上からのムード 盛り上げに必至 自公政権や財界、「日本会議」などの天皇主義右翼が一年以上前から準備してきた「天皇陛下即位二十年奉祝」式典が行なわれる十一月十二日が目前に迫ってきた。鳩山政権は十月六日の閣議で十一月十二日に三宅坂の国立劇場で「奉祝政府式典」を挙行することを決定した。 昨年六月に経団連や日本商工会議所、そして労働組合の連合をも取り込んで発足した「民間」の「奉祝委員会」(会長、岡村正・日本商工会議所会頭)と「奉祝国会議員連盟」(会長、森喜朗・元首相)は、同じ十一月十二日に皇居前広場および皇居外苑で「天皇陛下御即位二十年をお祝いする国民祭典」を開催する。同「国民祭典」は、内閣府、総務省、法務省、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、防衛省、東京都が後援していることに見られるように、「民間」という名の官製集会であることは言うまでもない。 午後二時半から四時半までの「国民式典」は第一部が「奉祝まつり」で、音楽隊演奏、郷土芸能披露、物産展が開催され、第二部の祝賀式典は午後五時から七時まで二重橋前特設ステージおよび皇居前広場で「各界の特別メッセージ」と記念演奏が行なわれる。十周年式典では元X│JapanのYOSHIKIがオーケストラをバックに自作の「奉祝曲」をピアノ演奏したが、今年はEXILE(エグザイル)がオリジナルの「奉祝歌」を披露するのだという。 実際、今年になってから政府各機関や自治体は、さまざまな「奉祝」企画を無理やりにこなしてきた。都道府県議会の「奉祝」決議も、森「奉祝議員連盟会長」のおひざ元である石川県を皮切りに、福岡、広島、宮崎、秋田、新潟、神奈川、長崎、宮城、和歌山、岡山、岐阜、熊本、埼玉、鳥取、群馬、福島、山形、大阪、千葉、愛知の二十一府県議会であげられた(10月末現在)。この中で目立つのは、共産党の姿勢が全くバラバラだということだ。同党はあるところではこの「奉祝」(賀詞)決議に賛成し、またあるところでは反対したり、批判の意味を込めて「退場」している。民主党政権に「是々非々」の「建設的野党」の立場を取るとしている共産党は、象徴天皇制に対しては「建設的」に受け入れる態度を取るところが多いようなのだ。 こうして民主党から社民党、共産党を含めて明仁・美智子の象徴天皇制に対しては「挙国一致」で支持する構造が成立している。 ついに断念さ れた「祝日化」 しかしこの「奉祝」ムードの盛り上げは全く成功していない。それを示しているのは麻生政権の時の通常国会で、「超党派」議員によって提出された十一月十二日を一年かぎりの「祝日」とする法案(「祝日法改正案」)が解散によって廃案となり、今開催中の臨時国会でも自民党総務会が十月二十七日に決定し、再度提出した同法案も「調整」がつかず、ついに成立を断念することになってしまったことだ。 天皇主義者が総力を挙げて準備した十一月十二日の「祝日化」がかなわなかったことは、「奉祝」にとって大きな打撃である。天皇主義右派メディアの代表である「産経新聞」は十月三十一日の記事で「官民挙げた奉祝行事が相次いで催される中で、『国民の祝日』が流れる結果となった」と失望感をあらわにしている。 「産経」は同記事で「(奉祝)議連には四百五十人を超える国会議員が加盟。民主党からも鳩山由紀夫首相が副会長に、小沢一郎幹事長は顧問として役員に就任していた。鳩山首相は会合にも顔を出し、制定に意欲を示すとともに党内調整を約束していた」「しかし、旧社会党系議員や日教組系議員を抱える民主党が、八月の総選挙前に国家観や天皇観をめぐる路線対立を表面化させたくないという事情があって、法案は審議に至らずに廃案に。その後も臨時国会冒頭の制定に向けて関係者による調整が図られたが、民主党内で結論は出ず、実務面や日程上、成立は困難と判断した」と、鳩山政権と民主党を批判する「あてつけ」を書いている。 メディア的にも「産経」を除けば、四月の「明仁・美智子結婚五十年」の大フィーバーに比べれば、「即位二十年奉祝」の取り上げ方は全く低調であり、さらに「式典」当日にオバマ米大統領が初訪日することで、「奉祝」はいっそう影が薄くなるだろう。これは天皇主義者にとって大誤算であると言わなければならない。 天皇主義者の 深刻な危機感 しかしこうした「奉祝」キャンペーンの低調ぶりを見て、戦後ブルジョア国家体制の歴史的転換と社会的危機の時代における、新たな支配と国民統合に果たす「象徴天皇制」の役割を過小評価することは誤りである。 天皇制を歴史と伝統に基づく「日本国民統合」のアイデンティティーの骨格とみなす右派は、「女性天皇」問題、皇太子妃雅子の病気と皇太子夫妻への公然たる批判の噴出に示されるように、遠からぬXデー=「皇位継承」問題をめぐって焦りと危機意識を強めている。自民党は総選挙における民主党批判の中で、「保守」としての存在意義を伝統的天皇主義である「日本会議」イデオロギーに依拠して訴えざるをえなかった。 そしてこの危機意識の先端に「行動する保守」を自称する「主権回復をめざす会」、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)らが、正真正銘のレイシストとして暴走している。 彼らの危機意識は、新自由主義的なグローバル資本主義の破綻がもたらす格差と失業・貧困、地域と家族の崩壊へのフラストレーションや絶望、そして米国の一極的覇権の衰退と中国の「超大国」としての伸長、日本の国際的位置の急速な後退の反映であり、その絶望感を、「嫌中・嫌韓」、さらには「外国人」一般に排外主義的に叩きつけるものである。同時に彼らは「家父長制的家族」の価値観(「主権回復をめざす会」と密接な関係にある極右の民主党都議・土屋は、「サザエさん」的家庭を本来あるべき姿だと、彼のサイトで書いている)に基づき、「弱者」と彼らが見なす女性、野宿者、マイノリティーの人びとの権利の主張に敵対感をあらわにしている。 今こそ天皇制 廃止の声を! 「明仁・美智子」天皇制は、一見したところ、侵略戦争と植民地支配の歴史を体現した「昭和天皇制」のイメージを離れ「平和」を希求し、戦争被害者や被災者のために「祈る」存在としてアピールしてきた。しかし「明仁・美智子」天皇制の二十年間は、同時に戦後日本国家が「国際貢献・国際協調」の看板で本格的な「派兵国家」への道を踏み出した二十年間でもあった。 「世界の平和」と「国民の幸福」そして「恵まれない人びと」に思いをいたす象徴天皇制の「優しさ」が、真に自らの権利と自由、平等を求める人びとへの暴力性と表裏一体の関係にあり続けてきたことをわれわれは忘れるべきではない。天皇制は暴力と差別に貫かれた支配の構造のシンボルであることに変わりはない。 一九八〇年代から本格的に積み重ねられてきた天皇制反対の運動は、一九八八〜八九年の「昭和Xデー」過程を頂点に大きな高揚を見せた後も、着実に「明仁・美智子」天皇制への批判を積み上げてきた。いま自民党支配の崩壊と言う歴史的変化の時代にあって、労働者・市民の運動は、新しい挑戦に直面している。この中にたとえ少数派であったとしても「天皇制はいらない!」の主張をはっきりと掲げることは、労働者・市民のオルタナティブをうちきたえていくために、不可欠の課題である。 われわれも参加した<天皇即位二十年奉祝>に異議あり! え〜かげんにせーよ共同行動は、四月に出発して以来、「明仁・美智子」天皇制の二十年間を様々な角度から捉え返し、批判の場を提供してきた。それは同時に、エスカレートする極右排外主義勢力の暴力的襲撃との対峙を強制された厳しい局面だった。しかしわれわれは、それでもおおらかに、柔軟に、かつ大胆に「奉祝」に異議あり!の主張を展開してきた。 「異議あり!共同行動」は、十一月十二日に「政府式典反対全国集会とデモ」を呼びかけている(午後1時 京橋プラザ多目的ホール。午後3時デモ出発)。「天皇制はいらない!」の声を都心に響かせよう!(平井純一)
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