これまで、八ッ場ダムだけではなくさまざまな公共事業の現場を、自分の足で歩き、検証してきた保坂さん。その中では、驚くべき「無駄遣い」の実態に、いくつも出会ってきたといいます。 八ッ場ダム中止は「政権交代」の象徴
編集部 前回、八ッ場ダム建設計画の問題点についてお聞きしましたが、前原大臣が就任と同時にその事業中止を打ち出したというのは、やはり数ある公共事業計画の中でも、非常に象徴的な存在だったということでしょうか。 保坂 八ッ場ダムの場合はまず、事業予算が4600億円と非常に大規模だということ、57年も続いている問題だということ。それから、川原湯温泉という温泉街そのものがダムの中に沈んでしまうということもあって、激烈な反対運動があったこと。そしてもう一つ、4人の総理を輩出した群馬県という場所で展開されている問題だということがあった。その意味で、日本で本当の政権交代が起これば、必然的に中止されるはずのものだったと思います。 逆に言えば、この計画が中止にならなかった自社さ政権は、本当の政権交代ではなく自民党の政権復帰という側面が強かったということ。八ッ場ダムが止まり、また諫早湾のゲートが開いて、農水省が誤りを認めて干潟再生に舵を切る、そうなって初めて「政権交代」が起こったといえるんだと思います。 諫早のほうはまだ取りかかれていませんが、その意味で前原大臣が就任直後に「中止」を言ったこと自体はよかったと思います。 編集部 ただ、国交省の内部ではそうした方針に対する反発や抵抗が強いと聞きます。 保坂 先日、僕が事務局長を務めていた「公共事業チェック議員の会」で、国土交通省職員のヒアリングをしたんですよ。その中で僕が感じたのは、「彼らは何一つ変わっていない」ということでした。 政権交代によってパラダイムシフトが起こったなんてことはなくて、彼らの頭の中はまったく旧態依然としている。それどころか政権交代の前より悪質になっている、と思いました。 編集部 どういうことでしょうか? 保坂 たとえば、これもあまり語られていない八ッ場ダム建設計画の問題点の一つですが、東京電力がダムの下流にいくつか水力発電所を持っているんです。八ッ場ダムができることでそこに水が行かなくなり、発電ができなくなるので、東京電力に対して「減電補償」をしないといけない。そこにも多額の費用がかかるんですね。 実は、これまでにも工事中に何度か水を止めたことがあって、その分の減電補償金をすでに支払ってもいるんです。4600億円という八ッ場ダムの建設工事予算の中には、その補償金も入っている。そこで僕が国交省の役人に「いくら払ったんですか」と聞いたら、「それは東京電力という会社との約束で、一切お答えできません」という。これからいくらかかるかも、一切明かせないという。これは、国政調査権を使ってきっちりと出させるべきでしょうね。 さらにひどかったのは、「その下流の発電所はいくつあるのか」と聞いたら、やはり「お答えできません」。そのとき僕が持っていた東京電力の資料地図を出して、「ここに書いてあるから今数えてくれ」と言ったら、ものすごくいやがっていた。 だから、前原大臣は中止宣言をしたけど、組織全体はまだ「つくる」ことしか頭にない。ダムカルト集団みたいなものです。今後、いろんなところで足払いをかけて、もう1回工事再開へと持っていきたいという狙いは持っているでしょうね。これまで、へんてこな工事を立案しては金をばらまいてきた、その「千年王国」が崩壊するという危機感で、じたばたしているというのが今の状況だと思います。 「本体以外」の無駄遣いをチェックすべき 保坂 それと、僕がもう一つ問題だと思っているのは、前原大臣が「ダム本体工事はしない、予算もつけない」とする一方で、周辺道路の整備などそれ以外の事業は進めると言っていることです。ダム本体の工事はまだ着工されていないんですが、実はそのための予算はわずか620億円、予算全体の2割にも満たないんですね。 編集部 そうなんですか? 保坂 だから、残り8割をOKとしてしまうのか、というところが実は今焦点になるんですよね。 たとえば、ダム湖に沈んでしまう道路のつけかえ工事が進んでいるけど、その一部は突然四車線になっていたりする。果たしてあの山奥にそれだけのものが必要なのか、見直さなくていいのか。しかも、今工事している道路は、ダムができないとすると高い場所にありすぎる。地上500メートルという高さですから。 編集部 テレビなどでよく映される、あのT字型の橋梁ですね。 保坂 それから、「環境」を食い物にしているという問題もあります。 八ッ場ダムは「環境に配慮したダムサイト」ということで、ダム湖の周りを自然の豊かな雰囲気のいい場所にする、というんですが、なぜかある場所ではわざわざ山肌を削って平らにして、そこに街路樹のような木を植えていたりするんですね。 編集部 街路樹ですか? もともと木の生えている山に、わざわざ? 保坂 ハナミズキとか、ニュータウンの街路樹にあるような木です。もちろん枯れてしまうものもあるから、そうしたらまた「環境対策」という名目で予算を追加する。 それから、「なるべく生態系を壊さないで工事をしています」というので、山で珍しい野草を採取して、トレイに入れて温室で保存するということもやっている。僕が見に行ったときには全部枯れてましたけど(笑)。でも、ちゃんと育てて山に戻すことが目的なんじゃなくて、そこまでやること自体が目的なんだから、きっとそれでいいんですよね。 編集部 そこまでやれば予算が出るからそれでいい、と…。 保坂 そんなふうに、「環境」に名を借りた無駄使いはいくらでも指摘できます。その一方で、住民の生活再建のためにはそれほどお金は出ていない。「焼け太りだ」なんて批判もあったし、たしかに交渉で多少補償金の額は上がりましたが、なぜか住民向けの代替地の分譲価格は非常に高くて、ある場所では坪17万円。付近の山林が坪5000円とかなのに、ですよ。それでは家を建て替えるお金がないから引っ越そうかと考えている、という人もいます。 ですから、ダム本体工事以外も意味不明な事業はやめて、そうした住民の生活再建にお金を回すべきではないかというのが僕の主張です。「本体工事以外は続ける」というのなら、その「本体以外」の部分の中身を、もっと具体的に出すべきではないかと思いますね。 八ッ場は特急も止まるし、東京からの高速バスも停車する。川原湯という、派手じゃないけど質のいい温泉もあるし、自然が豊かでハイキング客も多い。あと、ダム工事のための調査の中で、非常に数多くの、幅広い時代の遺跡が発見されていたりもします。そういうものをきちんと復元して、「鉄とコンクリートの土建国家から、人を支える公共投資へ。このとき日本は転換しました」という、象徴のような存在になっていけばいいんじゃないか。それが、八ッ場を再生させていくための一つの道だと思います。 「一番金のかかる形に」が公共事業の鉄則 編集部 ちなみに、先ほど「代替地の分譲価格は非常に高い」という話がありましたけど、これはどうしてなんですか? 保坂 ダム建設の場合、沈んでしまう集落がいくつかまとまって離れた場所に移り住むというのが一般的だと思うんですが、八ッ場の場合は「ずり上がり方式」といって、今ある集落がダム湖畔の上部にそのまま「ずり上がる」というもの。山を削って、谷を埋める形でつくられているんです。 そもそも吾妻渓谷自体が、浅間山の噴火の堆積物が重なってできた土壌で、地滑りが非常に多いんです。代替地はその中でも滑りやすいということになって、安全性も心配なんですが、工費も一番かかるやり方なんですよね。たしかに、住民の心情的にはかつて住んでいたところに近くていいというのはありますが、本来はもっと安全な場所に集落をつくったほうがよかったんじゃないかという疑問はある。 編集部 わざわざ、一番工費のかかる場所を選んだんじゃないかということですか? 保坂 たとえば、静岡県ってあんなに平地の多い県なのに、日韓W杯のときにできた競技場のエコパスタジアムはわざわざ山を削って造ってるし、静岡空港だって茶畑の中にある。それを見たら一発で分かりますよね。公共事業の鉄則は、一番金のかかるところに立地するということなんです。 編集部 そのほうが儲かる、得をする人がいるということですよね…。 保坂 以前、神戸西バイパスの工事の時に発見してびっくりしたことがあります。工事予定地で、オオタカが営巣しているのが見つかったんです。それで、「オオタカ対策をやる」というので、3年間で1億2000万円の予算がついた。 まず人海戦術で、オオタカの飛んでいるところをデジカメで撮影して、飛行経路を地図に落としていく。次に、御用学者を集めて審議会を開き、「必ずしもオオタカの生息地はここでなくてもいいのではないか」という結論を出す。会議の議事録には、「工事予定地にオオタカがいることは公表するけれども、営巣していることはマスコミや環境団体がうるさいから伏せておく」とありました。 それで結局オオタカの巣は撤去されて、別の場所にハリガネなんかで人口巣が造られるんですよ。オオタカは見向きもしないんですけどね。ほかにも、オオタカが飛んでくると警報が鳴って工事を止める装置とか、そういうハードにもさんざんお金をかけているんだけど、何一つオオタカは保護されていないというのがポイントです。 でも、翌年また予算請求できるから、それでいいわけですよ。コンサルタントや工事業者が、そうやって得をするんです。 「政局」「選挙」だけを取り上げる政治報道 編集部 そうした問題を、保坂さんはずっと「公共事業チェック議員の会」で調べてこられたわけですよね。この会についても少し教えていただけますか。 保坂 会自体は1996年にできたんですが、僕が関わっているのは97年から。諫早湾の問題がクローズアップされたときに、その反対運動をしていたのがきっかけです。今は70人くらいの議員がメンバーで、民主党の議員もたくさんいますよ。 もっとも活動が活発になったのは2000年ごろ。会長になった中村敦夫さんが、これを議員活動のメインのテーマにするというくらい活動にはまり込んだんですね。彼は無所属議員で時間の自由もきいたということもあって、ほぼ毎週末、ダムや空港の工事現場に行っていました。僕もだいぶ同行して、2000年の後半から2002年までに、20〜30カ所くらいは行ったと思います。中村さんは50カ所くらい行ってるんじゃないかな。 編集部 見に行って、具体的には何をされるんですか? 保坂 基本は「見直し」ですから、反対派の話を聞くほうがメインになりますが、推進派の話も聞きます。それで評価をするという形ですね。それで記者会見をやったり。 ただ、そういうことをしていると、選挙区の地元にはすごく評判が悪くなるんです。週末って、地元でもいろいろ行事があったりするでしょう。それに顔を出さないで沖縄に行ってるとかいうと、「いい身分だな」となっちゃう。衆議院の選挙区選出の議員にとっては、きついですよね。 それでも、非常に大きな問題が見えてくる活動だし、やり出すとはまるので、身銭を切って現場を歩いていた議員がいるわけなんですが、そういう人たちが評価されないどころか取り上げてさえもらえなかったのが今までのメディアの状況でした。公共事業の話といえば、汚職で捕まる人のニュースばかりで。先日もTV局から「チェックの会を取材したい」という連絡があったんですが、初めての状況ですね。 編集部 なぜメディアは取り上げないんでしょうか? たとえば、選挙の前などに取材するメディアがあってもよかったのでは。 保坂 もちろん、ローカルニュースでは取り上げられますよ。でも、全国版の政治ニュースとなると、政治部の記者というのは、いわゆる政局と選挙にしか関心がない。こういう活動をやっているといっても、「物好きですね」というか、「そんなことやってどうなるの、工事は進むんでしょ」という感じ。こんな問題なんて考えたこともないし関心もない、そういう人たちが政治報道の中心を占めていたんです。 だから今、初めて八ッ場ダムの問題などが取り上げられるようになって、政治報道が機能しなくなってるんです。だって、誰も八ッ場ダムのことなんか知らないわけですから。 編集部 だから、当初のような「建設続行は住民の悲願だ」というような報道になったのでしょうか。 保坂 そうだと思います。知らないから自由に操られる、くだらない仕掛けに引っかかってしまうんですよね。 反対運動は、「環境」だけでないアプローチを 編集部 そうして全国の公共事業の現場を歩いてこられて、八ッ場と同じくらい象徴的な、大きな問題のある事業だと感じられた場所はありましたか? 保坂 一つは、やっぱり静岡空港ですね。あそこももともと、「JR東海に静岡空港駅をつくらせる」と知事が公約して、それで計画が進んでいたんです。新幹線のトンネルの中に駅をつくって、エレベーターで上がると空港に着く、と。 でも、JR東海にしたら営業上のメリットはない上に、隣の駅から近すぎて十分な加速ができなくなる。また品川駅ができたため、ダイヤにも余裕がない。もちろんトンネルの中に駅をつくるというので、安全性が最大の問題になって、結局できないということになったんですよね。あのときに、空港建設もやめるべきだったと思います。 もう一つは沖縄市の、泡瀬干潟埋め立て事業ですね。 編集部 昨年11月には、那覇地裁が「事業の経済的合理性を欠いている」として、沖縄県と市に事業支出差し止めを命じる判決を出しましたが、その後も工事は続きました。 保坂 まもなく高裁判決が出るので、それで差し止めが出たらさすがにやめるとは思うんですが。 ただ、これは泡瀬干潟の問題だけのことではないけれど、反対運動の側にも、欠点というか不足点はあったのかな、とも感じています。 編集部 というと? 保坂 「金の流れが見えていない」ということです。干潟が埋め立てられる、そのことに対してみんな「環境」の面から「反対」を言ってきたわけだけど、それだけだとどうしても一定の限界があるんですよ。希少種が、藻がとかいっても「そんなのどうだっていい」と思っている人はいるわけですから。環境面からのアプローチは大事だけど、それだけじゃなく、500億円の予算がどう使われようとしているのか、どんな利権が動いているのかを、ちゃんと証拠づけるものを示していったほうがいい。 八ッ場もそうですよね。「環境対策事業」としてこれだけの予算が使われている、なのに「保護されている」はずの野草は枯れていたとか(笑)、そういうことを具体的に出していく必要があるんだと思います。
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