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山崎元のマルチスコープ
【第138回】 2010年7月14日
ビジネスパーソンの反面教師としての菅直人氏
http://diamond.jp/articles/-/8745
以前から注目の人だった、菅直人氏
昨年の民主党政権成立以来、本欄では、菅直人氏に何度も注目してきた。理由は3つある。
1つには、新政権の本来だったらキーマンになるべき国家戦略担当大臣のポストを彼が担っていたことだ。
もう1つには、民主党政権の経済政策を見る上で、その後に財務大臣、さらには首相にもなった菅氏の発言が興味深かったことが挙げられる。財務大臣に就任早々為替相場に言及したり、民間人からも提案されたデフレ対策に対して分かっているのかいないのか、外からは不明な興味深い態度を取っていた時期もコラム的には取り上げ甲斐があったし、首相就任後の「増税しても、成長する」という経済理論も独特で面白かった。もっとも、この独特の「菅理論」(「小野理論」と呼ぶ人もいる)は、今回、参院選で民主党が大敗を喫した事で注目度が下がるに違いない。
そして3番目に、何と言っても、官僚組織に取り込まれて、以前の自民党政権と区別が付かない状況に陥ってしまった民主党政権を最も端的に象徴する「変節の人」として、菅直人氏が分かりやすかったことが大きい。
特に消費税に関連する洗脳のされ加減は凄まじかった。財務大臣就任後を見るとしても、消費税増税は逆立ちしても鼻血も出ないくらい財政支出のムダを削減してからだという勇ましさから、消費税の議論は前倒しでいい、に早々に態度が変わり、ついには、政権運営と自らの政治生命を掛けた一大勝負であったはずの今回の参院選を「自民党案を参考に」しつつ、民主党内の議論を省略してまで消費税率の引き上げを争点にして戦ったのだから、財務省の官僚さん達も上手く行きすぎて驚いたのではないだろうか。
かつて民主党の総選挙時のマニフェストを評価した有権者から見ると菅氏は変節したということになるが、菅氏ご自身は、おそらく早晩行き詰まるであろう鳩山首相に取って代わるポジションに2着付けしながら、大名マークで上手く立ち回っていると思っていたのではないだろうか。
申し訳ないが、筆者は、菅直人氏の人物を語るに際してどうしても低評価に傾くのは、新政権発足直後の重要なときに、鳩山首相を助けるというよりは、彼の失敗を待っていたように見えたからだ。こういう人物に好感を抱く人は少ないのではないか。
上手く世渡りできていると思うときにこそ、他人から見た、反感が高まり、評価が低下することは、ビジネスの世界でもよくある話だ。
「消費税10%」を掲げたのは民主党だけでなく自民党も一緒だったが、菅氏をトップに押し立てた民主党の側は、前回マニフェストとの乖離の問題が整理されていない分だけ不利だった。
掲げた約束の内容は同じでも、国民は民主党の側に「嘘つき」を感じたのであり、この点は、選挙期間中に菅氏を批判した小沢一郎前幹事長の側に100%の正論があった。
従って、菅氏が「自民党と合わせると、消費税率の引き上げは民意の賛成を得ている」と信じ込むと(官僚は、隙あらばそう思い込ませようとするだろうが)、確実に失敗するだろう。菅氏は特に新聞を通じてそう思い込まされないように気をつけるべきだ。
菅氏に、敢えてアドバイスするなら、消費税率の問題を白紙撤回して、財政支出のムダ削減とデフレ対策を先行させると宣言して出直すべきだろう。
菅氏の洗脳はいかにして可能だったのか?
菅氏のような大物政治家であり形の上では組織のトップでもある人物のものの考え方を短期間に根源から変えることが、どのように可能だったのかは、それ自体が興味深い問題だ。
できれば詳細を知りたいところだが、筆者は、菅氏が仕事をする上で官僚に頼った際に、レクチャーを受けながらインプットを受けたと想像する。
特に、ネット界隈ではYouTubeに動画がアップされていて頻繁に言及される有名な事態だが、自民党の林芳正衆議院議員による「乗数効果」に関する質問に答えられずに恥をかいたことは、プライドが高いといわれる菅氏には堪えただろう。また、英語が不得意といわれる菅氏がG7などの国際会合に出た際に官僚に大きく依存しつつ、洗脳を受け入れる精神的な態度が出来たのではないかと想像する。
連日の国会答弁に国際会議と続く大臣のスケジュールは、芸能人でいうと殆ど準備無しにぶっつけでクイズバラエティー番組に出続けているようなものだから、「付き人」や「スタッフ」さらには「台本」に対する依存が大きくならざるを得ない。加えて、消費税率引き上げに関しては前向きな話をする度に新聞の社説などでも褒めらるので、菅氏は消費税問題について、すっかりその気になってしまったのではないだろうか。
林議員の質問も、大新聞の社説も、全てを財務官僚がお膳立てした「仕込み」だとまでは言うまいが、国会の質問について官僚はある程度事前に知っているはずだし、財務省の官僚と林議員が情報交換して菅氏の経済知識に関して「感触」を共有していた可能性もある。もちろん、大新聞の特に社説レベルの書き手は、官僚からの情報提供とレクチャーで多くの記事を書いてきたのだから、財政再建に前向きな大臣を上手に褒めてみせるくらいのサービスは頼まなくても自然に出来る範囲だろう。
筆者の想像に近い事態だったとすると、主に財務省のだと思うが、官僚は、アメとムチのパターン化された使い方を菅氏に適用しただけだ。「洗脳」などと大げさに言うよりは、「調教」とでも言っておく方が現実に近いかも知れない。
こうしたテクニックは、ビジネスパーソンが「社長」や「上司」を操る際にも使える。基本型は、上司が恥をかくかも知れない恐怖と共に上司自身の能力を思い知らせつつ、ぎりぎりで体面を保てるように救ってやりながら、好都合な知識をインプットし、折に触れて上司が褒められて自信を持つようにして、この知識の刷り込みを強化する、というパターンだ。上手く行くと、知識の刷り込みと共に、上司からの依存も手に入る。
菅氏のように、高いプライドに能力が釣り合っていない上司には特に効果的だ。
敗戦の弁も失敗だった
開票結果が明らかになるのと共に、メディアは首相であると同時に民主党代表である菅氏の反応を見たがったが、菅氏はこれになかなか応えなかった。
選挙の敗北を受けた与党党首のスピーチと質疑応答は、何よりも国民にメッセージを伝える重要な機会だし、組織のトップが組織のダメージコントロールに関わることが出来る有力な機会でもある。大きな失点が生じるかも知れない怖い時間でもあるが、この時間は、メディアと国民を引きつけて自分のメッセージを伝えることができるのだから、大きなチャンスでもある。ゲームでいうと、勝負所での「手番」なのだ。
午後11時30分から会見を開く予定が1時間以上遅れて、菅首相の記者会見は、翌日の0時半過ぎから行われた。この間、選挙を報じるテレビ番組の側では時間が読めない中でイライラしながら、民主党劣勢の選挙状況を繰り返し伝えるのと同時に、局によっては、菅氏の対応への批判をたっぷり付け加える展開となった。
待たされることで国民・視聴者の側もイライラを募らせるし、「これだけ待たせたのだから、納得の行く説明を聞かせてくれ」とばかりに、敗戦の弁に対する評価のハードルを上げることになった筈だ。この余計な1時間のイメージ的損失は、大企業なら何十億円、何百億円といった単位で評価されるような「ネガティブ広告」であったのではないか。
民主党には、あるいは、少なくとも菅さんの周囲には、メディア対策の専門家がいないのだろう。そうだとすれば、現代の政党としては、余りにお粗末だ。
ちなみに、筆者は、この1時間の間、菅氏は床屋を呼んで頭でも丸めているのかと想像したり、あるいは、菅氏が首相辞任の弁を述べるつもりなのか(即ち、政変か?!)と想像したり、かなりの妄想が頭の中を駆け巡った。
会見に臨んだ菅氏の態度と声は落ち着いたものだった。これは良いとしよう。たぶん、あの1時間は、菅氏が会見に向けて自信を回復する時間だったのだろう。
しかし、菅氏の会見は2つの点で失敗だったと思う。
1つは、敗戦の理由として述べた消費税問題の説明が不適当だったことだ。菅氏は、提示の仕方が「唐突」だったことと、「もっと丁寧に説明すべきだった」ということを反省点としてあげたが、これでは、自分が正しくて、国民の側の理解が不足だった、と言っているように聞こえる。
筆者の解釈では、国民は、官僚に迎合的で財政支出の削減を殆ど行わず、また「4年間は消費税率を上げない」と明記した前回総選挙のマニフェストの文言との関係をきっちり説明せずに「(消費税の引き上げには)早くても2,3年掛かる」(=2年なら、公約違反ではないか!)などと述べた菅首相の、「手順の拙さ」と「不誠実」に怒っているのであって、細かな説明をじっくり聞きたいと思っているわけではない。もちろん、経済政策として今増税を語り予約しようとすることがいいかという視点からの異議を持つ経済通や企業人もいるだろうが、経済政策論以前に、怒りの感情があることを見落としてはいけない。
「手順」と「態度」に怒っているものを、言外に国民側の理解不足とでも言いたげな説明不足に話をすり替えられるのでは、菅氏の小さなプライドは傷つかずに済んだかも知れないが、国民は納得しない。
謝罪のコツは「サプライズ」
敗戦会見に臨む菅氏の立場は、企業人に喩えると、製品にトラブルがあって消費者からクレームを受けたような状況だ。この際に重要なのは、顧客(菅氏にとっては「国民」)が怒るのはもっともだ、大変申し訳ないことであったと、相手のことを慮った態度が明確になるように振る舞うことと、「不誠実」や「嘘」といった致命的な理由ではない納得的な理由に顧客の理解をリードすることだ。
菅氏の立場であれば、政権奪取後の民主党政権の仕事ぶりを相当強く批判しても大丈夫だった筈だし(菅氏は大半の期間、副総理ではあったが、最高責任者ではなかった)、もっと悔しそうに自分の失敗を悔いて「バカだった」「浅はかだった」等々の自己批判を繰り出して、大いに頭を下げるべきではなかったか。
謝罪の要諦は、相手の期待値を上回る大きさで敗北を認めることだ。相手の期待値が膨らむ時間を与えずに早く対処することと、致命的でない場所で「意外な」反省や潔さを示すのがコツだ。「説明不足はお詫びしますが、私は間違っていません」という顔をする人物は、顧客から見て可愛くない。自分が痛くないところばかりを詫びても、顧客の心には響かない。顧客から見て痛そうなところで「負けて」見せなければならない。
菅氏は、おそらく選挙の敗北の弁を、企業の謝罪会見のようなものだとは捉えていないのだろう。しかし、有権者の投票行動でのNOは、製品の不買(運動)と同じだから、解決策は似たものになるはずなのだ。
ついでに言えば、あの会見で「猛省」を見せて、消費税問題をいったん白紙に戻して、民主党は総選挙マニフェストの原点に帰る、と宣言すれば、これを切っ掛けに政策の軌道修正が出来ただろうし、政局だけでなく政策にメディアと世間の注意を惹きつけることが出来たはずだ。消費税率の問題を白紙撤回して、財政支出のムダ削減とデフレ対策を先行させると宣言して出直すのだ。
世間の注意を政策に引き取らなければ、世間の注意はいつまでも「責任論はどうなっているのだ」というサディスティックな興味に留まり続けるだろう。こうなると、サッカーのワールドカップが終わったことさえも菅氏に不利に働く。
考えようによっては、今回の参院選敗北は、菅氏にとって、これまでの路線を変更し、豹変するチャンスでもある。「官僚を上手く利用して、首相になった。だが、これからは官僚の言いなりにはならない」とでも自分に言い聞かせて豹変するなら、菅氏のプライドも満足できるのではないか。
しかし、もともとの問題が、政策遂行における能力不足なのだから、「政治勘」だけ的確に発揮せよというのは、今の菅氏に対して無理な注文というべきだろう。
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