03. 2010年1月25日 23:21:35
日本の財政が危機という大嘘昨年から今年の3月までの一連の政府・日銀の為替介入は35兆円と巨額なものであった。財源は政府短期証券の発行による。政府短期証券は、国債と同様、国の借金である。そこでそのような資金があるのなら、政府はそれを国内の需要増大に使えば良いのではないかと我々は考える。需要が増えれば、GDPが増え、失業も減り、税収も増える。また長期的には、内需の拡大は円安要因になる。良いことばかりである。 ところが当局は、為替介入資金が借金で賄われていることは認めているが、同額の外貨建資産(金融資産)を獲得するのであるから問題がないと強弁する。筆者に言わせれば、まさにそこがポイントである。たしかに日本の政府と地方自治体の多額の債務がしばしば問題になるが、資産のことには誰も触れない。しかし日本政府は一方に莫大な資産を持っているのである。毎日、マスコミは「国民一人当たり何百万円の借金」と政府の債務の方だけを過大に報じている。これには緊縮財政ムードを高めるための意図的な策略が感じられる。 日本では個人の金融資産が大きいことはよく知られている。しかし政府が同様に大きな資産を持っていることはほとんど知られていない。つまり「国民一人当たり何百万円の借金」と同時に「「国民一人当たり何百万円の金融資産」を持っているのである。しかも資産と言ってもあくまでも金融資産だけの話である。政府が所有する土地・株式などの実物資産は、簿価に加え巨額な含み益がある。つまり日本政府の全部の資産はどれだけになるか検討がつかないほど莫大なのである。しかし今週は、話を単純にするため、資産の中でも金融資産だけに限定して話を進める。
金融債務から金融資産を差引いたものが純債務である。また金融債務の名目GDPに対する比率が名目GDP債務比率であり、純債務のそれが名目GDP純債務比率である。日本の債務比率が大きいことは、一般に知られており、よく問題にされる。しかし本当は純債務比率の方が問題である。そして意外にも日本の純債務比率は小さく、先進国と比べても平均的なレベルであると指摘しているのが三極経済研究所代表の齋藤進氏である。齋藤さんは中央公論11月号に掲載された論文「預金封鎖シナリオの虚実」の中でこのことに触れている。 そこで我々は日本財政研の勉強会(財政研交流会)に齋藤進氏を招き、日本の財政問題を論議することにした。齋藤さんは、日本の国と地方の累積債務は856兆円になり、名目GDPに対する比率が170.7%になることを認めている。しかし金融資産の方も484兆円あり、差引き純債務は372兆円であり、名目GDPに対する比率は74.3%と大幅に小さくなると述べておられる。この数字は、先進国の中では平均的なものである。 齋藤進氏によれば、戦前の米国は、今日の日本と同様にデフレが深刻であった。大戦前1940年の米国の純債務の名目GDP比率は53.1%であった。そして第二次世界大戦での戦費の財政支出が大きかったため、1946年にはこの比率が127.5%に急上昇している。今日の日本の純債務比率の約1.7倍である。しかし米国は財政破綻で経済がマヒするどころか、当時、空前の好景気となった。それ以降、税収と名目GDPが伸び、純債務の名目GDP比率も改善し、今日に到っている。たしかに最近も米国の財政赤字は問題になっているが、名目GDPが伸びているので、純債務の名目GDP比率はむしろ小さくなっている。 財政研交流会には、齋藤さんの数字とは別に、我々事務局の方で、地方の債務の数字を除いた国だけの債権債務の数字の表を用意しておいた。というのは国際比較するために、地方の債務を除いているOECDの基準に揃えるためである。これによると2003年3月末の日本の純債務の名目GDP比率は48%(推定)である。齋藤さんの数字74.3%より小さいが、これは地方分の債務を除いたからである。ちょっと古いが、99年の各国のOECDベースの数字は、米国44.0%、ドイツ47.1%、英国39.7%となっている。
OECDの数字をわざわざ用意したのにはもう一つの訳がある。日本の数字が財政再建・構造改革運動が始まってから急速に悪くなっていることを、このOECDの数字を使って証明したかったからである。日本で財政再建が本格的に始まったのは、97年の橋本政権の頃、つまり8年前からである。97年当時、全く今日と同様に連日マスコミがキャンペーンを行ない、日本の財政が危機的だから財政再建が必要という世論が形成された。しかし日本の場合、当時から政府の金融債権額が大きく、純債務は極めて小さかった。 97年の日本の純債務の名目GDP比率はわずか27.8%であった。ちなみに97年当時、米国50.5%、ドイツ45.9%、英国44.2%であり、日本の27.8%は突出して健全な数字であった。つまり日本にとって財政再建なんて全く必要なかったのである。ところが日本国民は日本の財政が悪いという大嘘話にずっと洗脳されてきたのである。 つまりやらなくても良い財政再建に走り、むしろ純債務名目GDP比率を48%と逆に悪化させたのである。悪化した原因は色々ある。まず景気を良くしないまま銀行の不良債権の処理を進めたため、不良債権処理額が膨らんだことが一つである。銀行はこれまで100兆円もの不良債権を処理しており、これによって税収は50兆円ほど減っているはずである。 小渕政権の景気対策として減税を行なったのも間違いである。元々減税は、政府支出に比べ、乗数値が小さい。特に日本の場合、消費性向の大きい低所得層はほとんど税金を納めていないため、所得税減税があっても恩恵がなく、消費は増えない。逆に所得税減税は特に高額所得層に恩恵が大きかったが、消費性向の小さいこの層の人々は減税分をほとんど貯蓄し、やはり消費は増えなかった。また法人税の減税が行なわれたが、日本の場合、法人の多くは元々赤字であり、多くの企業では減税の恩恵はなかった。利益のある法人も、景気が悪いので、減税があっても投資を行なわず、借金の返済に励んだ。 このようなことは、事前に分っていたことであり、本誌も景気対策は全て財政支出で行なうことを強く主張していた。しかしばかな小さな政府論者が、政府支出の増大より減税の方が効果があるという大嘘をついたのである。そもそも橋本政権が緊縮財政に走ったのも、この小さな政府論者の声を反映したものであった。このような嘘ばかりついている小さな政府論者が、今日もしゃあしゃあとテレビに登場して小さな政府論を展開しているのだからあきれる。 そして何よりも、景気の悪いことを放置して、緊縮財政に走ったことが問題である。小渕政権の初期、一時的に景気浮揚に政府も動いたが、本当に積極財政が展開されたのはこの一瞬だけであった。このため生産設備の遊休と失業が増大し、名目GDPが小さくなり、税収も一段と減った。しかし97年から、このような大間違いの経済政策が行なわれたのは、日本の財政が危機という大嘘が発端であった。 財政再建運動は国を滅ぼす 日本には財政制度審議会というものがあり、ここで財政のあり方について審議され、答申が政府になされる。元々このメンバー自体が財政再建論者ばかりである。ここでは各国の財政状態を示す資料が配られる。純債務や純債務名目GDP比率を示す表もある。しかしこの表に仕掛がしてある。 日本の場合、金融債権の大きい理由は、公的年金の積立金など社会保障基金への繰入額が大きいことである。さらに最近では為替介入による外貨準備金が大きくなっている。金融資産484兆円のうち280兆円は、公的年金と外貨準備金である。他の先進国はこれらが極めて小さい。ちなみに公的年金の積立金は、米国1.5年分、ドイツ一ヶ月分、英国1.2ヶ月分に対して、日本は5.5年分もある。 前段でOECDの基準の話をしたが、OECDの基準では金融債務から社会保障基金への繰入額を差引くことになる。ところが財政審議会で配られる資料では、日本と米国については公的年金の積立金などの社会保障基金への繰入額を差引たものはカッコ書きで示されている。つまり公的年金の積立金などを差引かない数字の方が正式の数字として扱われている。したがって各国と比べた場合、日本の財政が極端に悪い形で表示されている。 今日、財政再建のためと、さらに財政支出の削減が図られており、国内は混乱している。限られた財源を巡り、利害の対立する者同士が喧嘩をけしかけられている。三位一体の改革などはこの典型である。とうとう防衛費まで削減しようというのだから尋常ではない。北朝鮮の脅威が増し、中国が毎年10%以上軍事費を増大させているのに考えられない措置である。少なくとも日本の財政に問題がなかったということが広く知られていたなら、今日のような混乱に追込まれることはなかった。
経済が良くなった兆しはない。名目GDPは下がったままの状態が続いている。また失業が増え、社会は荒れ始めている。自殺者も増えている。若者の集団自殺が度々報道されるが、就職活動がうまく行かないとか、リストラなどの経済問題がこの背景にある。企業の利益は増えているが、その分そっくり労働分配率が下がっている。名目の国民所得が増えていないのだから当り前の話である。 また財政研交流会で失業率が話題になった。齋藤進氏は「雇用者報酬の動向を見ても、また全国を回って見ても、失業率は20%が実感」と話をしておられた。公式である失業率5%は実態を全く反映していない。
昭和恐慌の時、都会から大量の失業者が地方に戻った。彼等は地方に戻って実家の農作業を手伝うことになる。これらの人々は帰農者と呼ばれた。国会でもこの帰農者を失業者とみなすかどうかで議論が起った。今日でもよく似た問題が生じている。失業したり就職に失敗し、仕方なく食べて行くだけのアルバイトをしている人々を失業者と見なすかどうかで、失業率は大きく変わる。今日の5%の失業率にはこのような失業は含まれていない。「20%の失業率」がまさに実感である。 さらに齋藤進氏は、中国の経済成長があと20年くらい続くだろうと話をしておられた。齋藤さんは中国経済の専門家でもある。中国経済については、バブルの崩壊、内乱、水やその他の資源の制約によって早晩成長が止まるという意見が多い。しかし筆者の意見は齋藤さんに近い。日本や他の先進国は、好況とスランプを繰返し、経済が成長してきた。ところが中国の場合、落込むことなく経済成長が続いている。
中国経済の強さの秘密は、購買力平価の4分の1、5分の1の為替水準を維持していることと、実質的なセイニアリッジ政策を行なっていることと考える。今日、人民元については変動幅の拡大や平価の切上が求められている。しかし数十パーセントくらいの元高では、中国の競争力にほとんど影響がなく、今後も必要な外貨は獲得できる。むしろ問題は財政政策の方である。 中国経済は、旺盛な需要と言われているが、その中味を見ると設備投資と政府の財政支出に支えられている(ところで一般の中国人の貯蓄率が日本人と同様、意外と大きいことはあまり指摘されていない)。しかし民間の投資は極めて効率が悪い。人々も投機に走っている。つまりバブルの崩壊がいつあっても不思議がない。実際、今日でも大量の不良債権を国有商業銀行は抱えている。しかし中国政府はこの不良債権をどんどん肩替っている。 しかし一方で大規模の公共事業を行ない、軍事費を増大させている中国政府にそのような余分な資金があるはずがない。ましてや中国の税率は低い(役人への賄賂を勘案すると他国並の負担という話はあるが)。つまり中国は、政府の信用を供与して(実質的なセイニアリッジ政策の実施して)、多額の不良債権を処理していると考える他はないのである。 中国政府の財政は、大赤字ということが知られていても、誰も正確なところは分っていない。しかし国内に2億人も実質的な失業者が存在するため、政府が支出をどれだけ増やしても、簡単には人件費は上昇しない。したがって物価上昇と言ってもたかが知れている。つまり中国政府がどれだけセイニアリッジ政策を行なっても問題は生じない。むしろ中国経済にとって、セイニアリッジ政策を行なうことが正しいのである。 それが借手のないマンションへの投機であろうとも、需要があればどれだけでも経済は成長する。供給サイドのネックや潜在成長率なんて、今日においては現実の経済とは関係がない。中国には旺盛な需要(輸出を含め)があるから、週に工場に3日しか電気がこなくても、あるいは石炭を運ぶ貨車が不足していても10%くらいは経済は成長する。中国経済を見れば分るように、需要があればどれだけでも経済は成長し、経済が成長すれば投資が増え、生産性が上がり、潜在成長率が高まるのである。 逆に経済成長のためには潜在成長率を高める他はない(つまり企業のリストラを行なうこと)とばかな主張をする、ニュークラシカルとか構造改革派、供給サイド重視の経済学は、まさに幼稚園の経済学である。日本のように潜在成長率を高めるためにリストラを行なっても、企業の収益が増えるだけであり、国内の最終需要は増えない(設備投資が一時的に増えるだけ)。したがって輸出に頼る他はなくなり、最後は円高である。そしてこのパターンを誤魔化そうとしたのが35兆円と常軌を逸した為替介入である。 しかし将来、中国政府の財政赤字や財政規律を問題にする人々が現われ、その影響で中国が緊縮財政に向かったら、明日にでも中国経済は破綻する。今日、中国政府や地方政府の役人の規律が問題になっている。所得の格差も大きくなっており、人々の不満も大きくなっている。このような国民の不満の鉾先が財政赤字に向かうかどうかがポイントである。 しかし04/11/15(第367号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その1」の最後で述べたように、今日の中国政府は財政赤字を問題にするエコノミストを牢屋にぶち込んでいる。つまり財政再建派や構造改革派が台頭するまでは、中国経済は安泰である(ただしこれが20年も続くかどうかが問題であるが)。反対に日本は、財政再建論者と構造改革派の経済学者、政治家、官僚によって経済と社会をメチャクチャにされている。今年の最後だからはっきり言うが、財政再建運動がむしろ財政を悪化させ、さらに国を滅ぼすのである。最近、「小さな政府論者」や「財政再建原理主義者」は、日本の力を削ぐことを目的とした「反日的勢力」なのではないかとふと思われる。 http://www.adpweb.com/eco/eco371.html |