03. 2010年11月13日 15:46:46: Pj82T22SRI
「アッと驚く『アメリカ版仕分け』、どこまで本気なのか?」 11月10日の水曜日、オバマ大統領がアジア歴訪のため留守にしているワシント ンで、一つのニュースが流れました。オバマ政権のホワイトハウスが主導しての発表 なのですが、その内容が余りにも衝撃的なために大統領の韓国入りのニュースは、一 部の局の夕方のニュースでは吹っ飛んでしまっていました。オバマ大統領が今年の2 月に大統領令によって設置した「財政規律改革委員会」という諮問委員会(コミッ ション)があるのですが、この委員会の2名の共同委員長が12月1日の本報告を前 に、仮報告書の発表を行ったのです。 2名の共同委員長というのはアラン・シンプソン(元上院議員=共和党)、アース キン・ボウルズ(クリントン政権時の大統領主席補佐官=民主党)で、この2名の下 にブルース・リード事務局長(クリントン政権時の補佐官=民主党)と18名の委員 (コミッショナー)によって構成されています。この委員は、超党派の国会議員と民 間の経営者などから構成されており、なかなか重厚な布陣です。 この仮報告書ですが、2020年までに3.8トリオン(310兆円)の財政赤字 を削減するという壮大なシナリオになっており、パワポのスライドのような体裁のP DFファイルで一般公開もされています。この日はその太い青線が横に入った報告書 の表紙が、TVニュースやインターネットの記事にあふれていました。簡単に要約す ると、以下のような内容です。 (1)公的年金の満額支給開始年齢を69歳に引き上げ (2)50万ドル(4千万円)以上の不動産ローン利子の税額控除廃止 (3)1ガロン(3.8リットル)当たり15セントのガソリン税増税 (4)法人税率を26%に低減することで結果的な景気上昇で増収へ (5)連邦政府の人員の10%削減 (6)100ビリオン(80兆円)の軍事費削減 (7)診療報酬の抑制による医療費の伸び率カット (8)議会主導の補助金(イアマーク)の全廃 他にも税率表の簡素化であるとか、代替ミニマム課税(他の計算方法で税額が低減 されても一定額を下回ることはできないというルール)の廃止、農業補助金のカット、 最低賃金層への脱貧困手当の創設など多岐に渡る内容が書かれており、それらを積み 上げることでプラスマイナス合計3.8トリオンの財政赤字削減になる、そんな内容 になっています。 ちなみに報告書の前文には非常に強い調子のスローガンが掲げてあり、委員会の 「ヤル気」を感じさせます。 1.アメリカを現在より未来へ向けてより良い国にするのは愛国的責務である。 2.問題は現実にあり解決には痛みを伴う。安易な道はない。全ての可能性を検討す べくワシントンが主導すべきだ。 3.実行不能な約束はダメだ。 4.経済再生の微妙な状況の足は引っ張らない。削減は全て2012年から。 5.本当に困窮している人間には保護を惜しまない。 6.成長と競争力維持への投資を優先。 7.負担不可能な歳出は発見しだいカット。 8.生産性と効率追求を高い基準で要求。 9.税制は改革して簡素化。 10.長期的観点から健全なアメリカに。 それにしても絶妙なタイミングです。この発表と前後して、ソウルのG20では経 常収支の数値目標が議論され、合意には至りませんでしたがアメリカとしては自国の 腹案を持って臨むことができた形です。また同じタイミングの米中首脳会談では、米 国の流動性供給を為替誘導だという中国からの非難に対して、それはあくまで景気対 策であり、財政規律に関しては別途厳しい案を持っているというカードを切ることに もなったと思われます。 そうした経済外交上の効果と同時に、オバマ不在のワシントンで発表するという計 算も見え隠れします。というのは、大統領の諮問委員会が超党派で提案したというと 聞こえは良いのですが、議会との協議などはほとんど動いていないのです。18名の 委員の中には、既に自分は基本案に反対だというメンバーも出てきていますし、民主 共和の両党からは早速色々な声が上がっています。例えばナンシー・ペロシ現下院議 長(民主)などからは、早速「強硬な反対論」が出てきています。 大統領が不在の状況で衝撃的な財政規律志向の提案をブチ上げる、すると最初のリ アクションとしては議会の左右の両派からの反対の声になるだろう、そうした両派の 反対論をある程度世論に印象づけておいて、帰国後の大統領はその真ん中の中道のポ ジションから調整のイニシアティブを取ろう、そんな計算があるように見えます。私 は、かねてより「ティーパーティーの財政規律論に真っ向から反論しない」オバマに は「歯がゆい」ものを感じていましたが、こういう切り札を隠しているとは恐れ入り ました。 勿論、この「過激な原案」はそのまま12月1日の本報告になるとは思えません。 また本報告に入ったとしても、それが予算案なり法律という形で実現するかは全く分 かりません。勿論、多くの点で「復活折衝」があり、最終的な形は相当に違うものに なると思われます。ですが、この仮報告、そして12月の本報告を軸にすることで、 当面の最大の政治課題である財政赤字の問題が、議論される大枠はできたと思います。 面白い展開になってきました。 この報告書の中の論点は、どれも興味深いものが多く、例えば年金満額年齢の引き 上げであるとか、脱貧困手当の創設などと言うのは、実現可能性は低い部類に入ると 思いますが、詳細案が出たところでどんな議論がされるかは、期待しても良いと思い ます。その一方で、影響が非常に大きそうなのは軍事費の削減です。 この仮報告では、どうやって100ビリオンの軍事費をカットするのかという具体 案も書かれています。軍人の給与を3年間凍結する、外注費削減を国防総省原案の倍 に、研究開発費を10%削減、などという数字と共に、目を引くのは「在外米軍基地 の三分の一を廃止」という項目です。この辺りは、いわゆるペンタゴンの「リフォー メーション(組織再編成)」で盛り込まれた経費節減策を、更に倍増させるという基 本的な発想から来ており、大変な議論になることが予想されます。 東アジアの状況、とりわけ在日米軍への影響も大きいでしょう。「思いやり予算」 という珍奇な名称で呼ばれている現地負担分への増額要求などは更に強まることが予 想されますし、日本への自主防衛的な負担の要求もエスカレートする可能性がありま す。兵器の共同開発や、開発自体の見直しという問題も出てくるでしょう。ジャブ ジャブ軍事費を使って威嚇しておいて、外交ではソフトに行くのがブッシュ時代の対 ロ対中戦略だとしたら、逆に軍事費は最低限にしつつ、外交戦・心理戦・経済戦での 均衡政策へ傾斜するのがオバマ流ということには、既にそうした兆候がありますが、 それが更に徹底されるということも考えられます。 そのオバマ大統領は、横浜APEC出席のために、本稿が配信されるころには二度 目の訪日中だと思います。今回のアジア歴訪は、様々な意味があります。まず最初に 訪れたインドは、パキスタンとの国境紛争を抱えある意味では「反テロの前線」でも あるし、一方で準英語圏としてアメリカから多くの雇用が移転されていることから、 両国には貿易赤字の問題がある中での訪問となりました。また、次に訪れたインドネ シアは、オバマ大統領が少年期の4年間を過ごした場所として縁のある国、しかも過 去2回の訪問予定がキャンセルになっていた「念願の訪問」ということで話題性もあ る場所です。 ですが、今回の歴訪に関してはアメリカのメディアの反応は冷淡です。朝晩の主要 なニュース番組での扱いは小さく、淡々と事実を伝えるだけですし、例えばインドネ シアで行った「イスラムへのメッセージ」の演説などは、TVではほとんど報道され ませんでした。ミシェル夫人がインドネシアの男性政治家に「握手」を求めて非難さ れたとか、その非難を沈静化するためにヴェールをかぶって登場したというようなエ ピソードもアメリカではほとんど報道されていません。 こうした傾向に関しては、オバマが「イスラム教徒」だとして保守派が騒ぐので、 一連のエピソードが報道されないという面は確かにあるかもしれません。ですが、そ れ以前の問題として、とにかく今回のアジア出張は、一にも二にも経済が主要なテー マであり、オバマは「アメリカを売り込みに行くのだ」ということになっています。 一般向けのTVニュースではなく、経済局や経済紙での報道にはG20における人民 元を巡る駆け引き、韓国とのFTAの合意失敗などの問題が詳しく報じられています。 のんきな「オバマ夫妻の外遊日記」的な報道をするムードはないのです。 いずれにしても、オバマのアメリカは、「ねじれ国会」に対しても中道政策での正 面突破を狙って、とにかく景気の再生、そして次のステップとしては財政規律への復 帰目指してこれまでとは違う政策を取ってくるでしょう。委員会の仮報告の話に戻り ますと、発表の翌日の11日にはワシントンの左右両派から早速反対論が噴出してい ます。恐らくオバマとしては計算済みで、帰国次第「中道のチャンピオン」のような 顔をして調整の主導権を取るつもりでしょう。ちなみに共和党の穏健派は比較的静か なようで、既にホワイトハウスとのコミュニケーションは始まっているようです。ち なみに「ティーパーティー」系の政治家は「ガソリン税増税」にしても「不動産ロー ン利子控除削減」にしても「あらゆる増税には反対」という原理主義から批判を開始 しているようです。 ---------------------------------------------------------------------------- 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大 学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など がある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーショ ンズ)( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484102145/jmm05-22 )
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