ほさか・のぶと 前衆議院議員 社会民主党副幹事長 国会質問が500回を超える“国会の質問王”として活躍したが、先の衆議院選挙で落選。「公共事業チェック議員の会」の事務局長として、八ッ場ダム、泡瀬干潟の問題に取り組んできた経験を活かし、『週刊朝日』で「国会の質問王、保坂展人が現場を歩く」のシリーズで執筆中。ブログ「保坂展人のどこどこ日記」連日更新中。住民を追いつめたのは誰なのか 編集部 今年9月の鳩山政権発足と同時に、前原誠司国土交通大臣が、群馬県吾妻郡の吾妻川で進行中だった「八ッ場ダム」の事業計画を中止すると発表したことに対して、注目が集まっています。特に当初は、地元住民の代表が前原大臣との意見交換会への出席を拒否するなど、「中止反対」が住民の総意であるかのような報道が目立ちました。 保坂さんは、政権交代以前から公共事業の「ムダ」を強く指摘し続けられていて、先日の『週刊朝日』にも「八ッ場ダム――隠された真実」という、計画のさまざまな問題点を指摘する記事を寄稿されていましたが、一連の報道をどう見ておられましたか? 保坂 最初のころの報道は、あまりにもひどくて驚きました。建設中の橋脚の映像を見せて、「7割はすでに完成しており、あと3割、約1000億円の予算を投入すれば出来上がる。つくらないほうが予算の無駄だ」なんてテロップが入る。おっしゃるとおり、「ダム建設は住民の悲願であり、その住民の声を無視するなんてけしからん」という声のオンパレードでしたね。 その後、私も自分のホームページなどで、それに対する反論や、そもそも八ッ場ダムの歴史とは、といった情報を書いて出したりしたんですが、そのうちに少しメディアのほうも調子が変わってきたかな、と思います。治水の効果や利水のニーズが本当にあるのかという議論も始まって、ある民放のアナウンサーからも「これまでは反対派の声しか取り上げてこなかった」という自省の言葉を聞きました。 それにしても、「反対派」というと僕はどうしても「ダム反対派」のことだと思ってしまうんだけど、公共事業の中止に反対する人たちが「反対派」と呼ばれるようになったのはが、おそらく初めてのケースでしょう。政府の中止宣言に対して「反対だ」ということなんでしょうが、「軸が移動した」ということを強く感じたし、非常に面白い現象だなと思いましたね。 編集部 最近も八ッ場ダム建設予定地の現場に足を運ばれたそうですね。実際に耳にされる地元住民の声というのは、どうなんでしょうか? 保坂 「中止が決まって、本当によかった」という人もいますよ。すでに整備された道路は無駄になるわけじゃないし、あとあの地域はJRの線路が、大雨になるとすぐ止まってしまうような危険なところを走ってるんだけど、「どうせダムができて沈んでしまうから」というので、ここ半世紀ほとんど手が入っていなかったんですよ。だから、これで交通インフラの改善が進むんじゃないかという期待もある。 ちなみに、実は今、八ッ場ダムは視察ラッシュなんですよね。 編集部 視察ラッシュ? 保坂 自民党の県議団とか、公明党の都議会議員団とか。「(事業中止決定は)地元住民の声を無視したフライングで、強引じゃないか」といって、前原大臣から一本取りたいということでしょう。事実、当初はそれが可能なようにも見えたじゃないですか。 ただ、彼らに言いたいのは「これまで強引にやってきたのはあなたがたでしょう」ということですよね。これまでの政権があまりにも強引に事業計画を進めてきたからこそ、住民は国を信じられなくなったし、「一切自分たちの声は聞いてもらえないんだ」ということで、あきらめてしまった。 50年以上も、人々がダムという大きな問題を抱えながら生きざるを得なかったというのは、大変な犠牲ですよ。あきらめて出て行ってしまった人も多いし、コミュニティも崩壊してしまっている。それなのに、その状況を押しつけた当人たちが今頃になって「住民の立場を考えろ」なんていうのは、天に唾するようなものでしょう。 しかもそれで、中止反対派の住民を「どうしても造ってもらわないと困る」と、まるで決死隊みたいに演出して矢面に立たせる。あまりにやり方が悪辣だと思います。結果として、地元役場には中止反対派に対する「住民のエゴだ」といった抗議電話が殺到したそうですよ。 現実性がない「ダム湖観光で地域振興」 編集部 では、八ッ場ダム事業計画の、具体的な問題点についてもお聞きしていきたいと思います。 『週刊朝日』の記事の中では、まず建設目的の一つとして挙げられている利水の面について、「首都圏の水需要は節水型家電製品の普及で現象を続けているし、八ッ場ダムが完成しても、利根川水系に現在あるダムの利水容量がわずか5%増大するに過ぎず、ほとんど効果がない」と指摘されていますね。さらに、治水効果に至っては、「ほとんど役に立たない」ことを、国交省自身が認めてしまっている、と。 保坂 もともと、八ッ場ダムの計画が持ち上がったのは、1947年に大きな被害が出たカスリーン台風の再来に備えるためということでした。ところが昨年、民主党の議員が出した質問趣意書に対する政府答弁書には、「カスリーン台風と同規模の台風が到来した場合、下流の計測ポイントで計測されるピーク流量は、ダムの有無によって違いはない」とあるんです。まあ、カスリーン台風と同じルートで来たらそうなるけれど、違うルートで来たときには役に立つというのが彼らの言い分なんでしょうが。 編集部 また、ダムの完成後は、ダム湖とその周辺を一大観光地にして地域振興につなげるというのが、これまでの国や県の主張だったわけですが、これについてはどうなんでしょうか。ダム湖を観光資源にして成功した例は、実は全国でもほとんどないんですよね。 保坂 しかも、ダム湖の上流には、東京電力が発電用水を確保するための「長野原取水口」があります。ここに、水力発電用水を溜める高さ15メートルくらいの堰、いわば一種の小さなダムがあるんですが、これは多分、八ッ場ダムの将来の姿をかいま見せてくれる場所だと思います。 編集部 というと? 保坂 つまり、ここに流れ込んでくる上流の川の水の中には草津温泉などの観光地からの排水や、畑で使用された肥料などが大量に混ざっている。結果として、水が富栄養化して藻類が異常繁殖するんです。夏ともなれば青みがかった色になって、悪臭がするような状態になる。僕が先々週行ったときにも、決してきれいとは言えない色でしたね。 八ッ場ダムができれば、この水もそのダム湖に流れ込むわけです。八ッ場ダムは大きくて深いから、希釈されてもっときれいな水になると国交省は言うかもしれないけど、実は夏場の八ッ場ダムというのは、豪雨による洪水に備えるために、水位を満水時の4分の1に下げる予定なんですね。そうすると、そもそもダム湖畔に立っても、のぞき込まないと水面が見えないような形になるし、水質を考えてもとてもじゃないけどきれいな湖面になるとは思えない。そこでボートを浮かべて遊んだり、というのは考えにくいですよね。 年間10億円をかけた「中和事業」 編集部 上流には、強い酸性質を持つ吾妻川の水を石灰で中和するための「中和工場」と、そこで発生する生成物を溜める「品木ダム」があって、ここにも多くの問題点がある、と指摘されていますね。 保坂 もともと八ッ場ダムの建設は、計画が持ち上がった後に一度中止になりかけたことがあるんです。反対する地元住民たちが「こんなに酸が強くて、魚も住まないような川の水を下流の人に飲ませられない」と主張したんですね。しかし、建設推進派は執念で中和工場を完成させて、ダムの計画を進めてしまった。 編集部 中和工場というのは、どういうものなんですか。 保坂 仕組みは原始的です。石灰を山から切り出して、破砕して粉にしたら、これを水と攪拌して「石灰ミルク」をつくる。それをパイプで川に流すんです。それによって強酸性の水が中性化して、かわりに発生する石灰生成物、つまりヘドロが品木ダムに溜まるわけですね。 白木ダムのパンフレットには、「貯水のためではなく、石灰生成物を溜めるための、日本で初のダムです」といったことが書いてある。しかし実は、40メートルの深さがあったこのダムも、中和事業が始まってからどんどんヘドロで埋まってしまって。1988年から浚渫作業が開始されたんですが、それでも今は一番深いところで5〜6メートルの深さしかないという状態です。 編集部 浚渫作業というのは? 保坂 湖面に浚渫船を浮かべて、底に溜まったヘドロをすくい上げるんです。それを、脱水してからダンプに積んで、工場でさらに圧縮してから近くの山に捨てに行く。「山から出したものを山へ返す、究極のリサイクルです」と国交省の職員が説明していました。さすがにそれではまずいと思ったのか、「セメント化も研究中です」と言っていたけど、7年前に聞いたときも研究中だったし、今も研究中ですからね。 そして、この中和工場の事業予算が、年間10億円なんです。石灰を買う予算だけで2億円ですから。それが46年間続いている。この、始めてしまった事業は半永久的にやらざるを得ないというのは、いかにも「土建国家日本」を象徴しているなあと思いますね。 編集部 10億円…。これは一応、八ッ場ダムとは関係ない事業ということになっているわけですよね。 保坂 国交省はそう言っているけど、これでダム計画が一気に復活したのは事実です。 しかも、「酸の害を防ぐ大事な事業だ」と国交省は言っているけど、本当にそれが必要なのかという問題もある。僕もまだこれ自体を「中止すべきだ」というところまでは踏み込めていないんですが、吾妻川というのは、もちろん昔から強酸性だったわけです。でも、下流のほうになればいろんな川から水が流れ込んできて希釈されて、魚も住むようになるわけだし、問題なのはあくまで「吾妻川の水は飲んじゃいけない」ということ。だから、吾妻川流域に住む人たちは沢の水などを飲料水にしていたんです。 そう考えると、ダムという話がなければ中和工場も必要なかったんじゃないかと思えるし、少なくともダムをつくらないのなら、中和をし続けることがいいのかどうかをもういっぺん考える必要はあるんじゃないか。もちろん、橋に使われている釘やコンクリートが酸で駄目になるとか、「酸の害」というのはあると思います。ただ、じゃあ日本中のそういう酸の強い川すべてで中和事業が行われているかというと、そうではない。品木ダムの他にはあと1カ所、秋田県の玉川温泉にあるだけですから。
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