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普天間飛行場移設問題の結論を見出せぬまま、オバマ米大統領を日本に迎えることになった鳩山首相。せっかくの外交の見せ場も、日米同盟の前途を危ぶむ声の前に、台無しとなった印象は否めない。だが、英国の高級紙「The Economist(エコノミスト)」の前編集長で『日はまた昇る』の著者ビル・エモット氏は、日米関係の冷え込みは一時的なものにすぎないと見る。米国の政策立案者とも太いパイプを持つエモット氏は、アジア重視の鳩山外交は中国を持て余すオバマ政権にとって「渡りに船」となる可能性が高いと読む。
(聞き手/ダイヤモンドオンライン副編集長、麻生祐司)
Bill Emmott(ビル・エモット)
1956年8月英国生まれ。オックスフォード大学モードリン・カレッジで政治学、哲学、経済学の優等学位を取得。その後、英国の高級週刊紙「The Economist(エコノミスト)」に入社、東京支局長などを経て、1993年から2006年まで編集長を務めた。在任中に、同紙の部数は50万部から100万部に倍増。1990年の著書『日はまた沈む ジャパン・パワーの限界』(草思社)は、日本のバブル崩壊を予測し、ベストセラーとなった。『日はまた昇る 日本のこれからの15年』(草思社)、『日本の選択』(共著、講談社インターナショナル)、『アジア三国志 中国・インド・日本の大戦略』(日本経済新聞出版社)など著書多数。現在は、フリーの国際ジャーナリストとして活躍中。 Photo by Justine Stoddart
―インド洋給油活動停止問題、アジア重視の外交を謳った鳩山論文、そして普天間飛行場移設問題の紛糾など、9月の民主党政権発足以来のごたごたで日米関係がぎくしゃくしている。ここまでの鳩山政権の対米外交をどう見るか。
いくら寄り合い所帯とはいえ、バラバラの見解が主要閣僚の口からメディアに公然と伝わる事態を許す鳩山首相の統率力の低さや様々な局面で浮き彫りになる場当たり的な対応そして具体的プランの欠如には、率直に言って、私も落胆を覚える。
しかし、日米同盟が危機と呼ばれるほどの事態に陥っているかといえば、そうではないし、中長期的な視野で見ても、その危険性は低いだろう。そもそもオバマ政権は、中国の台頭を受けて、日米同盟をアジア地域の安定と米国の影響力維持に役立つプラットフォームとして高く評価し、その存在をいっそう重視している。諸事に軋轢が高まるのも、その期待の裏返しだ。
普天間飛行場移設問題は、沖縄の人たちからすれば、確かにとてつもなく大きな問題だが、国際政治という(冷酷な)世界では、どこに移設すれば良いかというテクニカルな懸案だ。鳩山民主党政権が自民党政権の時代に決まったこと(沖縄県名護市の米軍「キャンプ・シュワブ」沿岸部への移設)を再協議にかけたことで、ワシントンの実務方は怒っているようだが、政権が交代すれば、外交の主要議題は仕切り直しを求められるものだ。アメリカ側の怒りは正当化されるものではないし、そもそもオバマ政権の中枢が外交の駆け引きとしてのポーズは別として、日米関係を本気で冷え込ませるほどの行動に出るとは思えない。
先の衆院選中に「県外移設」を公約した鳩山政権が、たとえ最終的に自民党の旧政権とあまり代わり映えのしない結論に落ち着いたとしても、支持してくれた自国民の利益のために、この議題を持ち出し、米国側に再考を促すのは至極当然のことだ。メディア上ではこれからまだ当分のあいだ、ぎくしゃくする日米関係の象徴としてこの問題が報じられるだろうが、政府当事者間の感情的なもつれのピークはすでに過ぎているのではないか。
―現在の日米関係は、反米勢力を支持基盤に持っていた盧武鉉(ノ・ムヒョン)前政権時代の米韓関係に似てきたとの懸念の声も多いが。
それは、こじつけというものだろう。盧武鉉政権の当時、韓国に渦巻いていたのは、文字通り、アンチ(反)アメリカのセンティメントだった。あのような極端に悪い空気は今の日米の間には広がっていない。鳩山政権は、韓国の盧前政権に比べれば、その要求はよほど道理に適っているし、合理的だ。
もちろん外交は駆け引きであり、これからも米国から牽制球は投げられてくるだろう。ただ、私の知る限り、米国の政権関係者に鳩山政権のアジア重視外交を頭から否定している様子はない。むしろ、鳩山首相が提唱する「東アジア共同体」構想をうまく実現してくれるならば、サポートしたいという感じではないか。
―米国が東アジア共同体構想を支援するメリットは何か。
端的に言えば、中国けん制だ。日本では米中が接近して、バイパスされることを心配しているようだが、それは見当違いだ。
米国が中国との対話により多くの時間を割くのは、中国との関係に確信を持てないからであり、一部の中国政府関係者が言うような米中だけの「G2」を目指しているからではない。
特に米国の対外政策上、北朝鮮の核問題に次ぐアジア地域での大きな懸案は、中国の人民元改革問題だ。米国としては、貿易不均衡解消のためにも、なるべく早く人民元を市場で完全に自由に交換できるようにし、かつ完全な変動相場制に移行させたい。だが、オバマ政権は、この問題を中国との交渉で議題にこそすれ、無理強いして正面衝突する覚悟はないように見受けられる。鳩山案の東アジア共同体が形成され日本を含む中国の周辺国が率先して人民元改革を促してくれるならば、願ったり叶ったりといったところだろう。要するに、鳩山政権のアジア重視外交は、対米重視外交と裏表一体であるわけだ。
―東アジア共同体は、具体的にはどのような目的と目標を持って形成されるべきと考えるか。
やや乱暴に聞こえるかもしれないが、アジア版のEU(欧州連合)を目指すべきだ。経済分野での統合から手をつけることになろうが、その際、通貨統合まで視野に入れて、対話を始めるべきだと思う。
―メンバーは?
通貨統合の局面では顔ぶれは変わるだろうが、少なくとも共同体のテーブルには日本、中国、韓国、ASEAN諸国はもとより、オーストラリアなどのオセアニア諸国、さらに中国けん制を考えれば、インドまで加えることを提案したい。その意味で、東アジアという名称は正しくない。
―その共同体と米国との関わり方はどうあるべきか。
仮にアジア共同体と呼んだ場合、その形成そしてスムーズな運営のためには、米国の支援は欠かせない。欧州の経済統合に際しても、米国は陰に陽に大きな力を貸した。英国のEU参加も、米国の働きかけや支援がなければあり得なかった。
逆に、米国の立場から見ても、共同体の形成と運営にサポーターとして関わることで、中国をけん制しつつ、世界の成長センターであるアジアに影響力を維持できるわけで、外交政策上、得策であるはずだ。
そもそもオバマ政権は現在、外交面では中東・アフガニスタン問題で手一杯であり、内政面では経済危機に伴う保護主義の台頭に頭を悩ませている。アジア外交に力を入れたくても、その余裕もなければ、身内の保護主義のせいで自由貿易を外交の武器にすることもできなくなっている。そこに、アジアのほうから手を差し伸ばしてやることができるならば、オバマ政権も救われた気分になるだろう。
そのとき、大役を果たせるのが、いわずもがな、第二次世界大戦後から今に至るまで米国との強い同盟関係を維持してきた日本だ。そのストーリーで、外交政策を組み立てて行けば、日米同盟は衰弱するどころか、逆に発展的に強化されるはずだ。
(シンクタンクなどに移った)共和党系の旧政策立案者たちは、アジア重視の鳩山外交は日本を“self-marginalization(セルフ・マージナライゼーション:自らを無用なものとしていくこと)”の悪循環に陥れる危険性があるというが、私の見方はむしろ逆だ。米国を能動的に味方に引き込んだ上で、アジア共同体構想を推し進めれば、日本は従来からの一方的な対米追従路線に伴うセルフ・マージナライゼーションの呪縛から解き放たれると思う。アジア重視の姿勢は、マージナライゼーションとの決別、言うなれば“de-marginalization(ディ・マージナライゼーション)”を日本にもたらすはずだ。