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未だに個人金融資産が1500兆円あり、公的な借金が1000兆円になっていないし、国債のほとんどを国内消化しているので、日本は財政危機ではないと言う方が結構いる様子だ。しかし、こういったまやかしの議論はもうそろそろ止めておいたほうがいい。既に、こういった議論は通用しない事態になっているからだ。 富とは、現実には、人間が尺度となってはかられるものだ。つまり、たとえ50トンの金の延べ棒があったとしても、そこが絶海の孤島で自分以外誰も居なかったら、ほとんどその金の延べ棒の価値はない。ましてや、紙幣や、銀行口座の残高を示す電子的な記録や、国債の残高を示す単なる記録など、それ自体としてはほとんど価値がないものだ。金ならそれを利用して他者に対価を払わせられるように加工ができる人がいて初めて富としての価値が出てくる。同様に、国債証券も、本来現ナマであるはずの銀行口座の残高記録も、それが人間の活動によって裏うちされていなければ何の価値もない。 http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1157.htmlによると、日本の高齢化率は2010年現在で23.1%、2020年で29.3%、2030年で31.8%、2040年で36.5%、2050年で39.6%にもなる。いずれの年でも、日本の高齢化率は世界一だ。 問題は、日本の金融資産の在り方だ。もし、日本の金融資産のほとんどが海外に投資されていたら、まあ、海外の国々も高齢化していくことはしていくのだが、それでも日本よりはずっと緩やかなので、高齢化した日本の人々を助ける程度に他の人々の活動と交換できる価値を持つだろう。もっとも、それも、幾つか条件があり、投資した金がきちんと戻ると言う前提が必要だ。相手が倒産してしまったら元も子もないし、現在の米国債のように国際的な力関係があまりにも偏っていたらほとんど戻ってこない可能性もある。 日本の現在の金融資産の在り方の問題点は、その半分以上が既に公的な借金として使われてしまっている点だ。一方には銀行預金と言う形で資金を持つ人たちがいて、一方には富の生産は既にできず富の消費しかしない人々が数多くいると言う点なのだ。そして、国の借金は年40兆円から50兆円と言うペースで増え続けている。5年続けばそれだけで新たに250兆円増加するのだ。今の日本全体、つまり、国及び地方の公的借金は、http://www.kh-web.org/fin/によると1100兆円を超えている。国民金融資産が1500兆円あるとかなり多めに仮定し、地方分を無視して国の公的借金分だけ、つまり、年に50兆円借金が増える計算でさえ、あと8年で財政破綻になるのだ。現実には地方の借金も増えるので、年に100兆円規模で借金は増加するとされている。だから、本当はあと4年しか余裕はないのだ。 そして、財政破綻をしたとき、海外からの借金なら、海外の借金を踏み倒せばある意味それで自体は終わるのだが、日本の場合は、国内の借金であり、かなりの部分が一般市民の貯金が国債や地方債を買っている点が問題になる。つまり、普通、銀行に金を預けると、預金者は銀行に預金があると思うし、銀行はそれを事業者に貸し付けて事業者がその金を使うことが出来る。つまり、銀行を通じて金が2倍なるわけだ。これを銀行の信用創造と言うのだが、財政破綻すると、まさにこれが逆に働き、借金の効果が2倍になってしまうのだ。信用創造を直接行うのは銀行だ。預金者が銀行へ100万円預けると預金者は銀行に100万円あると信用する。銀行はその100万円を事業者へ貸し出す。銀行は事業者が100万円を返してくれると信用し、事業者に100万円の価値を与える。ところが財政破綻すると、預金者は銀行から100万円を引き出そうとする。銀行は既にその100万円を国や地方やまたは民間の事業者に貸し出しているわけだから、それを回収しようとするわけだが、国や地方は財政破綻していて回収できない。そこで、本来ならきちんと事業をやっている民間事業者から回収することになる。そうすると本来黒字経営だった民間事業者も銀行借り入れができなくなり黒字倒産に追い込まれるのだ。こうして、坂道を転げ落ちるように経済悪化が始まる。これと同じようなことが実を言うと日本にはすでにあった。それは、バブル崩壊後の銀行による貸しはがしだ。自己資本比率というBIS規制により銀行が貸し出し規模を縮小したので、本来黒字だった企業が倒産に追い込まれたのだ。 こういった事態を普通は予測して、事前に回避しようとする。ところが、日本は、これもなかなかできないのだ。回避手段は普通、増税だ。ところが、 ではどうしたらいいか。それは産業構造の組換えだ。イメージとしては、今までは一生懸命自転車をこいでダイナモを回し電気を起こしていたのに、今度は流れる川に水車をかけて自然の力を利用して電気を起こすというものだ。具体的には、地熱発電だ。現在総電力量の約30%が原子力で作られている。水力やその他の自然エネルギーが合計10%ほどであり、残り60%が石油、石炭、LNGでの発電だ。原発は地震国日本にとってはそもそも安全ではないし、公表されている発電コスト1kwh5円と言うのは実際にはインチキで、最低でも18円から20円はするとされている。石油や石炭、LNGは今後値上がりが避けられないはずだ。今でさえ、これらエネルギー関連の輸入代金は総輸入代金の約30%とされるので、これら輸入エネルギーに頼らず地熱発電で国内自給ができれば、海外へ出て行っていたお金が国内還流する。地熱発電は原子力のような危険性はないし、太陽光や風力のように天気任せの面もない。24時間365日安定的に発電できるわけで、しかも、全国各地で開発が可能だ。経済破たんが実現してしまう前に、つまり、ここ数年の内に、地熱発電を大規模にやるしか日本の進む道はない。 *6月8日の記事「近づく戦争・テロ社会、これらの動きを止めるべきでは?」から一連番号を付しています。<<51>>
富の意味:日本は財政危機だ。しかし、それを回避できれば、輝かしい未来がある。
つまり、絶海の孤島に20代の若者がそれぞれ5億円の金を持って行って、互いに仕事をし、50年後に70代になった時、では、それぞれ5億円あった貯金でその後暮らしていけるかと言ったら、無理であるということと同じなのだ。普通なら、20代の若者が70代まで働けばいろいろな富が蓄積して、社会は豊かになっている。例えば立派な建物が建ち公共施設が整備されているはずだ。しかし、そこにいるのが70代の人々のみで、なかなか体の自由もきかないような状態になっていたら、絶海の孤島にある金塊と同じで、幾ら金があっても富はないと言うことになる。
http://www.stat.go.jp/data/jinsui/topics/topi461.htm#I-2 によると、14歳以下の人口比率は平成17年時点ですでに65歳以上の比率を下回っている。つまり、新たに働く人たちの数と新たにリタイアする人の数を比べると、既にリタイアする人たちのほうが多くなる事態が平成17年から続いているのだ。平成17年で生産年齢に属する15歳から64歳の人々の割合は66.1%だが、平成22年には63.7%に減少している。5年で3%もの減少だ。10年で6%、20年で12%も減少する計算で、平成42年後には、生産年齢にあたる人々はほぼ50%になってしまう。つまり、平成15年ごろまでは働いて税金を納める人々が全体として増えていたのが、その後は一貫して減少しているのだ。出生率が仮に急に増加しても、その赤ちゃんたちが働き始めるには20年ほどの年月が必要で、平成42年時点で生産年齢にあたる人、つまり、働いて税金を納めることが出来る人が全人口の半分になるのはすでにほぼ決定していると言えるのだ。よって、単に税金を多く集めると言うことはできなくなりつつある。
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