07. 2010年9月28日 12:30:10: cqRnZH2CUM
日経ビジネス オンライントップ>政治・社会>脱・幼稚者で行こう! 大切なのは「結果の平等」。だって人生は不平等だから。 『経済は損得で理解しろ!』の、飯田泰之・駒沢大学準教授に聞く(前) * 2010年9月28日 火曜日 * 芹沢 一也 経済 平等 階級 不況 結果 再分配 ―― とかくイメージがつかみにくい経済学の世界で、『経済は損得で理解しろ!』という、異色かつ異例に読みやすい入門書を出されたのが飯田泰之さん。本サイトでは「経済学っぽく行こう!」ですでにおなじみですが、今回は改めて飯田さんに「マクロ経済学」の考え方を、教えていただこうと思います。 『世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ! 日頃の疑問からデフレまで』 飯田 マクロ経済学では、一国の経済成長と景気循環を研究します。 長期的なGDP(Gross Domestic Product、国内総生産≒在住者の所得の合計)のトレンドは、人間の数、機械の数、そして機械や働く人間の質と組み合わせ技能といった技術、この3つから決まります。つまり労働力、資本、技術ですね。これら3つの要素から、長期的なGDP水準を考えるのが経済成長理論です。 一方で景気循環の理論ですが、いまある労働力や資本、機械設備、これらはいつもフル活用されているとはかぎりません。実力を発揮していれば景気はよいのですが、活用しきれないと不況になってしまいます。また、バブルのような超好景気というのは、無理をして過剰に使っている状態ですね。 メディアで語られる「景気」は経済学上のものとは異なる ―― メディアで報じられる「景気」とは違うようですね? 飯田 その通りです。景気を語るときに気をつけないといけないのは、景気という言葉の定義です。労働力と資本を無理なく、無駄なく活用するラインの上か下かで、好景気、不景気を判断する考え方。これが経済学的な意味での好況、不況です。 ところが、困ったことに日本の場合、内閣府が発表しているのは景気の「拡大」と「縮小」だけなんです。つまり、たんにグラフが上に向かっているか、下に向かっているか。 ここを混同してはいけない。典型的な誤解の例としては、2000年代半ばの「いざなぎ超え」といわれた景気拡大。よく「あんなに景気がよかったのに、生活はよくならなかったじゃないか」という人がいますね。 飯田 泰之(写真・大槻純一) あれは好不況ラインの下で、景気の拡大がつづいただけ。みんな「実感無き景気回復」なんていっていましたが、その直感の通り、好景気ではなかったのですから、実感が無くて当然です。しっかりと実力を発揮できていたという意味での「好況」と呼べる期間は、きわめて短かかったというのが実際でした。 経済学的に好況だったなといえるのは、2005年からの1年弱ぐらいですかね。2006年あたりは都内では牛丼屋の深夜時給が1400円になりましたから(笑)。 繰り返しますが、レベルとしての景気と、方向としての景気というのは、混同したらいけません。もちろん、ずっと拡大していればいつか好況にはなる、ずっと縮小していれば不況にはなるんですが、拡大しているからイコール好況ではないということです。 ―― 普通の人が好不況を判断するのに、何かよい目安はありますか? 飯田 好況のひとつの目安としては、失業率が3.5%を下回っていることです。4%を下回っていれば好況に近いと言っていいかな。 ―― ということは、景気が上向いているという報道があったとしても、失業率が4%を下回ってなければ……。 飯田 景気は拡大中だけど、まだ好況とは言えないということです。ちなみに、どんなに景気が良くても心身の問題や職探し期間の失業はあるわけなので、失業率はゼロにはなりません。失業率が4%を切り、3.5%まで行くとかなりの産業で人手不足状態になります。 人手不足だと労働者の待遇が上がる。例えば、給料が上がり始めるわけです。その意味で人手不足感とその高まりによる待遇改善圧力の存在が好況の特徴です。 ―― では現在の日本の景気については、どう診断されますか? 飯田 もちろん不況です。問題は原因なのですが、それについては経済成長論から説明する人と、景気循環論から説明する人がいます。長期的なトレンドとして人間が減っている、技術が全然上がらず、生産性も魅力的な新製品もでてこない。これが原因で経済成長できずに不況なんだというのが前者、「実力不足」型不況という考え方です。対策としては、いわゆる構造改革となります。 たしかに日本は規制が多い。とくに労働市場の規制が厳しいために、人材の有効活用を妨げ、効率を下げてしまっている弊害は確実にあります。改善するためには規制緩和と人材の流動化。このタイプの不況には、あとは海外資本の受け入れや法人税引き下げなどですね。こうしたことについては、つねにぼくは賛成です。 南東北にいた女の子が、バーで働いている理由 もうひとつの不況の考え方は、景気の縮小拡大といった循環のプロセスで、実力が出しきれていないから不況なんだというものです。これは、潜在的な実力とのあいだの「ギャップ型」の不況です。現在は失業率が5%ですから、人材のフル活用ができてない。つまり、ギャップ型不況であるのも間違いありません。 ここでよく、「失業者は仕事を選り好みしているだけだ」という議論がありますが、それは違う。たとえば、ぼくがよく行くバーがあるのですが、そこで働いている女の子、彼女は南東北出身なんですけれど、何で東京にでてきたのかというと、工場をクビになったから。男の子は北海道で働いていたスーパーがなくなったから。非常にわかりやすい。もちろん仕事を選り好みして失業している人もいます。でもそういう人はいつでもある程度はいるんですよ。問題は「選り好みしているわけではないけど仕事がない」という人が「いる」ということなんです。 ―― ギャップ型不況の処方箋はどうなるのでしょうか? 飯田 景気の安定化政策、教科書的には、金融政策や財政政策ということになります。財政政策は減税か公共事業の拡大。金融政策は通常ならば金利の引き下げ、ゼロ金利下では日本銀行が銀行などから債券を買い入れることによって市場にマネーを注入していく、といった方法ですね。日本では制度上、財務省管轄になっていますが、為替市場への介入なども一種の金融政策です。 ―― それでは、どちらの手を打てば。 飯田 当然、どちらもです。日本の現状は、実力不足型不況とギャップ型不況が混合しているからです。 ところがとても不思議なことに、「いまは実力不足型か、ギャップ型か?」と、どちらか一方に決めてから動くべき、という風潮があります。 飯田 いやいや、そんなところで論争などしていないで、金融・財政・構造改革、手をつけられるところからすべてやればいいのです。それほど、いまの状況は深刻です。論争は走りながらやればいい。 ―― そう考えると、2005〜6年のころの好景気のときには、いわゆる小泉構造改革と、財務省の為替介入による円安誘導、それと歩調を合わせた日銀の量的緩和政策と、両方やっていたことになりますね。 飯田 そう、両方やっていたんです。唯一やらなかったのが所得再分配なんですよ。 経済政策としては、成長政策と安定化政策とともに、あとひとつ、再分配政策が欠かせません。どんなに景気がよくても、不幸にも経済的に困窮する人はでてきます。金持ちと貧乏というのは必ず分かれるんですが、これはある程度是正してやらなければいけません。 いわゆる結果の平等と機会の平等で、よく機会の平等だけが必要で、結果の平等は必要ないという人がいますね。ぼくは大間違いだと思っています。重要なのは、結果の平等だと思う。もちろん、ある程度のね。 なぜかといえば、ぼくらは生まれてくる前、どういう人間に生まれてくるのか分からない。いうなれば、ずっとサイコロを振っていくようなものです。 まず国はどこに生まれるか、日本か、アメリカか、とか。ぼくの場合だったら日本という目がでた。つぎに何県、東京、と。つぎに五体満足、つぎに頭のレベル、IQは? あとは性格は? と振っていく。それでぽんと生まれてきた。 結果も機会も平等ではあり得ない。だから保険が必要 結果的に、わりと稼げるようになる人と、そうじゃない人って、はっきりいって偶然が大きく影響しているとぼくは思うんですね。そうすると、怖いから保険を掛けておくべきだとなりますよね。本来そういう不安のあるイベントに参加するときには、ぼくらは保険を掛けるはずでしょう。けれども、生まれてもない状態で、保険の掛け金の払いようはないわけです。 こうした意味において、ぼくは再分配政策というのは、「出生や幼少期におけるいかんともしがたい偶然」というのに対する後払い保険なんだと考えています。 結果の平等と機会の平等。そもそも、こういう分け方自体がだめで、機会なんて平等なわけがないんですよ。たとえば、ぼくとイチローで完全に同じコーチをつけたって、ぼくはイチローにならないんですよ。もう絶対的な差があるので、偶然が生み出すそうした差をメンテナンスしていかなくてはならない。 小泉内閣が惜しかったのは、この再分配を変に嫌ってしまったことなんです。これがあればもしかしたら名宰相として名を残したかも知れない。少なくとも経済政策面ではいまよりずっと高い評価を得られていたはずです。 ―― 再分配政策がなかったがために、小泉構造改革が全体として否定されてしまいました。そうしたなか、市場や成長政策に対してきわめてネガティブなイメージが定着し、しかも金融政策の効果はきちんと報道されなかったために、安定化政策への理解も生まれませんでした。 飯田 そのせいで政権獲得当初の民主党は再分配に偏してしまいました。三つの経済政策はバランスをとって実行しなくてはなりません。安定化と再分配は相互補完的です。貧乏になってもちゃんと生活の保障がある。これは経済を安定させる一番の方法ですよね。 成長と再分配の両立については議論がありますが、やはりある程度、補完的だと思います。あまりに貧富の格差が激しくなると、国内に2つの国があるような状態になってしまいますから。“一等市民”と“二等市民”のような分断が生じると、経済成長にとっても、そして社会の幸せにとってもいいことではないのは明白です。 ―― このまま不況がつづくとどのような事態が? 飯田 不況が長期化すると、まず企業が潰れてしまう。そうなると、企業で働く人のなかに蓄積されていた人間的なつながりとか、効率化のノウハウが失われてしまいます。さらに、不況では失業者が生まれますが、失業期間その人はまったくラーニング・バイ・ドゥーイング、つまり働くこと自体によって学ぶという経験ができない。非正規雇用に代表される未熟練単純労働はスキルが身につきにくいので、特に大きな問題です。 不況は、人のスキルを破壊する 経済成長というのは労働力、資本、技術によって達成されます。労働にまつわる技術で重要なのは、どれだけその人が仕事に慣れているか、です。20代、 30代ならば、仕事をすることによって慣れていけますが、ラーニング・バイ・ドゥーイングの機会を逸した世代がでてしまうと、人的技術の蓄積が不十分になる。不況が長期化することによって、人的資本の劣化が起きるわけです。これが1番の問題。 第2の問題は、このまま不況が長期化すると、30年後に再分配に大きな財政負担がかかってきます。単純未熟練労働は50歳が限界ですよね。60歳まで続けるには相当体力がいる。稼げず、蓄積もない人たちが生活保護になだれ込んでいく。このまま経済成長しなければ、今後、日本は社会保障の問題にさらに苦しむことになります。 日本経済は本当にもう待ったなしです。大きな危機感をもって、可能な経済政策をすべて打つべきなのです。 |