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ソマリア沖の海賊
フィリップ・レーマリー(Philippe Leymarie)
ラジオ・フランス・アンテルナショナル記者
訳:日本語版編集部
積み荷は軍用品、身代金は通常の10倍にのぼる。2008年9月25日、ウクライナの貨物船ファイナ号が、ケニアのモンバサ港に向かう途中のソマリア沖で海賊に遭った。表向きはケニア軍用の30台あまりの戦車を積み(1)、1360万ユーロの身代金を要求された同号の事件で、ソマリアの海賊行為は略奪から交戦状態へと急変した。ファイナ号は、1998年8月に自治(事実上の独立)を一方的に宣言したソマリア東北部プントランドのホブヨ港に係留された。2日と経たないうちに米艦隊が、重火器の陸揚げを阻止するために、同号の周りを取り囲んだ。
ファイナ号事件の12日前には、ソマリアの海賊が初めてロケット弾を使う事件が起きている。標的にされたのはフランスのマグロ漁船ドレネク号、ソマリアの海岸から420カイリ(750キロ)も離れた地点で、航行中の船が襲われたのは前代未聞だった。同号は難を逃れたものの、インド洋西部で活動していたヨーロッパのマグロ漁船団(フランス船とスペイン船が55隻、乗組員2000人、漁獲量20万トン)は、セイシェル諸島に撤収するはめになった。それ以前から、香港やフィリピンの化学タンカー、イタリアや日本の石油タンカーのような、「きわどい」物資を積んだ船が襲われていたことで、ソマリアの海賊は耳目を集めていた。
フランス船が拉致された二つの事件では、フランス海軍が海賊を拘束し、12人のソマリア人をパリに送致した。これも前代未聞のことだ。4月に豪華帆船ル・ポナン号、9月にヨットのカレ・ダース号が乗っ取られた時、サルコジ大統領は「犯罪が割りに合わない」ことを示すために、ソマリア沿岸で「戦争捕虜」を引っとらえるべしとの決定を下した(ことで、一部のメディアから「我が国のインディアナ・ジョーンズ」という異名を奉られた)。
12人の海賊は、故郷から7000キロ彼方のフランスの留置所で判決を待つ身であり、フランス大統領の言明によれば、ソマリアが刑の完全な執行を保証しないかぎり本国に送還されることはない。名うての海賊というより山羊飼いか漁民といった様子の12人は、支援者たちによれば、フランス司法の網の中に迷い込んでしまったにすぎない。二つの事件における彼らの実際の関与や責任の度合いは、確かにはっきりしていない。
しかし、海賊事件の経済的、政治的な重要性に比べれば、彼らの運命は取るに足らないものでしかない。プントランド沿岸には、海賊に襲われた貨物船が9月時点で10隻あまり係留されており、人質に取られた乗組員は130人を超える。国際海事局(IMB)によると、ソマリアの海賊が1月から10月にかけ、成功した襲撃事件は69件、人質にした乗組員は200人近く、せしめた身代金は1800万ユーロ以上にのぼる。
事件が特に頻発するのは、インド洋と紅海を結ぶ要衝のアデン湾であり、マラッカ海峡やギニア湾にもまさる「世界最大の危険海域」と呼ばれるようになった。ソマリアとイエメンにまたがるアデン湾は、世界で消費される石油・天然ガスの半数が通過する海路であり、年間1万6000隻、1日あたり40隻の船が利用する。
ソマリアの海賊は、2000年代の初めにはまだ、数十隻程度の漁船や沿岸警備船くずれにすぎなかった。それが拡張したのは、プントランドの有力者が支援を与えたことによる。さらに、手っ取り早い金儲けの手段として「投資家」が群がったことで、インド洋沿岸のエイルやホブヨ、アデン湾沿岸のアルーラのような小さな港を拠点として、ソマリ・マリンズや、コスティガーズといった海賊組織ができあがった。
2006年にソマリアの首都モガディシオを掌握したイスラム法廷連合は(2)、海賊活動を阻止しようとした。しかし、今日もユスフ暫定政権と武装闘争を続ける一部の指導者は、当時から海賊を資金源として利用していた。たとえば、シャバーブ(ソマリア暫定政府と交戦している若者グループ)の広報役のムフタル・ロボウは、ファイナ号への襲撃を公然と支持した。「商船に立ち入るのは犯罪だが、アラーの敵に武器を運ぶ船を乗っ取るのは別だ」と語り、エチオピア向けの武器を積んだ貨物船の放火や撃沈を鼓舞した(3)。他方、イスラム主義者を中心とした反政府連合、ソマリア新解放同盟を率いるシャイフ・シャリフに言わせれば、「おぞましい襲撃を行う」海賊の最大の動機は「欲得に駆られたから」であって、諸国は「ソマリアが彼らを掃討するのを助けるべき」である(4)。
海賊行為は、政治的に利用されている面もあるにせよ、基本的には食い詰めて死も恐れない若者が起こしているように見える。経済も行政も機能しておらず、国際社会の食糧援助に大きく依存している国で、何千もの家族の生計が海賊によって支えられている。船の乗っ取りはちょっとした産業と化している。首謀者、資金ネットワーク、探知チームからなり、レーダーに映らない高速艇が時には数百カイリの沖合にまで「母船」から出撃する。うなぎのぼりの身代金は地元経済を揺さぶり、軍閥の欲をふくらませ、果てしない内戦の続行を助長する。と同時に、世界貿易の要路の一つを脅かしている。
エリトリアがソマリア反政府勢力を支援し、エチオピアがソマリア暫定政府の防戦を助けるという構図の中で、エリトリア政府が暗に主張するところによれば、海賊に人質にされた船の一部は、自らも「強盗」に類する活動に手を染めていた。特に非難すべきは外国の水産会社であり、「主権を侵害してソマリアの水産資源を略奪している」という(5)。ファイナ号の襲撃グループの広報役は、ソマリアの豊かな漁場が先進国のクロール船に荒らされている以上、海賊行為は正しい仕返しだと主張する、この二つの主張の主旨は同じだ。
襲撃の一大拠点となっているプントランドの「政府」は、二枚舌を操っているように見える。一部の政府関係者は海賊団と通じている気配があるが、現地法によれば死刑になるはずの犯人たちを逮捕する手立てがないと政府は主張する。10年近くも国際的な承認を得ようとあがいてきたプントランドは、フランスが行った奇襲作戦のような外国の攻撃作戦に協力している。それ以上のことはしていないという点は、モガディシオの暫定政府も同じである。
2008年6月に、国連の安全保障理事会で採択された決議1816号は、国際的な海賊対策行動の嚆矢となるものだった。主導したのはフランスとアメリカであり、かなりの紛糾の後に可決した。というのもインドネシアをはじめとする諸国が、1982年にジャマイカのモンテゴベイで採択された国連海洋法条約の埒外の前例になるとして、消極的だったからだ。
国連海洋法条約では、各国の主権が及ぶのは領海および200カイリの「排他的経済水域」までであり、公海における海賊行為の取り締まりは認められていない。それが今回の安保理決議により、(唯一国際的に承認された)モガディシオの暫定政府の同意があれば、「海上における海賊行為および武力による強奪行為を取り締まる目的で」外国の軍艦がソマリアの領海に入ることができるようになった。ただし、この「追跡権」には、海賊の基地や拠点港を監視するための施設の設置は含まれない。
この決議を受け、フランスとスペインが国際海上警察の設置を提唱し、国連と欧州連合(EU)のお墨付きを得ようと動いている。EUは12月に、「EU・ソマリア艦隊」という管制部隊を発足させる予定だ。司令官にはイギリス海軍の少将が任命されており、司令部は英ノースウッドに置かれる。ファイナ号の事件を受けてインド洋に哨戒艇を急派したロシアも、米欧と同じく決議1816号の枠内で海賊への対策を講じたいと望んでいる。
当座の動きは、アメリカがアフガニスタン作戦「不朽の自由」の一環として創設し、米欧の艦艇10隻あまりからなる第150合同任務部隊(CTF-150)の任務が、新たに拡大されたことだ(が、これにより二つの活動領域が混同されることになりかねない)。この部隊は8月24日以降、ソマリアとイエメンにまたがるアデン湾600万平方キロメートルの海域を「海上保安巡視地帯」に定め、バーブ・ル・マンデブ海峡近辺の航路の管制に努めている。北大西洋条約機構(NATO)も同じ海域に、フリゲート艦7隻の艦隊を11月から展開する。
EUは他方で、ソマリア沖で活動する加盟諸国の海軍を相互調整し、世界食糧計画(WFP)の貨物船など特定の通運を保護するために、小規模の特設チームを立ち上げた。何度も海賊に襲われたWFPの貨物船には、2007年11月から、フランスとデンマーク、カナダの海軍が護衛についている。海路で搬入されるWFPの援助物資のおかげで、毎月100万人のソマリア人が食いつないでいるが、世界的な食糧危機の発生によって、援助を必要とする人の数は年末までに250万に増えるとWFPは予想する。
この広大な海域を通る船を逐一護衛するというのは無理な話であるため、最も標的にされやすい船、つまり速度が遅く、喫水線が低く、「きわどい」物資を運ぶ船の場合だけでも、船隊を組むべきだという意見が改めて出されるようになった(6)。しかしながら専門家の中には、船隊の編成は減速と費用増をもたらすうえに、レーダーやAIS(船舶自動識別システム)、GPS(全地球測位システム)などのハイテク機器を備えた海賊に探知されやすくなると言う者もいる。また、回遊魚群を追って単独で行動する大型マグロ漁船にとっては、他の船の網や綱が邪魔になるため、船隊を編成しても解決策にはならない。
フランスの場合、フランス海軍が「自主的海上管制」という位置付けで商船の航路を監視し、船会社との協定に従って船の動きを追い、必要に応じて誘導している。このため、船が襲撃された場合に短時間で出動でき、場合により特定の海域で並走することも可能になっている。武器を輸送する場合は、ソマリアの海岸からなるべく離れたところを航行し、旧式のレーダーを使い、見張り番を絶やさないようにとの勧告が、国際海事局から出されている。アメリカやロシア、イスラエルの商船の中には、自衛のために武器を備えているものもあるが、フランス船をはじめとする商船や漁船のほとんどは、火に油を注ぐ事態となることを恐れて、武器を積んだり民間警備員を雇ったりという措置は取ろうとしない。WFPの貨物船には、周知のように、フランスの特別部隊が同乗することもある。
イエメンは、自国の沖合で頻発する事件への対策として、三つの海賊対策センターをアデンその他に設置することを9月に決定した。フランスの民間警備会社セコペクスは、沿岸警備部隊の創設に関する契約をソマリア政府と交わした模様だ。米英の警備会社も武装警備の提供を開始し、「海の傭兵」とも称されている。
一時的な解決を超えて、海賊という災厄を長期的に防止する道は、プントランドが政体として承認されるか、ソマリアの問題含みの統一が実現するかしたうえで、17年にわたる内戦で荒廃したソマリアへの国際支援を大々的に実施するしかない。5年前には年間50件もの海賊事件が起きていたマラッカ海峡が「鎮静化」に至ったのは、シンガポール、マレーシア、インドネシアという沿岸諸国が情報を共有し、巡視活動を共同で行ったからだ。つまり「強力」な国家が相互に協力することが必要なのであり、ソマリアの海賊に関する同様の解決は期待できない。
公海での国際的な対策行動や、沿岸諸国の地域協力に加え、沿岸警備員を養成する学校の設立を主張する者もいる。対象として想定されているのは、漁師になるか、海賊になるかで思い悩んでいるような、現地の若者たち自身である。
(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2008年11月号)
All rights reserved, 2008, Le Monde diplomatique + Shimizu Mariko + Tsutchida Osamu + Saito Kagumi
1981年 | 国際商業会議所(ICC)の下部機関として国際海事局(IMB)を設立。 |
1982年 | ジャマイカのモンテゴベイで国連海洋法条約を採択、海賊行為に対する軍事介入についても規定。 |
1988年 | 国際海事機関(IMO)で「海洋航行の安全に対する不法な行為」に関するローマ条約を採択、海賊の身柄引き渡しが締約国間で可能に。アジア諸国でこの条約を批准したのは中国と日本のみ。 |
1992年 | 海賊行為の増加を受け、マレーシアのクアラルンプールにIMB海賊報告センターを設立。 |
1994年 | アリシア・スター号襲撃事件で、中国海軍部隊の海賊行為関与が明らかに。 |
1998年 | 「船体、積荷もろとも行方不明」となっていたテンユウ号が、中国の張家港に漂着。 |
2000年4月 | 東京で開催されたアジア海賊対策国際会議に16カ国の沿岸警備隊の代表が出席。共同巡視体制の発足には至らず。 |
2002年 | 国際海上作戦部隊、第150合同任務部隊(CTF-150)の創設。アフガニスタン作戦「不朽の自由」を支援し、インド洋からオマーン湾を経て紅海に至る海域の巡視活動を行い、海賊からの防護にも当たるもの。 |
2003年 | 上半期に記録的な数の海賊行為が発生。海賊による襲撃事件234件、死者16名、負傷者52名、人質に取られた乗組員193名。 |
2004年1月 | 石油タンカーのチェリー201号がマラッカに向けて航行中に襲撃され、乗組員4名が海賊に殺害される。 |
2004年4月23日 | ナイジェリアのデルタ州ワリ市付近で、海賊が石油会社シェヴロン・テキサコの船を襲い、7名を殺害。 |
2004年7月 | 「マルシンド」作戦の開始。マレーシア、インドネシア、シンガポールがマラッカ海峡で共同巡視活動を展開。 |
2005年 | ロンドンの海上保険会社の業界団体である合同戦争委員会が、マラッカ海峡を「戦争リスク海域」に指定。これにより、保険会社が保険料の割り増しを要求できるように。 |
2006年3月 | CTF-150の複数の巡洋艦がソマリアの小型船と武力衝突。 |
2008年4月 | フランス船籍の帆船ル・ポナン号がアデン湾でソマリアの海賊に襲撃される。身代金の支払後に人質解放。 |
2008年6月12日 | 国連安全保障理事会が決議1816号を採択。ソマリア政府の同意のもと、外国の軍艦がソマリア領海に立ち入れるように。決議の効力は6カ月で、延長可能。 |
2008年9月 | 世界食糧計画(WFP)の人道援助物資の輸送船を守るため、欧州連合(EU)が各国部隊調整チームを創設。 |
2008年10月 | 国連安保理が全加盟国に、ソマリア沖の海賊に対処するように呼びかけ。 |
(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2008年11月号)
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