自公政権の新自由主義的な社会保障削減政策によって日本の医療制度は荒廃の一途をたどってきた。民主党はこの点では幾つかの是正政策をならべている。しかし、その枠組みは新自由主義と紙一重の「自己責任論」に傾いている。「医療・介護は人権」という立場からの労働者・民衆の闘いが必要である。(編集部) 前向きのスロ ーガンが並ぶが
民主党のマニフェストを見ると、「社会保障費二千二百億円削減は行いません」、「後期高齢者医療制度は廃止し、国民皆保険を守ります」、「医学部学生を一・五倍に増やし、医師数を先進国並みにします。看護師などの医療従事者も増員します」「ヘルパーなどの給与を月額四万円引き上げて、介護にあたる人材を確保します」などの医療政策に前向きなスローガンが並んでいる。政権交代から一カ月がたとうとしている。その間にも、社保病院の売却方針が転換され、後期高齢者医療制度の一二年度末での廃止が打ち出された。自公政権の社会保障費抑制政策によって荒廃した日本の医療は、新政権によって回復することができるのか検証してみた。マニフェストだけでは具体的政策がわからないので、「崖っぷち日本の医療、必ず救う!(民主党医療政策の考え方)」(以下「考え方」)を検討した。 国民皆保険制度 の危機に無自覚 一読して気づくのは「考え方」には、「医療・介護は人権」という視点が希薄というより、基本的人権という視点がないということである。ここで述べられる医療とは、あくまでも対価を払って購入するサービスである。そのため信じられないことに、国民皆保険制度と地域医療の崩壊という大問題が正面切って取り上げられていない。 「国民皆保険制度の維持発展」の項では、高すぎる国保料が払い切れず無保険世帯が生み出され、皆保険制度が崩壊状況にあることには触れられていない。国保がここまでの崩壊状況になったのは、八四年に国が国庫負担金を削減したため国保料が急騰したことが原因である。八四年当時五〇%だった国庫負担率は現在二七%まで落ち込んでいる。そのため現在百二十六市町村では所得の二〇%を超える保険料を徴収しており、国保の負担料格差は三・六倍、滞納世帯は加入世帯の二一%、四百五十六万世帯にもなっている。ところが、この深刻な事態に「考え方」は全く触れていない。僅かに一行「国民健康保険を運営する自治体への財政支援を強化し、地域間格差を是正します」と書かれているだけである。そのため、緊急に無保険世帯に保険証を発行すること、高すぎる保険料を引き下げること、保険料の減免措置を拡充すること、その為には「財政支援」ではなく国庫負担金を大幅に引き上げること、そして三割もある窓口負担を引き下げるといった政策は全く出てこない。書かれているのは、国民皆保険を守るために「被用者保険と国民健康保険を順次統合し」「地域医療保険として、医療保険制度の一元的運用を図ることにより、国民の生命・健康を公平に支える」ことである。 これは新自由主義的な大変危険な政策である。実は「公平」という言葉の後ろには、「負担」の二文字が隠れている。つまり「公平な負担」で支えあいましょうという発想である。医療保険は、保険という形態をとっているが社会保障であり、助け合い制度などではない。「考え方」は、基本的人権を保障する医療保険を、独立採算で運営される助け合い制度のように位置づけている。 このような理念で、政策が実行されれば、被用者保険と国保の統合は、現在ある被用者保健の事業主負担を大幅に軽減させるきっかけに、また「地域医療保険」は自治体負担の軽減に利用されることは確実である。このように基本的人権保障という視点がないために、民主党の政策は「生活が第一」と言いながら、新自由主義に親和的であり、あくまでも大企業寄りである。 地方独法化と 独立採算強制 国民皆保険制度の崩壊とともに、「考え方」が考えないのが地域医療の崩壊である。「診療報酬」のところで「地域医療を守る医療機関を維持」という見出しがあるが、地域医療の崩壊状況については全く触れられていない。また、これまで地域医療を支えてきた公立病院を切り捨てる「公立病院改革ガイドライン」(以下「ガイドライン」)を否定していない。「ガイドライン」が強制した「経営改善プラン」のために、現在、全国の公立病院の三割がベッド数の削減を決めるか検討している。これがすべて実行に移されれば全病院のベッドの三・四%がなくなってしまう。民間医療機関が少ない小規模自治体ほど、公立病院の役割が大きいが、そうした自治体ほど財政基盤が脆弱なためベッドの削減、診療所への移行を決めていることが多い。このような、財政的評価だけによる一方的なベッドの削減は、多数の医療難民を生みだし、地域医療を崩壊させることは確実である。地域医療の崩壊は地域の崩壊に直結する。今すぐ「ガイドライン」とこれを策定するきっかけになった自治体財政健全化法を破棄し、ベッド数の削減にストップをかけなければならない。ところが国民皆保険と同じように、ここでも民主党の政策は逆走しそうな雰囲気である。 長妻厚労相は、社会保険病院・厚生年金病院を一括で「地域医療推進機構(仮称)」という新機構に移行させることを発表した。売却方針が撤回されたことは歓迎すべきことである。しかし民主党は「地域医療推進機構」に、今後「公立病院を機構の中に組み入れて運営していく」方針であり、総務省が現在進めている「ガイドライン」の流れに沿っていくと述べている。「ガイドライン」に沿っていくということは、「地域医療推進機構」は、地方独立行政法人として整備されることが確実である。 売却方針撤回を報じた新聞には、「公営を維持」という見出しが躍っていた。しかし地方独立行政法人として運営されるならば、公営とは言い難い。地方独立行行政法人は、あくまでも公共サービス民営化の手法でしかない。独立行政法人としての運営は、独立採算制を求めサービスや職員の労働条件の切り下げを行うことに目的がある。現に厚生年金病院は四病院が、社保病院は十三病院が赤字で運営されている。 「考え方」は、「地域医療を守る医療機関の入院については、診療報酬を増額します」、「公的な病院を政策的に削減しません」と書かれている。一見結構な政策だが落とし穴がある。たとえば、過疎地にありへき地医療を担う病院は、診療報酬を増額されても、過疎地であり患者数が少ないのだから赤字経営は変わらない。であるから診療報酬の増額と共に、地域に必要な医療ニーズを自治体がしっかり把握して、それに応えられるような自治体病院の運営を行えるように自治体を財政的に支援することが絶対に必要である。 診療報酬の増額と地方独立行政法人化による独立採算の強制がセットになって強制されれば、「政策的に削減」しなくとも診療を縮小する公立病院が出てくるだろう。 後期高齢者医療 の廃止は延期 後期高齢者医療の廃止が一二年度末まで延期されたことも問題である。後期高齢者医療制度は二年ごとにかかった医療費、後期高齢者の人口をもとに保険料を算定していくシステムになっている。そのため来年四月には大幅な保険料の値上げが予想されている。廃止先送りは許されない。長妻厚労相は、保険料を徴収する自治体窓口のシステム改修に時間がかかると述べている。恥知らずにも新政権も七十五歳以上のお年寄りから保険料を徴収するつもりのようだ。即刻七十五歳以上は保険料も窓口負担も無料にするべきである。そうすればシステム改修に伴う費用も少額で済むはずである。 「自己責任論」 への転落も 国民皆保険、地域医療における民主党の医療政策を検証してきた。「医療・介護は人権」という観点を持たない民主党の政策は、このほかにも矛盾点が多数ある。たとえば地方自治体が責任を持ってその地方のニーズに合った福祉政策を実行しようとすれば、仕事に見合った正当な処遇を受けた地方公務員労働者が必要である。ところが民主党は公務員バッシングを繰り広げ、いたずらに公務員の削減を主張している。 このままでは「地域医療の充実」を、地方独立行政法人に雇用された不安定・低処遇労働者が担うといったおかしなことが起きかねない。自治体が公共サービスの実施者責任を地方独立行政法人や市場を通じて民間に丸投げしては、公共サービスの質は維持できないことは、コムスン事件、ふじみ野市プール事故などで明らかである。ところが民主党の政策は、この点に関して非常に曖昧である。この曖昧さは「二万六千円の子ども手当」に象徴されるように、何かというとすぐに現金給付の政策を提案してくることとセットである。現金給付に偏った政策は、「お金を援助したのだから後は自己責任で」という発想と紙一重なのである。国・地方自治体が公共サービスの提供に最後まで責任を持たなければ、補助金をもらったけど必要なサービスを購入できないという事態になりかねない。 その他の社会保障政策でいえば、民主党は「応益負担の障害者自立支援法」を廃止すると主張している。悪法である「自立支援法」の廃止は結構なことである。しかし応益負担で制度設計されているのは介護保険も同じである。応益負担が問題ならば介護保険も当然廃止するべきである。 都立小児病院廃 止問題が試金石 以上みてきたように民主党の、一見すると医療に対して前向きともいえるスローガンが、具体的政策になると新自由主義と紙一重になり、全体の整合性を欠いている。この原因は財源問題を避けているからである。財界と高額所得者への徹底した課税を要求しない民主党の政策は財源問題に弱点を持つ。そのため、一歩間違えば自己責任の新自由主義的政策に転落する可能性がある。 民主党に総選挙での勝利をもたらしたのは、茨城県医師会が後期高齢者医療制度を巡って民主党支持に回ったことに象徴されるように、医療を始めとする社会保障を切り捨ててきた自民党への怒りである。われわれは、民主党の政策の危険性を暴露し、皆保険制度、地域医療を真に充実させる政策に転換させるように、地域運動を組織し民主党に対する圧力を強めなければならない。 民主党が「生活が第一」の党に転換できるかどうか、住民運動の力で民主党に転換を強制できるかの試金石になるのが、十二月都議会における都立三小児病院廃止を巡ってである。地域小児医療を支えてきた清瀬、八王子小児病院と、全国唯一の小児精神専門病院である梅ヶ丘病院を廃止する条例が昨年度の都議会で可決された。しかし強力な反対運動を前にして廃止条例には実施日時が書かれていない。 今回の都議選で第一党になった民主党には、党の公約を越えて小児病院存続を訴えて当選した都議もいる。青少年に新型インフルエンザが猛威を振るう時に小児病院を廃止する愚行を止めさせるためにも、地域から都議会民主党への圧力を強める必要がある。 運動の圧力で政権党である民主党の医療政策を利用して、真に民衆のための医療政策を実現させよう! (矢野 薫)
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