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アムネスティ・インターナショナル ニュースリリースより転載
イスラエル/被占領パレスチナ地域 : ガザの生存者たちと語るアムネスティ調査チーム
イスラエルの爆撃の3週間後、しばらく人気のなかったガザの通りには、家から避難していた数万人の人びとが戻り始めたために、ふたたび人で一杯になっている。しかし、ガザにいるアムネスティ・インターナショナルの事実調査チームが前日に目の当たりにしたように、あまりにも多くの家がイスラエル軍によって破壊されたため、数千の人びとには帰る家がない。
最新のアムネスティ国際事務局スタッフのブログ「Livewire blog」の中でチームは、ガザ市のザイトゥン近郊に行った様子、がれきの真ん中で生存者と話した様子を記している。弔いのためのテントで、サムーニ家の生存者たちは哀悼の言葉を受け、イスラエル軍によって殺された一族の29人のためにお祈りをした。
「サラ・サムーニがわれわれに語ったところによると、イスラエル兵たちは彼らを家から立ち退かせ、サムーニの家を軍事拠点として使用した。兵士たちは、彼らに道路の向かいにある親戚の家に泊まるように言ったのだが、翌日にはそこを爆撃してきたという。何人かがその場で亡くなった。さらに、イスラエル軍は数日にわたって救急車が負傷者を移動させるため家に近づくことを許さなかったために、何人かが放置されたまま死んだ、と彼らは語った」
チームはまたガザの主要病院であるシファ病院も訪れた。そこで彼らはリンによる火傷などの傷の処置の難しさについて医療スタッフと話をした。火傷治療担当のチーフが語ったところでは、最初、スタッフたちは白リンによる傷を処置していたことに気づかなかったという。彼は、不快な臭気を放ちながらどんどんひどくなっていく尋常でないオレンジ色の火傷について説明してくれた。数時間後には、傷から煙が上がり始めたという。
「私たちは頭に傷を負った3歳の子どもを診ました。3時間後、ガーゼを換えるとき、傷から煙が立ち上りました。私たちは傷を切開し、このくさびを取り出しました。それは私たちが今までに見たこともないものでした。後に、同僚であるエジプトとノルウェーから来た医師たちがガザに入ることができ、これが白リンだと教えてくれたのです」と、医師は語った。
また医師は、「私たちはこれについて様々なことに気づきました。この火傷は治りません。リンはおそらく体の内部にとどまり、そこで燃え続けるのです。患者の状態は大体において悪化します。通常、体の表面の10〜15パーセントの火傷なら回復を期待できるのですが、今はそのような患者の多くが死亡しています」と語った。
他にも通常使用されていない兵器、おそらく高密度不活性金属爆薬(DIME)などによって負わされた奇妙な傷があり、それらについて医師たちは処置方法を知らない。「私たちは1日で8回の切断手術をしました。通常、切断手術を受けた人たちはすべて助かるはずなのですが、彼らはすべて亡くなりました。私たちには理解できないのです」と、ある医師はチームに語った。
アムネスティ発表国際ニュース
2009年1月21日
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=583