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http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090928/205678/?P=1
ニュースを斬る
2009年9月29日(火)
返済猶予によって救済されるべき企業とは
中小企業金融にコンプライアンスの視点を
郷原 信郎 【プロフィール】
昨年の秋のリーマンショックを契機とする金融危機以降、日本企業の多くが、景気の急激な悪化の直撃を受け、危機的な経営状況に陥った。
返済猶予制度(モラトリアム)をめぐる議論の背景
経営基盤が強固な大企業であれば、景気の悪化・低迷に耐え、景気回復を待つことも可能であるが、経営基盤の脆弱な中小企業の場合は、独自の技術・ノウハウ、有能な人材を擁し、地道な経営を続け、あるいは着実に成長する過程にある企業であっても、景気の悪化、急激な売上・受注の減少に耐えられず、倒産・廃業に至るケースが多発している。
こうした中で、9月に発足した鳩山新内閣で郵政・金融担当大臣に就任した亀井静香氏が、金融機関による「貸しはがし」を防止するため、3年程度、(中小零細企業に対する)返済を猶予する返済猶予制度(モラトリアム)の導入の方針を明らかにしたことが波紋を広げている。その報道を受けて東京証券取引所で金融株が軒並み値下がりするなど、日本経済全体にも影響を与えかねない事態となっている。
確かに、回収の安全性を主たる判断基準として行われてきた従来の企業金融においては、急激な景気悪化で売上が激減し、元利金の返済が困難になっている企業に対して、金融機関が、新規融資の停止、担保権の実行等によって、融資金の回収を図ろうとすることになり、それによって多くの中小企業が倒産に至るのは必然である。
金融機関として預金者の利益を確保するため、企業に対する融資金の確実な回収を図ろうとするのは当然であるが、回収の確実性を極端に重視し、中小零細企業の「切り捨て」に走ることは、金融機関の社会的責任という面で問題があることは否定できない。そうした金融機関の「自己防衛」から中小零細企業を守るための措置として返済猶予制度を導入しようとする考え方には、一定の社会的合理性があると言えよう。
しかし、返済猶予制度を導入するとすれば、対象となる中小企業の選別とモラルハザードの防止が問題となる。中小企業は業種・業態、経営者の資質・能力、経営姿勢なども多種多様であり、返済に窮した中小企業が一律に救済されることになれば、例えば、親譲りの家業を引き継いだ「ドラ息子」による放漫経営の企業のように、本来淘汰されるべき企業まで救済されることになり、それが金融機関の負担、ひいては預金者の負担、さらには国民全体の負担になるという不合理な結果を招く。
また、国が、民間企業である金融機関と融資先の契約上の権利の行使に対して介入するというやり方が、そもそも自由主義経済において認められるのか、という点も重大な問題である。
返済猶予を国が金融機関に対して強制することには重大な問題があるが、一方で、中小企業の惨状をこのまま放置することもできない。この困難な問題を解決するカギとなるのが、中小企業に対する融資の判断にコンプライアンスの視点を導入することである。
中小企業にとってコンプライアンスとは
これまで、コンプライアンスは、企業・団体などが、いわゆる不祥事によって社会からの批判・非難を受けないようにするために行う「法令遵守」のための社内体制の構築や社員教育などの取り組みを意味するものと考えられてきた。大企業であれば、「転ばぬ先の杖」としてコンプライアンスに相当のコストをかけることも可能であったが、そのような余裕のない中小企業には、ほとんど無縁のもののように思われてきた。
しかし、私がかねてから主張してきたように、コンプライアンスを「法令遵守」ではなく「社会の要請に応えること」と捉えた場合、それはまさに経営そのものである。経営の中で法令上の義務に応えること、法令の背後にある社会の要請を見ていくことも含めて、複雑・多様な社会の要請にどう応えていくのかを判断するのが、経営の中に位置づけられたコンプライアンスであり、それは、企業規模の大小を問わず、社会に認知され活動を認められている企業であれば、経営方針と事業活動の中に内在していなければならないものだ。
そのような意味でのコンプライアンスは、企業にとって単なるコストではない。社会の様々な要請に応えていこうとする経営者の真摯な姿勢と、その方針が業務体制や日常の企業活動においてどのように浸透し、どのように徹底されているか、という観点からの評価に基づく企業価値そのものであり、そういう意味では、窮状にある中小企業に生き残りのための救済措置を講じるか否かに関しても重要視点となるはずだ。
中小企業に対する返済猶予などの救済を行うのであれば、当該中小企業において、このような意味のコンプライアンスが、経営方針の中に取り入れられているかどうか、企業組織の中に浸透し、その方針に沿う事業活動が行われているのか、という観点からの金融機関側が評価を行い、その企業が社会の要請に応え得る健全な企業と判断できる場合に救済の対象にしていくのが適切であろう。
そういう観点からの評価が可能な企業に対しては、決算・財務分析、短期的業績予想などからは融資継続が困難と判断され融資金の回収を行うべき場合においても、返済猶予・融資継続などの救済措置をとることが、多くの社会的に貢献し得る中小企業が存続の危機を迎えている現下の経済情勢における金融機関にとっての社会的責任とも言えるのではなかろうか。
このような措置を、国から返済猶予を強制し、それによる金融機関側の損失を資本注入によって補填するというような金融機関の国家管理的な方法によって行うことは相当ではない。むしろ、民間企業としての金融機関自身が「社会的要請に応える」という意味のコンプライアンスへの取り組みとして自主的に行い、それを何らかの形で国が支援するという方法で行うべきであろう。
中小企業向けのコンプライアンスをどう評価するか
問題は、このような意味での中小企業のコンプライアンスを、どのようにして適切かつ効率的に評価するかである。
2005年に、筆者が代表を務める桐蔭横浜大学コンプライアンス研究センター(現在は名城大学に所属)が、大手都市銀行、大手監査法人との共同で、中小企業向け融資における金利優遇の条件として活用するためのコンプライアンス診断ツールを開発したことがあった(2005年8月29日号「日経ビジネス」)。この手法は、金利優遇というメリットを与えることで中小企業にコンプライアンスへの取り組みのきっかけを与えることが主目的だったため、1時間程度の経営者からのヒアリングによって実施可能な一般的かつ簡易なものであった。
しかし、コンプライアンス評価を返済猶予の重要な条件とするのであれば、それが企業の生殺与奪を握ることにもなりかねないのであり、評価の適正さの担保と厳格な手法が求められることになる。そこでのコンプライアンス評価の項目・判定方法は、業種・業態、事業内容に応じてきめ細かく設定されなければならない。
真っ先に恩恵を受けることになるのが、建設・不動産不況の中で多くの企業が危機的状況に置かれている建設業界であろう。この業界を例に、コンプライアンス評価の在り方を考えてみよう。
建設業者のコンプライアンス評価
建設業界は、小泉改革下での公共投資の大幅削減に加えて、独禁法の強化改正を契機とする談合構造の解消などで公共工事をめぐる競争が激化、昨年秋からの経済危機による民間工事の受注の落ち込みも加わって、多くの業者が倒産・廃業の危機に瀕している。業界の構造的な供給過剰の状態は、民主党政権がムダな公共工事削減の方針を打ち出していることもあって、今後さらに深刻になることが予想される。
問題は、建設業者間では本来は品質と価格の両面からの競争が行われるべきであるのに、特に公共工事において、発注官庁側の技術評価に関する能力不足等の要因もあって、品質面の競争が十分に機能していないことにある。
最低制限価格が設定されていない入札では価格面に偏った競争になってダンピングが横行し、それを防止するために最低制限価格が設定されている入札では、その価格が事実上公表される場合には入札が最低制限価格に集中して「くじ引き」による競争、不明の場合は「最低価格の予測」をめぐる競争ということになる。
いずれにしても、業者間の競争は本来あるべき品質・価格両面からの健全な競争とはほど遠く、「好運」に一縷の望みを託す中小企業がひしめき合う状況が続き、供給過剰構造は容易に解消しない。このような状況で、仮に、中小の建設業者に対して一律に返済猶予を与える制度を導入したとすれば、供給過剰が一層深刻化することになる。
重要なことは、このような歪んだ競争の状況を打開し、良質・安価な社会基盤整備という基本的な社会の要請に応えることだけでなく、労働安全、環境対策、地域社会への貢献などあらゆる面からの評価に基づくコンプライアンスをめぐる競争を促進することを通して、健全な淘汰が働く競争環境を実現することだ。
そのための一つのアプローチが、発注者側が総合評価、業者の格付けなどにコンプライアンス評価を導入し、その評価を受注機会の拡大に反映させていくことである。このような考え方は、筆者が委員長として加わった和歌山県公共調達検討委員会、山形県公共調達改善委員会の各報告書で示しており、近く報告書公表を予定している東京都財務局の入札契約制度研究会においても、同様の方向での議論が行われている。
しかし、発注者側の評価は、本来、工事の品質と価格をベースに行われるべきであり、コンプライアンスによる評価を行うとしても、その効果に限界があることは否定できない。
そこで、もう一つの有力なアプローチとなるのが、このようなコンプライアンス評価を金融機関側が行い、返済猶予の可否、新規融資の是非の判断に活用することだ。それによって、品質・価格の面で受注競争に関しては同等の企業の中からコンプライアンス面で問題がある企業の淘汰が相対的に促進され、その結果、健全な業者が生き残ることが期待できる。
具体的な評価項目としては、まず、建設業者としての技術力に関するものとして、建設業法による経営事項審査申請書(建設会社の経営実態、工事施工実績、技術者・従業員の数等の建設業者の経営に関する事項について監督官庁に毎年提出する書類)の真実性がいかに担保されているのかが重要な問題となる。ダンピングの疑いのある低価格入札に対しては、発注者が低価格入札調査を行う場合があるが、従来から、調査の実効性が疑問視されてきた。このような調査に対して誠実に真実を答えているのかどうかもコンプライアンス上重要な問題となる。
また、下請業者への不当な安値発注、建設廃棄物の処理、労働安全衛生、従業員の社会保険の加入、社会保険の支払いなどについて、狭い意味のコンプライアンス上の問題が生じないようにすることに加えて、地域社会への貢献、災害時の緊急出動、災害復旧への協力など、広い意味で社会の要請に応えることも評価の対象に含まれる。これらについて、経営者として明確な方針を示して会社内に周知徹底しているか否か、それが実現できるような体制を整備し実際に実行しているのかなどを総合的に評価することになる。
コンプライアンス評価が企業金融に与える影響
建設業界においては、このようなコンプライアンス評価を受けた企業が淘汰を免れ生き残ることによって競争環境の改善が可能となる。他の業界についても、同様に、その実情に応じて競争環境の改善をめざしたコンプライアンス評価を行うことで、健全な中小企業の存続を図ることが可能となる。
評価の手法としては、書面で申告させ、ヒアリングを行うなどの方法で事実確認を行い、その真実性を、虚偽の申告や陳述が発覚した場合の全額返済、悪質な場合には刑事告発などの制裁措置を用いることによって確保するという方法が効果的であろう。
業種ごとに、その特性や現状に応じたコンプライアンス評価を確立するためのコストや評価のノウハウ・スキルを持つ人材の育成のためのコストは、個々の金融機関では到底負担しきれないものであり、協会などを通じた金融業界全体の連携・協力が不可欠となる。そのためのコストは相当な額に上ることになるであろう。
しかし、金融業界としては、そのコストを惜しむべきではない。このような中小企業金融におけるコンプライアンス評価の導入は、従来、担保の有無や財務内容など返済の確実性に偏っていた企業金融に関する金融機関の判断に、公益的な観点からの実質評価という観点を取り入れるという大きな発想の転換につながり、それが企業金融そのものの社会的付加価値を劇的に変える可能性をも秘めている。
国家が中小企業に対する返済猶予を強制する制度を導入すべきとする亀井金融担当大臣の方針には、法的にも経済的にも相当な無理があることは否定できない。しかし、それを、従来、担保評価など返済の確実性に偏っていた中小企業金融の在り方を、社会的要請に応えるという観点を明確化する方向への問題提起と理解した場合には、その意味はまったく異なったものとなる。
返済猶予制度をめぐる議論の混乱は、ある意味では、企業金融における間接金融の社会的役割を根本的に見直す好機とも言えるのではなかろうか。
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