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北朝鮮問題が変える東アジアの枠組み
2009年3月31日 田中 宇
昨年12月、北朝鮮の核開発疑惑をめぐる前回の6カ国協議が開かれる直前、米国の国防総省の統合参謀本部が、北朝鮮を中国、ロシア、インド、パキスタンと並ぶ、アジアの5つの核兵器保有国の一つとして数える報告書を発表した。(Joint Operating Environment 2008)
報告書の発表を受けて、北朝鮮の朝鮮中央通信社は「米国は初めて、公式にわが国が核兵器保有国であると認めた」と報じた。現代の国際社会において、核兵器保有国は特別な地位を持っている。最近まで、米国中心の国際社会で、核兵器保有国として問題なく認知されていたのは、米英仏中露という国連安保理常任理事国の5カ国だけだった。
インドやパキスタンも核兵器を持っていたが、国際社会は印パの核保有に反対して制裁していた。イスラエルも核保有国だったが、保有は公然の秘密だった。つまり、米国が北朝鮮を核保有国として認めることは、国際政治の不文律からすると、北朝鮮を大国として認めることを意味していた。当然、北朝鮮は大喜びした。
米国を中心とする国際社会はこれまで、北朝鮮に何とか核兵器開発をやめさせようと、6カ国協議を開いてきた。国防総省の報告書は、この努力を無にするものだった。日本や韓国の政府、それから米国内でも外交を担当する国務省は、国防総省の報告書を酷評した。非難を受けた国防総省は翌日、報告書の筆者が間違ったことを書いたのだとして、報告書の内容を否定し「北朝鮮を核兵器保有国と認めたことはない」と発表した。
しかし、国防総省が役所として報告書を発表する前に、その内容を執筆者の上司が確認しなかったと考えることは無理がある。報告書を発表したタイミングが、前政権の国務省が北朝鮮に譲歩し続けた6カ国協議の開催直前だったため、国防総省が国務省主導の6カ国協議を潰すために、北に核廃棄を思いとどまらせるような報告書を出したのではないか、と詮索されている。(Pentagon's faux pas pleases Pyongyang)
▼「米国製の人工衛星を北に売るのも一計」
この話はブッシュ政権下での出来事だ。米国ではその後、今年1月にオバマ政権が就任し、政権中枢の顔ぶれは一新した。しかし、米政府の言動を見ると、北朝鮮に対する姿勢は、政権交代後も変化がない。オバマ政権は、北朝鮮に対する政策をほとんど何も発表していない。2月にヒラリー新国務長官がアジアを歴訪する際に「北朝鮮問題は6カ国協議の外交で解決する」と発表したが、具体的にいつ次回の6カ国協議を開くのか、前政権下で行き詰まった交渉をどう打開するつもりなのかは、明らかでない。
オバマ政権は、未曾有の金融危機と大不況という経済問題や、イラクやアフガニスタン、パレスチナなど中東問題で忙殺され、北朝鮮問題で新たな動きをする余裕がないのかもしれない。しかし、米国は軍事的・経済的に覇権力を落としており、それを見て北朝鮮の金正日政権は「今こそ韓国から米軍を追い出す好機」と思っているらしく、昨年末から好戦的な態度を増大させている。その最新のものが、4月4−8日に予定されている、北朝鮮のロケット発射(ミサイル試射もしくは人工衛星打ち上げ)である。(North Korean crisis heating up)(North Korea stokes another crisis)
北朝鮮は、4月4日から8日までの日程で、自国周辺の航空路の閉鎖を国際海事機関(IMO)に申請しているので、ロケット発射は本当に挙行する予定だろう。しかし、これに対して米国はほとんど無策だ。ゲイツ国防長官は3月29日のテレビ出演で、米国が北朝鮮のロケット発射に対してできることは何もないと表明した。(Kim's Latest Hostages)
オバマ政権の諜報責任者であるデニス・ブレア国家情報局長官は3月10日、米上院での公聴会で「北朝鮮は人工衛星を打ち上げると言っているが、私は北朝鮮はそのとおりのことをやろうとしている(ミサイル試射ではない)と考えている」と表明した。米国は北朝鮮に対し、ロケット発射でも何でもご自由におやりください、という姿勢を見せている。(High five: Messages from North Korea)
オバマ政権が、国務長官や特使を平壌に派遣して米朝直接交渉を開始するなら、北朝鮮は過激な言動をやめるだろうが、米側はそのような動きをしていない。北朝鮮側は「米国がいずれ強さを取り戻したら自国を空爆してくるかもしれない。米国が弱体化している今のうちに、在韓米軍を撤退させるために、できる限りの策略を展開した方がいい」と考えているだろうから、北朝鮮の強硬策は今後も続くと予測される。金正日政権は、3月初旬に行った選挙後の高官人事で、南北問題の担当者に強硬派ばかりをそろえている。(N Korean hardliners to handle policy on South)
米国の凋落に合わせて、北朝鮮が過激な言動を加速させそうなことは、すでに昨年末には予測されていた。昨年12月20日付けのアジアタイムスには「金正日は、米国や日中韓から譲歩や経済援助を引き出すため、オバマ政権の早期に大騒ぎを再演するだろう」と、その後の事態を正確に予測する記事が出ていた。(Patience is North Korea's virtue)
米中枢の意を受けたコラムがときどき載るFT紙には3月に入って「北朝鮮は(世界を共産主義化しようと試みる)共産主義国と考えるより、儒教系の新興宗教団体と考えた方が良い。金正日が武器を持ちたがるのは、世界制覇のためではなく、自分の組織を守ろうとする防御策である。むしろ武器保有を容認した方が、武器を使わなくなる。北朝鮮は、自国の安全が守られていると思えば、過激な行動をしなくなる。北が人工衛星をほしがるなら、米国製のを売ってやるのも一つの策だ」とするコラムが掲載された。(Think of North Korea as a cult, not a country)
▼北を挑発した米韓軍事演習
こうしたコラムや、以前から北朝鮮に無意味な譲歩を重ねてきた米政府の姿勢を見ると、米国はどうも北朝鮮に対して過激なことを好き勝手にやらせたいのではないかと思える。(北朝鮮6カ国合意の深層)
米国は、北朝鮮に対して意味のない譲歩や無策を貫く一方で、目立たないように北朝鮮の好戦的な行動を扇動する策を展開している。北を核保有国と認定した昨年末の国防総省の報告書が一例だが、北が今回ロケットを打ち上げることにした経緯もその一つである。
私が見るところ、北が今回ロケットを打ち上げることにしたのは、米国が3月9日から韓国との合同軍事演習を予定どおり行ったことに激怒し、報復措置をとることにしたためだ。米韓軍事演習は毎年行われているが、オバマ新大統領は就任前から「国際的な対話を重視する」と言っていたので、北朝鮮は、オバマは米朝直接交渉をやりたがると期待したのだろう。
米軍は中東で泥沼の戦争にはまっているので、金正日は、在韓米軍を撤退させる好機だと見ただろう。しかし実際には、オバマは何もやらず、北朝鮮との戦争を想定した例年の米韓軍事演習を行った。北朝鮮の激怒を見て、米国は北の提案を受け、3月初めに7年ぶりに板門店で米朝軍事会談を行ったが、米韓軍事演習は予定どおり挙行したため、北はむしろ米国に対する不信感を募らせた。(North Korea Requests Rare Meeting With UN Forces)
「米国は北朝鮮との敵対を煽り、最後には北を軍事力で潰すつもりに違いない」という見方は、対米従属の永続幻想に絡め取られている日本人の間で「勧善懲悪」の物語として根強いが、急速に衰退する米国の現状を見ると、非現実的な幻想であることがわかる。むしろ、もし今後イランとイスラエルが戦争して中東大戦争になったりしたら、財政破綻の接近と相まって、北朝鮮の問題は中国に任せ、不要不急な在韓米軍は撤退するという方向が強まる。
そのような可能性が高まっている以上、北朝鮮は米国に譲歩する必要を全く感じず、思う存分、過激で好戦的な策略を展開し続けるだろう。今回のロケット発射で、日米韓はイージス艦を北朝鮮沖に派遣して迎撃できる態勢をとっているが、日米韓は北と戦争したくないので、実際に迎撃ミサイルを発射する可能性はほとんどゼロで、迎撃は素振りにすぎないと指摘されている。迎撃ミサイルを発射しても、命中する可能性もほとんどゼロだ。(South Korea on alert - Donald Kirk)(米ミサイル防衛システムの茶番劇)
▼北の過激策を黙認する中国
米国の北朝鮮政策は、米国の敵であるはずの北朝鮮を強化し、対米従属を続けたい同盟国の日韓を困窮させているが、この事態は、米国の対イラン政策が、敵であるはずのイランを強化し、米国にすがりついて牛耳っている同盟国イスラエルを困窮させているのと同じ構図だ。(イランの台頭を容認するアメリカ)
米国は、単独覇権主義をやりすぎた挙げ句、世界中の反米・非米諸国を強化団結させ、G20のような非米的な組織に国際社会の運営を任せる結果を生み、世界の覇権構造を多極化している。この流れの中で、日本はイスラエルや英国と同様、米国に振り落とされていく過程にある。
日本政府は、きちんと分析していれば、現在の困窮を早期に把握できたはずだが、対米従属を1日でも長く続けるため、あえて米国が隠然と展開する策略を見ないようにして、国内マスコミも政府の意を受けてお門違いの報道しか行わなかった。(アメリカの戦略を誤解している日本人)
その結果、日本は、米国より中国の影響力が強くなる今後の東アジアで、下手をすると、北朝鮮並みの孤立した「問題児」になる。だが日本人の多くは、アジアの国際政治など無視しても良いと思うだろうから、米国の影響力が弱まった後は、日本は国際政治上の鎖国を続ければよい、という話になりうる(イスラエルには滅亡が待っているが、日本は内向的になればすむので気楽だ)。
韓国も、対米従属を続けられなくなると困窮するが、すでに韓国は「対米従属・南北敵対」と「対米自立・南北和解」の間を行ったり来たりして、未来に向けた予行演習を続けている。昨年末からの北朝鮮の過激な言動に対し、韓国は平静を装っている。米国の無策が続くと、韓国の世論はむしろ北朝鮮に同情的になっていく傾向が増す。(In the court of King Kim, North Korea's belligerence)
中国も、表向きは北朝鮮の過激さに閉口する態度を見せているが、実際には、北朝鮮が騒ぐことを容認している。米国の力が弱まり、在韓米軍が撤退すると、その後の朝鮮半島では中国の影響力が拡大し、朝鮮半島は日韓併合前の、中国の影響下(冊封体制)に戻る。金正日は、この傾向を十分に把握しており、節目節目に中国への礼節を込めた挨拶を欠かさない。今回のロケット発射計画に際しても、北の首相が北京を訪問し、中国側に話を通している(その後、韓国の代表が北京を訪れた。中国は南北間の話をつないでいる)。(China unruffled over North Korean launch)
中国は、ブッシュ政権時代には、米国から中朝ひとくくりにされて戦争を仕掛けられると懸念し、6カ国協議の主催者になることも尻込みしていた。だが今や、中国は5年間も6カ国協議を主催して、朝鮮半島問題を仕切る姿も板についた。米国は、中国に朝鮮半島の仕切り方を教えたのである。米国が自滅的に衰退して在韓米軍が撤退するのは、今では中国にとっては歓迎だ。(600年ぶりの中国の世界覇権)
北朝鮮核問題をめぐる6カ国協議が03年に始まってから、早くも6年がすぎた。そして、東アジアの盟主は米国から中国に切り替わりつつある。中国は、米国のように表舞台の華やかな国際会議中心の外交を好まず、もっと隠然とした非公式な外交を好むので、6カ国協議はしだいに重要ではなくなるかも知れない。しかし、外交スタイルは変わっても、米国から中国に東アジアの主導権が移ることには違いない。北朝鮮問題は、東アジアの枠組みを変えつつある。(黒船ならぬ黒テポドン)
http://tanakanews.com/090331korea.htm