ベニチオ・デル・トロ主演/スティーヴン・ソダーバーグ監督作品 第1部:栄光のゲリラ戦士 「世紀の聖像」 の実像を描く キューバ革命五十周年の今年、チェ・ゲバラの映画が上映されている。タイムス紙が「世紀の聖像」の一人にあげたゲバラはいまだに全世界で人気が衰えない。帝国主義の悪を憎み正義の実現に情熱のすべてをかけ、凝縮された人生を生きた人間愛にあふれるゲバラが描かれている。ゲバラ役のプエルトリコ生まれベニチオ・デル・トロが好演している。 映画は一部・二部に分かれているがそれぞれ独立した映画で、一部は『革命戦争回想録』、二部は『ゲバラ日記(チェのボリビア日記)』と、ゲバラの著書に基づいてつくられている。 アルゼンチン生まれのゲバラは、医師資格を取得して大学を卒業後、軍医への徴用を避け、一九五三年に三度目となるラテンアメリカへの旅に出る。ボリビア訪問後、革新政策を推進するグアテマラのハコボ・アルベンス政権のもとで変革の活動に参加するが、五四年米政府が工作した反革命軍がホンジュラスからグアテマラに侵攻し、アルベンス政権は崩壊。ゲバラはメキシコに逃れる。キューバではカストロたちが五三年のモンカダ兵舎の襲撃事件で逮捕されるが、五五年、恩赦で釈放されメキシコに亡命していた。 シエラ・マエスト ラとサンタクララ 一部は、一九五五年ゲバラがカストロに出会い、五九年一月革命の勝利を決定づけたサンタ・クララの戦闘に勝利し、独裁者バチスタはドミニカに逃亡し軍事独裁政権が崩壊するまでを描いている。 ゲバラは喘息持ちの医者で、シエラ・マエストラの山中での行軍もままならなかったが、本隊と離れ別ルートで負傷戦士を担架で運びながら行軍を続けて行いく。ゲバラが医薬品箱と弾丸箱の両方を担ぐことができなくて、弾丸箱を選ぶことによりゲリラ戦士への道を選択したことや、ゲリラ部隊の道徳的な規律により逃亡や略奪が厳しく戒められるあたりがリアルに描かれている。 ゲバラはやがて第四部隊の指揮官と新兵の教育係に任命される。キューバ革命はモンカダ兵舎襲撃後につくられた「七月二十六日運動」を中心にさまざまな政治組織との間に統一戦線が結成され勝利に攻め上っていく。初めは都市で地下活動を通してストライキを準備していたリャノ派のグループが中心だったが、ストライキの失敗で中心がシエラ派、つまりカストロらのゲリラ部隊に移っていく。このことがシエラ山中の根拠地での集会で決められていく。 上陸直後の奇襲で十数人になったゲリラ部隊は、その後も農民の裏切りや密告にしばしば遭遇するが次第に支援を拡大し、ついにゲバラの部隊がサンタクララの攻略戦に登り詰めるシーンは圧巻だ。 一部では、所どころで国連総会演説など革命勝利後の対外的なゲバラの活動が映し出され、卑屈さの全くない堂々とした演説に観客は感銘を覚えるだろう。 プロレタリア 国際主義を! 一九五九年革命政権の成立後、ゲバラはキューバ国籍を与えられ、親善使節団長として世界各国を歴訪し、華々しく表舞台に登場する。国立銀行総裁・工業相に任命され、国家建設に多忙な毎日を過ごす一方、経済使節団団長として二度目の外国歴訪をする。また米州機構経済社会理事会に出席し、ケネディがラテンアメリカ諸国に呼びかけた「進歩のための同盟」を痛烈に批判した。 革命政権は農地改革・産業の国有化等の政策を実施していく中で、六一年米国は国交を断絶しキューバを空爆する。さらにCIAの画策で軍事訓練をした亡命キューバ人を先兵として空軍・海軍も動員してキューバのピラヤ・ヒロン湾に侵攻するがキューバ軍はこれを壊滅させる。この後キューバは社会主義革命を公式に宣言する。 そして六二年、キューバ危機が発生する。ソ連の中距離核ミサイル基地がキューバに建設中であることをつかんだ米国は第七艦隊を使って海上封鎖に踏み切るが、フルシチョフとケネディの秘密会談を経て、米国はキューバに侵攻しない、トルコから核ミサイルを撤去する、ソ連はキューバのミサイル基地を解体し、再び持ち込むことはしないという約束が成立。これによって、キューバは米国の軍事的圧力からは解放される一方で、「社会主義ブロック経済圏」の分業体制に組み込まれ、砂糖生産中心のモノカルチャー的産業構造を強制されることになった。ゲバラが力を注いだ工業化の道は事実上棚上げとなっていく。 その後、一九六四年ゲバラは国連総会に出席し帝国主義を批判する演説をし、またアルジェリアで開かれたアジア・アフリカ人民連帯機構の経済会議での演説では、後進国と先進国の間の不平等関係には、社会主義国といえども帝国主義国の収奪と似ている点があると批判し、社会主義国は西側との「共犯関係」をやめ、政治弾圧に対してプロレタリア国際主義にもとづく対応をすべきだと主張した。 帝国主義からの真の解放は単に独立を宣言したり、武器で勝利を得ただけでもたらされるものではないという明確な認識がゲバラにはあった。 第2部:ボリビアでの死 ゲバラが追い 求めた人間像 映画の二部は、一九六五年カストロに別れの手紙を書いてから、ボリビア軍に逮捕され処刑されるまでを描いている。 ゲバラは軍事援助を求めていたコンゴに軍事顧問団の指揮者として行くが、西側に支援されたコンゴ統一政権の発足後、アフリカ統一機構の意向でキューバ部隊は撤退する。六六年ゲバラは秘密裏にキューバに一時帰国するが、それから四カ月後、頭髪とひげをそり変装して家族との夕食をとった後、十一月ボリビアの作戦地に向けキューバを離れた。六五年、キューバでは公式の場に顔を見せないゲバラの行方について質問され、あいまいな答えしかしていなかったカストロは、この年に開かれたキューバ共産党創立大会での演説の中で、ゲバラの手紙を読み上げるのだった。 二部には華やかなシーンはない。ほとんどがボリビアでのゲリラ戦のシーンである。しかしゲバラの思想はむしろ二部の方でより鮮明に語られている。ゲバラによれば、民族解放の唯一の方法は武装闘争であり、その中核を担うゲリラ戦士は人間としてもっとも価値ある存在だった。このことをゲバラはゲリラ戦士の誇りと良心に繰り返し語りかけてきた。 ボリビアに着くとしばらくしてボリビア共産党書記長モンヘが野営地にやってきて、解放闘争の政治的・軍事的指揮権が自分にあることを主張するが、ゲバラは絶対に認めなかった。結局、ゲリラに参加していた共産党員はゲバラの方にとどまるが、共産党はゲリラの支援を断る。ボリビア人ゲリラの脱走や農民の密告など裏切りが続く。 密告とCIA による工作 ゲバラがボリビアに潜入していることは、ゲバラのゲリラ部隊に参加していたボリビア人ゲリラが脱走して政府軍に密告したことで初めて判明した。六七年三月のことだ。 それから米国のベトナム戦争経験者などゲリラ戦のプロによるボリビアのレインジャー部隊の訓練が始まる。ゲバラがキューバを離れる前に託しておいたメッセージが六七年四月の三大陸人民連帯機構の会議で読み上げられ、ゲバラはベトナム人民の英雄的な戦いを賞賛し、第二第三のベトナムを、と呼びかけたのだったが、ボリビアでのゲリラ戦はキューバのようにはいかなかった。 入国三百四十日目、待ち伏せ攻撃に遭い足を負傷したゲバラは逮捕され、イゲラという山村の泥レンガでできた粗末な小学校に収容される。政府軍将校が「農民は君らのような外人部隊が嫌いなんだ。ゲリラ戦なんかやっても何にもならない。そう思わないか」と問いかける。ゲバラは、「そうともいえるが、やがて彼らは間違いに気づくかもしれない」と答える。まるで現在のラテンアメリカを予告しているようだ。ゲバラは一九六七年十月九日に殺されるが、実は政府はこれより前にゲバラが死亡した旨の声明を出していたので、つじつま合わせのため即死を避けてゲバラのベルトより下を撃つように射撃兵は命令されたのだった。 キューバ独立 戦争とアメリカ 米国の国土は独立当時は東海岸の十三州であった。その後植民と軍事力で西方領土を獲得し、カナダを除く北アメリカ大陸全域を領土に組み入れた米国はさらに海外に触手を伸ばす。スペインとの戦争に勝利してキューバとプエルトリコの支配権を握り、フィリピン・グアム島を手に入れハワイを領有する。 この米西戦争のきっかけとなったのは、キューバ国内での対スペイン独立運動だった。戦争当初米国はこの独立派を利用した。キューバの主権を尊重し戦後はキューバ人の政府を樹立すると米国議会は宣言するが、戦後の講和条約ではキューバは当事者として認められず、戦後キューバは米国の軍政下に置かれた。軍政下でキューバ共和国憲法が作られたが、修正条項としてキューバが他国と条約を結ぶ際の制限、キューバに対する米国の干渉権、米海軍基地の設置を強制された。グアンタナモに米軍基地があるのはこのためで、キューバが返還を求めても、米国は承諾しない限り永久に借りたままでいられる。しかも借り賃は年間約四千ドルであるという。 キューバに限らずラテンアメリカ諸国は、米国との関係では似たような立場に置かれている。独立しても、実質上米国の支配下に置かれ、親米独裁政権にかわり民主的な政権が誕生すると米国の工作で軍事クーデターが起き、政権は転覆させられてきた。映画でもこのような中南米全体が受けている抑圧と収奪に対するゲバラの怒りが伝わってくる。ゲバラはこのようなラテンアメリカの苦悩と怒りを代弁しているのである。 ゲバラ、その 「不在なる存在」 米国はゲバラを生かしておいて都合に合わせて利用したかったが、バリエントス政権は即刻処刑を命じ、ゲバラは逮捕の翌日殺された。死体の埋葬場所が明かされたのは一九九七年である。ゲバラが改革を望んだラテンアメリカはその後、べネズエラのチャベス・ボリバール革命政権、先住民族大統領であるモラレスのボリビア政権、コレア・エクアドル政権、サンディニスタ・ニカラグア政権などの左翼政権やブラジル・チリ・グアテマラ等の中道左派政権の登場で、まさに反米大陸と化した観がある。 この映画を見て、以前も今も続く米国帝国主義の不正義をあらためて思った。映画が扱っている内容はある意味ではまさに現在進行形の情勢である。世界で唯一の憲兵であった大帝国・米国の支配が揺らいでいる現在、これからの世界を理解する上で非常に参考になる映画ではないだろうか。(津山時生)
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