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小田嶋隆のア・ピース・オブ・警句---【踊る阿呆の「祭り」のあとに】---(日経ビジネス)
http://www.asyura2.com/09/social7/msg/481.html
投稿者 梵天 日時 2009 年 10 月 04 日 22:24:46: 5Wg35UoGiwUNk
 

出典 http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090828/203664/?P=1

小田嶋隆のア・ピース・オブ・警句
  【踊る阿呆の「祭り」のあとに】----(日経ビジネス)
                     小 田 嶋 隆

                       2009年8月31日(月)

 総選挙の結果がいずれに転んでいるのか、これを書いている私はまだ知らない。

 この原稿がウェブ上に公開される頃(月曜日の未明)には、大勢が判明しているはずなので、選挙結果を確認した上で、アップ1時間前ぐらいのタイミングで最終稿に手を入れることは、原理的には可能だ。が、そういう手間をかけるつもりはない。
私はカトリック系の幼稚園に通った人間で、日曜日は神様だって休んだという教えだけは、死守しているからだ。
それに、当テキストは、選挙の結果とはあんまり関係がない。

「選挙運動とウェブ社会」「政治とインターネット」ぐらいな話題には若干触れることになるだろうが、それとて、今回の選挙の個別的な結果とは無縁な話題だ。
ともあれ、麻生さんは自○自○だった。お疲れさま。○には好きな字を入れてください。
自由自在。自業自得。自縄自縛。自民自慰。自給自足。自画自賛。自立自尊。自学自習。自責自刃。自暴自棄。自派自爆。自作自演。
いずれでも、お好きな言葉を。


 今回は、「祭り」について考えてみたい。

 リアルな「祭り」ではない。三社祭やYOSAKOI騒乱もそれはそれで面白い題材だが、私が俎上に上げたいと思っているのは、インターネット上に設置された匿名の巨大掲示板である2ちゃんねるの「祭り」だ。

 2ちゃんねるの用語辞典である「2典PLUS 」は、「祭り」について「 現在進行のイベント、事件などについて特定のスレ上でもりあがること」と説明している。
ここでいう「スレ」は、「スレッド」の略。「スレッド」とは、ジャンル分けされた掲示板(←「板」と呼ばれる)の中の1個のページに相当するものだ。
2ちゃんねるは、1スレッドにつき1000件の記事が書き込める仕様になっている。なので、短期間のうちに特定のスレッドに、書き込みが集中すると、スレッドはまたたく間に消費され、「○○スレ2」「○○スレ3」というように、次々とナンバリングされた続編スレッドが立てられることになる。
この、書き込みの集中によるスレッドの過剰消費および乱立状態を指して2ちゃんねるの人々は「祭り」と呼んでいるのである。

 2ちゃんねるでは、たとえば、どこかの誰かが問題発言をしたり、社会的に注目度の高い事件が起こったりすると、その話題についてのスレッドは「祭り」状態になり、一日か二日のうちに10スレ、20スレとスレッド数を重ねることになる。


 「祭り」は、珍しい現象ではない。

 「アニメ」「児童ポルノ」「少年犯罪」「モー娘。」「石原閣下」「筑紫さん」「ガンダム」など、インターネット文化との親和性の高い話題や、「2ちゃんねる」自身についての情報を含んだ自己言及的なニュースが祭りになりやすいという傾向はあるものの、祭りの規模は、おおむねスポーツ新聞の見出しの大きさに比例している。

 「祭り」は、2ちゃんねる市民(「2ちゃんねらー」と自称していたりする)の関心をダイレクトに反映した、自然発生的な現象であるとも言える。
祭りの噂が祭りの勢いを加速させるという自家中毒的な傾向はあったが、それは現実社会でも同じことだ。
行列は行列を呼び、人混みは人混みを吸い寄せ、野次馬は野次馬を引きつける。
鏡を見て興奮するガマと一緒。そもそも阿呆でなければ踊らない。そういうことになっている。

 が、選挙を間近に控えて、掲示板の様子は違ってきていた。
 具体的に言うと、掲示板自体が、政治的なプロパガンダの場に変貌していたのである。
 で、「祭り」の様相も、「デモ」や「街宣」に近い、キナ臭いものになっていた。

 こんな短期間のうちに、これほど露骨な変化が起こったのは、おそらく2ちゃんねるの歴史の中でははじめてのことだと思う。

 たとえば、投票1週間前の「ニュース速報+」板は、自民党支持の2ちゃんねらーと、民主党支持の2ちゃんねらーが双方の党首や候補者や政策を攻撃するためのスレッドが乱立して、板自体が落ちる(←書き込みの総量が一定の限界を超えて、負担に耐えかねたサーバがダウンする現象)ことさえあった。

 ここで、一応解説しておくが、2ちゃんねるの掲示板は、話題ごとにジャンル分けされている。

 たとえば、「ニュース」全般は、「ニュース」という「カテゴリー」(大分類)に分類され、その中に、「ニュース速報」「芸スポニュース」(芸能スポーツ)「科学ニュース」といったような、より細かくカテゴライズされた「板」が並立している。

 で、その板(たとえば「ニュース速報+板」)の中に、個々の話題としての「スレッド」が立つわけだ。
 
 ちなみに「ニュース速報+」における「+」(プラス)の意味は、「この板は、キャップ(資格)を持った『記者』と呼ばれる人間だけがスレッドを立てる権利を持っている板だ」ということ。資格制を持ち込むことで、些末なスレッドが立つことや、板全体がスレ立て合戦に陥るリスクを避けるということなのだそうだ。

 とはいえ「記者」も、色々だ。

ある記者には「特定の思想や立場を推進することを旨とした工作員」なのではないかという疑惑がつきまとっているし、別の記者は「一人の人間ではなくて、一つの記者名を何人かのグループが共同運営している」と噂されている。事態は単純ではない。

 とにかく、+の記号が付加された板には、ある程度の公共性がある、ということらしい。
 私個人は半分ぐらいしか信用していないが。


 で、その「ニュース速報+」の板が、この半月ほど、えらく荒れていたわけです。

 通常の状態では、政治の話題は、全体の3分の1にも満たないのだが、ここしばらくは、ざっと見て政治ネタが3分の2を占有していた。
しかも、そのスレッドが、いちいち祭り状態にあって、消費が異常に速かった。

 たとえば、8月の半ばには、「日の丸スレッド」が93スレッドを消費している。
 これは、民主党のある支部が、民主党の党旗を作るために日の丸を改造(「切り刻んだ」と言われている)したとされる事件を発端に立てられたスレッドで、後に、民主党がその党旗の写真をHPから削除したということで、さらに祭りが大きくなった。

 無論、切り刻んだ相手が国旗なのだからして、怒る人々が大勢いたことは想像に難くない。
 が、それにしても、スレッドの伸び方は異様だった。

 途中から、通常の意味での書き込みは影をひそめ、スレッド数を伸ばすことを自己目的化したかのような、コピペ(同じ内容のテキストや絵をコピー&ペーストする行為)だらけになって行った。
 
 世間は、静かだった。

 2ちゃんねるがサーバーが落ちるほどの騒ぎになっている一方で、新聞は党首討論でこの話題が出たことを報じた後、ほとんど続報を流さなかった。テレビも同様。ほとんど時間を割いていない。


 であるから、2ちゃんねるでは、スレッド数が50を超えた頃には、「新聞は事態を黙殺している」「テレビは報道から逃げている」と、2ちゃんねるとマスメディアの温度差について言及する意見が目立つようになっていた。
 
 8月の20日過ぎには、今度は、麻生総理の失言(学生を集めたイベントで、学生の質問に対して「金が無いなら結婚はしない方が良い」と答えた)をとらえたスレッドが、67まで数を伸ばした。

 このスレッドでも事情は同じで、麻生非難派と擁護派の書き込みは、途中からほとんど同じセリフのコピペに終始するようになる。
この場合も、「スレッド数の増大」が自己目的化し、「祭り」は、もっぱら「祭りの拡大」のために開催されている状態になった。

 無論、ずっと昔から、2ちゃんねるは、プロパガンダの舞台だったし、商品宣伝の最前線でもあれば、悪意あるゴシップの温床でもあった。
「祭り」にしても、一般人の関心とはまるで別なところで起こっているものが少なくなかった。

 たとえば、「左翼対右翼」、「サカ豚(サッカー豚→狂信的サッカーサポ)vs焼き豚(野球豚→カルト的野球ファン)」、「アンチダウンタウン」VS「アンチとんねるず」、「SMAP婆VS嵐婆」、「ジャニオタVSアンチジャニ」といった、不毛な対立を孕んだタイプの論争は、祭りになりやすい。
対立する陣営の一方が大量書き込みをしてきた場合、もう一方の陣営が黙っていると、その場で「負け」が決定してしまうからだ。で、いきおい、一般人にはどうでも良いような不毛な論争に、とんでもない数の書き込みが蝟集することになり、そうしたスレッドは、無責任な煽りや野次馬を含めて、さらに繁盛することになる。

 公の場所では口に出せない感情や、マスメディアが報じないあれこれが人気を集め、差別、偏見、暴力およびエログロナンセンスないしはロリータ趣味やSMのような変態趣味が注目を引く。
でもって、人種や民族への罵倒が同志を糾合し、怒りや嫉妬や恨みみたいな、そうしたネガティブな情報が客を呼ぶ傾向が顕著になってもいた。

 とはいえ、どんなに荒れているように見えても、全体から見れば、その種のネガティブな祭りは、やはり圧倒的な少数ではあったのだ。

 それが、今回のプロパガンダ合戦を通じて、徐々に占有率を高めてきている。私にはどうしてもそう思える。


*   *   *


 2ちゃんねるの世論は、不思議なことに、総アクセス数が増えるにつれて、一般と遊離してきている。

 私が個人的に抱いている感じでは、ずっと昔、2ちゃんねるがまだオタクの巣窟と呼ばれ、引きこもりやニートのメディアと見なされていた時代の方が、むしろプレーンなカタチで世論を反映していた気がするほどだ。

 たとえば、私が自分のホームページを始めたころは、2ちゃんねるは、まだ一般人には敷居の高いメディアだった(2ちゃんねる開設は1999年5月)。なにしろ、インターネットに常時接続でぶら下がっている人間の数自体が、圧倒的に少なかったわけだし。

 だから、当時の2ちゃんねるは、今と比べてずっとオタク寄りだった。アニメやコンピュータに寄り添った話題の多い場所でもあった。

 が、それはそれで世論をビビッドに反映しているところもあって、私自身、芸能ニュースやタレントの話題性を判断する際には、2ちゃんねるのスレッド消費スピードを参考にしていた。いまにして思えば、不見識だったかもしれないが。

 が、ここ数年、2ちゃんねるはおかしい。
 出入りする人間の数が増えて、客層もずっと幅広くなったはずなのに、話題は、むしろ偏ってきている。

 簡単に言えば、2ちゃんねるは、ある時期から、プロパガンダの場所になったということだ。

 今回、選挙をめぐる騒動を通じて、2ちゃんねるが進んでいる方向は、ある程度はっきりした、と私は考えている。


*   *   *


 故筑紫哲也氏が、ネット言論を評して「便所の落書き」と言った時、ネットワーカーを自認していた私は、大いに反発したものだった。


「オレらの言論が便所の落書きだというのなら、あんたは便所そのものじゃないか」

 と。

「オレたちは、確かに便所の壁に言葉を書き連ねている通りすがりの素人かもしれない。 でも、あなたたちが自分たち専用の器を通じて専用の管の中に流し込んでいるアレは、いったいどういう素性の言論なんだ?」
 
 もちろん、当時と現在では、事情が違う。
 ネット言論に対するマスメディアの側からの攻撃の質も変わってきている。

 筑紫翁がネットを嘲笑した当時、マスメディアのネット批判には、なんとも言えないイヤな響きがあった。

 筑紫さんの口吻のうちには、専門のジャーナリスト教育を受けていない者に対する侮蔑があり、筋目のマスメディアに属していない者が社会に向けて発言することに対する嘲笑があり、なにより「発言者」と「聴衆」が豁然と分かれていた時代に長らくオピニオンリーダーの地位に在った者特有の奢りがあった。

 しかも、マスメディアの人間は、批評する側に立っているくせに(あるいはそれゆえに)、他人の評言には無防備で、ひどく傷つきやすかった。
 そこが、われわれパンピーからすれば、滑稽に感じられた。

「えっ? もしかして、てっちゃんはスネちゃったのか?」

 テレビの有名人も同じだ。
 普段、一般人の憧れの視線の中で暮らし、スタジオのお世辞の雨を呼吸している彼らは、ちょっとした非難にたやすく激高する。

 ぜひわかってほしいのは、ネットの中には有名人のみなさんに対する特別な悪意があるわけではない、ということだ。
 彼らは心の内にあることを、無遠慮に書いているだけなのだ。

 ただ、現実社会に生きている人間は、ふつう、他人の率直な評言を聞く機会を持っていない。
 陰口は、陰で言って楽しむためのもので、本人の前でそれを明言する日本人はとてもとても限られているからだ。

 しかし、ネットにアップされた陰口は、うっかりすると本人の目に入ってしまう。
 有名人の場合は特にその危険性が高い。
 私のような、プチ半端有名人でさえ、

「オダジマは、なんだかヤバい感じで太って来てるな」
「それにハゲてきてるし」

 ぐらいな文字は、時には目にしなければならない。
 これは、なかなかキツい体験だ。


 おそらく、何十年間もの間「お会いできて光栄です」「うわあ、本物だああ」みたいな、そういうお世辞ばかり聞いてきた村上龍とかみのもんたぐらいな立場の人間が、

「氏ね」

 とか書かれているのを見たら、そりゃショックを受けるだろう。その気持ちはわかる。

 が、書き込んでいる側は、ぜひ氏んでほしくてそう書いているのではない。

 テレビ司会者のような存在に対して、視聴者が辛辣であるのは、なにもネットができて以来の新傾向ではない。
 私が高校生だった当時から、放課後の高校生は、既に、どうしようもなく残酷だった。

「Sスケって、足の裏みたいな顔してるよな」

「ははは。きっとそういう匂いもしてると思うぞ。テレビじゃわからんけど」

 ただ、われわれのそうした辛辣な会話は、せいぜい教室の裏黒板に書かれるだけで、全世界に発信されなかった。それだけの違いだ。

 現在、みの氏に対して殺意に似た暴言を弄している彼らとて、まさか本人が読むとは思っていない。
だからこそ、放課後の高校生と同じ気分で、自らの毒舌を楽しんでいる、それだけのことなのだ。

 ともあれ、インターネットの誕生以来、ネット言論に対して、マスメディアの側から為されてきた攻撃は、一種の防衛機制であり、過剰反応であり、彼らが世間に対してやってきたことの裏返しに過ぎなかった。

だから、ざまあみろ、で片付けて差し支えない。そう私は考えていた。

 が、状況は変わりつつある。

 ネット言論は、なんだか非常にやっかいな化け物に成長しつつある。

 この点は、筑紫翁が言った通りになりつつある。
 ただ、ポイントは違う。

 ネット言論の危険性は、それが無邪気な便所の落書きであった時代を終えたところから始まっている。

 どういうことなのかというと、ネット上の情報がネットワーカー個々人の個人的な悪意や、毒舌や、怨念を反映している分には、それはたいして有害ではなかった(まあ、それでも十分に不愉快ではあるのだが)ということだ。

 ネット情報が危険になってきたのは、それが、商業的ないしは政治的な意図を抱いた人々によって、組織的かつ周到に利用されつつあるからだ。

 もともとネットは、やっかいなおもちゃだった。

 たとえば、日本プロ野球機構が、野球のオールスターのファン投票の手段として、ネット投票を大々的に導入していた時代があった。

 これは、大失敗に終わった。

 というのも、いたずら好きの一部の連中が、「オールスターにふさわしくない選手」に狙いをつけて、一斉に投票をしたからだ。
 結果、グラビアアイドルとのスキャンダルがささやかれていたある選手(当時、二軍に所属していた)が得票数の一位を獲得したのである。

 オールスターゲームは、インターネット以前から「組織票」の弊害に悩まされていた。
 〆切日直前に、特定チームのスターティングメンバーを全員選択して投票するテのハガキが大量に投函されて、その結果、ファン選出選手がひとつのチーム(ええ、阪神ですとも)に偏在してしまうといった「事故」が過去、何度か起こっていたからだ。

だから、プロ野球機構がインターネット投票を取り入れた背景には、彼らがこの種の「一部ファンによる組織票」を無効化したいと考えていたからでもあったのである。

 ん? どうして、インターネット投票を導入すると組織票が無意味になるのかって?
 彼らは、こう考えたのだ。

「インターネットでの投票は、ハガキや投票用紙での投票と比べて、手間もかからないしお金もかからない。だから、よりたくさんのファンが投票してくれるはずだ」

「狙い通りに、インターネットを通じて一般のファンが大量投票をしてくれれば、一部の心ないファンの偏った投票は、パーセンテージとしてごく小さいものになる」

 と。

 でも、結果は違った。

 「インターネットによる投票が、ハガキに比べて、より簡単で金がかからない」というところまでは、プロ野球機構の想定通りだった。が、その結果、「一部の心ないファンの投票が、圧倒的多数を占めるに至った」のである。

 なんとなれば、インターネットでは、一人が200回投票することもさして難しくないし、なにより、ネット上の投票は、公式の投票用紙を入手する手間もなく、ハガキ代を負担していないファンが(ということはつまり、野球に対して情熱も愛情も持っていない人間が)、マウスをクリックすればそれで成立する、あまりにもノーリスクな仕事だったからだ。

 以来、インターネットでの投票にはいくつかの制限が設けられるようになって、一人の人間が他人になりすまして大量投票することは難しくなり(どうせ、抜け道はあるわけだが)、結果、奇妙な投票結果が出ることは無くなった。

 野球界は、はひとつの教訓を得たわけだ。


 iTMS(アップルによる音楽配信サービス。iTunes Music Store)の日本語版が発足した時にも、似たような事件があった。

 もっとも、この事件はオールスターの例ほど悪質だったわけではない。どちらかといえば、茶目っ気があって、おしゃれないたずらだった。

 iTunes Music Store オープンの初日、2ちゃんねるでは、

「おい、松崎しげるの『愛のメモリー』がなぜかベスト10にはいってるぞ」

 という書き込みが大量に発生して、ウォッチャーの注意を促していた。
 と、じきに、

「いっそ、オレらの力で松崎のアニキを1位に祭り上げようぜ」

 と、そういう声が上がりはじめ、

「よっしゃ。オレも男だ。記念にワンクリック」
「オレも買うぞ」

 と、追随者が出るうちに、アニキの30年前のシングル曲は、本当にランキングの一位に上ってきた。

 と、さらに祭りは加速し、結局、「愛のメモリー」は、発足4日目に、100万ダウンロードを達成するに至ったのである。

 ちなみに私も買った(笑)。うん。面白そうだったので。

 最初の段階で、松崎しげるの楽曲がベスト10に入っていたことについて組織的な関与があったのかどうかはわからない。
偶然とは考えにくいが、あるいは何らかの集計ミスだったのか、それとも、本当にどこかの誰かが大量に買っていたのかもしれない。いずれにしても、途中からは、まったくの人為的な運動として、ランキングは「作られた」のである。

 これなどは、無邪気ないたずらと言ってしまえば、それだけの話ではある。

 が、この事件は、2ちゃんねるの人間の中に、独自の自意識があることをある程度証明していると思う。

 彼らは「オレたちが一致団結して行動すれば、なんだってやれるんだぜ」と、そんなふうに考えることを好む。
 それが事実であるのかどうかはともかく。

 おそらく、2ちゃんねらー自身が自分たちのパワーを意識しはじめた頃から、この掲示板には、その力を利用せんとする人々を蝟集する奇妙なパワーが宿りはじめたのだと思う。

 で、結果として、ネトウヨが集まり始めたのだと思う。

 ネット右翼が、そのクリック数やアクセス数やメール本数に相当するだけの人数を本当に持っているのかどうかは、実際にオフで(非ネットで。つまり、現実社会で)集合した実績がすくないので、はっきりとしたことはわからない。

 もちろん、それなりの影響力はある。

 たとえば、彼らは、麻生首相について、一貫して熱心な支持を表明しており、このネット上の支持は、マスメディアでもしばしば引用されてきた。

 3月には2ちゃんねるの「祭り」によって、すでに旬を過ぎて死に体だった著作『とてつもない日本』がいきなりアマゾンや紀伊國屋書店のランキング上位に入るくらい売れた。

 「ニコニコ動画」(2ちゃんねるの初代管理人である「ひろゆき」氏が「監修」という立場で参加している動画配信サービス)が実施した、ネット世論調査では、ニコニコ動画ユーザーの麻生内閣支持率は、5月28日の段階で、36.5%という高い数字(男性に限ると42.7%)を記録している。

 ちなみに、ほぼ同じ時期(6月13〜14日)に朝日新聞社が実施した調査における、麻生内閣の支持率は19%に過ぎない。そして、もちろん、アニキの歌同様、特定の店でのベストセラー順位程度は、少人数の組織的な購入で容易にいじれる。

 あるいは、麻生さんは、ここのところを読み違えたのかもしれない。

「ほら、若い人たちは、こんなにオレを支持してくれている」

 と。確かにアキバでの街頭演説や、ネット上の調査結果を見ていると、新聞の世論調査の方がむしろバイアスのかかったインチキに見えてきたりするわけだから。

 ほかにも、ネット上のアンケートは、安部元首相や石原慎太郎氏など、特定アジア(←ネット右翼が考案したとされる言葉。アジア諸国の中で、特に反日的な特徴を備える極東の三国、韓国・北朝鮮・中国を指す)に対して強硬な態度を示す人物に対して、一貫して好意的な反応を示すことになっている。

 特に、石原慎太郎氏は、「閣下」と呼ばれていて、若い人たちに人気が高い。

 もっとも、彼らが、本当に石原都知事の政策を支持しているのか、それとも、単におもしろがってクリックしているだけなのかは、誰にもわからない。少なくとも、現時点では、まだはっきりしていない。


*   *   *


 ネット右翼が大量発生しているのか、少数のネット右翼が、大量書き込みをしているのか、本当のところはわからない。
結局、ネットというのはそういう場所なのだ。

 リアルな世界では、一人の人間の叫びは、一人分の声にしかならない。
 が、インターネットの世界では、一人の男が10万回クリックすることで、10万人分の怒号を演出することができる。
 と、10万の怒号がスクロールする画面を見た情報弱者はこう思う。

「おい、大変なことが起こっているぞ」

 と。

 違うのだよ麻生さん。ネトウヨは数が多いのではない。クリックの頻度が高いだけだ。つまりただのパラノイアだ。

 匿名のパラノイア。そんな支持を真に受けたのがたぶんあなたの失敗だった。自業自得。

 自らの「力」を自覚し、それを意図的に使おうという匿名のパラノイアが生まれたことで、2ちゃんねるの歴史は最終段階に来ている。

 匿名掲示板は、サロンであった時代を終えた。無論、世論の鏡として機能していた段階も離れた。で、どうやら一種のアジビラかステ看板みたいなものに変貌しつつある。この動きは、たぶんもう元には戻らない。

 
 道端のステ看に振り返る人はもうあまりいない。

 まとめて燃やしてくれるなら、祭りの盛り上げくらいには使えるかもしれないが。


(文・イラスト/小田嶋 隆)  

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