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東日本大震災が起きたのも靖国神社のたたりであり、300万の英霊が、陛下および総理が参拝してくれないことに怒っているのだ。
http://www.asyura2.com/10/bd59/msg/653.html
投稿者 TORA 日時 2011 年 6 月 05 日 13:41:27: CP1Vgnax47n1s
 

株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu241.html
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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東日本大震災が起きたのも靖国神社のたたりであり、300万の英霊が、
天皇陛下および総理が参拝してくれないことに怒っているのだ。(追加論考)

2011年6月5日 日曜日

◆靖国にいやさかあれ(新聞投稿) 2006年8月8日 麻生太郎
http://www.aso-taro.jp/lecture/talk/060811.html

靖国神社に遺骨や遺灰はない。あるのは近代の明暗を生きた日本人の集合記憶だけである。だがこれを失うと、日本は日本でなくなる。  
靖国をめぐる論争が過熱し、英霊と遺族から魂の平安を奪って久しい。鎮魂の場という本旨へ復すべきだ。そのためには靖国を、政治から無限に遠ざけねばならない。  
事は猶予を許さない。戦没者遺族の数は全国で15万人と往時の1割にも満たない。戦いに殉じた人々を悼むという本来国家が担うべき事業を一宗教法人に委ね た結果、靖国は支持基盤の衰弱とともに、その存続自体が危ぶまれる状態に陥った。  
靖国は宗教法人であるから、外部の人々は変化を強要できず、靖国自らの決断抜きには何事も進まない。それを踏まえたうえで、以下靖国のいやさかと、 天皇陛下のご親拝の実現を願う立場から私見を述べたい。  
靖国はまず、宗教施設でなくなる必要がある。政教分離原則に照らし一抹でも疑いが残る限り、仮に他に問題がなくとも、皇族方はもとより首相や閣僚の参拝が安定しない。無理に参ると、その行為自体が靖国を政治化し、再び本旨を損ねる悪循環を招く。  
この際、宗教法人・靖国神社は、設立趣旨を共有する全国52の護国神社とともに任意解散手続きをとり、別形態に移ることを呼びかけたい。  
移行過程は多様であり得るが、最終的に特別立法によって靖国を「国立追悼施設靖国社(招魂社)」とする。その際、靖国神社と同じく陸海軍省所管だった日本赤十字社が、講和条約調印後、特別立法で福祉を営む平時の姿に復帰した前例が参考になる。
靖国の場合、祭式を宗教的ではなく伝統的なものとすることで、法人格の変化に実質を与える必要もあろう。元来靖国は、記紀伝承の神々を祀る本来の神社ではない。伊勢神宮以下約8万の神社を束ねる神社本庁にも属したことがない。非宗教法人化は、戦死者を祀る「東京招魂社」として生まれた創建時の趣旨に復することになる。  
また設置法を論じる国会審議において、靖国非政治化という目的のため、慰霊対象者をいかにするかの点につき、合意を得るのが望ましい。ちなみにその時点で教義は既に唯一の判断基準ではなくなっている。  
この過程で全国の護国神社を靖国の支部とし保全し、付設の遊就館は、行政府に管理運営を移管する。  
無論、個々の変更に際し議論は百出するだろうが、そのたびに原点に立ち帰りたい。原点とは、とこしえの静寂の中、英霊と遺族に安息を図ることである。  
財政基盤の確立には、国がその責任を持てばよい。今日靖国を支える崇敬奉賛会は、新法人靖国社の支持母体として存続する。また財団法人日本遺族会は、その基盤を安定させるため、公益財団法人とすべきだろう。  
ここまでを整えて初めて、晴れて天皇陛下を靖国へお招きできる。英霊は、安堵の息をつくことができる。諸外国指導者にもお越しいただき、246万余の御霊を前 に、近代の転変を偲んでもらいたい。


◆原口総務相「靖国へ環境整えば」 週刊誌で「公式参拝宣言」 2010年9月9日 J-CASTニュース
http://www.j-cast.com/2010/09/09075504.html?p=all

総務省大臣官房広報室を通じて原口大臣に書面で質問したところ、次のような回答がきた。

「(閣僚としての参拝は分祀実現後なのか、それとも10年秋にも参拝があり得るのかについて)いずれも総合的に判断することになると考えています。私としては、日本人として、靖国神社への参拝がごく当たり前に行われることを願っているものです」


(私のコメント)

靖国神社は、麻生氏が記事に書かれているように神社と名前が付けられていますが、「元来靖国は、記紀伝承の神々を祀る本来の神社ではない。伊勢神宮以下約8万の神社を束ねる神社本庁にも属したことがない。」と指摘していますが、そのとおりだと思う。つまり靖国神社と名乗るから問題がこじれるのであり、『戦死者を祀る「東京招魂社」として生まれた創建時の趣旨に復する』ような国家追悼施設とすればいい。

そもそも長年続いた自民党政権が野党に転落した原因は、時の総理の麻生太郎が8月15日に私人の形でも靖国神社を参拝しなかったためであり、もし麻生総理が8月15日に靖国参拝していれば、8月30日の総選挙では麻生内閣の自民党は大敗することはなく、なんとか政権を維持することが出来たのではないかと思う。株式日記では2009年8月13日に次のように書いた。


◆《NHK問題を考える日台国民大集会》 NHKには内部に22の共産党支部が有り、昭和63年の調査では東京都下だけでも、98名以上が共産党員。 2009年8月13日 株式日記
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/8830f19642f5851d404a0ec97981c5dc

日本の総理大臣が靖国神社を参拝しないと言う事は、その一つの成果であり、日本のために命を捧げた人を祀った施設に首相も天皇陛下も参拝されないという事はあってはならない事だ。中に気に入らない人が含まれているから行かないと言うのは口実であり、麻生総理も安倍元総理も8月15日に参拝しないと言うのでは、自民党政権が終わる事は必然なのだ。天皇陛下も靖国神社を行幸されないと言うのも日本の皇室制度も終わりが近いということなのだろうか? 


(私のコメント)

私自身は先祖崇拝するものであり、天皇崇拝するものではない。本来ならば先祖を祀る主催者であるべき天皇陛下が靖国神社の行幸されないと言うことはあってはならない。毎年8月15日に武道館で行なわれる追悼式に天皇及び総理大臣が「偽りの儀式」をすることに私は強い怒りを覚える。300万の英霊は「靖国で逢おう」と言って死んでいったのであり、「天皇陛下万歳」と言って死んでいったのだ。

天皇家は日本人の祖先を祀る主催者であり神ではない。それを大東亜戦争では天皇陛下を神としてみなしたから負けたのであり、大東亜戦争に負けたのは天皇を神格化させたことが原因なのだ。だから戦前の軍服を着た天皇の姿にも違和感を感じるし、神社でお払いをする総本家が天皇家のはずだ。

厳密に言えば、皇室神道と神社神道の二つの流れがあるのですが、明治時代に二つの神道が合流して国家神道になった。「国家によって神社が管理され、天皇縁の神社や国家の要になる神社を神宮と定め、神社にランクをつけた。」 神道は日本国の歴史と共にあるから、神道の御神体は「アマテラス」と言うように太陽が御神体であり、太陽神の一種である。


◆天照大神が太陽神ならば、なぜ太陽自体を拝まないのでしょうか?なぜあえて神社を...
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1013111700

天照大神は太陽神ですが、天照大神は太陽の化身ではなく、太陽そのものなのです。
日本人は太陽の恵みをうけて日々生活をしているわけですから、直接太陽に向かって拝むのではなく、
なんというか・・・日々を生き、恵みの米が取れれば感謝の祭りを行なうのですよ。

例えば今でも、天皇家の大事な行事に新嘗祭がありますね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%98%97%E7%A5%AD
(ちなみに、天皇の御世が変わった初めての新嘗祭は大嘗祭と呼び天皇の即位を天下に知らしめる大きな祭典となっています)
これこそ、日本人が天照大神を神として祭る大きな行事の一つです。(中略)

いつもは静かな海も、台風の時には大きく荒れ、地震が来れば津波が起こり、普段の時には私達に幸をもたらすものです。
できればいつも幸をもたらしてほしい。そういうわけで、嵐がこないように、海が荒れないように
必至に「鎮め給え、鎮め給え」と、感謝と祈りをささげたわけです。
その祈りには海へ直接向かうのではなく、岬とかに神域を作り、神を依り付かせるご神体を置き、そのご神体に祈ったのですね。


(私のコメント)

東日本大震災と言う大地震とそれに続く大津波は、御神体である太陽の怒りであり、太陽の怒りが地球の電磁波に影響をもたらして三陸沖の地盤が動いたのだ。アマテラスの怒りを納めるには300万人の英霊を祀る靖国神社に行幸されることが天皇陛下の役割であり、総理大臣も日本国民を代表して靖国神社を参拝しなければ、国民の不安も収まらないだろう。

国家の成り立ちと神事とは深い関係があり、古代の卑弥呼の時代から変わってはいない。中曽根総理以降の総理大臣で、8月15日に靖国神社参拝した総理大臣は小泉潤一郎ただ一人しかいない。これでは日本の先祖の霊もやすまらないし300万の英霊もやすまらないし、たたりを恐れる心が日本国民に生じてしまって東日本大震災が起きたのだ。

だからこそ天皇陛下が靖国神社に行幸されて、先祖の霊とアマテラスの神の怒りを静めなければならない。


 

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コメント
 
01. jazzman 2011年6月05日 18:29:38: ec.d5qXzgz1IE : NIIENXGfqU
なに馬鹿言ってんだ!

02. パルタ 2011年6月05日 19:28:49: BeExvDE2jO5d2 : fhqMEypoT6
日本を護りたいと思って死んだ先祖だろ?
お前、自分の爺さんが自分とその家族殺しに来ると思うか?
オカルトもほどほどにしろや。
靖国神社にたたりがあるなら、靖国神社に祀られなかった
佐幕派のたたりだってあるだろう?
更に海外の国民党、共産党、朝鮮バルチザン、抗日ゲリラ、米英の兵士の
戦死者は戦後日本をどう見る?
逆賊として死んだ佐幕派の連中なんて参拝してくれる神社もないのと違うか?
そちらは寛永寺に祀られているのか。

03. 2011年6月05日 19:50:14: tESeGfXGEE
右翼よりの俺でもこれはないと思うわ。
というか、オカルトのダシにしてるんじゃねぇよ

04. 2011年6月06日 01:24:59: sOM5kQDn1w
あのな、陸軍はさんざん大逆を行っているんだから、天皇の靖国参拝はありえんだろう。

05. 2011年6月06日 08:40:53: jW6TkWtv6g
東日本大震災と靖国参拝は関係ない。
靖国神社には魔物が棲んでいて、戦争をして、人々が殺されるのを待っているのだ。
戦争が好きなものたちの中にも魔物が居り、そういった人たちは靖国神社も好きなのだ。
魔物は魔物を引き寄せる。
靖国でまた会おう、という人がいるが、靖国の魔物は人の魂を食う魔物なのだ。

06. 2011年6月06日 09:21:27: RXVVsUltRQ
たたりだとしたら、靖国を政治の道具にしてしまった、小泉たちへの
怒りじゃないか?

07. 2011年6月06日 09:42:25: DhMjC6G9OE
東日本大震災を「神仏の祟り」とか「啓示」とみなす宗教者は多い。「自然災害は広く世の有様に対する神様からのお知らせ」とか。
 だがもしも神様が何らかの目的でやったとするならば、「神様」やそれを信仰する宗教とは、悪魔であり悪魔崇拝者で、即刻解散、全資産は没収して被災者に分配(補償)、「神」には死刑を宣告すべきだろう。見せしめのために罪無き人々を何万人も殺し町や村を破壊したのだ。
 「300万の英霊が、天皇陛下および総理が参拝してくれないことに怒っているのだ」 とするのであれば、靖国神社の主とは、餓鬼以外ではない。

08. 2011年6月06日 15:09:41: jFJbLqHbQo
あのなあ靖国神社ってのは、長州田布施の部落から引き抜いた大室寅之佑なる若造を明治天皇に仕立て上げ、あまつさえ起す必要もなかった戊辰戦争を惹き起こした薩長土肥政府が、斃れた官軍兵士を祀るため、やっつけで作った官幣神社だぞ。賊軍にされた奥州各藩、その他諸藩にとっては由緒もへったくれもなかろうが。

それに、私事だが先の戦争で死んだうちの爺さんだが、頼みもしないのに靖国に祀られているとかで毎年遺族年金が送られてきていたが、カネはもらってもうちの婆さん靖国に手を合わせるそぶりも見せなかったぞ。もう亡くなったが「海ゆかば」が大嫌いな婆さんだったよ。なにが今次震災が靖国の祟りだ。にわか信心ぶったこのたわけどもが。

この『株式日記と経済展望』=「TORA」だが、自らのブログは閑古鳥が鳴くどころかクモの巣が張っているためか、わざわざこの阿修羅に転載してきているのだら、たまに読ませるブログを貼りつけるかと思えば、「私のコメント」で途端にズッコケルことの連続だ。論旨以前に「です、ます」と「で、ある」をごっちゃにするな、作文からやり直せと何回言っても、指摘されている意味が分らんらしい。ネットではこの程度の手合いが天下国家を論じているのだ。


09. 2011年6月06日 16:50:09: rOLdAxtTeo
まんまと天皇制維持には邪魔な神道右派と神道勢力(皇道派が多い海軍や在郷軍人の流れ)を殺したので、
寧ろしてやったりでは?後ろ暗さから、
お参りできないのでしょう。
法隆寺と同じ理屈で。金銭は納められても、
誠のない側には
身を運ぶのは怖いのかもしれないですね。
原爆も、「役に立っているんです」と
側近に言わしめていますし。昭和天皇は。

10. 2011年6月06日 17:08:49: rOLdAxtTeo
本文さんでは、
「晴れて天皇陛下を靖国へお招き・・・」

ということですが、

晴れても何もない。

戦時の最高指導者、元帥であり、終戦まで軍服をきていたものが、
戦死者を放っておいて、責任逃れをしていることは、
只々醜い。曲がりなりにも、天皇でいるのだから、この上はもう、
本物の皇統に戻っていただくよりないでしょう。
北朝天皇は、どうみても偽統でしょう。


11. 2011年6月06日 20:39:44: yxstEvnWG6
戦前の武装共産党、戦後の右翼のフィクサー田中清玄は会津藩の家老職の家系だが、靖国には参拝しないあれは長州の神社だ、と言ってた。
田中清玄に何のシンパジーも持ってないが、長州の神社というのは事実だ。

12. 2011年6月06日 20:42:35: yxstEvnWG6
投稿者は真面目な人なんだろうけど、悲しいかな基礎的な教養がない。

13. 2011年6月08日 21:05:34: zpcGnjfqJo
「靖国の神」は「人」。神は神。
地震や津波は遥か昔から用意された神の御計画。人々の祈り、願い、叫びを顧みいつでも逃れの道を用意して猶予なされている。

人を失う神の苦しみは子を思う親のようでありそれよりも遥かに深い。幼子であろうと白髪であろうと、すべての人を愛し慈しむ父なる神は、主である。

人の罪は人の罪としてあるが、震災は罪に対する罰ではない。人の罪はすでに御子イエスが命であがなわれた。神は人を愛するがゆえに、それぞれの生き方の選択をそれぞれの人に委ねた。神の視線は今も個を見つめる。

人はこの世の管理者とされている。植物より、動物より弱く、生かさず、いただくしかない貧しい生き物でありながら、この世を治める管理者として立てられた。人を愛するがゆえである。

嘘、過ち、過信、欲、不安から逃れられない「人」は苦しみのうちにあっても上を見上げることができるように、恵み深き自然と、自然の脅威に対する畏怖とを与えられ、その中で生きるようにされた。

必要だからそれらはある。そうして昔からの人々は生き、道しるべをつけてきた。
「忘れる」選択をしたのは人間。人は本来、何を言われなくともそれを「覚えている」。

創世の時からおられる神はこの世に起こる出来事と、人類のすべてについて、また、人のための最善をご存知である。かけがえのないすべてのひとりひとりが、定められた時に「神=愛」に気づくように備え、そして個々のために選択肢を用意して招いておられる。

愛せよと神は言われるが、「愛」というものは強制できず、「愛」は「束縛」とはかみあわない。
儀式>愛ではない。神への愛を表明するために儀式はあり、儀式はむしろ人のためにある。

すべてをご存知の神は、人の心のうちを何もかもご存知で、儀式によって人の信仰を計る必要がないからである。もとより、人の作った狭い神殿に留まれるほど神は小さな存在ではない。

人間の社会をよくする知恵と分別は、神に真摯に求めるならだれにでも、その人が願う以上に豊かに与えられる。神はあわれみをもってすべての魂を救う。

偶像を捨て、内なる神に尋ね、希望を持って歩むように、と主は言われる。
平和の時にも、そうでない時にも。


14. 2011年7月02日 19:26:08: rlrojIdpYs
はっきり言えばこの人に失望させられたね。この人って、もちろん、株式日記のTORAさんとやらにだけどね。

英霊の罰が当たって東日本大震災が起きたなどと言う妄言をよく言えたものだが、それ以前に、このブロガーが「靖国」なる新興宗教にすっぽりはまっていることにガッカリしたよ。天皇が参拝しないようなレベルの神社というのは、根本的に日本文化を語る資格もない。日本文化というのは1200年も昔の奈良平安の言葉を違和感なく現代に受け入れることが出来る文化的土壌ゆえであることを忘れてはならない。

そうした国にあって、たかだか出所100年足らずの靖国が出張るのはそもそも成り上がりでしょう。だから、お行儀宜しくない跳ね上がりどもが騒いで国際的に顰蹙を買うわけです。戦争の死者を正当に弔って欲しいという遺族の気持ちに付け込むような形で靖国が戦後の日本に食い入っている様は、英霊さえ決して喜ぶものではないだろう。靖国について複雑な気持ちを抱いたまま、うちの親父も死んでいったが、うちの親父だけのものではあるまい。

東日本大震災で亡くなった人々を、靖国への畏敬の念が足りないせいだという株式日記TORA氏の発言、大いに問題ありというだけでなく、TORA氏の素性についても、そろそろ見極めがついてきたと感じるこの頃であります。


15. 2013年5月12日 13:04:36 : kdIl2oZdTg
元来、靖国神社参拝は何の問題もなく静かに粛々と執り行なわれておりました。。歴代首相も昭和天皇陛下によるご親拝も普通に執り行われていました。
 しかし、ある時、朝日新聞を始めとする国内の左派集団が中国、韓国に内通してこれらの国を煽り、靖国参拝を外圧に仕立て上げたのであります。
 中国、韓国もまた日本分断の絶好の外交カードとして大いに靖国を利用することになります。
 こうした露骨ば内政干渉に易々と屈する敗戦国、日本。味をしめた中、韓はさらに内政干渉を始めます。従軍慰安婦など世界の紛争地ではビジネスであったのに旧日本軍だけが避難されます。これまで黙っていた尖閣諸島には領有権を主張し始めます。それもこれも自虐史観から脱却できない外務省、歴代内閣が毅然とした対応ができないからであります。

16. 司馬遼太郎 2013年5月12日 16:39:49 : qgfd5FStHeWGo : xE3hEP299s
 国家とは国民に福祉を提供するだけではない。時には国民の権利を制限し戦場へ駆り出すこともあり得る      −−−司馬遼太郎
 明治以降、西欧の列強の中にあって弱小国、日本が生き延びるためには日清、日露など対外的な戦争は不可避であった。戦没者を祀る靖国神社が明治初期にできたのもそれ以前は対外的な戦争など一時期を除きほとんどなかったからである。靖国問題を語るとき、「戦争」とは何か、「徴兵制」とは何かをしっかりと理解する必要がある。
 不幸にも赤紙一枚で戦場に駆り出されたわが祖先たちは、「靖国で会おう」という儚き約束だけで戦陣に散って行かれた。
 「靖国で会おう」 それは戦友同士の約束でもあったが、実は戦死者と国家との黙契(暗黙の約束)でもある。祭司たる天皇が参り、家族が参拝してくれるというはかなき望みだけで先人たちは戦場へ赴きそして散華されたのである。
 いかなる独立国家も「独立と平和」を維持するために戦争や紛争は避けなれない。皮肉ではあるがそれが厳しい現実である。東アジアの軍事的な緊張が高まる中で、絶対平和などという非現実的な幻想に胡坐をかき思考停止に陥っている今の日本ほど危険なものはない。国家と戦争とは表裏一体なのである。もし絶対平和が可能なら、その時こそ国家は必要でなくなるであろう。

17. 2013年8月13日 13:27:30 : kdIl2oZdTg
 仮に石原慎太郎氏のような肝の据わった政治家が日本の首相になれば、靖国問題など一気に解決する。要は首相の度量ひとつなのです。しかし残念ながら歴代の首相にそうした度量は期待すべくもなかった。小泉氏ですら、あの程度の対応しかできなかった。情けない国家に成り下がったものである。日本の不幸はそうした度量ある首相を永遠に頂くことができないことである。

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