シェルブールの停電事件 その朝の時刻に、いきなり工場の電気がパタリと止まった。一斉に、すべての電気が切れたのである。工場内に、血の凍るような戦慄が走った。
それはただの停電と呼ぶべきものではなかった。モーターの音が切れ、ポンプが回転を止め、ファンがゆっくり静止すると、電灯のあかりもなくなった建物は浅い静寂のなかに置かれてしまった。
だがこの静寂は、人のまわりに観察された現象だ。
高レペルの廃液は、ポンプで送り出される水によって冷却されていた。そのポンプが回転を止めると、廃液が自分で音を立てはじめた。液体のなかから湧き出てくる熱がどこへも伝えられず、次第に内部にこもってくる。
この電源は、フランス全土に向けた高圧送電線のネットワークから送られていたもので、ちょうどこの工場に向かう一本に故障が起こった。しかしこのような事態は、当然予測されていた。
主電源が切れると、ただちに電源スイッチが切り替えられ、非常時のために用意されていた自家発電機が、轟然と音を立てて回りはじめた。工場のなかに灯りがともり、すべての機械が回復すると、モーターが再びうなり出し、ポンプが大量の水を送りはじめ、ファンが回り出した。
高レペルの廃液は、早くもすでに冷却され、表面から立ちのぼる爆発性のガスがファンで外へ送り出された。工場内に走った緊張は、一瞬のうちに解かれたのである。
そうこうするうち、故障を起こした主電源もようやく修理が終り、もと通り、こちらが再び電気を送りはじめた。もはや、心配することは何もなかった。しかし、あろうことか、この修理が予期せぬ事態を招いたのである。
主電源が回復したのに、自家発電機のスイッチを切らなかった。
自家発電機は相変らず轟然たる音をたて、工場に電気を送り続けていた。その同じ回路に、もうひとつ、主電源からの電気が流れ込めば、どのような結果が引き起こされよう。あってはならないことだった。巨大な電圧が両方からドッと作用した。
その結果、主電源のトランスが破壊され、おそろしい電圧を受け止めきれずに工場じゅうのあちこちで猛烈な火花が散ると、やがてその部分が火を噴きはじめ、遂に末期的な事態が襲いかかってきた。実際、電気の流れが至るところで切断されてしまったのである。
そのため、自家発電機も完全にストップした。
ラ・アーグ再処理工場は、このふたつ以外に電気を送り込む術を持っていなかったが、そのふたつが同時に破壊されてしまった。
すでにこのとき、全世界破滅の時限爆弾は秒読みに入っていた。だが、このような緊迫した状態ではあり得ない不思議な静けさが、工場を支配したことも確かだった。これは、重大事故だ。そのようなとき、工場内には警報が洪水のように鳴り続け、人びとに「緊急避難」の放送がおこなわれるだろう。しかし
ラ・アーグでは、警報も停電していた。
放射能を監視する計器類も止まっていた。記録計のペンも動かなかった。一体全体、工場でどのようなおそろしいことが進行しているか、一切わからないのだ。しかし何かが起こっていることは間違いないという無気味な恐怖に襲われた人びとは、この工場が抱え込んでしまった廃棄物の量を思い起こしていた。もしこのまま手を打つことができないまま事態が進行すれば、広島に投下された原爆を何万ダースも集めた量に匹敵する"死の灰”が、すっぽり地球を包むことになるだろう。
高レペルの廃液は、今度こそグツグツと音を立てはじめた。人びとが最もおそれていた事態に近づいていったのである。液体が沸騰しはじめ、なかに含まれていたセシウムが蒸気となって出はじめていた。これは、致死性の猛毒ガスだった。そのガスが、もうもうとタンクから立ち昇った。
≪続く≫