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昨夜9時に、奥さんが中川氏がベットで寝ていることを確認している。多分、酒を飲んで熟睡していたと言うことのはずだ。そうでなければ、言葉を交わしたとか、そういう報道になるはずだから。そして、今朝8時過ぎにベットでうつ伏せになって死亡しているのが確認され、その後、死後7・8時間経過しているとされた。多分、鑑識が死後7・8時間と判断したのだろうから、午前10時ぐらいに確認したと言うことで、死亡時刻は今朝の2時から3時ぐらいの間のはずだ。
昨夜、夕飯時に酒を飲み、午後8時ぐらいにベットに入る。夜中の2時か3時かそのぐらいにトイレに起きて、そのときに、水か何か水分を取るだろう。腰痛持ちということだから、痛み止めの薬をそのときに飲んだかもしれない。そして、その薬がおかしく、そのままベットに倒れこんで死に至った。こんな経過が見えてくるのだが、どうだろうか?
少なくとも、何らかの薬が検出されないか、検死が必要だろう。
ともかく大臣時代とは違って、自宅に警備はつかない。大臣なら自宅横にポリスボックスが作られ、24時間警備がされる。しかし、今は、まったくそういった警備はされていないはずだ。
以下は、ウィキペディアの中川昭一の項より人権擁護法案に関する部分を引用:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E6%98%AD%E4%B8%80
人権擁護法案に対して
中川は、人権擁護法案には明確に反対している。安倍が中川を政調会長に起用したのは、同法案を絶対に上程させないという安倍のメッセージでもある。2006年10月6日、自民党は人権擁護法案の議論を行ってきた党人権問題等調査会の会長ポストを、中川昭一政調会長預かりとすることを決めた。 調査会は事実上、機能停止状態となった。
2007年11月14日、中川は東京都内のホテルで、安倍内閣崩壊以降停滞していた保守政治再建のための勉強会の準備会合を行った。会合には元農水大臣の島村宜伸や、元経済産業大臣の平沼赳夫が参加した。中川は保守主義の大家であるエドマンド・バークの言説を引用し、集団的自衛権の明確化や人権擁護法案反対を強く訴えた。同年12月4日、中川は前述の保守の勉強会を発足させる。同会の名称はその際には決まらなかったが、会長には中川が、最高顧問には平沼赳夫が、議長には島村宜伸が就いた。会には代理出席を含め、50人以上が参加した。出席者の中から、この法案の上程を懸念する意見が相次いだ。同月17日には、勉強会の正式名称が「真・保守政策研究会」に決定した。
2008年2月15日、中川は真・保守政策研究会の人権擁護法案勉強会にて、以前からの持論として同法案を第二の“治安維持法”と激しく批判した。翌16日の大阪府内の講演では、「この法案が成立すれば、私や麻生さんはブタ箱行き」と改めて批判したうえで、同法案上程阻止のため、国民運動を起こしていく考えを示した。
2008年3月10日、憲政記念館で開かれた、人権擁護法案上程阻止のための、いわゆる「人権擁護法案」再提出に対する要請受付国民集会に出席し、同法案には戦前の治安維持法に匹敵する危険性があると主張し、自身に寄せられる国民の声の中に賛成意見はただの1つもない点、また、同法案推進派議員が反対派に対して脅迫とも取れる発言をしていたことを明らかにした。
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