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猪瀬直樹の「眼からウロコ」
外形標準課税の導入をめぐる舞台裏
巨大企業の利益代弁者に対してロジックで攻める
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20100726/238501/?P=1
2010年7月27日
菅直人首相の消費税発言はブレブレだった。それで信を問えば、選挙に負けるのは予想されたことだった。消費税について賛否両論があるのだが、銀行を含め巨大企業が繰越欠損金のため法人税を支払っていない場合、消費税は公平性を発揮する。法人所得税を支払わないと、地方の税収である法人住民税と法人事業税を支払わない。そこで地方法人2税のうち法人事業税に外形標準を導入しようという考え方が生まれた。
石原慎太郎・東京都知事が銀行税をつくるぞと宣言した直後である。
「2009年度はリーマンショック後の世界金融危機の影響で東京都の税収も落ち込んだけど、外形標準課税があったから、あの程度で済んだんだよ」
7月15日、全国知事会に出席した僕は、ダイワロイネットホテル和歌山で開かれた夕食会で、飯泉嘉門・徳島県知事と酒を酌み交わしていた。飯泉氏とは、10年前に外形標準課税をめぐって政府税制調査会(政府税調)で連携し汗を流した間柄である。
「外形標準課税が導入されたのは、猪瀬さんのおかげですよ」
「あのときは、財界や役所の抵抗がすごかったねえ」
外形標準課税のおかげで、法人事業税の落ち込みを緩和
2000年秋、僕は政府税調委員を引き受けた。2000年から2001年までは、総務省税務局企画課税務企画官だった飯泉氏が政府税調の事務局に入っていた。全国知事会でひさしぶりに再会した僕らは、あのときの政府税調での“戦果”にあらためて乾杯をしたのである。
7月22日に新聞各紙で報道されたように、2009年度の東京都の税収は過去最大の落ち込みとなった。東京都のように、国からの仕送りに頼らないで、自前の税収だけで行政サービスをまかなっていく自治体の税収は、不景気になると落ち込みが激しい。東京都では2007年度に5.5兆円でピークを迎えた税収は、2009年度は4.3兆円まで落ち込んでいる。
それでも、2004年度から導入された外形標準課税のおかげで、法人事業税の落ち込みは緩和されている。法人事業税収全体では2008年度の1.3兆円から2009年度の6800億円と半減している。リーマンショック後の景気後退の影響をもろに受けているが、この法人事業税のうち外形標準課税相当分は、景気動向にかかわらず2000億円前後で安定している。
ただ、この大幅な法人事業税の税収減は景気の影響だけではない。これは2008年税制改正で新設された地方法人特別税という名目で、東京都の税収から3000億円ほどが、他の都道府県に分配されてしまったためだ。外形標準課税が導入されていなければ、さらに1200億円は減収していただろう。
法人事業税を負担していなかった「巨大企業」
僕は『ミカドの肖像』で西武鉄道グループの商法を分析した。土地購入の借入金の金利で利益を相殺し、税金を払っていないことに対して憤りを感じていた。
外形標準課税とは、儲かっているかどうかといった企業の経営の中身ではなく、企業の外形、つまり事業規模などを基準にして課税する方法である。利益に対してではなく、人件費や資本金など企業の規模に対して課税される。課税対象は資本金が1億円以上の大企業で、地方税である法人事業税の4分の1を外形標準課税に置き換える。赤字企業でも税が課せられるので、景気の影響を受けにくく安定的な税収を確保できる。
外形標準課税が導入される前、会計上で利益を出している企業からだけ税金を取って、赤字を装っている大企業からは取らないという「アンフェア」な税制になっていた。都道府県の行政サービスを受けていながら、法人事業税を負担していない巨大企業が多数存在した。全体の8.5%にすぎない21万社の企業が、法人事業税の98%を負担していたのである。
法人事業税の過去10年間の平均税収は4.4兆円である。行政サービスを受けている黒字の企業も赤字の企業も、同じようにトータルで4兆円払えばよいのだ。増税ではなく組み替えにすぎない。
そうしないと、がんばって黒字を出している企業に、他の赤字企業がたかっているも同然ということになる。2000年の政府税調で外形標準課税の議論をしたとき、僕は法人事業税を払っていない巨大企業を列挙した(注・あくまでも2000年時点で、現在とは異なる)。
猪瀬 具体的に申し上げると、皆さん、こういう名前を言うのはいやだろうと思うけれども言いますが、住友商事が10兆円の売り上げがあって法人税を全然払っていないわけですね。日立製作所が8兆円、日産自動車、東芝が6兆円、NECが5兆円、三菱電機が4兆円、日石三菱が3兆5000億円、三菱自動車工業が3兆5000億円。こういう数字で見ると、普通の世間の感覚で見た場合、おかしいのではないかと思うのが普通ではないかと思うのです。とくに、給料が高いと言われている日本航空、東京海上火災保険も、日本航空は1兆6000億円、東京海上火災保険は1兆3000億円ぐらいの売り上げがある。高い給料で知られているところが法人税を払っていないし、もちろん法人事業税も払ってこないわけです。
(2000年11月28日の政府税調第6回総会議事録より)
外形標準課税の実現に立ちはだかる2つの壁
道路や港湾をはじめ各種公共施設の利用といった行政サービスに対する費用をまんべんなく負担する公平感が大切だ。町内会で「家計が苦しいから」という言い分で町内会費を払わないのはおかしい。まして、家計が苦しいふりをして町内会費を払わないようなお金持ちの家は許されない。外形標準課税を導入すれば、税負担の公平感が実現されて、しかも税収が安定することになる。
ところが、税負担を嫌がる巨大企業からの抵抗は大きかった。2000年当時、新日鉄会長で経団連会長だった今井敬委員、それに元通商産業省事務次官の牧野力委員と、僕は対立した。外形標準課税を実現するには、2つの立ちはだかる壁を砕く必要があった。
今井氏は、「地方自治体側で徹底した歳出削減の努力を行ってからでないと納税者の納得が得られない」と反対した。法人事業税を払いたくない重厚長大の巨大企業の利益を代弁していた。
猪瀬 一企業の代表者の立場で発言されているのか、経団連会長として、あるいは政府税調委員として、日本経済全体をどうするかという立場で発言されているのか、傍から聴いているとわかりにくいと思われても仕方がない。
今井氏 ただいまの発言は私に対する個人攻撃のようなので……。
経済産業省の論理の食い違いを衝く
一方、牧野氏は、「(外形標準課税は)賃金に課税される比重が高いので、特定の産業がわりをくう。だから経済的に中立的でないところに問題がある」と反対意見を述べた。しかし、牧野氏の反対意見は、経済産業省の従来の論調と食い違っていた。
1997年頃、旧通産省産業政策局長が、「日本企業の今後の経営方向を考えるとむしろ高収益を上げる方向を目指すべきで、収益への課税から外形標準課税へのシフトは日本経済の活力の維持に貢献するのではないかと考える」という論理を講演で述べている。僕は論理の食い違いを衝いた。
猪瀬 通産省は以前に外形標準課税に賛成していたはずですが、以前の論理とどう整合性をもたせるのか。
牧野氏 私はいま通産省ではありませんし、通産省が過去に外形標準課税に賛成したということも私は承知しておりません。
経産省(旧通産省)の姿勢は、典型的な「総論賛成、各論反対」だ。決まりそうにない段階では威勢のいいことを言うが、いざ導入されるかもしれないというリアリティが出てくると、あわてて巨大企業に配慮して慎重論になる。論理そのものまで変えてしまう姿勢には納得がいかなかった。
それまでの政府税調委員は、往々にして圧力団体代表の意見開陳の場にされやすかった。そこへ、僕が入ってロジックで攻めた。にわかに議論が活発になった。外形標準課税導入の裏側には、利益代表や現状維持派との戦いがあったのだ。僕が道路関係四公団民営化推進委員会委員になったのは2002年だが、その前、政府税調を舞台に外形標準課税導入という改革を進めていたのである。
編集部からのお知らせ
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猪瀬直樹(いのせ・なおき)
作家、東京都副知事。1946年、長野県生まれ。1987年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で1996年度文藝春秋読者賞受賞。以降、特殊法人などの廃止・民営化に取り組み、2002年6月末、小泉首相より道路公団民営化委員に任命される。東京工業大学特任教授、テレビ・ラジオ番組のコメンテーターなど幅広い領域で活躍中。最新刊に『ジミーの誕生日 アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」』(文藝春秋社)、『東京の副知事になってみたら』(小学館101新書)がある。また読者からの声にこたえ、『昭和16年夏の敗戦』が中公文庫から復刊されました。
オフィシャルホームページ:http://inose.gr.jp/
猪瀬直樹Blog:http://www.inosenaoki.com/
Twitterのアカウント:@inosenaoki
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