとも、農産物への課税撤廃によって国内の農産物価格が国際標準に低下した場 合、消費者は食料品価格の低下などで恩恵を受けますが、家計調査での「二人以上勤 労者世帯」で見ても食費の割合は2割程度にすぎません。さらに、食費の内訳におけ る基礎的な食料品への支出は半分、残りを菓子類、飲料、外食費などが占めています。 特に安価な外国産品との代替が進むとされる穀物については、米、パン、麺類などへ の支出は総額で見て、消費支出の約2%程度です。 従って、農業は国民すべての生活・安全に係わる問題とはいえ、消費税という明示 的な負担によって、その保護政策をまかなうことに国民的な合意を形成することは困 難でしょう。実際、国防や治安など安全に係わる負担は、一般的に「応能負担」とい うのが税制の基本的な考え方でもあります。TPPへの参加によって、より恩恵を受 けるのが高所得者層という考えに立てば、農産物への課税撤廃、その結果としての国 内農業保護のための負担増加も「応能負担」の原則で、ということになります。 もちろんこの議論は、農業の規制緩和などを通じた経営効率化や生産性向上などの 改革の必要性をあえて無視して、国内農業の保護を所得保障による補填などにのみ頼 る、ということを前提にしています。 日本の基幹産業の競争力の確保などを考慮した場合に、貿易自由化や規制緩和ある いは労働者の受け入れなどに背を向ける選択肢は、有り得ないとは言い切れませんが、 かなり困難なものでしょう。さらに、農産物への課税撤廃を受け入れた場合に農業の 保護に対して、どこまでの負担を国民に求めるか、どのようにして、誰に求めるのか、 という問題はより具体的な議論となってくるでしょう。 外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
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