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天国編その2 「この子供たち妊娠中絶された子供たちです。」
http://www.asyura2.com/10/bd58/msg/523.html
投稿者 山ちゃん 日時 2010 年 8 月 14 日 13:03:41: XjtGJYeP2OT7g
 


--- (2番目の証し、アリエルAriel) ---

私たちが天国に向かって出発する時、私たちはとても立派なドアのある素晴らしい場所に来ました。そのドアの前に二人の御使いがいました。彼らが話し始めたのですが、天の言葉なので何をしゃべっているのかさっぱり分かりませんでした。しかし、聖霊が理解力を与えて下さいました。彼らは私たちを歓迎していたのでした。主イエスが手を門に触られるとそれが開きました。もし、イエス様が私たちと一緒でなければ、私たちは天国入ることは出来なかったでしょう。


私たちは天国にあるすべてのもを称賛し始めました。私たちは巨大な木を見ました。聖書にはそれを「命の木」(黙2:7)と書いてあります。私たちは川に行きました。川にはたくさんの魚がいました。あらゆるものが驚くべきものだったので、友人たちと水の中に入ることに決めました。私たちは水中を泳ぎ始めました。周りに魚が泳ぎ回っているのが見えました、そして、彼らが私たちの身体に愛撫しました。地球上であるように逃げるようなことはありませんでした。主の臨在が魚を静めておられました。魚たちは私たちが魚に害を加えるようなことはしないことを知って私たちを信頼していました。一匹を掴んで水から上げても、驚いたことにその魚はとてもおとなしくしていて、私の手の中で主の臨在を楽しんでいました。私はその魚を水に戻してやりました。


遠くに天国の白馬たちが見えました。それは聖書に書いてある通りでした。(黙19:11)「またわたしが見ていると、天が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。それに乗っているかたは、『忠実で真実な者』と呼ばれ、義によってさばき、また、戦うかたである。」 その馬たちは主がご自分の民である教会を迎えるために地球にやって来られる時に乗られる馬です。私は馬の方に歩いて行って軽くたたきました。主もついて来られて、私がその一頭に乗るのを許して下さいました。


乗ってみると、地球上では感じたことにないものを感じました。その美しい所で持つことの出来る平和、自由、愛、聖を経験し始めたのです。私は目に見えるあらゆるものをエンジョイし始めました。主が私たちに用意して下さった素晴らしいパラダイスにあるすべてのものをただエンジョイしたいと思いました。


私たちはまた婚宴のテーブルを見ることが出来ました。すべての用意が既に整っていました。それには始まりも終わりもありませんでした。私たちのために準備された椅子を見ました。また、私たちが戴く冠や永遠の命も用意が出来ていました。小羊の婚宴に招かれるすべての人たちのために既に用意されているおいしそうな食べ物を見ました。


御使いたちは主が私たちのために用意して下さっている覆いのための白い布を持っていました。そのすべてを見て私はびっくりしました。神の言葉は私たちが子供のようになって神の国を受けなければならないと言います。(マタイ18:3)天にいたとき私たちは子供のようでした。私たちはそこですべてを楽しみ始めました。 花、住居…です。主は私たちが住居の中に入ることを許して下さいました。


次に、神様はたくさんの子供たちのいる場所に私たちを連れて行かれました。主は彼らの間にいて、子供たちと遊び始められました。彼がひとりひとりと十分な時間を過ごしてくださることがはっきりしました。主は彼らと一緒にいて楽しまれました。私たちは主に近寄って尋ねました、「主よ、この子供たちはこれから地球上に生まれる子供たちですか?」 . 主は答えられました。「いいえ、この子供たち妊娠中絶された子供たちです。」それを聞いて、私は心の中が震えました。私は過去に主を知らない時にしたあることを思い出しました。当時、私はある女性と関係を持って彼女は妊娠しました。彼女がそのことを言った時、私はどうしていいか分かりませんでしたから、少し時間をくれと言いました。時が経って彼女のところに行くと、時既に遅く、彼女は中絶をした後でした。それが私の人生の心の傷となりました。私が主を受け入れた後でもその中絶は自分を赦すことの出来ないものでした。しかし、主はその日、あることをして下さいました。彼は私にあの場所に入って行くように言われ、そして言われました。「アリエル、あそこにいる女の子が見えますか?その少女はあなたの娘ですよ。」 そう言われて、その女の子を見ました。私の魂の中に長い間残っていたものが少しづつ癒されていくのを感じました。主はその少女のところに近づくのを許してくださいました。彼女も私の方に近づいてきました。私は彼女の手を取って女の子の目を見ました。彼女の唇からひとこと、「パパ」 と言う言葉が聞こえました。神様が私を憐れんで下さり赦して下さったことが分かりました。しかし、私は、自分を赦すことを学ばなければなりません。


愛する皆さん、これを読んで下さる人に申し上げます。神様は既にあなたの罪を赦してくださっています。今はあなたが自分を赦すことを学ぶ時です。神様が皆さんにこの証しをさせて下さったことを感謝します。主イエスよ、あなたに誉れと栄光を帰します!この証しは主からのものです。主がこの啓示を受けるのを許して下さいました。この証しを読まれる兄弟たちひとりひとりもこの証しの祝福を受けて下さるように、また、これを他の多くの人たちに伝えて祝福を与えてくださるように希望します。神の祝福がありますように。

つづく  

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コメント
 
01. 2010年8月14日 20:20:25: HBsIcBw0lA
中絶した子供は天国、若しくはそれに準ずる場所に行ける
と言う解釈になりますねぇ?

短絡的に考えれば、わが子を愛するならば中絶する事は
悪い選択では無い(良い選択と言う解釈にはならないようなので)

と言う事になりますねぇ?


山ちゃんは

キリスト教

でしたよねぇ?

敬虔なクリスチャンとして、山ちゃんの解釈を是非、伺いたいものです。


02. 山ちゃん 2010年8月14日 22:45:13: XjtGJYeP2OT7g: c66228xczw
01さん

>短絡的に考えれば、わが子を愛するならば中絶する事は
悪い選択では無い(良い選択と言う解釈にはならないようなので)

そうです。そういうお考えは「短絡的」な考えです。およしになられたがよろしい。

中絶は殺人です。この罪をあなたは問われます。神から。
しかし、あなたが主イエスを信じて、その罪を、またあらゆる罪を赦され、義と聖の道を歩まれるなら、そのお子に再会できるでしょう。


03. 2010年8月15日 10:37:06: HBsIcBw0lA
山ちゃん、そりゃ短絡的過ぎる
私の書き方も悪かったが、

わが子を愛するならば→
その罪を親が被り続ける限りわが子は救われ続けている
(万が一の地獄の苦しみから解放され続けている)

つまり不幸の連鎖から自分の子孫を解き放つ為、
親はあえてその罪を被り続ける

結果を踏まえた上で、子孫を愛すればこそ

中絶は殺人であると言うのは、物質主義(現世)から見た一面なのでは?

※わたしはわたし、なので中絶が良い悪い以前にそんな概念は持ち合わせていない

>この罪をあなたは問われます。神から。
 しかし、あなたが主イエスを信じて、その罪を、またあらゆる罪を赦され、義と聖の道を歩まれるなら、 そのお子に再会できる

引用中のあなたは、わたしではないのでどう理解していいのか判りません?

それとも自戒としての独り言として、あなたは山ちゃんなのかな?

念のため


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