米軍をイラクから撤退させる一方、 アフガンへはさらなる増派を行うと表明したオバマ米大統領。 今後、中東地域では何が起ころうとしているのか? そして、日本はそれに対して何をすべきなのか。 引き続きお話を伺いましたみやた・おさむ 静岡県立大学国際関係学部准教授。1955年山梨県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了、UCLA大学院歴史学科修士課程修了。専門はイスラム地域研究、国際関係論。著書に『イスラムに負けた米国』(朝日新書)、『イラン 世界の火薬庫』(光文社新書)、『軍産複合体のアメリカ』(青灯社)、『現代イスラムの潮流』(集英社新書)など多数。 アメリカの「次の標的」はイラン?編集部 前回、オバマ政権が誕生したといっても、アメリカの中東政策がブッシュのときから大きく変わる可能性は少ないのではないかというお話を伺いました。 では、それを前提にしたとして、今後の中東地域はどうなっていくのでしょうか。まず、オバマはイラクから16カ月以内に米軍を撤退させて、アフガニスタンに対テロ戦争の軸足を移す、と言っていますが。宮田 イラクからも、結局、完全撤退はしないと思いますね。軍事顧問か何かをおいて、政府軍とのパイプは残しておくのではないでしょうか。 アフガニスタンのほうは、一つにはそこで米軍がプレゼンスを持つことによって、イラン攻撃に備えるという意図もあるのではないかと思います。アフガニスタンの西部に米軍を配置するというのは、イランに対してかなりにらみをきかせることになりますから。 編集部 そうすると、本当の標的はイランだという可能性も? 宮田 ブッシュ政権はイラクでつまずいたから、イラン攻撃ができなかった。だからオバマ政権には、キリスト教右派やユダヤ人社会から、「イランを攻撃しろ」という圧力がかなりかかっているようです。「アフマディネジャド(※1)みたいなイスラムファシストとは対話しない」という発言まで出ていますから。 ※1 アフマディネジャド:第6代イラン大統領(2005年〜)。「イスラム革命原理への回帰」を掲げる保守派であり、反イスラエル、反アメリカ的な発言も多い。 編集部 ただ、本当にイランを攻撃するとしたら、何らかの理由づけは必要ですよね。たとえば、アメリカがイラクに戦争を仕掛けたときには、一応「アルカイダを支援しているから」という大義名分があった。イランに対しては、何を大義名分にするのでしょうか? 宮田 それはいろいろこじつけるでしょうね。たとえば「イランがタリバンを支援しているから」とか。 本来、タリバンは厳格なスンニ派(※2)の組織で、イランはシーア派ですから、両者はとても仲が悪いです。10年ほど前には、タリバンがイラン人の外交官を殺して、イランとアフガニスタンの関係が相当緊張したこともあります。ただ、アフガンのタリバン政権崩壊後に、イランとタリバンが接近する背景ができたと言えなくはない。そこをアメリカは強調するかもしれないですね。イラクがタリバンを、そしてアルカイダを支援している、と。 あとは、1981年にイラクの原子炉をイスラエルが空爆で破壊した事件がありましたが、あのときには「新たなホロコーストをもたらしてはいけない」という口実が使われていました。 ※2 スンニ派、シーア派:ともにイスラム教の一派。世界全体の信者数ではスンニ派が圧倒的多数を占め、少数派のシーア派はしばしば異端視される。イラン、イラクなどではシーア派が多数派。 編集部 「イラクに核エネルギーを持たせれば、原爆を開発して新たな犠牲者を生みだす」ということですか。 宮田 そうです。それと同じような口実を使って仕掛ける可能性もありますね。イランは実際に核エネルギーの開発をしていますし。ただ、イランはNPT(核拡散防止条約)に加盟していて、核の平和利用は認められているんです。NPTに加盟していないインドには原子力協力をするのに、イランの核エネルギー開発は認めないという、アメリカのダブルスタンダードがここにもあるんですね。 不況の今こそ、戦争の可能性は高い宮田 それから、現イラン大統領のアフマディネジャドは、「イスラエルは地図上から抹消されるべきだ」と発言したと伝えられるなど、あまり国際的な感覚のある人物ではない。しかし、今年のイラン大統領選挙でも彼が再選される可能性は高いようですし、その辺でイラン、イスラエル、アメリカの緊張関係が高まるという可能性もあるでしょうね。 ちなみに、私が最後にイランに行ったのは2007年の夏なんですが、縁辺の少数民族の間で反政府運動が見られるようになっていて、もしかしたらアメリカの支援によるものかな、と思いました。アメリカの国家予算には、「イランを不安定化させるため」の予算が組み込まれているという報道もありますし、反政府組織を支援してその体制を不安定化させるというのは、アフガンやイラクでも行われていたアメリカの常套手段ですから。編集部 うーん…では、そうした状況を踏まえて、実際にアメリカがイランを攻撃する可能性はどのくらいあるとお考えですか。 宮田 可能性は結構高いのではないかという気がしています。 特に、今はアメリカが不景気ですよね。これまでにもアメリカは経済危機を戦争によって乗り越えてきた、戦争が景気刺激策になってきたようなところがあるし、それを考えると今の時代状況は非常に危惧せざるを得ない。 それにイランについては石油権益の問題があります。アメリカはイラン革命以来、イランの石油利権を失っているわけですから、それをまた復活させたいという思惑はあるでしょうね。 編集部 ただ、イラク攻撃に関しては、アメリカ国民の中でも過ちだったという声は多いし、ブッシュ前大統領でさえある程度誤りを認めてはいますよね。それでもなお、アメリカ国民はまた新しい戦争を始めることを認めてしまうんでしょうか。たとえば大統領選挙の際にオバマを支持した、アメリカのいわゆるリベラル派の人々は、戦争を止めるために動かないんだろうか、と思うのですが。 宮田 発言はするでしょうが、それほどの影響力があるかどうか、ということですよね。事実、イラク戦争は止められなかったわけですから。 それに、戦争を正当化する手段を、アメリカはいっぱい持っています。いわゆる「戦争広告代理店」みたいなものが活発に活動して、イランの悪いイメージを喧伝して国民を納得させるということは十分にあり得る。 あと、イラクのように地上軍を派遣して、米兵に犠牲が出れば国民は反戦ムードに流れるかもしれないけれど、空爆のみならそうはならないかもしれない。ソマリアだって米兵が18人殺されて初めて撤退しろという議論になった(※3)し、自国民に犠牲が出なければ、というところはあるんじゃないでしょうか。 ※3 ソマリアだって〜議論になった:1991年にソマリア内戦が勃発すると、アメリカは翌年、国連平和維持軍の中心となって軍隊をソマリアへ派遣。しかし1993年、現地の武装勢力とアメリカ軍との間の激しい戦闘により米兵18人が死亡。アメリカがソマリアから撤退する原因の一つとなった。 9条は、アメリカの理不尽な要求を はねつける「楯」になる編集部 では、お話を伺ってきたように、オバマ大統領になってもアメリカの中東政策があまり変わらない、戦争へ向かっていく可能性もかなりあるとするなら、それに対して日本はどうするべきなのかということを考える必要がありますね。宮田 アメリカはイラクのときと同じく、自衛隊の派遣と金銭的な支援を求めてくるでしょうね。ただ、そうやってアメリカについていくことが、日本の国益──日本人にとっての利益になるかといえば、そうじゃないと思います。ここでこそ「ノーと言える日本」にならなきゃいけないんじゃないか、と。 編集部 宮田さんは、イラクへの自衛隊派遣についても反対の立場でいらっしゃいましたね。 宮田 パキスタンやヨルダン、カタールなども含めて、中東地域では自衛隊のイラク派遣以降、日本に対する評価が明らかに下がっているんですよ。先日もパキスタンのペシャワールで朝日新聞の記者が銃撃されましたし、日本人の安全という面にとってはまったくマイナスだったと思いますね。僕らのように調査研究をする者にとっても、非常に迷惑な話です。 編集部 やはり、「アメリカの戦争に加担している」という評価を与えてしまった…。 宮田 アラビア語でイスラム社会を意味する「ダール・アル・イスラム」という言葉は、もともと「平和な家」という意味。イスラム世界は安定して平和な秩序がある場所でなければいけないという考え方が基本としてあるんですね。そこに異教徒が軍服で乗り込んできて、その秩序をめちゃくちゃにするんだから、人々は宗教的な感情から反発する。自衛隊がそこに加担するなら、日本に対する反感が生まれてくるのは当然のことです。 また、イスラム世界の人たちって非常に歴史的な意識が強くて、過去に起こったことをなかなか忘れないというところがあります。それだけに、関与には特に慎重でなければならないのに、日本の政治家にはそういう認識がまったくない。たとえば、イラクで香田証生さんが捕まったとき、小泉首相(当時)の「テロリストとは交渉しない」という発言は、現地の衛星放送ですぐに配信されました。彼は、これまで日本がイスラム世界に対して築いてきた資産を台無しにしてくれたという気がしましたね。そして、それを継承しているのがその後の安倍、麻生なわけで。 編集部 今後、イランで戦争が起こって、また日本がそこに自衛隊を派遣するとしたら、さらに日本のイメージが悪くなる可能性も高いということですね。 宮田 そのとおりです。そして、アメリカが「自衛隊を出せ」と要求をしてきたときに、憲法9条がそれをはねつける一つの「楯」になる。それがなくなったら、理不尽なアメリカの戦争にずるずるつき合わなくちゃいけなくなってしまいます。9条は、その意味でも守るべきですね。 アメリカ追随ではない、 「日本の考え」を発信しよう編集部 では、その9条を持つ日本は、アメリカに従うとか自衛隊派遣をするとかいった形ではないとしたら、中東問題に対してどんな向き合い方をしていくべきなのでしょうか。宮田さんはどうお考えですか?宮田 やはり、ときにはアメリカに対しても反対の声をあげること、でしょうね。最近、イギリスの外務大臣が「対テロ戦争という発想自体が間違いだ」という発言をしました(※4)けど、日本の政治家の中でもそういう人が出てくればいいと思う。 イスラエル・パレスチナ問題にしても、日本からの発言というのは、日本の国連大使がイスラエルの国連大使に対して自重を求めたとか、その程度のものですよね。でも今、イスラエルが1300人もパレスチナ人を殺しているわけで、そのことをもっと明確に批判するような発言をしてもいいと思うんです。それに対して、国際社会からの賛同は十分得られると思うんですよ。アメリカの政策を変えるには、そうして彼らの考えがいかに国際社会において特殊かということを示して、孤立させるのが一番だと思うんです。 ※4 イギリスの〜発言:今年1月、英国のミリバンド外相は、現地の有力紙「ガーディアン」に、「対テロ戦争は誤りだった。それによって、無関係だった敵対グループが手を組み、さらに巨大化してしまった。テロに対しての軍事攻撃は問題の解決にはつながらなかった」などとするコメントを寄せた。 編集部 アメリカに追随するのでなく、日本としての姿勢をはっきりと打ち出すことで、そうして影響力を持つことができるかもしれない…。 宮田 そう思います。ですから日本人全体にも、もう少し中東問題全体に対する関心を持ってもらいたいとも思いますね。僕ら研究者の努力も足りないのかもしれませんが…。 編集部 その意味で、先日イスラエルの文学賞「エルサレム賞」を受賞した作家の村上春樹さんが、授賞式でのスピーチで、イスラエルのガザ攻撃で多くの犠牲者が出ていることに触れ、「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」などと発言したことは、非常に印象に残りました。宮田さんは、あのスピーチをどう受け止められましたか? 宮田 村上さんの発言は勇気があるものでした。受賞を拒否しろという声も日本国内にはありましたが、実際にイスラエルに行ってあのような発言をしたことの意義は大きいと思います。イスラエル政府やイスラエル人に国際社会の「常識」を、イスラエルでも評価される作家が伝えたことは高く評価すべきでしょう。 こうした行動を積み上げることで、イスラエルの思考や政策を徐々に変えていくことが重要です。
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