投稿者 愚民党 日時 2010 年 5 月 12 日 18:23:25: ogcGl0q1DMbpk
2010年5月10日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.583 Monday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
▼INDEX▼
■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
◆編集長から
【Q:1110】
◇回答(寄稿順)
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
□北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
□菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
□中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長
□杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
□山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
□金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
□津田栄 :経済評論家
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■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:1110への回答ありがとうございました。先日アメリカとイギリスの友人3
人と食事しました。いずれも日本に長く住んだことがあり日本語も達者で、メディア
関係の仕事をしています。彼らから、「最近日本人はどうしてこれほど表情が暗いの
か」と聞かれました。彼らが接する機会のある学生から高齢者まで、一様に表情が暗
いと感じたようです。
最大の要因は未来に希望が見いだしにくいことだと、わたしは高度成長時と比較し
ながら答えました。
「最初家にはラジオと電球しか電気製品がなかったが、やがて電気洗濯機や掃除機、
そして冷蔵庫やテレビなどが次々に増えていって、生活の向上を子どもでも実感でき
た。当時は個人も国も今よりもはるかに貧しかったが5年後、10年後に生活は必ず
よくなっているという思いがあった」
2番目の要因として、財政赤字を挙げました。
「借金で身動きが取れない状態だと個人も家計も不自由を感じる。衣食住などほとん
どすべてにおいて選択肢が狭まり、病気になったらどうしようと不安が高まる。何か
を得るためには何かを犠牲にしなければならず、常に優先順位を考えなければならな
い。要するに、息が詰まるような感覚があるわけだが、国家として似たような状況に
なっている」
3人の外国人は、なるほどと理解を示しながらも、それでも日本にはやはり機会さ
えあれば住みたいと言いました。理由は、まずさまざまな店やホテルの対応が異様な
くらいていねいで親切なこと、スポーツジムがすばらしく清潔なこと、文化・宗教的
な対立がないせいか民心がおおむね穏やかなことなどを挙げていました。
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■次回の質問【Q:1111】
デフレ傾向が続いていて、需給ギャップが問題となることが増えた気がします。現
在の財政状況で、政府は需要を増やすことができるのでしょうか。
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村上龍
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■ 村上龍、金融経済の専門家たちに聞く
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■Q:1110
上海万博がはじまりました。中国の存在感は増すばかりという印象を受けます。中
国の国力の充実と経済発展によって、我が国のどのような層が利益を享受し、どのよ
うな層が不利益を被るのでしょうか。
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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
最近の中国経済の台頭は、確かに目覚しいものがあると思います。金融危機後の世
界経済の落ち込みも、中国の顕著な経済成長がなかりせば、さらに長期化していたと
考えます。今まで世界経済を牽引してきた米国が、今回の金融危機によって、覇権国
としての地位を中国に譲ったとは思いませんが、相対的なバランスはかなり変化して
います。2050年に、世界最大の経済大国は、米国から中国に移行しているという
予測の実現可能性が高まったことは確かでしょう。
わが国の中でも、中国経済の台頭を上手くビジネスチャンスとして利用している分
野では、かなり恩恵を受けていると思います。一般的に、わが国企業の中では、つい
最近まで、中国を生産拠点と位置づける考え方が有力だったと思います。彼等のビジ
ネスモデルは、新製品の研究・開発を国内で行い、生産技術が安定した段階で、その
生産拠点を中国に展開するという方式が多かったと思います。その結果、主要部品を
中国に輸出して、それを中国の安価な労働力を使って組み立て・加工し、完成品のか
なりの部分を、最終需要地である欧米に輸出するというものでした。
ところが、リーマンショック以降、米国の個人消費が落ち込み、最終需要地である
欧米諸国への輸出が減少しました。そうなると、中国=生産拠点というビジネスモデ
ルが通用しなくなります。
一方、中国政府の大規模な景気刺激策によって、内陸部の個人消費が喚起されるよ
うになり、それが、沿岸部の主力輸出企業の経済活動の低下を埋め合わせる格好にな
りました。勿論、中国のGDPに占める消費部分は、主要先進国と比較して、まだか
なり低水準ではありますが、中国政府の政策意図が働いていることもあり、中国の経
済構造は徐々に変わっていると考えられます。
こうした変化によって、中国を消費地と見るビジネスモデルも有効になっているよ
うです。最近、わが国企業が扱う女性用化粧品の中国向け売上げが、顕著に増加して
いるという話を聞きました。従来の生産財や資本財に加えて、それなりに優位性のあ
る消費財を扱っている分野でも、中国でのシェアが上昇しているケースはあるようで
す。それらとの関連性によって、相応のメリットを享受している人たちがいると思い
ます。
逆に、米国経済の相対的な地位の低下によって、米国依存度の高い分野、あるいは
企業は、痛手を受けているケースが多いと思います。米国と中国では、一人当たりの
所得が違っています。そのため、購買の対象となるプロダクトのセグメンテーション
はかなり異なると思います。企業が優位性を持つプロダクトの分野、あるいは価格帯
を、中国の需要に上手く適合できないと、需要の取込が難しくなることが考えられま
す。
もう少し視点をステップバックして、中国経済に限らず世界経済という観点で考え
ると、中国経済の台頭は、世界経済の変化と捉えることができると思います。そうし
た変化に迅速に対応できる人々は、それなりのメリットを享受できると考えられます。
それは企業レベルのことだけではなく、個々人のレベルでも同じことが言えると思い
ます。
これから、中国を中心とした新興国経済の発展が続くと、おそらく、資源の獲得競
争から、人材の獲得競争に移行すると考えます。中国の家電メーカーの日本人技術者
のリクルートや、中国企業のM&Aの活動をみると、既にその兆候は明確に出ている
ように思います。様々な経営資源の争奪戦では、多くのケースで勝者と敗者が出るこ
とになります。
長期的にみて、誰が勝者で、誰が敗者なのかを判断するには時間が必要だと思いま
すが、短期的に見ると、変化に迅速に対応できる人、あるいは組織がメリットを享受
できることが多いと思います。逆に、過去の成功体験やビジネスモデルに固執するセ
グメンテーションは、変化の中で生き残ることは難しくなるのでしょう。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
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■ 北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
「失われた10年」を経験した米国、「失われた20年」に突入した日本、統合の歪
みが顕在化しつつある欧州を尻目に、10%近い経済成長が続いた中国は、まさに0
0年代の覇者でした。その象徴として、2008年に北京オリンピックが開催され、
今月から上海で万国博覧会が始まりました。
00年代の中国の高成長は、投資と外需によってもたらされた結果、民間消費の対
GDP比は30%台半ばまで低下しました。2010年代の中国は、消費主導、人間
本位の経済成長を目指しています。そのために、中国では政府に集中しがちな富の再
分配を促進し、農村の購買力を高めるため、土地の私的所有に道を開き、そのうえで
社会保障制度の改革に努めていくようです。
2006年に開催された中国共産党の中央委員会全体会議では、「和階社会(調和
のとれた社会)」の構築を目指すべく、2020年までの目標として、都市と農村の
発展格差の解消、十数億人が豊かさを享受できる小康社会の実現などを並べました。
上海万博のテーマも「よりよい都市、よりよい生活」です。40年前の大阪万博のテ
ーマ「人類の進歩と調和」でも、進歩とともに調和が強調されことを思い出します。
ただ、大阪と上海には、似て非なるものがあります。大阪万博が、東京の一極集中
を避け、大阪の地盤沈下を防ぐという目的、すなわち国土の均衡ある発展が目指され
たのに対し、上海万博では、都市化、すなわち農村部の余剰労働力の有効利用が目指
されているように思います。中国では、一人っ子政策の副作用で、生産年齢人口の伸
びが、2015年頃から鈍化すると言われます。この労働力不足を補うのが「都市化」
です。日本では、国土の均衡ある発展の結果、生産性の高い都市への人口流入が止ま
り、高度成長の終焉につながったという説もありますが、中国は、さらなる「都市化」
によって、成長の持続をはかる戦略のようです。だから、「よりよい都市」なのです。
同じ「調和」でも、大阪万博と上海万博の狙いは全く逆です。
ちなみに、当社の株式調査部には、自動車、電気機器、小売業などを担当するアナ
リストが十数名おりますが、昨年から食品や医薬品などのいわゆる消費財を担当する
アナリストの中国出張が目立ってきております。株式市場の参加者も、「都市化」を
キーワードに、消費財を中国に供給する企業にチャンスがあるとみているようです。
なお、00年代における中国の貿易大国化の影響は、中国と競合する労働集約型製品
を供給するASEAN諸国などにはマイナス、中国と補完関係にある日本などの先進
国にはプラスに働きました。
さて、中国では「一つの中国」のなかに「四つの世界」があると言われているよう
に、発展段階の異なる地域が混在しております。それらを平均すると、1970年頃
の日本に似ているということになるのでしょうが、最も進んでいる上海や北京などは
1980年代の日本と同じ発展段階にあると言えるでしょう。
1980年代の日本ではジャパン・マネーの力で海外の土地や企業買収に積極的で
した。現在の中国でも、対外直接投資(走出去)が盛んになってきました。結果的に
失敗に終わりましたが、2005年には中国海洋石油による米大手石油会社ユノカル
の買収が話題になりました。2009年には、これまた失敗に終わりましたが中国の
アルミ大手チャイナルコが英豪資源大手リオ・ティントを買収しようとしました。
むろん、こうした「資源」に興味を示すチャイナ・マネーに日本も無縁ではありま
せん。『奪われる日本の森』(平野秀樹、安田喜憲、新潮社)によると、中国が日本
の山の買い占めに動いている気配があるとのことでした。中国人の足跡が認められる
のは豊かな「水資源」に恵まれている奥深い山林です。日本の場合、土地の私有権が
非常に強いので、外国人でも山を買ってしまうと、その地下水まで処分権が及ぶとい
うことでした。こうした山の下流に住む日本人は、安閑としていられないかもしれま
せん。
ところで、万博のジンクスですが、経験的に万博というのは経済的混乱の前兆にみ
えて仕方がありません。まず、大阪万博は結果的に高度成長の終焉を刻印するもので
した。直接的な因果関係はなにもありませんが、1973年の石油危機時のトイレッ
トペーパー騒ぎは万博会場の隣の千里ニュータウンから始まりました。
1992年のセビリア万博は、同じ年のバルセロナ五輪と並んで、私の中では欧州
通貨危機の記憶につながっております。あの頃、日本はバブル経済の余熱ともいうべ
き高金利に悩む借り手が大勢いました。そこで、邦銀は、勢いのあるスペイン・ペセ
タの買い、欧州連合に参加しないスイス・フランの売りを仕組んだ金融商品(デリバ
ティブ商品)を組成しました。スペイン・ペセタが上昇する限り、低金利を享受でき
るということで人気商品になったのですが、悲惨な結果に終わりました。スペイン・
ペセタなどの欧州通貨が暴落したことから、金利を節約できるどころか、逆に罰則的
な高金利を支払わねばならなくなる企業が続出しました。
2005年の愛・地球博もそうです。同年に開港の運びになった中部国際空港とな
らんで、「名古屋のピーク近し」を予感させました。1992年に新幹線の「のぞみ
号」が営業運転を始めた時には「名古屋飛ばし(当初、名古屋は通過駅でした)」が
話題になったのに、隔世の感がありました。為替相場というのも馬鹿にならないもの
で、1995年の超円高が、一転して2007年には超円安になりました。この十数
年間に、最も利益を受けたのは輸出産業を後背地にもつ名古屋でした。愛・地球博覧
から2年必要でしたが、超円安は2007年に終わりました。
むろん、二つや三つの前例をもって一般化するのは危険ですが、万博のような象徴
的なイベントがあると、それに便乗する輩もいっぱいいることでしょう。「成長する
中国」、「躍進する中国」、「中国の一人勝ち」なんてことを勝手にメディアが宣伝
し、イメージを膨らませてくれるのですから、楽なものです。その意味では、こうい
うムードを利用しようとする人もいるよ、ということだけは頭の片隅に置いておきた
いと思います。
JPモルガン証券日本株ストラテジスト:北野一
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『奪われる日本の森』平野秀樹/安田喜憲・著、新潮社・刊
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4103237414/jmm05-22 )
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■ 菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
中国は日本の輸出相手先として最大で、日本の全輸出の約2割を占めます。200
9年度通年で、日本の中国向け輸出は前年比4%減りましたが、中国経済が過熱する
ほど回復した今年3月に限ってみると、前年同月比47%も増えました。製品別輸出
では、輸送機が130%増、機械が70%増と急増しました。中国の1〜3月の実質
GDP成長率は、前年同期比11.9%と高成長になりました。中国の高成長は、日
本の輸出企業に恩恵をもたらします。特に、中国企業が作れず、日本が国際競争力を
維持している機械や自動車などの産業の恩恵が大きいといえます。
ゴールデンウィーク期間中の日本のテレビは、5月1日に始まった上海万博、日本
の高速道路の渋滞、米軍沖縄基地の移設問題に集中していました。中国市場でアピー
ルするために、日本産業館には42社が出展したといいます。最近、発表された日本
企業の中期経営計画をみると、約8割の企業がアジア、特に中国での成長を目標に掲
げていました。5月3日の日経で、日立製作所の川村隆会長が、電機産業の回復は中
国の成長持続が鍵とコメントされました。日立製作所は電機メーカーの中では内需比
率が高く、また電機産業は中国より米国経済次第という印象がありましたが、電機産
業も中国次第という時代が到来したということのようです。
現在の中国は、1970年代初めの日本に似ているといわれます。1970年代に
開催された大阪万博は入場者数が6500万人と、過去最高の入場者数を記録しまし
た。上海万博は7000万人の入場者数と、大阪万博を抜いて、過去最高の入場者数
を目指しています。上海の1人当たりGDPは1万ドルを超えていますが、中国全体
では3500ドルと、日本の1970年代初頭とほぼ同水準です。閉塞感が漂う日本
では、高成長を謳歌していた昭和中頃の時代を懐かしむ声が増えていますが、中国は
足元及び将来だけの高成長だけを見つめているようです。
日本では1971年にニクソンショックが起きて、円が切り上がり、日本の成長率
が切り下がりましたが、現在も人民元の切り上げが世界的な関心事になっています。
経済が発展すると、通貨が切り上がるのは自然な流れです。人民元が切り上がれば、
中国や第三国における日本企業の中国企業に対する価格競争力が高まって、日本の輸
出が増えるでしょう。中国企業と競合関係にある鉄鋼や医療機器などが恩恵を受ける
でしょう。
人民元の切り上げは、中国消費者の購買力のさらなる増加を意味します。中国で価
格が高めの日本製品に対する需要が増えると同時に、日本への中国人旅行客も増える
でしょう。食品、化粧品、自動車などの産業が恩恵を受けるでしょう。中国沿岸部は
人手不足が問題になっており、人民元高は中国での製造コストを引き上げるため、生
産性向上のために、日本のロボットに対する需要が増えるでしょう。
逆に、打撃を受けるのは、中国を競合するような低付加価値の製品を作っている企
業や、その従業員です。政府の度重なる対策にもかかわらず、日本の中小企業が良く
ならないのは、大企業の海外工場移転や、低付加価値品における中国企業との競争激
化の影響と考えられます。大企業でも、従業員の給料が上がらなくなったのは、要素
価格均等化の法則に基づいて、企業が海外生産コストと国内生産コストの比較を行う
ためでしょう。中国の人件費や生産コストが上がったとはいえ、日本より大幅に低い
状況に変わりはないので、昇給を望む日本の労働者は、中国の労働者が作れないよう
な付加価値の高い分野へシフトする必要があります。
メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊
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■ 中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長
マクロ的な見地に立って回答すれば、中国の国力の充実と経済発展によって、我々
日本は全体的に大変な利益を享受したし、これからも享受しうると言えます。サブプ
ライム後の金融危機で世界中の景況感が冴えなくなりましたが、中国をはじめとする
新興国が元気でいてくれたお蔭で景況感が持ち直し、今後も低成長ながらも回復して
いくと期待できるのは中国の年8%平均の成長があってこそ。一方、中国の外貨準備
高が増え、存在感ある米国債の買い手となったことで(政治面のパフォーマンスの良
さも!)、ジャパンバッシング現象がますます増えたことは日本全体の不利益と言え
るでしょう。
ミクロ的な見地に立って回答すれば、中国の国力の充実と経済発展によって、様々
なセグメントで事業利益確保が可能になるという“メリット”を受けた一方、中国が
依然未成熟な部分を残すがゆえ、たとえば投資回収がままならないという中国ビジネ
スの難しさを受けた“デメリット”や、中国の労働力の安さから労働集約的なセク
ターがキャッチアップされつつある“デメリット”を受けだしたこと、産業の空洞化
が進む“デメリット”があげられます。以下、いくつかのセクターを取り上げ、中国
の存在による利益・不利益を見てみることとします。
まず鉄鋼セクターです。鉄鋼セクターは、このところの内需の不振を中国の急成長
により高品質の鉄鋼需要が増大化したことで、補填してきたセクターの筆頭だと言え
ると思います。需要が冷え込めば鉄鋼セクターの売上高は伸びませんが、需要増大が
続く中国のお蔭でそれが補えました。日本の鉄鋼メーカーがメルトダウンせず、復活
するきっかけを掴めたのはまさに中国があったからこそ、と言っても言いすぎではあ
りません。
でも、中国は安い労働力を使って、粗鋼生産を独力で始めたがゆえ、よりシンプル
な低品質製品は中国に取って代わられ、日本は好むと好まざるに関わらず、高品質な
製品(自動車鋼板などがその例)をメインにしていくしかできなくなりました。もち
ろん、そちらのマージンの方が高いわけですから、目先の利益にはプラスなのですが、
中国の存在感の増し方が尋常でないため(グローバル粗鋼生産ランキングを見ると、
トップ10における中国のシェアは2006年17.8%から2009年には48.
7%に急増しています)、価格競争力の喪失と引き換えでもあり、痛し痒しです。資
源メジャーが鉄鋼価格の交渉を四半期に見直すと日本鉄鋼メーカーに通告したのは、
実に象徴的な出来事と言えるでしょう。
次に自動車セクターです。自動車の販売台数は日米欧では低下傾向が継続ですが、
中国をはじめとする新興国は拡大傾向を続けています。マージンは圧縮されますが、
日本の自動車メーカーの中で利益をあげようとすれば、すでに新興国市場へのシフト
をしておかねばならなかったことになります。トヨタには中国進出に対し、投資回収
がままならない危険を伴うとの判断から躊躇した経緯があります。そのせいで中国か
らのリターンが限定的なままになっています。しかし、たとえば日産は中国での生産
・販売をうまくビジネスモデルに仕組んだため、リターンが出ています。中国成長の
利益への取り込みという意味では、トヨタ対日産は日産に分があることになりました。
いかに中国ビジネスを収益機会にするかの巧拙が、利益に影響を与える例と言えるで
しょう。
こうして考えると中国が高成長を続ける過程で、日本の素材メーカーから徐々に中
国進出が始まり、過剰な需要のお蔭で利益をあげる構造が出来上がったセクター、会
社が散見されるようになったということになります。これが中国成長のお蔭で享受で
きた“利益”ということになります。一方、素材メーカーの中には、中国での投資回
収のタイミングが合わなかったところも出てきたと聞きます。造船などはその一つで
しょう。結果、造船会社と一緒に中国ビジネスに出て行った金融機関の中には、投資
回収が出来ない“不利益”を被っているところもあるようです。
その他には、中国の安い労働力をあてにして産業の空洞化をもろともせず、中国進
出をしている日本の製造メーカーを考えておくべきでしょう。日本の冷凍食品に毒素
が入っていたというようなことは極端な例でしょうが、安い労働力が低い品質を余儀
なくしてしまう可能性は否定できません。信用力を失うことは、低コストでマージン
を確保する以上に、修復が難しいため、“不利益”が生じ易い点としてみておくこと
が必要かもしれません。
結論としては、中国の成長のお蔭で、我々日本は全体としてプラスの効果を受けた
と言えるのではないでしょうか。需要増大による利益の確保が実現するセクターが散
見されているからです。ただ、今後もそれが続くかというと、世界中の製造業が中国
需要に期待しすぎているため、どこまで利益確保できるかは徐々に当てにできなくな
りつつあることは付け加えたいと思います。
一方、“不利益”の受け方は、以下三通りに整理できるのではないでしょうか。第
一に、素材、とりわけ簡単にキャッチアップできるような製品は日本製から中国製に
取って代わられること。第二に、日本の製品の品質が低下する危険性を孕むこと(安
かろう悪かろうの具現化)。第三に、中国の成長がまだら模様で、ビジネスも未成熟
な面が残ることにより、投資回収が不可能になるリスクがあること、によって、です。
東京ディズニーランドに行けば、中国語が飛び交っていることはもはや常識です。
八重洲のランチタイムで、注文を取りに来るのも相当の確率で中国訛りの日本語だっ
たりします。今回私は日本が中国進出をしていくことで受けるメリットデメリットの
みに注目して議論しましたが、日本に進出してくる中国という観点でも議論が必要に
なってくるでしょう。投機筋や金持ち層の中国マネーが日本の不動産を買い捲って、
日本人が不動産を買えなくなるという時代は、既に始まっているのかもしれません。
中国の人口から見て、潜在成長率が高いまま推移するであろうことは期待できます。
であれば、現在メリットを受けていない企業・セクターも含めて、我々日本人は中国
ビジネスをいかに利益にしていけるかを考えてビジネスモデルを組み立てていく必要
があります。中国脅威論におびえてばかりでは、何らの道も開けません。隣人との共
存共栄を図ることは、阿倍仲麻呂の時代からの我々の望みのはずです。
BNPパリバ証券クレジット調査部長:中空麻奈
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■ 杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
自分の国ではなく隣の国という点を割り引いても、かなりの大きな規模の経済の高
度成長期を見込めるのですから、需要を取り込むことができれば、日本経済に大きな
プラスとなることは間違いないでしょう。何しろ、人口が日本の10倍、アメリカの
4倍ありますから、中国が高度成長期をむかえたとするならば、その経済・社会的な
インパクトは想像するに余りあります。
これまでは世界の工場として、輸出を最大のドライバーとしてきましたが、リーマ
ンショック以降は積極的な公共投資に主導された内需が需要を引っ張るようになって
きています。ベストシナリオとしては、今後この流れが続き、中流階層の厚みが都市
部から内陸部に広がり、消費の拡大が経済のドライバーとなって行くことです。そこ
では、保守的で、経済的自由、政治的自由に重きをおく中流階級が育っていくことで、
政治的にもより穏健になり安定していくことでしょう。
前回、2000年以降、リーマンショック以前の世界景気の上昇回復局面では、ア
メリカの消費ブームがけん引役でした。日本企業もアメリカ向けの輸出を拡大しまし
たが、中国はアメリカ向けの消費財の生産で世界の製造拠点としての地位を確立しま
した。この流れでは、日本企業は中国向けの生産財や部品の製造で間接的に恩恵を受
けました。
今度の隣国の高度成長シナリオでも、日本からの工場設備などの資本財や消費財の
輸出が期待できるでしょう。中国向けの資本財の輸出は、これまでも日本からの輸出
の主役でしたが、これまでは中国からの輸出基地を作るために必要であったのに対し
て、今後は、中国のインフラ投資や内需を満たすための工場向けということになりま
す。具体的にいうと、かつて日本で一世を風靡した総合電機のような企業群が恩恵を
受けそうな気がします。
消費財も、今回は中国の消費者が直接のターゲットです。消費財業界で、中国ビジ
ネスが話題にならない業界のほうが少ないぐらいの状況ですが、日本企業としては、
汎用の消費財は中国企業にまかせ、付加価値の高く日本製ということで高く売れるも
のを伸ばしたいところです。たとえば、すでにブランドの確立した、カメラや電気製
品の一部などは確実にシェアをとっていくでしょう。また、一部の化粧品やトイレタ
リーのメーカーにも、非常に上手く中国でのブランドを立ち上げたところが見受けら
れます。
サービス業であれば、リッチになった中国人旅行客を相手にして、立地を生かした
観光業にも期待が持てます。ここが伸びれば、落ち込みが厳しい地方経済の浮揚効果
も期待できることになります。他の経路はどうしても、大企業・製造業から恩恵が及
ぶことになりますが、観光であれば地方の中小・サービス業にも直にお金が落ちるこ
とになりますので、政府としても産業政策上、力を入れたいところです。
中国に、70年代の日本のような高度成長期が実現すれば、日本全体にも恩恵は及
びます。 観光を除けば、インフラ整備だとか製造設備に競争力を持つ企業や、中国
人が欲しがる消費財を作れる製造業が真っ先に、売上増という形で利益に与り、それ
が経済全般に波及していくことになるでしょう。
上手く高付加価値品の輸出に特化できれば良いのですが、中国企業は力をつけ、韓
国や欧米企業も強力ですから、価格競争を免れるわけではいきません。コストを抑え
るため、工場や雇用は日本国内に留まらない可能性も高いと思われます。その場合は、
企業収益は回復しても、雇用や賃金の本格的な回復は難しいということになるでしょ
う。派遣労働や非正規雇用も、雇用数はもちろん増えるでしょうが、爆発的に増えた
り、待遇改善とまでは行かないのではないかと思われます。
生命保険関連会社勤務:杉岡秋美
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■ 山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
ファイナンシャル・プランニングの世界に「72の法則」と呼ばれる、複利運用で
試算を倍にするまでにかかる年数の計算方法があります。利回り(%)で72を割り
算すると、元本が2倍になるまでの概略の年数が求められるというものです。中国の
GDPは今年日本を追い越すことが確実視されていますが、当面の成長の巡航速度は
年率8%と言われています。これを、72の法則に当てはめると、72÷8=9です
から、9年後の中国のGDPは日本の2倍であり、これは、日本の隣に、もう一つ日
本と同じ大きさの経済圏が出来るということを意味します。
中国経済は、為替レートを自由に変動させていないせいで、国内に為替介入に伴う
資金があふれて資産価格がバブル化しやすい弱点があり、バブルが崩壊した場合に国
内の不良債権問題が深刻化するリスクを常に孕んでいますが、一人っ子政策の影響で
将来労働人口の伸びが鈍化する問題がありますが、当面は、内陸部から沿岸部への人
口移動による社会的な労働力供給もあり、高い実質成長率を維持できる公算が大きい
ように思われます。
中国の物質的な生産力と経済規模が拡大することは、日本人及び日本の経済にとっ
ては、大いにプラスだと考えていいでしょう。簡単に言えば、日本の消費者は日本の
生産物と中国の生産物を比較して有利な(安価又は価格に対して高品質な)商品を買
うことが出来るようになりますし、日本の生産者もごく近隣に成長性のある大きなマ
ーケットを持つことになります。日本国民の生活レベルは、中国が成長しない場合よ
りも、成長する場合の方が、より大きく改善されるはずです。大まかには、日本国民
のどの層も中国の発展のメリットを享受するというのが、基本です。これに反対する
には、貿易が取引当事者双方にメリットをもたらすことを否定するくらいの、とんで
もない立論が必要でしょう。
但し、一般論としては素晴らしい自由貿易にも、個別には反対する業界があり、人
がいるように、たとえば、中国の生産者と競合する日本の生産者について考える必要
があります。
たとえば、かつて、米国のゼネラル・エレクトリック社は、日本の安価で高品質な
エレクトロニクス製品との競合を避けて、医療用機器のような高付加価値で競争力を
持てる分野に経営資源を配分し、日本のメーカーと競合するビジネス分野の多くを止
めるなり事業売却するなりして整理しましたが、中国と主にアジアの新興国のメーカ
との競合を考えた場合、今度は日本の電気メーカーが同様の事業ポートフォリオの再
構築を迫られるでしょう。電気製品以外にも、貿易が可能な製品を作る産業は、中国
をはじめとする新興国の生産者との競合について考える必要があるでしょう。
ただ、日本の企業がこれまでのような製品をこれまでのように日本国内で製造する
ことに固執した場合には、経営が立ちゆかなくなるケースが出てくるでしょうが、中
国との関係でいうと、製品を中国にも売り、その方が効率がいいと分かれば中国に生
産も移すといった形で、企業の形態を変えながら、利益を成長させることが出来るケ
ースは少なくないはずです。
企業なり、企業の資本を所有する投資家は中国の発展がもたらす変化に対応するこ
とが出来るはずですが、日本国内で中国と競合する製品を作る労働者は貿易や海外直
接投資を通じて賃金に関して裁定が働くことで賃金の圧迫を受ける公算が大きいで
しょうし、職を失う可能性もあります。今後は、いわゆるホワイトカラーも含めて、
自分の労働が中国の労働者と実質的に競合しているか否かを考えて、キャリア形成の
戦略を考える必要があるでしょう。
また、仮に20年後に中国が日本の4倍の経済規模を持つと仮定すると、ビジネス
や生活にあって、中国の人々の影響を今とは比較にならないくらい強く受ける可能性
があります。家主や勤務先の企業のオーナーが中国人というケースも増えるでしょう
し、日本への観光客もビジネスでの来訪者も増えるでしょうから、日本人が中国の言
語や文化に対応することの重要性が増すことは間違いないでしょう。さすがに中国が
日本語に取って代わるようなことはないでしょうが、日本人ビジネスマンにとって、
現在の英語くらい中国語が重要になっている可能性はあります。
こうした変化は、貿易や相互の海外投資のメリットと共に生じるものなので、何れ
かの階層の「損」として認識すべきものではありませんが、日本国内でもビジネス上
重要な競争条件になりそうです。
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
( http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/ )
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■ 金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
中国が名目上のGDP規模でも日本を上回る成長を遂げ、わが国の隣国に「2番目」
の規模を持つ経済地域が出現したことは、日本の経済にとっての脅威としてではなく、
巨大市場の出現による大きな成長機会を得たと受け止めるべきでしょう。実際、中国
はこれまでの経済成長の過程で、海外の企業に多くのビジネス機会を提供してきたこ
とも事実です。中国は現在ではドイツを追い越し、世界最大の輸出額を誇りますが、
その過程では輸出産業強化のために税制優遇などによって外資系企業を積極的に誘致
してきました。そのため、2008年の輸出額で見ても55.4%が外資系企業によ
るものとなっています。
この背景には、中国は市場経済の導入に当たって漸進的なアプローチを採用すると
同時に、積極的に海外からの資本とノウハウの導入に取り組んできた経緯があります。
漸進的な経済改革によって、内需関連の分野などでは国営企業を中心とした非効率な
産業を温存しながら、豊富な労働力を活かした製造業など外需の分野では、積極的な
外資との提携を通じて「世界の工場」としての地位を確立してきました。
中国は「世界の工場」として、様々な先進国企業ブランドの製品を先進国市場に供
給していますが、そうした競争力も、単に製造コスト面での優位性だけではなくなっ
ています。アップル社のアイフォンやソニーPSPなどの美しいデザインは、コン
シュマー・プロダクツとしては最高水準の加工技術によるものです。残念ながら、こ
うした高品質の筐体を実現する、精密な金型加工などの技術も、もはや日本企業独自
のお家芸とは言えません。例えば鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)など
の台湾企業は、台湾国内の工場では熟練した職人により技能の向上に取り組み、自社
で確立した高い加工技術を中国国内の製造拠点に移植し量産する体制を築いています。
中国経済は、台湾企業や香港企業などの持つ技術やノウハウも取り込みながら、より
大きな中国圏経済として成長している側面があります。
従って、日本企業が国内で「ものづくり」の技術を極め、海外の製造拠点に移植す
るというモデルも簡単には通じなくなっているといえます。実際、日本の製造業が、
自らがこだわる「ものづくり」の技術の国外流出に対する警戒感を捨て切れない中で、
最先端の加工技術を要する分野での優位さえ失っているのが実情です。
一方で、最近の中国の輸出動向に見られる変化にも、注意する必要があります。特
に、中国からの輸出額に占める新興国向けのシェアが先進国向けを上回るようになっ
てきた点は重要です。新興国向けの輸出では、機能を絞り込んだ商品を低価格で提供
することに強みを持つ中国国内企業が台頭してきた結果、主に先進国向けの高付加価
値品を手掛ける外資系企業の輸出額に占めるシェアは低下基調にあります。
新興国の中でも発展途上の市場、例えばアフリカなども有望な成長市場とされてい
ますが、先進国企業にとって、こうした市場で中国企業と正面から競争するのは、な
かなか厳しい状況です。中国よりも低コストの生産拠点を活用した世界戦略も必要と
なりますが、自動車産業などでインドでのビジネスが重視される背景には、販売市場
としての将来性と同時に、生産拠点としての可能性も注目されるためでしょう。スズ
キなど、インドで製造も手掛けるメーカにとっての強みと言えるかもしれません。
むしろ、先進国企業にとってのビジネス機会としては、中国の内需をいかに捉える
かが重要になっています。特に、個人消費関連などでは、中国社会の都市化が大きな
ビジネス機会を提供しています。これは、2007年以降、中国への海外からの直接
投資についても、案件数では、第三次産業が製造業を上回っていることにも表れてい
ます。
中国は新興国の中では比較的、流通部門などの分野でも外資に対して開放的な政策
を採っており、これまでも仏カルフール、米ウォルマート、英テスコなど外資系大手
小売業が進出しています。都市化に伴い需要が拡大している外食産業では、ケンタッ
キー・フライドチキンなど既に約3千店舗を中国で展開する米ヤム!・ブランズなど
をはじめ、グローバルなファースト・フード・チェーンの躍進は目覚ましいものがあ
ります。
先進国の外食やアパレル関連の企業の多くは、中国を製品のグローバルな供給拠点
として位置付けています。ブランド力やマーケティングのノウハウに加えて、こうし
た中国国内で確立した調達・物流の体制面も活用することで、中国でのビジネスを優
位に展開しています。日本企業も、サイゼリアなどのきめ細かな店舗運営ノウハウな
どを武器に進出を図っています。
今後は、中国国内での旺盛な起業意欲や資本の蓄積などを背景に、フランチャイズ
の活用が今後の事業展開では重要な要素となると考えられます。セブン・イレブンな
どのコンビニ業者にも、フランチャイズを活用した積極的な店舗展開に踏み切る動き
が見られます。こうしたフランチャイズ・ビジネスでは、本部と加盟店(フランチャ
イジー)との持続的な共存関係を維持するモデルが重要となるでしょう。コンビニ業
界での本部と加盟店の関係は良好と言い難く、加盟店が大きく不満を抱えるモデルが
そのまま海外で通用するのかは疑問です。
個人消費関連の分野は、現地の消費者に日本企業のブランドをどのように訴求する
かが課題であり、強力なグローバルなブランド企業との競合というハードルもありま
す。家具・インテリアの分野で急速にグローバル展開を進めるIKEAは、中国でも
大規模店舗の展開を積極化しており、5月に開業する瀋陽のストアが中国では8店舗
目の進出となります。IKEAの展開する巨大店舗は、圧倒的な規模、豊富な品ぞろ
え、質の高いデザイン、低価格で日本でも話題となっています。一方で、家具のサイ
ズ設定などが大きく、日本の住宅事情に合わない、などの不満も聞こえます。同様な
住宅事情を抱えるアジア市場では、そうした事情に対応した日本企業にもビジネス
チャンスはありそうです。良品計画は、香港市場での消費者の支持を受けて、中国本
土でも「無印良品」を16店舗展開しています。中国本土での売り上げの寄与は20
10年度の計画でも3%程度に留まる見込みですが、中国を製品供給拠点として整備
するとともに、中国で成功モデルを確立しアジアへの展開を目指している、とのこと
です。
以上のように、中国の経済発展は、多くの先進国企業、特に日本企業にとっても多
様な収益機会を提供することが期待されます。一方で、どのような層が恩恵を享受し、
どのような層が不利益を被るか、という問題は複雑です。企業活動は、最終的には株
主への利益の還元を目指すものですから、日本企業の株式を保有する株主には少なく
とも利益が及ぶと考える合理性はあります。ただし、日本国内での雇用機会などに直
接結び付く分野は限られている、というのが実情ではないでしょうか。
外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
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■ 津田栄 :経済評論家
先月からテレビで話題になっていました上海万博が開催され、人々がパビリオンに
殺到し並んでいる状況は、1970年の大阪万博が連想されます。それは、GDPで
万博前後に世界第2位の経済大国になる一方、一人当たりGDPで見ても、70年ご
ろの日本が3000ドル程度に対して、今の中国は約3500ドルと同じ状経済況に
ある点でも似ています。そして、上海万博に見られるエネルギーは、大阪万博と同様、
中国が高い経済成長を遂げ、今後も明るい未来を目指していることを感じさせます。
確かに、今の中国には勢いがあります。中国は、08年秋の世界金融・経済危機を
いち早く乗り越え、世界経済のリードの一翼を担ったという自負があります。そして、
中国は、08年の北京オリンピック、09年の建国60周年に続き、今年の上海万博
を、新興国から経済大国への変貌を世界に示す大イベントの総仕上げと位置づけてい
ます。しかも、上海万博は、外に向けるだけでなく、内に向けても将来への発展と自
信を見せる場となっており、それが「より良い都市、より良い生活」というテーマに
表れています。
一方、日本は、世界的な金融・経済危機で、大きな痛手を経済的に受けました。そ
れは、以前も書きましたが、相対的な円安水準のなか、高い技術力のもとで欧米向け
の高機能・高価格の製品を輸出して成長していくという日本の経済モデルが、今回の
危機で欧米の経済が低成長に屈折したために機能しなくなり、輸出が大きく落ち込ん
でしまったからです。しかも、欧米の失速が為替にまで影響し、想定以上の円高が進
行したために、輸出企業の業績が大幅に悪化し、貿易収支も一時赤字になるなど、
もっとも大きな経済的打撃を蒙ったといえましょう。
しかし、ここにきて、生産、輸出も改善してきています。それは、この危機をいち
早く乗り越え、景気回復を遂げている中国、インドなどのアジア向けの輸出が回復し
てきているからです。もちろん、金融・経済危機も一応の落ち着きを見せ、景気対策
もあって、アメリカ向けの輸出も回復の兆しは見られますが、09年度の貿易額(輸
出+輸入)で対アジアの割合が、全体の50.2%となり、対アメリカの13.2%、
対EUの11.2%をはるかに上回っているように、アジアの存在感は大きくなって
います。その中でも中国が大きな比重を占めています。
この流れは、今後も大きく変わらないのではないかと思います。4月21日発表の
IMFの2010、11年の世界経済見通しでも、アメリカの2〜3%前後、ユーロ
圏の1%台の成長に比べて中国の10%前後、インドの8%台の成長と、世界経済の
牽引車が、欧米から中印を中心とするアジアにシフトしていることが伺えます。こう
した状況を見ると、日本の貿易も一段とアジアのウェイトが増していくことが予想さ
れます。そして、その中でも高い成長が予想される中国向けがますます伸びていくと
見られます。
こうした中で、中国の経済発展に合わせて、日本のなかで利益を享受できる層です
が、まず輸出が伸びている分野の企業でしょう。中国の経済成長に合わせて、自動車
の輸送機械や産業機械などの機械類、電子部品を中心とした部品関係の輸出が伸びて
います。そうした企業は当面中国の成長の恩恵を受けることになります。また、日本
で大阪万博を機に消費社会が広がったように、上海万博のテーマの「より良い生活」
に向けて今後国民の消費が増えることが予想されます。それは、中国政府が労働者の
賃金の引き上げを容認し、個人消費を伸ばして投資・輸出依存型から消費・内需主導
型へと経済構造を変えていこうとする政策にも合致しています。その結果、日本にま
だ優位なファッションや化粧品、アニメ、コンビニなどの企業は利益を受けることに
なりましょう。
一方、日本のなかで不利益を被る層は、中国国内の企業が、低賃金とIT技術、日
本などからの製造設備の利用により、日本製品に技術的にキャッチアップし、低価格
で生産する体制を整えているなかで、まず欧米向けの高機能・高価格製品の生産輸出
が中心であった家電などの企業といえましょう。それは、中国では低価格の汎用品が
中心であり、そうした製品での販売では苦戦を強いられ、収益的にも厳しくなる一方、
高機能・高価格製品の販売はそこそこあっても収益への貢献は大きくないといえるか
らです。しかも中国などの企業の家電技術が伸びてきて、そういった品質の差は縮
まってきています。それが、価格が安いのに品質の差がほとんどない家電を中国など
の企業が日本へ輸出攻勢をかけ、ますます競争が激しくなり、日本の企業が収益的に
厳しくなって不利益につながっていくことが予想されます。
しかし、こうした動きは、家電だけではありません。先ほど、利益を享受する層と
しての自動車や機械、部品などの輸出企業も、今は良くても、いずれ中国の国内企業
が技術的に追い付いてくることになれば、競争激化で、収益的に厳しくなる時が来る
のではないでしょうか。また優位にあるファッション、化粧品、アニメ、コンビニな
ども、中国の企業が参入してくることが予想され、その優位性を失っていくかもしれ
ません。そうした中で、企業は、競争力を維持するために、中国やそれ以上の低賃金
のアジア諸国へ生産拠点を移転して、収益確保に動くことになりましょう。
その結果として、日本の企業の従業員は、中国などとの競争から賃金の伸び悩みが
続き、雇用情勢も弱含みが続くことになって、不利益を被ることになります。それも
賃金などでの競争条件がイコールになるまで、長期にわたることになりましょう。そ
れは、国内の個人消費の伸び悩みとなって内需型産業も低価格志向を強めざるを得ず、
それが収益的に厳しくし、所得・雇用環境の悪化につながるというようにスパイラル
的に物価下落、景気低迷が続くデフレ経済構造が定着し、容易にそこから抜けられな
いことになって、国民全体が景気回復感のないデフレ状況から長期的な閉塞感を感じ
ることになりましょう(もちろん、中国などからの低価格の製品を買うことでメリッ
トもあるともいえましょうが、所得が増えないなかでは景気回復の実感はありませ
ん)。つまり、かつて日本が成長し欧米に追い付いた時、経済的な低迷に陥った欧米
の状況を今度日本が経験することになりましょう。結局、日本の国民が、中国の発展
の陰に不利益を受けることになるのかもしれません。
最後に、万博を開いた後で、経済大国としての行動を求められると同時に、往々に
して、その後社会的に大きく変化してきます。それは、中国元の切り上げ問題であり、
経済的に消費大国になると消費者の自由な意見が定着することによって、政治的自由
の容認問題です。中国元の切り上げは緩やかに行う限り問題は小さいと思いますが、
大幅であれば農村と都市部の貧富の格差など経済的なひずみのあるなかで、問題は大
きくなるかもしれません。また、中国は経済的自由を認めながら政治的自由を制限し
ていますが、経済的に充足して政治的な自由を求めてきたときには、政治的な混乱が
起きるかもしれません。そうなったときには中国の高い成長は難しくなるかもしれま
せん。そうした時の利益、不利益の状況は予想がつきません。
経済評論家:津田栄
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