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元厚生事務次官夫妻刺殺事件の動機が30年以上前の飼い犬の仇だという動機の説明は信じられないという人がいても不思議ではないが、動機そのものが虚偽であると決め付けることは誤りである。小泉被告の言う動機が虚偽だと決め付けるに足る証拠はなにもない。ただ単に「常識にてらして虚偽であるに違いない」というに過ぎない。 「常識」は大抵の場合は有効であるが、人によって常識が通用しない者もいることは、このこと自体、「常識」と言える。「飼い犬の仇討ち」という動機が「常識」に照らして了解不能なものであることは明らかであるが、「常識」に照らして了解不能であるから虚偽に違いないと断定することは短絡的である。 小泉被告は何十年も前から周囲の人に殺された愛犬チロとの思い出を話していた。被告は犬の世話をするボランティア団体に所属していたことがある。被告は飼い犬に異常な執着心を持っており、少年時代に愛犬が保健所で殺処分されたことを恨みに思い、50歳になるまでに殺処分の最高責任者と考えていた厚生省事務次官を殺そうと計画していた。被告の供述は首尾一貫しており、被告の人生エピソードも非常な犬好きであることを物語っている。 世の中には愛犬を殺されたことに強い恨みを持つ人間もいるということである。その意味で被告の人生エピソードにしばしば出てくる殺処分された愛犬チロの思い出話と、被告が大の犬好きであるという周囲の人たちの話しから、被告の動機は了解可能である。 これを一般的な「常識」の面からのみ考察して、被告の動機は「虚偽」であると断定することはあまりにも表面的で思慮に欠けた考えと言わざるを得ない。 |