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(以下全文記事の引用です。)
東京都内の斎場。火葬炉の前で、帽子を脱いだ係員が深々と頭を下げ、扉の脇にあるボタンを押した。「ゴーッ」。強い炎の低い音が静かなホールに響いた。荼毘(だび)に付されたのは、60代の男性だ。その棺を見送ったのは、喪服姿の男性2人だけだった。
1時間後、2人は骨を拾った。「聞いてはいたけど、やっぱり誰も来ませんでしたね……」。1人がつぶやいた。
死んだ男性には妹がいた。関係者が危篤だと知らせたが、「墓はありません。葬式は福祉の方でやってください」と言われたという。
立ち会った2人は、男性が3週間前まで暮らしていた東京都台東区の宿泊施設「ふるさとホテル三晃」の職員だ。
三晃に男性が入ったのは昨年。体調を崩して入退院を繰り返し、生活保護を受けていた。「早く帰りたいよ」。そう言って入院していった。
三晃の責任者、田辺登さん(44)は「入居者の火葬に親族が立ち会うことは、ほとんどありません」と言った。認知症のために身元が分からず、骨つぼに「氏名不詳殿」と書かれた人もいたという。
◇
三晃は日雇い労働者の街・山谷の一角にある。ホームレス支援の活動から始めたNPO法人・ふるさとの会が05年に始めた。
定員は78人。月額で3畳の個室の家賃は6万9800円、1日3度の食費や光熱水費などが7万円。2〜3人の職員が24時間態勢で見守る。
ある日の午前11時過ぎ、ポークソテーやサラダが盛られた皿が並ぶ1階食堂のテーブルに入居者が集まった。「お薬、はいっ」。職員が手渡す。薬やたばこなどを管理できない人は職員が預かる。
入居者全員が生活保護受給者で、65%が高齢者。6割が要介護認定を受け、身寄りがないか、身内と連絡を絶っている人が多く、福祉事務所の紹介で来る人がほとんどだ。
81歳の男性は食事を終えると、2階の部屋に戻った。45歳のときに借金を抱えて離婚。都内で警備員をしていた5年前、胃痛で突然倒れ、そのまま失業した。低所得者向け宿泊所を転々として三晃に入った。「今さら故郷には戻れない」と言った。
その日の午後、つえをついた男性(78)がケースワーカーとやって来た。別の宿泊施設にいたが、胸が痛んで転んだり、餅をのどに詰まらせたりして毎週のように救急車で病院に運ばれていた。「緊急で見守りが必要」と福祉事務所が入居を頼んできた。
職員の柴山健一さん(27)は「安心して、ずっと居てください。ゆっくりしてくださいね」と言葉をかけた。
入居者を大部屋に詰め込んだり、介護が必要になると追い出したりする業者もいる。「いつか追い出される?」。不安を抱えて来る人が多い。
◇
3月19日、群馬県渋川市の「静養ホームたまゆら」の火災で、生活保護を受けていた都内の高齢者ら10人が死亡した。行政が無届け施設に入居させたことが問題になった。
しかし、認可施設が足りない以上、福祉の現場では、都内、都外を問わず無認可施設に頼らざるを得ない。三晃は特別養護老人ホームなどへの「通過施設」という位置づけで「自立援助ホーム」と名乗っているが、大きなくくりでは「無届け」になる。
「無届けがいけないというなら、身寄りがない人たちを、だれが支えるのか」。理想と現実の間で苦悩する人たちは多い。(見市紀世子)