裁判員制度の制度設計の誤りについて改めて考える
裁判員制度に批判的な超党派の国会議員でつくる「裁判員制度を問い直す議員連盟」は、議員立法で「施行時期は法律で別途定める日まで延期」することを内容とする凍結法案を、5月の連休明けにも提出する方針を決めているが、これによって裁判員制度が凍結される可能性は低いと言わざるを得ず、今のところ、裁判員制度が実施されることは避けられない見通しである。
この制度には色々な問題点や欠陥があるが、ここでは、特に制度設計として大きな誤りを犯したと考えられる点について、改めて指摘しておきたい。
第1には、責任能力が争われる刑事事件を対象にした点である。
裁判員法は、裁判員裁判の対象事件を、死刑又は無期刑に当たる罪と短期1年以上で故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪とするだけであるから、自白事件か否認事件かを問わず対象となるし、統合失調症などを理由に責任能力がなかったとして無罪を争う事件も当然に裁判員裁判の対象事件となっている。
しかしながら、全国各地で行われた模擬裁判においては、裁判員役の市民の中で、心神喪失を認めながら有罪を主張した人がいると言われている(東京新聞2009年4月11日付朝刊)。
元々、責任能力や心神喪失という概念は市民には分かりにくい。人を殺しておきながら、刑事責任が問われないのは被害者が「やられ損」ではないかという素朴な疑問が出るのもやむを得ないと考えられる上に、統合失調症などの精神症状についても理解がない市民が、責任能力が争われる刑事裁判を裁判員として担当するのはあまりにも負担が重すぎるというのも理解できるところである。
第2に、少年の刑事事件を対象にした点である。
2000年の少年法改正によって、18歳以上の少年については原則逆送制度が導入されたことから、故意によって被害者を死亡させた事件の多くが刑事裁判となり、裁判員裁判対象事件になることが予想される。
ところが、少年の刑事事件では、少年の生育歴などから、もう一度、家庭裁判所に少年を戻して保護処分(少年院送致など)を受けさせるべきであるとして争われることがある。
その場合、裁判員は、その少年である被告人について、保護処分が相当か、刑事処分が相当かを判断することが求められるが、それを判断するためには、その前提として、少年法や少年事件についてのある程度の理解が不可欠である。
また、少年事件については、家庭裁判所の調査官が詳細な調査を行い、その結果をまとめた少年調査票を作成するが、それを裁判員裁判の公判廷において証拠として取り調べて全文朗読することは、その少年の生育歴等のプライバシーが全て暴かれることになりかねない。
すなわち、少年の刑事事件においては、成人事件と異なって、少年の生育歴等を法廷で明らかにすることによって少年のプライバシー侵害という事態が生じるとともに、他方で、少年の生育歴等を知らなければ保護処分と刑事処分のいずれが相当かを判断できないというジレンマを抱えている。
第3に、裁判員に量刑判断までさせることにした点である。
英米でとられている陪審員制度では、原則としては有罪・無罪の判断についてだけ陪審員が関わり、量刑は裁判官が判断している(アメリカの一部の州では、死刑か否かについて陪審員が判断している)。
これに対し、裁判員制度では全ての事件について、裁判員は、有罪・無罪の判断だけでなく、量刑判断まで行うことになっている。
しかしながら、量刑判断というのは、個々の事案における被告人の資質や環境などを踏まえて判断すべきことであり、極めて難しく微妙な判断が求められる。
しかも、我が国では、死刑か無期かが争われるような重大な犯罪について裁判員制度を導入したために、裁判員が、目の前の被告人を死刑にするか無期にするかが迫られる難しい判断が求められる。結果は多数決で決められるため、死刑に反対した裁判員が、その被告人が死刑執行されたことを知って、精神的な呵責を覚えたり、苦しい思いをすることも大いに予想される。
死刑か否かの判断にも関与するカリフォルニア州の陪審員が、死刑評決をした後に、PTSDにかかったり、自殺する者もいると言われており、陪審員の精神的ケアのための専門のカウンセラーもいるようである。我が国の裁判員制度では、そのような精神的ケアの態勢が極めて不十分であるし、そもそも、そのような苦痛を与えるような制度設計をしたことについて大きな疑問がある。
このように、まもなく始まる裁判員制度には、そもそも制度設計において、大きな誤りを犯していると言わざるを得ない。このことは、今後の運用の中で、やがては裁判員制度そのものへの疑問に繋がる可能性がある位大きな問題であると考えられる。
しかしながら、そのような矛盾や問題を抱えながら、裁判員制度はスタートしてしまうだろう。私たちは、膨大な予算を投入して幻想を振りまかれる裁判員制度に対して、批判的な立場から、その運用状況に目を光らせる必要があるだうう。
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