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■ 『from 911/USAレポート』第430回
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「疑惑のフロアマット、負けるなトヨタ」
先週以来のアメリカでは、トヨタ車に関する大規模な「不具合?」が報道され
てい
ます。正式な「リコール・キャンペーン」の発動はまだですが、該当車種のドラ
イバ
ー全員には文書で注意喚起を行う一方で、全車種について無償修理をするという
報道
もあり、深刻な事態になりつつあります。このニュースを受けて、アメリカでは
「ト
ヨタの技術イメージに翳り」などという報道も見られます。
ですが、この問題は、本当にトヨタ本社の技術的なミスなのでしょうか? 私
には
疑問が残ります。
とにかくニュースでの扱いはセンセーショナルでした。ABCテレビが何度か
報じ
ていた内容によれば、カリフォルニア州のハイウェイ・パトロール隊員が運転す
るレ
クサスES(カムリV6の艤装高級化バージョン)が、高速で暴走して他のクル
マに
衝突後に大破炎上して4人が死亡したというのです。ショッキングだったのは、
事故
直前の911(緊急)通話の内容が録音されていたことでした。「アクセルが引
っか
かって暴走している」という声からはじまって「交差点だ。もうダメだ。神に祈
るし
か・・・」という声と共に録音は途切れているのです。
今のところ発表されているのは「フロアマットに不具合があって、マットがア
クセ
ルペダルの下に引っかかってアクセルが戻らなくなり、時速190キロで暴走し
た」
というストーリーです。フロアマットというのは、クルマの床に敷くカーペット
のこ
とですが、それがズレてしまい、アクセルペダルに引っかかってアクセルが戻ら
なく
なったというのです。事故車には長くブレーキを踏んだ形跡があることと、問題
に
なっている「疑惑のフロアマット」があったのは事実だそうです。
調べてみると、ある交通事故専門の弁護士のサイトにあった依頼人の話では「
思
いっきりアクセルを踏んだら、マットがずれてアクセルが戻らなくなってエンジ
ンが
暴走し、エンジンを切って辛うじて止まった」そうです。確かにフロアマットと
いう
のは、ドライバーの靴の「かかと」を乗せる場所でもあるので、思い切りアクセ
ルを
踏む(ペダルを蹴っ飛ばすという表現が「モータースポーツ業界」にはあるぐら
いで
すから)際にマットが動いたというわけです。そして、このカリフォルニアの悲
惨な
事故の場合も、似たようなことが起きたという風に想像できます。
ただ、自動車に詳しい人ならここで「ちょっとおかしい」と思うのが自然だと
思い
ます。マットが「ずれる」ということは普通はあり得ないのです。まず、ズレた
マッ
トが、ブレーキペダルの下に挟まってしまうと、ブレーキを踏んでもペダルが踏
み込
めない、つまり「フルブレーキが利かない」という危険な事態になるからです。
です
から、フロアマットというのは「ズレない」ような対策を施してあるのが普通で
す。
対策は三種類あって、一つはマットの形状を床の全体の窪んだ形に成型して、床
に
マットが「はまる」ように設計する、もしくはペダルをマットから一段高くする
など
して「挟み込み」を避けるという方法です。
もう一つは、マットの底にプラスチックの鋭い突起をたくさん成型しておいて
、
マット自体がその下の本当の車体の床に突き刺さって固定するようにする方法で
す。
普及型のクルマのフロアマットは先に申し上げた「成型」を行った上でこの方式
を
取っています。第三のタイプはもっと徹底した方法で、マットに穴を空けておい
て、
それにクルマの床から金具などを差し込んで固定する方法です。
とにかく、マットを動かないように固定するというのは、自動車のコクピット
の安
全設計の中でかなり重要な問題だと思われますし、実際に各国の自動車メーカー
は、
それぞれに工夫をしていると思います。また日本をはじめとする「カー用品文化
」の
発達したマーケットでは「サードパーティー」製品も出回っていると思いますが
、そ
うした製品も「ズレない」ための対策(例えば上記の二番目)を施しているので
す。
では、今回の「疑惑のフロアマット」は何が問題だったのでしょうか? それ
は
「オール・ウェザー」タイプのフロアマットという代物です。オール・ウェザー
(全
天候型)というのは、その名前が示すとおり「雨や雪でもオーケー」という意味
です
が、何が「オーケー」なのかというと「泥だらけの靴で乗ってもオーケー」とい
うこ
となのです。アメリカではクルマというのは交通手段としてなくてはならないモ
ノで
すし、特に冬の自然が厳しいところ、春夏の雷雨に見舞われるところなどでは、
泥ん
この場所を歩いてやっとクルマにたどり着いたら、靴の泥を落とす余裕もなく(
豪雨
などの場合は特に)クルマに駆け込むというケースはあると思います。
その場合に純正品のフェルト生地などのマットですと汚れてしまいます。そこ
で
「頑丈なゴム製で丸洗いできる」フロアマットが開発され「オール・ウェザー」
タイ
プということで、トヨタやレクサスのロゴを入れて作られているのです。この「
オー
ル・ウェザー」はディーラー・オプションですから、例えばレクサスなどでは本
社の
田原工場でのアセンブリ段階では一切扱っていないと思います。アメリカの販社
ない
し、ディーラーで勝手に作って勝手に売っているものだと思います。
この「オール・ウェザー」タイプが、正に「疑惑のマット」なのですが、そこ
には
問題が三つあります。まず、「オールウェザー」の特徴は「丸洗いできる」こと
です。
ですから取り外してつけ直すことが頻繁とまでは言いませんが、数ヶ月に1回は
ある
という前提です。ですが「乱暴に取り外したりした際の金具の強度」については
、徹
底していないと思います。この取り外しが前提であり、金具構造という点が一点
、そ
して二点目は「重い」ということです。ヘビー・デューティー(頑丈)というイ
メー
ジが「アウトドア的=全天候」というイメージに重なることからとにかく重く作
られ
ており、万が一ペダルにかぶさったり引っ掛かったりした際には、厄介なのです
。
そして、事故車がどうだったのかは分かりませんが、純正のフェルト生地マッ
トの
上に「二重に」この「オールウェザー」の重く分厚いゴム製のものを敷いている
とい
う運用がかなり行われているらしいのです。二重が何故いけないのかというと、
二重
になって厚くなったものが引っかかっては大変というだけでなく、マットの上に
マッ
トを敷くと滑りやすく、また金具がキチンと入らないので動きやすいのです。で
すが、
「オマケ」にしたり「ディーラー・オプション・パッケージつき」として価格の
上乗
せをして「超豪華仕様」に仕立てるために「二重」を知りながら販売しているケ
ース
もゼロではないと思います。またファッション感覚で、後付けで「オール・ウェ
ザ
ー」を買い求めて「薄いカーペット状のマットの上に載せて分厚くして喜んでい
る」
という人もいると思います。
とにかく、こうした問題のほとんどは、トヨタ本社の品質管理とは全く別の場
所で
「勝手に」行われていることだと思うのです。そして、トヨタの技術者が安全の
こと
を真剣に考えて、必死に改良を繰り返してきたクルマであっても、この「勝手に
変え
られた」あるいは「勝手に二重に乗せられた」分厚いゴム製の「オール・ウェザ
ー」
のフロアマットだけは、ハード的にもソフト的にも「アメ車クオリティ」という
代物
だったのだと思います。それを「トヨタの技術に翳り」などと、そのアメリカで
言わ
れているのですから、トヨタは黙っているべきではないと思います。
勿論、アメリカの社会へ向けて開き直れと言っているのではありません。あく
まで
トヨタ本体と、アメリカ販社の間、あるいはディーラーとの間で「本社の安全基
準を
徹底する」戦いをしっかりやって欲しいということです。多国籍企業の経営では
、ロ
ーカルのニーズをつかめとか、判断を現地化せよなどということが言われていま
す。
確かに正しい面がありますし、日本企業が往々にして「ご本社」の意向に振り回
され
て現地事情とズレたマーケティングをやって失敗することが多いのも事実です。
です
が、安全の問題は別だと思います。徹底的に「本社の基準」を妥協することなく
ロー
カルのオペレーションにも貫いて欲しいと思うのです。
アメリカというのは、クルマ先進国ではありますが、ユーザーの技術リテラシ
ーは
非常にお粗末です。また、高速道路の速度規制が厳しい一方で、カーブのほとん
どな
い道路構造もあって、緊急制動や横滑り回避などのドライビングテクニックも低
レベ
ルのマーケットです。また販売員と修理工のキャリアパスが分断されていること
も
あって、販売サイドの技術面での知識も限られています。そんな構造も、こうし
た不
祥事が起きる温床になっています。とにかく、トヨタはこの問題と戦って欲しい
と思
います。これはアメリカ販社の問題であり、間違っても、本体の責任というイメ
ージ
が広がるのは避けるべきです。
そこにはアメリカの自動車販売の商慣習という問題もあります。アメリカでは
特に
高級車の場合は買い取りよりもリースが多いのです。その際には、車両価格より
も、
頭金や月々の支払額といったキャッシュフロー的な「価格意識」を消費者に訴え
るの
が一般的なのです。買い取りであればフロアマットに10万円近い価格をつける
と、
消費者は躊躇するでしょう。ですが、それを36ヶ月とか48ヶ月リースにして
しま
うと、ドンブリ勘定の中でウヤムヤにできるのです。
多くのディーラーは、「スペシャルパッケージ」とか「今月の特別仕様」など
とし
て、こうした「バカバカしく高いフロアマット」を抱き合わせにしておいて、客
が
「そんなものは不要だ」と言っても「フロアマットなしの仕様は日本に注文しな
いと
ダメだ」とかなんとかい言って「あり」の仕様を売りつけるのです。そうした商
慣習
にドップリつかったディーラーが発言権を持っている、そこにも問題があります
。そ
もそも、雨のほとんど降らない南カリフォルニアで「丸洗い可能な全天候型」が
売ら
れているということ自体、ナンセンスなのです。
とにかく、世界の自動車市場は激動の渦中にあります。中でもアメリカの市場
の変
化は激しいのです。変化の時期というのは、真剣に仕事をする人間にとっては飛
躍の
チャンスですが、安易な利益を追求する人間も増える時期だと思います。だから
こそ、
モノだけでなく、オプション品やサービスに至るまで、本当のクオリティの基準
を
持った人間がしっかりとリードする必要があるのです。いい加減な商売をしてい
て、
深刻な問題が起きたら「日本という外国のご本社」のせいにする、そんな体質を
内包
していては戦えないと思うのです。
特に、マーケットの動向は予測がつきません。環境というキーワードが、どこ
まで
「富裕層の自己満足」なのか、どの時点で「全国的なトレンド」になるのか、ま
た政
府の規制がどう誘導されていくのか、あるいは自ら政府に働きかけて誘導する側
に回
るのか・・・そうした変化は「ローカルな問題だから、現地に任せておけば」と
いう
レベルをはるかに越えて、企業経営の根幹を揺るがす問題になると思うのです。
「フ
ロアマット」で、これだけ騒ぎになるのですから、例えば「リチウムイオン電池
の発
火問題」などが将来起きて情報戦、心理戦に失敗した場合は、自分たちに圧倒的
に不
利な規制で締め上げられるよいう可能性は十分にあります。
そうした問題を回避する、だけでなく、自分たちが「アメリカの雇用にも責任
を持
つ存在」として、積極的に発信し政策に影響力を与えてゆく気概、勿論、現在で
もあ
ると思いますが、それをもっとしっかり持って戦って行って欲しいと思うのです
。今
回のフロアマット問題はそうした点における警鐘だと思います。
ここまで書いたところで、朝日新聞の報道によれば「対象車種の全件について
、
マットだけでなくアクセルペダルの形状や位置の修理も検討中」というニュース
が飛
び込んできました。これはマズイと思います。アクセルペダルの構造そのものは
単純
ですが、新車にピタッと組み付けられているものを外して、何らかの改造を施し
、
マットと干渉しないように位置変更をするというのは、面倒な工程だからです。
ミスを少なくするように、ユニット全体を交換するにしても、それはそれでま
た大
きな作業になってしまいます。そもそも、一部の車種の場合は、アクセルペダル
が機
械式ではなく、電気式になっているので、その場合は対応が変わってくるでしょ
う。
万が一、取り付け強度に問題があったり、誤った取り付け方法がされる可能性を
考え
ると、リコールを行うことで、その部分だけが「アメ車クオリティ」になってし
まう
かもしれません。私は膨大なコストをかけて、結果的には問題が起きる可能性を
増や
すだけのように思います。バカバカしく重い「疑惑の全天候マット」の販売と使
用を
中止させる、これが最善の策だと思います。
副収入にこだわるディーラーや「丸洗い」を喜ぶユーザーに遠慮した結果が、
アク
セルペダルの位置変更という「根本対策」に走るのは、危機管理としてベストで
はな
いように思います。それどころか、却って危険を増やす可能性があるのではない
で
しょうか? これから本格的なエコカー商戦に突入する中、トヨタはディーラー
や消
費者を啓蒙する局面がどんどん出てくると思われます。そのためにも、今回の「
フロ
アマット問題」で、流された上での「バカ正直」な判断はすべきではないと思い
ます。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビ
ア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わ
った
か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』
など
がある。最新刊『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492532536/jmm05-22 )