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http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20100707/235518/
【大前研一の「産業突然死」時代の人生論】
2010年7月7日
2008年9月のリーマンショック以降、危機的な状態が続いていた世界経済を牽引していたのは間違いなく中国である。しかし、その中国の経済情勢に変化が訪れ、いよいよバブルの終焉を迎えようとしている。
この2年ほど高止まりしていた中国の人民元
中国人民銀行は6月22日、人民元の取引基準となる中間値を前日終値に近い水準まで引き上げた。これは元相場をますます高い方向へ誘導することにほかならず、見方を変えれば中国が国際競争力を失っていくことを意味している。
高い元相場への誘導は、26日から始まった20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)をにらんだパフォーマンスに過ぎないという意見もあるが、中国政府は元の価値を上方向に柔軟性を持たせようという思惑なのだろう。もっとも、私自身は「そう簡単にことは進まない」と見ている。
これまでの元相場の推移を振り返ってみると、最近の元は非常に安定していたことがわかる。下のグラフの通り、以前の元はドルに比べて弱かった。だが、じりじりと強くなって高止まりし、この2年ほどはさほど変動してこなかった。もちろんこれは中国政府がこのレベルで止めようとした意志が働いたからに他ならない。
【元高になっても雇用は米国には戻らない】
米国は人民元の安定(米国に言わせれば高止まり)を好ましく思っていなかった。米国の経済学者や政治家の中には、「人民元が不当に安いため、米国での雇用が奪われている」と信じている人がいる。オバマ大統領もその一人だ。彼らから見て正当なレート、つまりもっと元高になれば、中国の国際競争力は弱体化する。
そして、人民元が安かったから米国企業が中国に工場を移していたわけだが、元高が維持できれば中国に逃げた雇用が米国に戻ってくる、と期待しているのだ。現にオバマ大統領はこうした“公平な”競争条件のもとでは200万人の雇用が米国に戻ってくる、と語っている。歴史も経済も知らないまったく間違った議論である。過去の日本円の歴史を見ればすぐにわかる。
日本もかつて極端な円高ドル安に向かったことがある。1985年のプラザ合意のときは1ドル235円だったが、その後急速に円高が進み、90年代半ばには1ドル79円にまで達した。今は90円前後で推移しており、これだけ円高になっても米国企業は本国に戻ることはなかった。
米国企業はどこへ行ったのか? 話は簡単で、より生産コストの安い中国やインドネシアに向かったのだ。だから今回も、中国に進出していた米国企業が国内に戻ることはない。中国よりもさらにコストの安い東南アジアの国々やインドに移動するだけのことである。
米国で雇用が奪われている本当の理由は中国にはない。製造業を中心とする米国の労働環境そのものが、米国企業に嫌われているからである。多くの米国経営者は米国が生産に向いていない国である、と心から信じており、為替の問題で再び戻ってくる、という発想の人にはお目にかかったことがない。日本がダメなら韓国、台湾へ、そしてやがて中国へ、と流れていった経緯はまさにそのことを裏付けている。メキシコのマキラドーラに出ていった企業も最近では中国シフトをしているところが多い。
米国企業の米国離れは為替だけでなく労働慣行や部品などの産業基盤全体の問題である。そのことを米国の政治家、経済学者は冷静に考えてもらいたい。そして、中国は仮に米国の要求に従ったとしても、事は米国の言う通りには運ばないと考えておいたほうがいいだろう。
【労働者の相次ぐ自殺が発端となった中国の賃上げスト】
むしろ中国政府は、現在国内で起こっているホンハイショック(中国企業ホンハイの深センにある子会社富士康をきっかけに各地で起こっている賃上げスト現象)を心配したほうがいい。ホンハイショックの発端は、富士康(フォックスコン)で労働者の自殺が続いたことだ。定められている地域の最低賃金しか支払われないことと軍隊式とも言われる厳しい勤務形態が原因だとされている。
そこでホンハイは賃金を30%引き上げたが、労働者の自殺は止まらなかった。今度は賃金を2倍に引き上げることにしたところ、その情報を得たよその会社で賃上げストが起こった。労働者たちはストをすれば賃上げが期待できると考えたのである。共産主義の中国では労働者にスト権がない。今まで政府の決めた最低賃金を「やむを得ないもの」と思っていた労働者が初めて「賃金は交渉して稼ぐもの」という感覚を持ったのだ。これがインターネットなどで燎原の火のように中国全土に拡大しているのである。
気の毒なのは、最低賃金より多く支払っていた企業だ。日系企業もそこに含まれるが、それなりの賃金を払っていたはずなのに賃上げストにさらされている。彼らは自分たちの賃金が2倍になるまで諦めないだろう。日本も1970年初頭には賃金が年39%も上がった年があった。しかしインフレでもない限り賃金が1年で2倍になるなんてあり得ないことなのだが、中国では「今までが低すぎた」と言って平然と賃上げを要求してくる。
タイミングが悪いことに、この期に及んで中国政府は所得倍増計画を打ち出した。中国の労働者は、「今のうちに賃金を2倍にしておけば、所得倍増計画が実行されたら4倍になる」と考えた。日本でもそう言う時代はあったが、所得を上げる大前提は生産性の向上である。幸い日本の場合には企業が生産性の改善に取り組み、その結果として労働分配率を維持しながら賃上げできた。プラザ合意以降はイノベーションによって価格のとれる商品を出して円高ショックを乗り越えた。今の中国企業にはそうした経営力がないので、単純に労賃が上がってしまい、競争力を失う、という悪循環に陥る可能性が高い。
このような状況だから、中国の安い人件費を求めて工場を移転してきた外国企業は大きな痛手を受けている。そして、今回の元高である。外国企業は中国から逃げ出さざるを得なくなる。これに対して中国政府は平然としている。米国帰りの学者が支配する中国の経済政策ブレーンたちは、労働集約型産業からソフト、クリーン、グリーンな産業への移行を志向している。人件費が上がって出ていくようなローテク企業はそのままにしておけばよい、という態度である。
米国でも日本でも長い時間をかけてこのような産業の高度化が進んだわけだが、いくら中国と言えども今の経営者の実力を見れば、生産性の改善もイノベーションも望み薄である。高騰している不動産で稼ごうと皆がデベロッパーになるのではないか、と思われるほど、本業への執着心が薄くなっている。もちろん80年代後半の日本企業と同じで、危機感は微塵も感じられない。
中国バブル崩壊の直前を狙っているさや取り業者
人民元の上昇はG20対策の一時的なものに過ぎなかったようで、また下がってきた。「マーケットとはそういうものだ」とも言えるが、しかし人民元の急上昇を虎視眈々と狙っているさや取り業者の存在を忘れてはいけない。彼らは人民元が高くなりきったところで、「実は中国経済には問題あり」という噂を流して元の急降下を誘導し、その差額で大儲けしようと企んでいる。中国政府もそういう輩がいることをしっかり認識した上で舵取りをすべきである。
今のところ、この「弾力化政策」はドルに対しては強くなっているが、ユーロと円に対しては逆に弱くなっており、見かけ上はバスケット方式で操作しているように見える。米国は納得するが、中国としては交易国全体を見れば元高とはなっていない、という「名を捨てて実をとる」戦略とも言える。
【終焉を迎えつつある中国バブル】
中国バブルの終焉は、米国でも認識されつつある。米ニューズウィーク誌6月28日&7月5日号は「The Post-China World」(中国後の世界)と題して、日本やイギリスの長い低迷を例に引きながら、中国の今後を展望していた。「リーマンショック後にひっくり返りそうだった世界経済を中国が支えてくれていたが、未曾有の中国バブルも終わろうとしている。その後はどうなるのか」――。
実際、中国では不動産価格が落ち始めている。高級自動車の販売も低迷してきた。さらに影響が大きいのは、中国の銀行がいっせいに貸し出しを渋り始めたことである。中国政府は、「バブルを抑える程度に制限したい」という考えだろうが、中国の銀行にはそんな器用な微調整はできないだろう。政府が「少し貸し出しを抑えてくれ」と言えば、一気に蛇口を閉じてしまう。98年11月にはG20の要請で蛇口を開けたが、蛇口というよりは消火栓を全開にした感があった。どうも中国の今の動きを見ていると、蛇口を全開にするか閉じるかの二者択一しかできていない。微調整は相当に困難と思われる。
これが行き過ぎて中国のバブルが本当に崩壊してしまったら、世界経済が大きな影響を受けるのは必至だ。中国の代わりに世界経済を牽引する国があるだろうか。欧州連合(EU)は、ギリシャ危機以降、積み木崩しのようになっているので、しばらくは頼りにならない。米国もリーマンショックの傷がまだ癒されていない。失業と商業不動産の問題に加えてメキシコ湾における石油流出事故が予想を上回る経済的なダメージとなっている。インドに期待したいところだが、中国と違って全体主義ではないので、政府のさじ加減ひとつで起爆剤となることは無理だろう。
【ECFAを締結した中国と台湾、800品目で関税引き下げへ】
そうした中国をめぐり新しい動きがあった。中国と台湾は6月29日、関税撤廃を軸とした経済協力枠組み協定(ECFA)を締結した。関税引き下げについては800品目余りが対象とされ、ほかにも規制緩和などの進展が含まれる。
私はこの動きを高く評価したい。なにしろ20年以上から私は台湾のアドバイザーとして中国との交易自由化を提案し続けてきたのだから。私の提案は、「大三通」(地域を限定しない中国との通商、通航、通信)はもとより、台湾にアジアオペレーションセンターを作って、その圏内では中国から人を呼んで共に仕事ができるようにする仕掛けだ。それがECFAでようやく実現に近づいたのである。
しかし、当の台湾では最大野党の民進党が住民投票を求めた大規模なデモを行った。彼らは中国との緊密度が上がることで、台湾が中国に統一されることを懸念しているのだ。ほとんどの台湾の人々は中国と親しくなることを歓迎しているが、一部に反対派がいるのも事実である。
中国と距離を置いたままでは台湾の将来はない。だから、このECFAを足がかりに次のステージに向かうべきである。以前は台湾の大多数が中国を敵視していたが、馬英九(マー・インチウ)政権になってからは中国と台湾の距離が縮まってきた。その結果、台湾の経済力は強くなり、恩恵を受けたのは中国よりむしろ台湾のほうだった。
今後さらに親しくなったとしても、台湾が中国に飲み込まれると決まったわけではない。何しろ経営力や技術力では中国よりも台湾のほうが高いのだから。人材力を比べたら、正直言って、今の台湾やイスラエルにかなうところはない。いずれも「緊張」が生み出した成果である。
今の経営力をもってすれば、台湾企業が中国に飛び込んでいけば必ず中国企業の上に立てる。中国企業も急速に力を付けているので5年後にはそう簡単にはいかないだろう。だから、むしろ一刻も早く台湾から中国に飛び込んだほうがいいのだ。交渉においては1万2000品目が検討されているが、今回の関税引き下げで対象となっているのは800品目程度だ。将来的には金融や農業まで対象を広げた文字通り自由貿易協定(FTA)となっていく可能性もある。
【日本企業は台湾、そして中国との取引強化に乗り出せ】
ECFAの締結は、日本にとっても台湾進出の好機である。日本の本社を台湾に移しても良いだろうし、中国全土をにらんだ現地法人を設立するにも良いタイミングだ。なにしろこの6月以降、台湾から中国への直行便が週に370便にも増えている。2年前にはチャーター便とか週末限定便しかなかったのだ。急速な接近は航空ルートの便数にも表れている。台北から上海へは1日8往復で、しかも台湾側は松山空港、上海側は虹橋空港である。両者とも町中にあるので今まで香港経由で6時間もかかっていたところが80分の至近距離となった。
また台湾では法人税が25%から17%に下がる。企業にとっては良いこと尽くめだ。日本政府は法人税を下げると言っても40%から25%あたりにする程度だ。台湾のレベルは香港(16%)といい勝負、という段階に入った。もちろん日本政府的には法人税が20%よりも低いところは「租税回避国」となり、台湾に本社を移せば国税ににらまれることになるかも知れない。
台湾では日本語も英語も堪能なビジネスマンが多い。日本企業が台湾を足がかりに、あるいは台湾企業との協業で中国との取引を強化するにはとても良い環境だ。中国バブルも終焉に向かいつつあるとはいえ、近隣諸国との付き合い方を工夫することで日本企業が生き残る道はまだまだある。
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