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元気の出る聖書の言葉2011年7月4日
さて、大ぜいの群衆が、イエスといっしょに歩いていたが、イエスは彼らのほうに向いて言われた。「わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ自分のいのちまでも憎まない者は、わたしの弟子になることができません。自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。ルカの福音書14:25-27
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今日の言葉は、語られている言葉の意味を正しく理解しないと、イエス様のご真意を聞き誤ることになります。「弟子となる」とは、ついて行くという意味、また、「憎む」とは、「それを第一としない」という意味です。自分の存在の根本で結びつく第一のものは何か、ということをイエス様は問われているのです。
私たちは、いつか一人で死んで行かなければなりません。親や妻、子供、兄弟、そして自分自身とも別れなければなりません。言うまでもなく、家族は大切にしなければなりません。しかし、家族は自分の存在の本質的問題に解決を与えるものではないということを知ることは重要です。
私たちの存在の根本に関わる第一のものは何か。それがイエス様との関係だと言うのです。
いつか全てを、自分自身をも捨てなければならない私たち。しかし、そんな究極の孤独に陥る私たちを招いて下さる方がいるのです。「わたしがここにいる。わたしについて来なさい」と。
この地上の生涯において、私たちは家族を愛すること、そのために自分自身を捨てることを学びますが、それと同時に、イエス様との関係をそれ以上に深めることを学ぶのです。
いつかイエス様が私たちの手を取って招いてくださる時が来ます。「全てを捨てて、わたしについて来なさい。」
その時、「はい」と言って、イエス様と共に行くものでありたいですね。
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祈り7/4
天のお父様。尊い御名を心から誉め讃えます。今日もあなたの温かな御手の中に握って、御前に引き寄せてくださったことを、心から感謝いたします。
主よ、あなたはこの地上の生涯を歩む私たちに家族を与えてくださいました。家族を愛し、愛される喜びを与えてくださったことを感謝します。
しかし、家族を深く、そして正しく愛することを、私はあなたから学びました。あなたに愛され、あなたを愛することなしに、家族との正しい関係を得ることもできなかったのです。
今、全ての関係の間にあなたが立って下さいます。向き合わなければならない私自身よりも近く、あなたがいて支えて下さいます。
いつか、「全てを捨ててわたしに従え」とあなたが招いて下さる時、あなたについて行くものであらせてください。あなたの御手に引かれて、歩む者であらせてください。
今日も被災地にある方々、痛み、苦しみの中にある方々を訪れ、生かしてください。支援のために遣わされている方々を強めて下さい。
感謝して、尊いイエス様の御名によって祈ります。アーメン。
岩本遠億
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