17年ぶりの 釈放かちとる 六月四日、足利事件(少女殺人)の犯人として無期懲役を受けていた菅家利和さん(62歳)が十七年半ぶりに釈放された。DNA鑑定で犯人とされていたが再度調べなおされて、菅谷さんのDNAと違うという鑑定結果が検察側、弁護側両方からの鑑定人によって出されたからだ。再審裁判で無罪判決が出る前に検察が釈放したのは異例であった。その後、検察庁、警察庁長官や足利県警本部長の謝罪など「異例」づくめの対応が続いている。菅家さんには、足利市長が住居・仕事のあっせんをすることを明らかにしている。 菅家さんや弁護団が裁判所に対して、「捜査の誤りを検証してから、判決を出してほしい」という強い要望を無視し、東京高裁は事実検証をすることなく、無罪判決を出すことになっている。さらに、菅家さんは当時鑑定した科技研の鑑定人と裁判所に謝ってほしいと責任の追及を緩めてはいない。菅家さんは今後えん罪事件との連携をしたいと抱負を語っている。今後、狭山事件などえん罪事件での再審をかちとっていかなければならない。 事実調べもなく 下された判決 何が問題であったのかを明らかにすることが重要だ。支援する団体からの指摘によると次のような問題が浮かびあがる。 一審宇都宮地裁では事実調べが一切行われなかった。 一審弁護人は、最初から菅家さんを犯人だと信じ込んでおり、そのため事実関係を争わず、検察側の証拠をほとんどすべて認めてしまった。したがって一審では、現地調査などの事実調べがまったく行われないまま、DNA鑑定の証拠能力のみが争われた。したがって、一審、二審、上告審を通して、どの裁判所も現地調査などの事実調べを一切行わないまま、判決を下した。 菅家さん逮捕は、全国都道府県へのDNA鑑定機材導入の予算獲得の動きに合わせて行われ、DNA鑑定の宣伝に利用された。逮捕に際しては、「スゴ腕DNA鑑定。百万人から一人を特定」など、大々的にDNA鑑定が持ち上げられてマスコミ報道された。菅家さんは何が何でも犯人でなければならなかった。 DNA型が一致したとする科警研鑑定書添付写真を、高裁での弁護側が専門家に依頼してコンピューター解析した結果、「一致と判定するには重大な疑問がある」ことが判明(1998年7月6日提出)。 一九七九年発生の幼女殺害事件に関し、菅家さんの無実の証明にもつながる重要な目撃者の供述を変更させた「警察官による証拠捏造」という、極めて重大な事実を指摘。またDNA鑑定の再鑑定を求める申入書、鑑定資料の適切な保存を求める上申書(2000年7月7日)を弁護側は提出した。弁護側は菅家さんの髪の毛のDNA鑑定をし、犯人のものと一致しない結果を明らかにして、事実調べを行うように裁判所に要求したが、すべて無視された。 この足利事件では警察の見込み捜査、証拠の捏造などと共に、一審から最高裁、そして再審宇都宮地裁と四回も事実調べを行わず、誤った有罪判決を下し、菅家さんを十七年半も刑務所に閉じ込めることになった裁判所のあり方・責任が厳しく問われなければならない。 「飯塚事件」も 無実の可能性 菅家さんの無罪が明きからになったことで、「飯塚事件」の無罪の可能性が出てきた。一九九二年に福岡県飯塚市の小学一年の女児二人を殺害した「飯塚事件」の捜査では、被害女児の遺体周辺から採取された血痕のDNA鑑定結果が証拠の一つとされたが、鑑定の際には、一九九〇年に栃木県足利市で女児が殺害された「足利事件」と同じ鑑定法「MCT118型検査法」が使われていた。 一九九九年六月三十日、最終弁論で久間被告は「私は事件に関係なく無罪だ」と述べ、弁護側も全面的に無罪を主張した。 死刑確定から二年後の二〇〇八年十月二十八日、事件から約十六年半、久間三千年元死刑囚(当時70歳)に対して、麻生太郎内閣の森英介法相の命令により、福岡拘置所で死刑が執行された。えん罪が証明されたら、死刑を執行したものはどう謝罪するのか、命は帰ってこないのだ。飯塚事件の再審を行わせることが急務だ。 狭山・袴田事件 も即時再審を えん罪を生み出すのは客観的に証拠に基づくのではなく、自白に頼ろうとする取調べ手法にある。自白強要を防ぐには、@取調べの可視化(取調べのすべてを録音・録画すること、弁護士の立会いを認めることなど)A警察留置所での取り調べを可能とさせている、代用監獄の廃止が必要だ。その上で、狭山事件で大きな問題となっているように、検察側が証拠を開示しないことが問題だ。全証拠の開示こそ裁判の公平性を保つことになる。 また、足利事件の佐藤博史弁護士が「高裁で弁護人になって菅家さんに面会し話を聞いて、すぐにえん罪であると分かった」と発言していた。このことから見えてくるのは逆にいかに検察・裁判官が「被告は無罪推定の原則」、被告人の人権尊重の立場から離れ、あらかじめ「被告人を有罪とする」立場に立っているかということだ。法曹界こそ人権学習が必要だ。 富山氷見事件で、犯人にでっち上げられ服役した柳原浩さんが「捜査や裁判で有罪とした問題点を裁判で明らかにしてほしい」という要求を裁判所は拒否し、事実調べをし直すことなく、無罪判決を下した。結局、なぜえん罪事件が作られたかは明らかにされなかった。柳原さんは五月十五日、国や県、捜査を担当した検察官と警察官に慰謝料を求める国賠訴訟を起こして闘っている。 袴田事件では、一審裁判所はあまりにもずさんな捜査でほとんどの証拠を却下した。そして一審裁判長が有罪(死刑)とする判決は書けないとしたにもかかわらず、別の二人の裁判官が有罪としたため、死刑判決が出たことを、この裁判官が定年退職してから明らかにし、袴田さんの再審を訴える衝撃の告白をした。名張ぶどう事件では一審名古屋地裁が再審を決定したにもかかわらず、名古屋高裁は再審決定を取り消した。 こうした裁判のあり方を考えると、再審裁判では現在の裁判所のルールにのっとるのではなく、特別の再審裁判所を作って再審裁判を行うような制度を新たにつくる必要がある。これに関連して、特別検察審査会も制度が変わり、検察が起訴しなかった事件を二度審査会が議決したら、起訴しなければならないことになった。死刑や重罰化が進む恐れのある裁判員制度ではなく、えん罪事件を防ぐ司法改革こそが急がれる。足利事件の徹底解明を。狭山、袴田事件などあらゆるえん罪事件を即時に再審せよ。死刑制度の廃止を。 (滝)
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