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http://georgebest1969.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-74a1.html
楽園はこちら側 から転載
日本版ACIPを
必要なのは、日本版ACIP(JCIP)!(日本の予防接種をよくするために)
岩田健太郎
神戸大学病院感染症内科
新型インフルエンザワクチンのあり方が検討されています。しかし、その議論には原理・原則を欠いており、何を軸にして予防接種を打つのかが分かりません。日本では、何人の麻疹患者が許容できるのでしょう。日本脳炎はどうでしょう。新型インフルエンザをどうしたいのでしょう。白州次郎ではありませんが、およそ日本の予防接種行政には「プリンシプル(原則)」がないのです。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/inful_vaccine.html
日本の予防接種には定期接種と任意接種の2種類があります。しかし、このような奇妙な二重構造を持つ国の方が少数派です。無料で市町村が管轄する定期接種と、全額自費負担の任意接種。これを「前提」としているところに、日本の予防接種行政の弱さがあります。前政権では桝添大臣が「予防接種法改正」を公言していました。問題の本質を捉えていたからでしょう。民主党政権が、この動きにどう応えるか、注目しています。
新型インフルエンザワクチンばかりを見ていると事の本質を見誤ります。日本の予防接種政策全体が遅れているのです。先進国から、20-30年遅れています。米国でインフルエンザ菌ワクチン(Hib)が推奨されるようになったのは1989年のことです。日本では昨年ようやく承認、販売されましたが国による推奨(定期接種)には至りません。「文字通り」日本は米国に20年以上遅れているのです。
日本で提供している予防接種は以下の通りです。
http://idsc.nih.go.jp/vaccine/atopics/atpcs003.html
アメリカのそれと比べると、いかにも見劣りします。
http://www.cdc.gov/vaccines/recs/schedules/default.htm
http://www.cdc.gov/vaccines/recs/schedules/adult-schedule.htm
米国の推奨は、小児(6歳まで)、青少年(7-18歳)、成人(18歳以上)と分けられていますが、カバーしている予防接種の数が全然違います。帯状疱疹ワクチン、ロタウイルスワクチン、髄膜炎菌ワクチン、不活化ポリオワクチン、青少年層向け百日咳ワクチン(Tdap)が日本にはありません。日本では、子宮頚癌など多くの癌の原因となるパピローマウイルスのワクチンや7価の肺炎球菌ワクチンも最近承認されたばかりです。
たとえ日本にあったとしても、B型肝炎ワクチン、インフルエンザ菌ワクチン(Hib)、水痘ワクチン、肺炎球菌ワクチン(23価)などは任意接種で有料(全額自己負担)となります。これらは米国では一定の対象者に無料で提供されます。65歳以上の高齢者に推奨される肺炎球菌ワクチン。アメリカの65歳以上の高齢者の70%は肺炎球菌ワクチンを接種していますが、日本のそれはわずか5%程度です(萬有製薬資料による)。
新型インフルエンザ対策に集中治療室などの「はこもの」を新築する計画があるそうですが、その「はこ」を利用する医師や看護師はどこから連れてくるというのでしょう。高齢者の重症肺炎を10人防げば10の病室が確保できます。医師、看護師「こみ」で、です。新型インフルエンザワクチンの議論も大事でしょう。しかし、新型インフルエンザワクチンの効果はまだ充分に把握できていない新しい製品です。「よく分かっている」既存のワクチンを最大限に利用すればこれらの疾患の重みは和らぎ、入院患者は減り、そして病室が空くのです。今できる医療の最適化こそが最良の新型インフルエンザ対策なのです。
我が国の予防接種の承認は、メーカーの申請、PMDA(独立行政法人、医薬品医療機器総合機構)生物系審査部生物製剤分野の審査、厚生労働省血液対策課の審査、そして承認というプロセスを経ます。しかし、その経過は不透明であり、どのような経緯をたどっているのかは関係者以外には分かりにくいです。また、あくまでもメーカーによる申請が主体なので、日本にどのような予防接種が必要なのか、そのビジョンを提示することはありません。他の予防接種との関係性などはほぼ皆無です。定期予防接種への採用に至っては、ほとんどルールがありません。血液対策課の官僚に何度かこの件を相談したことがありますが、「国民のニーズがないからうちでは何もできない」としらっと言われます。
要するに、彼らにはこの国の予防接種をこうしたい、予防接種で日本では○○という病気をなくしたい、○○という病気で亡くなる人をなくしたい、といった「ビジョン」「プリンシプル」を欠いているのです。これは、プロの仕事とは言えません。私は日本の官僚の勤勉さと頭脳明晰なことは世界でもトップクラスだと今でも思いますが、それにもかかわらず彼らへの評価が低いのは、そのためです。
さて、先に紹介したアメリカの予防接種プログラム。アメリカでは、この国の予防接種をどのような根拠でどのように提供するのかを決定する機関があります。米国疾病予防管理センター(CDC)の諮問委員会である、ACIP(Advisory Committee on Immunization Practices)がそれです。我が国でもこれに相当する委員会、例えば、JCIP(Japanese advisory Commiittee on Immunization Practices)が必要です。
すでに、日本版ACIPの必要性は「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」の高畑紀一さんや、小児科学会の横田先生などからの提唱があります。
http://medg.jp/mt/2009/09/-vol-245-acip.html
横田俊平、多屋馨子、岡部信彦 米国「予防接種の実施に関する諮問委員会」Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP)について 我が国の予防接種プラン策定に新しいシステムの導入を 日本小児科学会雑誌 110巻6号 756-761(2006年)
しかし、これまで、このような議論はあまり進展がありませんでした。
http://blog.nikkeibp.co.jp/bio/BTJ/archives/2008/11/199835.html
http://www.gairai-shounika.jp/4iinkai/yobou/katudou.html
幸か不幸か、新型インフルエンザの流行と予防接種の問題で、日本の予防接種の推奨決定プロセスには大きな問題があることが一般の方にもつまびらかになりました。今こそこの議論の火を消すことなく、JCIP(仮)を作るべきでしょう。
では、そのひな形となるACIPとは、実際、いったいどのようなものか。私はACIPの出す推奨を長年活用してきましたが、それがどのようなプロセスで意思決定を行っているのかについてはよく理解していませんでした。このたび、ACIPの会議に参加する機会を得たので、その内容を報告すると共に、日本のあるべき姿を模索したいと思います。
ACIPとは
ACIPはCDCによる委託委員会で、アメリカ連邦政府の所管となります。その役割は、政府に予防接種に対する推奨を提供し、アメリカの予防接種のあり方を実質的に形作ることにあります。アメリカにあるどの病気(これは、「俗に言う」感染症のみならず、子宮頚癌などの予防も含む)が予防接種により予防可能なのか(これをvaccine preventable diseases, VPDと呼ぶ)、どのような人たちにそれを提供するのか、そしてそれによってアメリカと国民に何がもたらされるのかを検証し、推奨事項をまとめます。
http://www.cdc.gov/vaccines/recs/acip/default.htm
ACIPは、15人のメンバーと投票権のない「官」の会員(CDC/NIP, National Immunization Program, ex-officio members)、「民」からのLiaison Representativesからなります。15人のメンバーのうち1名が議長を務めます。今回参加したときはキャロル・ベイカーという小児科医がこの任務をつとめていました。非常にてきぱきと、かつユーモアたっぷりに議事を進行していて感心しました。
http://www.eurekalert.org/pub_releases/2009-10/tch-cba101909.php
会場はジョージア州アトランタのCDCロイベル・キャンパスで行われ、15人のメンバーが会場の一番中心にロの字型に集まり、その周囲に投票権のない8政府組織のメンバーと、同じく投票権のない26の関連機関の代表がぐるりを周りを取り囲みます。その周囲に私のような非会員(オブザーバー)がいます。非会員もこの会議を傍聴することができます。私のような外国人も申請し、承認されれば傍聴できますし、CDCの職員、患者代表、製薬メーカーなども参加し、そして発言することが可能です。会議の内容はインターネット上でも公開されています。この透明性こそが、ACIPの権威と信憑性を高く保っています。
申請のプロセス
http://www.cdc.gov/vaccines/recs/acip/meetings.htm#register
ウェブ上での公開
http://www.cdc.gov/vaccines/recs/acip/livemeeting-archive.htm
投票権のない会員や関係機関代表は、米国医療を代表する各団体を代表する機関たちです。例えば、会員には医薬品を認可するFDA(医薬品食品管理局)、DOD(国防省)がいますし、関連機関にはAAFP(米国家庭医学会)、米国内科学会(ACP)、米国小児科学会(AAP)、米国医師会(AMA)、医療感染管理遂行諮問委員会(HICPAC)、米国感染症学会(IDSA)、米国医療機関疫学会(SHEA)などの代表が参加します。堂々たるメンバーです。
ACIPの役割のひとつは1993年に成立した法律に基づき、VFCプログラムを通じた小児への必要な予防接種のリストを作ることにあります。VFCとはVaccines for Childrenの略であり、ここが決定した推奨予防接種は各州が責任を持って小児に提供する法的義務を持ちます。VFCプログラムに基づく小児用の予防接種の購入、分配、そして投与はすべてACIPが決定します。つまり、小児の予防接種の「ありよう」はここで全て決められるのです。ACIPに与えられた権限と責任は非常に大きいと言えるでしょう。同様に、成人に対する予防接種の推奨もACIPで決定され、ほとんどの医療保険会社はACIPの推奨に準じますから、ここで基本的にはアメリカにおける防接種の提供のされ方が決定されます(ただし、無保険者の多いアメリカでは、厳密には国民全体のポリシーとはならない)。成人の予防接種とは、季節性インフルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチン、破傷風トキソイド、帯状疱疹ワクチンなどを指しますが、基礎疾患の有無や過去の予防接種歴によって個別に推奨される予防接種が異なってきます。
我が国では、例えば新型インフルエンザワクチン接種に関する専門家諮問委員会は招聘されましたが、どういう基準で「その」専門家が呼ばれたのかは不明です。予防接種メーカーとの利益相反も明示されません。関係団体は同席せず、メーカーも参加しません。また、委員会の推奨が決定事項ではなく、最終的には厚労省の中でプラニングがされます(そして、その経緯はブラックボックスです)。専門家委員会が推奨し、その間、厚労省とメーカーなどと「陰の」折衝があり、そして最終的にポリシーが決定される非常に不透明なシステムです。私はある意見交換会で、このような会やパブコメは厚労省がいろいろな人の意見を聞きましたよ、という「アリバイ作りではないのか」と問いただしたことがありますが、それもこのような不透明なシステムでは懸念を払拭できないためです。そして、そのことは皮肉にも厚労省そのもののクレディビリティ(信憑性)を低めています。そして何よりも、この委員会は新型インフルエンザについて「だけ」しか議論しません。
ACIPでは、各ワクチン推奨の決定の基準は「予防接種で予防できる」疾患であるか?、予防接種の副作用の害を利益が凌駕する、というエビデンスがあるか?、コスト効果が充分にあるか?、といった基準で決められます。「○○の学会が陳情してきた」「ワクチン反対団体からの反発が不安」といった消極的な理由で決定されるわけではないことに注意することが必要です。
ACIP会議は年三回行われます。
議事は、あらかじめ決定された議題についての情報提供を行い、ワーキンググループによる推奨の追加、改訂についての提案が行われます。その後、ACIPメンバーによる意見交換、一般参加者による意見交換が行われます。文章の訂正などがここで提議され、最終的な決議をしてよいかどうか、議長がメンバーに訊きます。ACIPメンバーのの一人が決議を提案し、別の一人がこれに賛同すれば投票、となります。投票にて議決されれば、これがアメリカという国のそのワクチンの使用のされ方となります。実に明快なシステムです。投票は口頭で行われ、「○○、イエス」と自分の名前を述べて投票しますから、誰がどのような意見を持っているかは一目瞭然です(ネットで公開されていますから、世界中に分かります)。委員の責任は極めて重いですが、それだけプロとしての矜恃があるのでしょう。
ACIPによって決定された推奨のひとつにVFC 決議があります。これは、州やメディケイド(低所得者などに対するアメリカの公的医療保険)の予防接種プログラムに組み込まれます。ACIPの決定(VFC決議)を遵守する義務が各州やメディケイドにはあるのです。私的保険については、予防接種をカバーする保険かそうでないかによって異なり、これは ACIPの守備範囲外ですが、通常はほとんどの医療保険会社はACIPがVFCに組み込むよう推奨した予防接種をカバーします。予防接種の購入契約は CDCの仕事となります。このようにして、実質的にはACIPの決定がアメリカの予防接種のあり方を決定している、と言えるのです。
ACIPと VFCの関係はちょっと複雑で分かりにくいです。実際、ACIPのメンバーからもよくわかんない、という声も上がっており、VFC決議のもたらすものに関するプレゼンがあったときには、「ようやく理解できた」という声が多々上がっていました。複雑な制度なのですね。
http://www.cdc.gov/vaccines/programs/vfc/acip-vfc-resolutions.htm
http://www.cdc.gov/vaccines/programs/vfc/default.htm
実際の議事進行
今回参加した会議は、10月21日、22日の2日間行われました。朝8時から午後5時くらいまでの長い会議です。
議事進行は以下のように行われました。
http://www.cdc.gov/vaccines/recs/acip/downloads/agenda-oct09.pdf
21日、まずはアメリカで承認されたばかりのヒトパピローマウイルスの2価ワクチン(HPV2, GSK)の推奨についての議論がありました。アメリカではすでにメルクによる4価のワクチンが2006年から承認されており、10-11歳になったら全ての女性が3回のワクチンを接種するようACIPから推奨されています。今回は、これに新たに承認された2価のワクチンを組み込むための議論でした。この2 価のワクチンは最近日本で承認されたものと同じものです。日本では「任意接種」なので、要するに「打ちたい人は勝手に打てば?」ということです。日本という国が我が国の子宮頚癌をどうしたいのか、女性の健康をどこまで守りたいのか、というビジョンがここにはありません。申請を受け、審査して、承認するだけです。
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=234033&lindID=4
ACIPのHPV2のワーキンググループの代表がヒトパピローマウイルスが起こす子宮頚癌、陰部のコンジローマなどの疾患について、ワクチンについて、コスト効果について、両ワクチンのアジュバントの違いについてなど多方面にわたる情報を提供するプレゼンを行います。そのうえで、2価のワクチンをルーチンのスケジュールに組み込み、対象年齢などを4価の既存のワクチンと一致させる提案がなされました。このとき、ワーキンググループの提案は「ACIPは4価と2価のワクチンについてとくに優先順位を定めない」という一文を入れていました。
ところが、ACIPのメンバーから「4価のワクチンは陰部コンジローマを予防し、2価はしない。さっきの情報提供ではそのような結論だったが、どうしてそのようなデータから、我々は優先順位を定めない、という結論が導かれるのか?」という突っ込みを入れていました。この後たくさんの議論があり、結局この一文は削除されることになりました。また、この議論では一般参加者のなかからメーカーであるメルクとGSKの代表も発言していました。メーカーのコメントが直接聞けるのもACIPの特徴で興味深いと思いました(新型インフルエンザの委員会では国内、国外含めメーカーは参加しておらず、この辺の情報は完全にブラックボックスでした)。ACIPメンバーから質問された事項について、メーカーもできるだけ情報を開示しなくてはなりません。
また、このワクチンの男性に対する運用についても議論がありました。男性の陰部コンジローマを予防する効果は認められているが、肛門癌、陰茎癌、口腔癌や咽頭癌などの予防効果に対する効果が期待されるが、これを確認したエビデンスはないこと、コスト効果が十分吟味されていないことなどから、ACIPはこのワクチンを男の子全員に接種するルーチンのスケジュールに組み込むのではなく、「希望者は接種してもよい」という立ち位置にするよう提案しました。
すると、男性の患者代表などから、「私はパピローマウイルスで咽頭がんになり、治療に非常に困難を要した。ぜひこのワクチンは汎用されるべきだ」といったコメントが続出しました。注意深くこれを聴くACIP のメンバーですが、結局投票では当初の提案通りで、ルーチン化はしませんでした。
すでに述べたように、投票は口頭で行われますから、誰が賛成して誰が反対したかは一目瞭然です。患者などの意見や見解もきちんと聞き、それはそれとして何が大事かを冷静に判断する、そのようなプリンシプルが貫かれています。日本の官僚が、「これこれを言うと、こんなふうに○○から叩かれるからできない」と弱腰になるのとは対照的です。叩かれることは、全然彼らの責務にとって問題ではないのです。
次に、小児、青少年、成人の2010年の予防接種スケジュールの変更について議論が行われました。これも決議され、ACIPの正式な推奨としてCDCに提出され、これが認められると必要なワクチンがCDCにより購入されます。2010年1月のCDCの週報(MMWR)にも公開されます。小児に対してはVCR決議に組み込まれ、各州とメディケイドがこれを遵守します。
次に、RSウイルスワクチンについてワーキンググループが議論する旨が報告され、現行のRSVの問題点と今後の議論のスケジュールが確認されました。さらに、青少年に推奨されている髄膜炎菌ワクチンを小児に適応させるかの議論がありました。小児については比較的髄膜炎菌による髄膜炎の頻度が低いこと、ワクチンがカバーしないタイプBが原因のほとんどを占めること、青少年に比べて疾患の予後が相対的によいことなどからルーチン化は見送られました。ここでも髄膜炎菌感染症に罹患した小児を代表する患者団体から、「小児でもルーチン化せよ」という陳情がありましたが、決定は覆りませんでした。
この後、一般参加者からのコメントを募り、第1日の日程は全て終了しました。
第2日(10月22日)は、黄熱病ワクチンの運用から始まりました。現在でも南米、アフリカの一部で問題になる蚊を媒介する感染症です。日本にも黄熱病ワクチンはありますが、副作用の懸念から検疫所と検疫衛生協会でのみ接種ができます。アメリカでも予防接種のできるクリニックは登録が必要ですが、とくに検疫所には限定していません。これだけ海外旅行をする人たちが増えたのに、時代錯誤なルールが長い間続いているのです。ACIPのように定期的に現行のワクチンの運用方法を見直すシステムがないので、一度ルールが決まってしまうと、「不祥事」でも起きない限り、ずっとそのルールは見直されることがないのです。
黄熱病についての基本的なプレゼン。1970年から欧米では9人の黄熱病患者がでており、そのうち8人が死亡。すべて予防接種がなされていませんでした。その一方、ワクチンの重篤な副作用もよく知られており、黄熱ワクチン関連の多臓器傷害は特に問題です。今回の改訂は妊婦、授乳時、HIV感染のあるとき、胸腺疾患のあるときなどの推奨度についてとくに行われました。日本では、副作用の発生があるとリスク・利益のバランスを十分に吟味せずに「禁忌」となることが多いですが、「禁忌」、contraindicationはアメリカでは少ないです。例えば、授乳による新生児のワクチンによる脳炎の報告が2例されていますが、これをもっても「禁忌」とはならず、あくまでも授乳やワクチンのリスクと利益を勘案する「注意」precaution となっています。
次はロタウイルスワクチンでした。小児の重症腸炎の原因になるロタウイルスですが、アメリカでは2種類のワクチンが存在します。ロタウイルスワクチンは1999年に1回承認されていますが、腸重積の副作用が問題となり、一度承認を取り消されています。これを受けて2006年から新しいロタウイルスワクチンが新たに承認され、2008年に別のワクチンが承認されています。この安全性に関わるデータのプレゼンがありました。いちどぽしゃっているワクチンで、副作用についてはかなり詳細なデータの分析がありました。アメリカではワクチン導入以来、ロタウイルス感染症は減少し、流行のピークの遅れと流行期間の減少に寄与しています。
ちなみに今年になって、WHOはロタウイルスを世界の全ての国で用いるよう推奨しています。しかし、日本にはこのワクチンはまだ承認されていません。
http://www.rotavirusvaccine.org/files/WHO_GAVI_PATH_Press-Release-on-SAGE_FINAL_4June09_000.pdf
次は、小児用の13価の肺炎球菌ワクチンです。我が国のニューモバックスは23価の成人用ですが、小児用の7価のワクチンがアメリカでは用いられています。現在、13価のワクチンが承認間近なので議論に上りました。アメリカでは7価から13価への移行を計画しているのです。特にH1N1インフルエンザの問題が大きくなっているときに、肺炎球菌が死亡例でしばしば見つかっています。日本でもこのような議論が必要です。
http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm58e0929a1.htm
日本ではプレベナーの7価が承認されたばかりです。これを13価に移行させることをどのようにするかは、計画を立てておかねばなりませんね。
http://health.nikkei.co.jp/release/drug/index.cfm?i=2009101902090j5
次はインフルエンザです。まずはアメリカの疫学のプレゼン。
オーストラリアでは今はH1N1を定期で予防接種をしていないとのこと。タミフル耐性遺伝子はプレナビルには感受性あるとのこと。妊婦はリスクグループなのでぜひ予防接種を打つように。小児では二次細菌感染は黄色ブドウ球菌(MRSAが主)多いこと。成人では肺炎球菌だが、これは小児の肺炎球菌のワクチンのおかげだと思われるとのこと。このようなことが議論されました。
1価のH1N1インフルエンザワクチンの安全性についてのプレゼンテーションもありました。ワクチン安全性のモニターシステムは全てのワクチンに適応可能なものを援用しているので、H1N1に特化したものではないそうです。
vaccine adverse event reporting system (VAERS)はCDCとFDAの共同によるプログラムで、自発的な報告に依存しています。重篤な症状については詳細を調べます。これは毎日行っています。問題としては、自発的な報告であること、分母が分からないこと、因果関係を証明するのには有効でないことが挙げられています。
これとは別にマネジドケア機構と共同している報告システムもあります。また、defense medical surveillance system DMSSモニタープランというのもあるそうで、これは軍隊を対象としたモニターシステムだそうです。他にもいくつかのモニターシステムがあり、アメリカの予防接種の安全性はたくさんのモニターシステムを併用することで運用されているようです。
1976年のインフルエンザワクチン接種では多くのギラン・バレー症候群(GBS)の報告があり、問題となりました。従って、今回のH1N1インフルエンザワクチン接種後のGBSの発見には神経学会などが協力してモニターしているとのことでした。
次にH1N1ワクチンの運用について。アメリカでは当初の予定よりもワクチン配給の遅れが生じています。11月までに4000万人分、ゆくゆくは2億人以上のワクチンを確保する予定で、日本と異なり、国内全員に提供することが前提となっています。ただし、10月にはどのくらいのワクチンができるの?という質問には明快な答えがメーカーからなかったです。また、一つのメーカーは技術的な問題が生じて製造が遅れている、という報告もありましたが、どのメーカーかは教えられないとのことで、アメリカといえどもメーカーの情報開示は完全ではないようでした。
興味深かったのは、ACIPにおけるプライオリティーグループの決定への意見。彼らは、優先順位決定をあまり厳密にすると、逆に現場の接種がうまくできなくなるのでACIPはあまり厳しくプライオリティーを「制限」しない、と言っていました。ワクチンの遅れがなければそもそもプライオリティーリストは必要なかったはずだ、というのがACIPの見解。 ACIPはできるだけたくさんの人がとにかく予防接種を受けることが大事であると過去にACIPはプライオリティーをつけすぎて現場の運用が難しくなったことがあったのだそうです。
私(岩田)も同じ意見です。要するに国民全てに予防接種を提供する、と宣言してしまえばプライオリティーリストは消滅する。5千何百万人に提供する、なんて言うからあれやこれやもめるのです。ノアの方舟のように乗せる人と乗せない人を分断してしまうとルサンチマン(怨嗟)が生じます。厚労省のプランみたいに、ナースは接種するけど事務員はしない、という分断は倫理的にも許容しにくいです。ノアの方舟ではなく、東京駅のタクシーです。
なるほど、東京駅では、みんないっぺんにタクシーに乗ることはできないですから、順番を作ります。先に乗れる人、少し遅れる人もあるでしょう。足の不自由な高齢者などは列を作っても先に譲ってもらえるかもしれません。でも、列の後ろにいる人も、いずれは、いつかは絶対にタクシーに乗れるのです。待つのは大変かもしれませんが、でも「いつかは絶対に打てる」。このような強力なメッセージを必要としているのです。ACIPメンバーは明快に、「プライオリティー」は作りたくない、と明言したのでした。CDCのガイドラインもよく読むとそのように書いてあります。いつかの専門家委員会の時、厚労省の資料はCDCのデータを曲解してCDCが「接種対象を定めている」かのように書いていましたが、それは間違いなのです。
アメリカの新型ワクチンは今でも鶏卵を使っていますが、これは将来技術的な改善が必要だろう、という意見も出ていました。細胞培養にするといいのでは、という意見と、「新しいテクノロジーを導入する」コストもあるのでそれが全てを解決するわけではない、というサノフィ代表のコメントもありました。
安全性については、このワクチンが普通のワクチンよりも危険だと信じる理由がない、という根拠のみが挙げられていました。ここは今回の議論の弱点だな、と思いました。
アメリカは7月、8月に臨床試験のために100万ドル以上を支出し、フェーズ3を現在行っていところだそうです。ワクチンは無料ですが、私的医療保険も巻き込み、医療従事者には適切な報酬がでるように計画している。このほかに、学校における集団接種なども計画しています。現在、アメリカでは毎日1000万本のワクチンが提供されています。また、各州からワクチンの分配についてうまくいっているかフィードバックを毎週受けています。
たとえば、テキサス州では2,3歳の子どもを最優先と「提案」していますが、実際には接種の方法は各自で決めています。これが、あるべき姿でしょう。ベーカー医師も明確に「CDCは州に提案はできるが、最終的な決定は地域でやるべきだ」と明言しています。
http://www.cdc.gov/h1n1flu/vaccination/vaccinesupply.htm
ワクチン分配の方法はまちまちで、州で決めているのが28,各地域で決めるのが14,その混在が3つでした。アメリカでは地方分権が進んでいるので、自分たちのやることは自分たちで決めます。決して「連邦政府は丸投げにしている」なんて文句は言いません。予防接種接種場所もお店や学校など、いろいろなところで州が工夫してルールを作っています。もちろん、接種のための基礎疾患を持ってますよ、なんて証明書なんて要りません。なにしろ、最終的には「全員」に接種するのですから。
ハーバードの研究では、一般の方のワクチンに対する態度に対するアンケートがなされ、アンケート回答者の53%のみがワクチンを打つ、という回答でした。アメリカでは、国が推奨しても「自分のことは自分で決める」という文化なので(良くも悪くも)、普及は中々進みません。接種しない理由は副作用への心配と、新型インフルそのものはかかってもよい、という考えによるようです。また、「not trusting public health officials」(お上は信用できない)が31%もありました。
また、季節性インフルエンザワクチンが安全だと思っている人は57%もいるのに、新型については30%台でした。
1回打ちか2回打ちの議論は、生ワクチンと不活化ワクチンのデータを待っているとのことでした。
アメリカのワクチンはH1N1はアジュバントなしです。中国のワクチンのデータのNEJMの論文も報告されていました。
http://www.cdc.gov/h1n1flu/vaccination/vaccine_keyfacts.htm
http://content.nejm.org/cgi/content-nw/full/NEJMoa0908535v1/T1
そのほか、気がついたこと
何度か「懸念」「おそらく」という議論がされたとき、ベイカー議長が、「ACIPの推奨はエビデンスベイスドで行う」と繰り返していたのが印象的でした。懸念だけでは、意思決定はしないと明言していたのが印象的でした。
推奨は明快に誤解の無いように、判断に困らないように、現場の裁量でいかようにもとれるような文章は避けた方がよい、というコメントもされていました。その理由は、アメリカでは多くの場合予防接種はナースの仕事であること。ナースは(医師より)ルールを厳密に守ること、からだそうです。羨ましくもあり、耳が痛くもあります。
予防接種後のHPVワクチンの意識消失発作の議論もありました。接種後15分間の観察期間を置くべきか?15分とはどういう科学的根拠か?実際にそんなことできるのか?列を作っている俺のクリニックでは、待つ場所なんてない、、など多くの議論がなされました。こういうことは、現場でやっている人でないと分からない。ACIPのメンバーの多くが実際に外来で診療をしている臨床医なのにこのとき気がつきました。現場の構造が分からなければ、予防接種のルールは作り得ない。そのことを確認したときでした。
添付文書とACIP推奨について
ACIPは承認された予防接種を扱うので、その推奨がでるときにはすでにワクチンの添付文書はできあがっています。では、ACIPの推奨と添付文書に齟齬があるときはどうするのか?
こういう質問を参加者の一人にしたら、それは気にしなくてよいのだ、ということでした。添付文書は添付文書、ACIPはACIP。基本的には現場の医師が最終的には適応や禁忌といったメッセージを勘案して決めるので、添付文書にないことをACIPが推奨するのは全然かまわないのだそうです。
日本では医薬品の添付文書が「聖典」と化している問題があります。本来、添付文書は医薬品の取り扱いに関する薬事法に基づく公文書で、医師が添付文書通りに診療し、医薬品を用いなければいけない義務はありません。また、55年通知にもあるように、本来医学的に妥当なプラクティスであれば添付文書通りに診療しなくても診療報酬は認められるはずなのです。
http://watanabe-oncology.spaces.live.com/blog/cns!313416DBEE1FE6B5!253.entry
しかし、このことを知らない医師、そして国保・社保の審査員は多いし、また知っていてもあえて無視する者も多いです。我々は医療のプロですから、本来医学的に妥当である最新のデータに基づいて医療を提供すべきであるし、また医療制度、医療保険もこれを後押ししなくてはなりません。
予防接種についても同様で、日本版ACIPを作る場合にはこの添付文書の問題を明確にし、推奨の遂行に問題が生じないようにしなくてはなりません。
また、厚労省やPMDAも添付文書が事実上「聖典」と化している日本の現実をきちんと直視し、「そんなことは我々は言っていない」と「言い訳」をするのではなく、「添付文書とはそもそもこういうものだ。医師は必ずしも添付文書通りに診療する必要はない」と明記、明言すべきです。長妻厚労大臣にはぜひ明言して欲しい。
結語
やはり見ると聞くとは大違いで、実際に参加・観察してみてどのようにACIPが構成されているかがよく分かりました。
議論の内容は、実のところ結構基本的で、日本の専門家集団でもこのくらいの質の議論はできると思います(臨床的なアウトカムなどEBMのところが日本は弱いですが、アメリカに全く近づけないほどでもないでしょう)。ヒューマンリソース的には15人とリエゾンからなるACIPの構成は可能です。ワクチン学会と小児科学会だけに任せるのではなく、化学療法学会、感染症学会、臨床微生物学会、環境感染学会など感染症関連学会、今度統合されるプライマリ・ケア関連学会、内科学会、感染症情報センター、PMDAなど多くのプレイヤーをリエゾンさせて構成させることが大事でしょう。問題は委員そのものではなく、運用の方ですね。人手の足りない厚労省にこれをやらせるのは無理でしょうし、また、そうするべきではないでしょう。厚労相に任せると、厚労省が最終決定機関になってしまう恐れがあり、それでは今と同じだからです。国立感染症研究所感染症情報センターなどがこの任には適切だと思います。
日本では、関連学会の協力はまだまだ不十分です。今まで社会的なコミットメントはほとんどなかった化学療法学会と感染症学会ですが、最近臨床医へのセミナーを開いたり新型インフルエンザ診療ガイドラインを作ったり、ずいぶんと進歩しています。でも、こないだある幹部クラスと話をしていたら、その先生はプライマリ・ケア系の学会の存在すらご存じありませんでした。多くの感染症はプライマリケア医に診療されているのに、です。この辺のディスコミュニケーションが日本の大きな問題でしょう。
2009年10月27日 (火)