「国際貢献」 何をしてはならないのか 開場前から 参加者の列 九月十九日午後二時から東京で、ペシャワール会現地代表の中村哲さんを招き報告会が行われた。会場は社会文化会館、主催はワールド・ピース・ナウ(WPN)。 アメリカの対テロ戦争に徹底追随した自・公政権の追放が実現した今、この問題での政策転換を新政権に具体的にどう迫るか、「テロとの戦争」とそれへの日本の加担に反対して活動してきた運動の側にも、新しい局面での課題が提起されている。 この問題を具体的に考える上で、ほぼ四半世紀、医療支援から農業再建支援へと、アフガニスタン現地での当地住民に密着した民衆レベルでの活動を積み重ねてきたペシャワール会の実践は、欠かすことのできない位置を占めている。今回の報告会はその意味で、先の課題に応えるきわめて核心的な内容を中心に据えたものであり、しかも後に見るように重要なタイミングで開かれた。その大きな意味はおそらく多くの参加者にも共有されていたように見える。それを物語るように、参加者は事前に案内されていた開場時刻(午後1時半)の三十分以上前から受付に列を作った。主催者も急きょ開場時刻を三十分繰り上げ、開会時刻には、会場は満席となっていた。参加者は七百三十人。 そして開会挨拶に立った「基地はいらない!女たちの会」の芦澤礼子さんもまた、WPN発足以降の闘いを振り返った上で、WPNは“武力で平和はつくれない”とのスローガンで運動してきたが武力によらないその平和をどのようにつくるのか、と端的に問題を提起した。中村さんの報告から何をくみ取り今求められている課題につなげるか、会場に充満するこの問題意識に、中村さんの報告とその後の質疑応答は、期待にたがわず実に豊かな示唆を与えるものだった。 用水路完成で 復活した農地 会場の注視の中、中村さんは時にユーモアを交え、これまでの活動とそこで知った事実を中心に、静かに淡々と報告を進めた。語られた内容は幅広い。 何よりも先ず、二十万人の生活を確保する十一万四千ヘクタールに及ぶ灌漑であり、それを支える総延長約二十三キロメートルの用水路完成という驚嘆すべき大事業。そしてその背景には次の事実があった。すなわち、アフガニスタンは山国の自給自足的な農業国であり、そこでは、山に降る雪の雪解け水が生命線であること。この雪解け水の利用が戦乱に追い打ちをかけた大干ばつによって深刻な危機に陥り、農地が文字通り破壊され、普通の人々の生活基盤が崩壊させられていること。当地の住民を主体とし、伝統技術に依拠したペシャワール会の用水路建設事業は、用水路のメンテナンスも含めて住民による持続可能なものとしての農業再建に資することを目的としたこと。そしてそれが可能となる必須の条件として、普通の人々の暮らしの成り立ちや人々の関係のあり方、人々の気持ちを十分に理解し、その生活や文化のあり方を外の基準で評価しないことの重要性。 ところがアメリカの戦争と「復興事業」なるものは、その条件を最初から欠き、必然的に、人々の危機を打開するどころかそれに逆行するものとなっていること。例えば「復興事業」は、行政と委託事業者が援助資金を山分けする、事業計画といういわば作文の上手な者を富ませるだけのものとなり、行政への信頼をただ破壊することにしかなっていないという。あるいはまた、問題の元凶として指弾されるケシ栽培にしても、アメリカの攻撃が始まる前にはほぼ絶滅状態だったのだという。アメリカが作り上げようとした「不朽の自由」とは、ケシ作りの自由であり、餓死する自由であり、富める者がより富む自由だった、中村さんはこう明快に断言した。 こうして、復興のためには軍の力を活用した治安改善が不可欠という論があるが、実際に起きていることは逆の進行だ、と中村さんは語る。つまり、アメリカ軍の駐留が住民の間にゴタゴタを作り出し復興が進まなくなる、という関係だ。事実として治安は軍の数に比例して悪化している。 アメリカの戦争はそもそもインチキだった、誰が見ても誤りであり行き詰まっている、先は見えている、中村さんはそう見通す。そしてその観点から、アフガン支援について、先ず何をしてはいけないかを、つまり人殺しとその手伝いはダメだという点をはっきりさせることが肝心であり、あわてることはない、とした。そして自身は悠然と構えて今後も当地の人々と共に事業を進める、情けは人のためならず、と報告を結んだ。 転換すべきは 「対テロ」戦争 今回の報告会が取り組もうとした問題は、間違いなく、まさに今実際の政治の舞台で進んでいる動きにピッタリと照準が合い、しかもそれらを鋭く問うものだった。 確かに新政権は「テロ特措法」を単純延長はしない、と言明した。米軍を中心とするアフガニスタンでの軍事作戦に対する海上自衛隊によるインド洋での給油支援は、ともかくも来年一月には打ち切られる可能性が高まっている。一方で、アメリカからは給油継続に向け強力な圧力がかかり、日本の支配層からは、対米関係不安定化への懸念表明が強められている。この状況の中メディアを中心舞台として、インド洋での給油支援に代わる「アフガニスタン復興支援」具体策の策定が給油打ち切りの必要条件、とする主張があたかも当然であるかのように広められている。民主党の内部でも、このような観点からの代替策模索が行われている気配が濃厚だ。 しかしそのような発想は出発点から間違っていることを、中村さんの報告は雄弁に語っていた。アメリカ支配階級の意に沿うことを至上の位置に置くという点で、先の発想の性格は前政権の場合と何一つ変わらない。しかも、「必要条件」という主張の裏には、アメリカが納得する代替策がなければ給油継続、という選択肢が暗黙の内に貼り付けられている。 しかしブッシュ政権が発動した対テロ戦争はまさにインチキだった。それはもはや世界中誰もが知っている。それ故にこそ、アフガニスタンでのアメリカの「戦争」は、彼の地の人々を殺害し、傷つけ、そして社会全体を基盤もろとも荒廃させるという結果しか生んでいない。インド洋での給油支援とは、そのインチキと不正、及びその結果生まれている本来あるはずのなかった悲惨への加担以外の何ものでもない。しかも、先の不正の必然的結果として、このアメリカの「戦争」自体が行き詰まっている。それも世界中が認めつつあり、その認識はアメリカ国内ですら急速に広まっている。この戦争の先には悲惨と混乱だけしかない。そしてアメリカ軍自身、早晩撤退しか選択肢がなくなる。 中村さんの訴えにあるように、今こそ、何をしてはならないかが出発点として決定的となっている。「テロとの戦争」への加担そのものが転換されなければならない。その観点から、アフガニスタンの平和にどう寄与できるか、が模索されなければならないのだ。そしてそのための素材は事実として目の前にある。今回の報告会は、改めて、真の意味での政策転換を新政権に迫る闘いを訴えるものとなった。なおこの日の会場カンパは約四十一万円弱に達した。 (神谷)
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