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◆驚かされた裁判長の異例の訴訟指揮 6月16日、 沖縄 「密約文書」 開示請求訴訟の第1回公判が開かれる東京地裁705法廷の原告席に、 私も原告団共同代表の一人として座っていた。初めてのことなので、 なにか落ち着かない。 弁護団からあらかじめ送ってもらった、 当方の 「訴状」 に対する被告=政府側の 「答弁書」 は、ちゃんと読んだつもりだが、 気になるところがあった。 ずいぶん開き直った、 傲慢ともいえる文言が何個所か目につき、 腹が立ったのだ。 できたら、 被告席に勢揃いしている政府側代理人に真意をただしてみたい。 そういう機会があるのだろうか、 と思って、 それらの個所に黄色のマーカーで印をつけていおいた。 たとえば、 「答弁書」 の最後に記された 「被告の主張」 の項に、 「一般論としては、二国間又は多国間の合意に向けた交渉の過程において仮に様々な文書が作成されたことがあったとしても、それが交渉の最終的な結果である合意自体でない場合等に、 事後的に廃棄されることがある」 と書かれてあるのには、 カチンときた。これまで政府は、 この沖縄返還協定 「密約文書」 の追及に対して、 「保有していない」 「不存在」、 要するに 「もってない」 一点張りの「主張」 を繰り返してきた。 現に今回の 「主張」 も冒頭は、「対象文書をいずれも保有しておらず、 ・・・原告らが主張する事実関係については確認することができない」 とする相変わらずの、木で鼻を括ったような文章だった。 だが、 今回はそれに、 「一般論としては・・・」 と、 余計な理屈をくっつけてきたのだ。 おかしいではないか。 確かに、 一般的に外交交渉では、 途中で議事録,覚え書きなど、交渉の円滑な進展を担保するためのさまざまな文書が作成されるが、 それらは、 交渉が終結、 すべての合意事項が協定として文書化され、これによるだけで協定の履行が完全に保障される、 ということになれば、 すべて廃棄される結果となっても、 おかしいところはない。 だが、 沖縄返還交渉における 「密約文書」 は、 最終協定締結前に書かれたにしても、 協定の内容のある部分に関して、 そこはこう書いてあるが(あるいは何も書いていないが)、 実はこういう風に解釈するのが双方の約束だと、 最終協定に縛りをかけるものであり、実質的にその不可欠な一部をなす体のものではないか。 交渉の途中経過の事情を示すだけで、 最終協定後は捨て去ってもよい文書などでは、断じてない。 それが証拠には、 アメリカ側には問題の文書がすべて残っているではないか。 争われているのは個別の問題だぞ。 余計な一般論で説教垂れるとは何だ。 思い上がるな。 お前ら、 高をくくって人を見くびると、ろくな目に遭わないぞ。 むしゃくしゃしながら、 自分の出番を待っていた。 ところが、 サプライズが起きた。原告・被告双方の代理人代表が立って向かい合い、 裁判長の指示の下、 訴状と答弁書について事務的な確認をすませたのにつづき、 裁判所の事務官が「それでは原告の意見陳述に移ります」 と述べ、 裁判長が 「はじめに・・・」 と口を切ったので、いよいよ自分に陳述を始めるよう促すのかと思ったら、 彼は 「私から被告にうかがいたいことがあります」 と話しだしたのだ。 「答弁書の7ページ、 『被告の主張』の項に、 『一般論としては・・・』 とありますね」。 裁判長は、 私が腹を立てた当の文章をそっくり読み、「これは、 ただ一般論としてそういうことだ、 ということですか。 本件における事実関係として廃棄した、 ということですか。 どちらですか」。 私もびっくりしたけれど、 政府側代理人のほうが、 はるかに驚いたのではなかったか。 被告席に肩をくっつけ合い、 窮屈そうに座っている老若男女、 19人の政府の指定代理人のなかから、 代表格の白髪頭の男性が立ち上がって答えだしたが、 「一般的にはそうであり、本件の場合もあり得ることではあり・・・」 と、 狼狽を隠さないまま、 何を言っているのか判然としない言い訳をして、 座った。 「それでは、その点は次回公判で具体的にお答えください」。 申し訳ないが私は、 そらみろ、傲慢の罪に天罰が下ったと、 内心快哉を叫んだ。 だが、 もっと驚くことが生じた。 「つぎに二つ目としてお聞きしたいことがあります。本件において問題の文書が廃棄されたとしたら、 その理由を納得のいくようにご説明ください。 これも次回、 お願いします」。 裁判長、そこまでやるかと、 私は驚きを超えて、 彼の顔を呆然と眺めるだけだった。 しかも、 まだつづきがあった。 「原告の訴状等からみて、 原告が、 本件の外交交渉における 『密約』 として問題にした文書を、日本政府が保持していた蓋然性は高いと理解できます。 とくにそれらに対応すると思われる米国側文書が発見されていることから、そのように推定できます。 『密約』 というものがないのなら、 日本側がもっていないとする問題文書に対応する文書を、なぜアメリカ側はもっているのでしょうか。 三つ目のお願いは、 その合理的な理由を、 納得できるように説明していただきたい、 ということです。次回公判でご説明ください」。 私は、 もはや裁判長を、 感嘆というより、ほとんど尊敬するまでの気持ちになっていた。 裁判長が第1回公判の冒頭でこれだけの疑問点を明快に示し、その解明をあらかじめ行うとする意向を示すのは、 よほどのことではないか。 公正な審理を尽くそうとする誠実さが感じられた。 こののち、 私は、裁判長の指示に従い、 以下の意見陳述を読み上げた。 ◆桂原告の意見陳述―もう政府は国民にウソはつけない 1972年の春、 横路孝弘衆院議員が外務省の機密電報コピーを、 国会で不用意にかざして政府に迫り、米軍が負担すべき沖縄の返還軍用地補償費の肩代わりについて問い質した8日後、 コピーの提供者として毎日新聞の西山太吉記者が、国家公務員法違反容疑で逮捕されたときの衝撃を、 今も忘れることができません。 当時私は、日本新聞協会に事務局職員として在籍しており、 取材活動を違法の 「そそのかし」 と断じ、 記者を処罰のために逮捕した政府の乱暴な弾圧に、新聞界が挙って抗議の声を発する、 騒然たる場のまっただなかに投げ込まれることとなったからです。 また、 それだからこそ、この外務省沖縄機密漏洩事件を、 裁判の進行過程でまたたく間に、 外務省内情報源の女性職員と 「情を通じた」 西山記者の不当な 「そそのかし」の事件、 西山事件と俗称されるものに変えてしまった政府の悪辣な手口にも、 怒りを感じないわけにいきませんでした。 それは今なお、言論界の多くの人々の記憶に残る思いです。 だが、 西山事件はすぐ、 正当に、沖縄密約事件と呼ばれていきます。 早くも1974年、 作家の澤地久枝さんがルポルタージュ 『密約』 で事件の真相を告発、つづいて多くのジャーナリストやメディア研究者が問題の本質を解明していったからです。 注目されるのは21世紀に入って、事件発生当時の状況を知らない若いジャーナリストが、 政府の 「密約」 隠蔽とウソを、 つぎつぎに暴露しだしたことです。 訴状に添えた朝日新聞1998年と2000年の、 米国立公文書館 「密約」 裏付け文書の発見報道、土江真樹子琉球朝日放送ディレクターのドキュメンタリー 「告発」 (02年)、 北海道新聞・往住嘉文記者の吉野元アメリカ局長 「密約」証言スクープ (06年) などです。 05年、 西山元記者自身も政府に、 「密約」 の事実を認め、 自分の名誉を回復せよと、国家賠償訴訟を提起しました。 そして現在、 とくに重視すべきなのが、 広く国民全体がこの事件に大きな関心を抱くようになっている状況であります。 返還軍用地補償費肩代わりの 「密約」 は、 沖縄返還交渉における日本政府の巨大な 「密約」 のなかの、 ほんの一部でしかありませんでした。すなわち、 前記の報道などが明らかにしたのは、 沖縄返還での米軍基地再編に伴い、 総額5億ドルを超える日本の費用負担が生じ、うち2億ドル以上もの巨額な費用の事由・明細が 「密約」 に覆われている事実でした。 さらに重要なのは、 こうした不透明なメカニズムが、 今日の在日米軍基地再編にも引き継がれている、 という点です。沖縄米海兵隊グアム移転に伴う日本の61億ドルにも上る費用負担の仕組みがそれです。 しかも、 沖縄の米軍基地負担の軽減は覚束ないのです。かつての 「密約」 は、 日米対等の関係を装いたいがためのものであったのでしょう。 だが、 そうした隠蔽と取り繕いに、無自覚に馴染んできた政府は、 今や平然と沖縄の軍事植民地化を許す、 明白な対米従属に堕そうとしています。国民が憂慮の念を深めざるを得ないゆえんです。 佐藤栄作首相は、 沖縄の 「核抜き返還」を誇示しましたが、 対米交渉で彼の 「密使」 となった若泉敬京都産業大教授は、 遺著『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』で、米国の核再持ち込みに対する政府同意の 「密約」 を明らかにしました。 そして今年、 諸永裕司『週刊朝日』記者は同誌5月22日号で、谷地正太郎政府代表の 「核再持ち込みの密約はあった」 の証言をスクープ、 つづいて共同通信は5月31日、 4人の外務省事務次官経験者から、「密約はない」 の一貫した主張の下で、 実際には 「核持ち込み密約」 に関する内部文書を次官らが省内で管理、 歴代首相 ・外相の一部には取り次いできた、 との証言を得たとする記事を配信しました。 この 「密約」もまた巨大な沖縄密約の系譜に属し、 この国の独立と平和に関して、 国民に大きな疑惑を抱かせています。 以上を通じて生じる国民の不信は、個別政策の可否以前のもので、 隠しごとをつづける政府の姿勢こそ、 その原因であるといわねばなりません。 私たちは、 アメリカの大統領が 「世界唯一の核兵器使用国として、 その道義的責任から世界の核廃絶を目指す」 と約束した、歴史的転換期に臨んでいます。 世界唯一の実戦核兵器被爆国、 非核3原則をもつ日本は、 この目標の達成に全面的に協力していくべきです。冷戦時代の遺産さながらの沖縄密約は清算、 沖縄問題も含めた今後の日米関係構築に必要な政策は、透明性が確保された協議体制の下での検討が望まれます。 日本はまず、 アメリカの情報公開制度、とくに政府文書の公開制度を見習わねばなりません。 それは、 政府が政策の立案 ・ 実施で過ちを犯しても、 いつかその原因を発見、政策を正道に戻す、 政治の民主的復元力を保障してきました。 日本政府は手始めとして、沖縄密約に関してアメリカが公開したものに見合う文書資料を、 もう公開すべきなのです。 本裁判がそれを促し、 国民の知る権利を満たし、政府に対する信頼の回復に資する役割を演じられんことを、 私は期待いたします。 ◆沖縄 「密約」 裁判の新段階とメディアの重要な役割 私のあと、 今回のもう一人の原告意見陳述者、 我部政明琉球大教授が陳述書を読み上げた。 これは、 1998年 ・ 2000年に朝日が報じた財務省 (当時大蔵省) 関与の、 沖縄返還に対する見返りともいうべき、アメリカへの事実上の巨額資金提供の内幕を証すものだった。 これを裏付けるアメリカ側公文書を発見した詳細な経緯を、発見者本人である我部教授が直接、 公の場で初めて明らかにしたのだから、 衝撃は大きかった。 被告側代理人は、 この陳述書を、 証拠能力のない 「雑記録」 に収録するよう裁判長に求めたが、 彼はこれを退け、正式の書証同等の文書として取り扱うとする判断を示した。 また、 裁判長は、 北海道新聞のインタビューで 「密約はあった」と語った吉野文六元外務省アメリカ局長を、 法廷に招くことが望ましいと述べ、 原告側にその実現を図るよう促した。 翌6月17日の新聞は、 杉原則彦裁判長のこのような積極的な訴訟指揮に注目、 まず朝日が、 社会面2番トップ、5段抜きの扱いで第1回公判のもようを詳しく報じたほか、 これほど大きな記事ではないが、 毎日、 東京新聞なども足並みを揃えて報じ、地方紙も共同通信の配信をもとに、 それぞれ沖縄 「密約」 裁判の新しい展開について報道した。 もちろん沖縄タイムズ ・ 琉球新報の地元2紙は、独自取材で異例の公判の詳報を、 力を込めて行った。 西山元記者の国家賠償請求訴訟は、敗訴に終わった。 今回とほぼ同じ内容の、 昨年の開示請求訴訟も、 政府の 「もっていない。 だから不開示だ」 の前に、 あえなく潰えた。今回の訴訟は、 体制を新たに整え、 このときの不開示を不当とし、 これを取り消し、 開示を政府に命じるよう裁判所に求めたものだが、ここにきてこの裁判を取り巻く情勢が、 何か大きく変わってきたように感じられてならない。 一つには、この国が得体の知れない不安と混乱のなか、 ぐずぐずに崩れていくような様相を呈しており、 司法もこれに危機を感じ、国家の責任をただす必要を強く感じることになったのか、 と思えないでもない。 沖縄がずっと舐めさせられてきた不条理は、 政治の不作為、メディアの無関心によってもたらされてきた部分が大きい。 裁判長の法廷指揮には、それですませてきた無気力な惰性には流されない―司法としての責任は果たす、 とする決意が感じられるように思えた。 しかし、 もう一方で、 メディアがようやく変わりだした―若いジャーナリストが沖縄 「密約」 のはらむ本当の危機を真正面から見据え、政府のウソを許さないとする取り組みを進めてきた結果、 あの醜く歪曲された西山事件の呪縛から、国民を解き放つ積極的な役割を果たすようになったということも、 最近の多くの報道事例から言える。 基地返還時のカネをめぐる 「密約」の隠蔽と欺瞞の仕組みは、 もう一つの大きな 「密約」 = 「核密約」 にも共通しており、 一方の 「密約」 の追及が進めば進むほど、 他方の「密約」 の虚構もますます明らかになるという関係に、 両者は置かれている。 そして、 「核密約」に対する最近のメディアの追及が、 目覚ましい成果を挙げているのだ。 まず、 5月の 『週刊朝日』 ・ 共同通信のスクープを追うように、6月28日、 西日本新聞(朝刊) が、 共同のスクープでは匿名だった、 「核密約」文書の引き継ぎをやってきたと証言した4人の元外務事務次官のうちの一人は、 1987年に次官だった村田良平氏であるとスクープ、同氏の詳細な談話も報じた。 そして、 その後、 各紙が競って村田元次官と会い、 続報を展開した。 6月29日(朝刊)で 毎日が、同日夕方には、読売、 東京新聞などが追い、 共同が詳細な配信を再開したので、 30日朝刊には、 朝日、 日経、産経などのほか、 地方各紙も村田元次官のニュースを大きく扱った。 そして、 朝日 「また崩れた政府の 『うそ』」 (社説)、 毎日「詭弁はもう通用しない」 (同)、 西日本 「核持ち込み密約証言 政府否定 偽りの国是いつまで」 (2面論評)、 新潟日報「『うそ』はつき通せない」 (社説) など、 「密約」 を隠し通そうとばかりする政府を批判する新聞は、過去の沖縄返還交渉の暗部を率直に明らかにし、 そこから得られる教訓を今後の日米同盟の変革にも生かせ、 と政府に求める姿勢を示した。 7月に入っても、 村田元次官関連の報道は多数の新聞が続行、 たとえば、 衆院外務委員会の河野太郎委員長が核密約の調査を検討、村田氏を招致しての事情聴取をほのめかすと、 政府批判の姿勢をみせる新聞は、 それを促すような視点からニュースを報じ、 議論を紹介してきている。このようなメディアの活発な動きは、 今回の沖縄 「密約文書」 開示請求訴訟の行方にも、 好影響をもたらしてくれるものと期待できそうだ。 だが、 手放しで安心してもいられない。 第1回公判翌日の朝刊で、 読売、 日経、 産経は1行も裁判のことを載せず、 完全無視だ。 また、6月28日 ・ 西日本、29日・毎日の村田元次官 「密約」 証言スクープのあとのこのニュースの追い方も、政府を批判する他紙とはまるで違う視点から問題をみており、 危険きわまりないと思えるものだ。 読売の社説 「核持ち込み 政府は密約の存在を認めよ」 (7月1日)、 産経の主張 「核 『密約』 論議 問うべきは核の傘の信頼」(同3日) は、 政府に対し、 「密約」 をもうあっさり認め、 北朝鮮の核やミサイルに対してはアメリカの核の傘が必要なのだから、米軍の核の持ち込みは非核3原則から除外し、 公然と許容する、 とする方針を確立せよというものだからだ。 社説はないが、 日経の姿勢 (7月1日朝刊) もほぼ同じ姿勢だ。 この論法がメディアの大勢を制するなら、核廃絶を目指す流れに対する猛然たるバックラッシュが生じ、 日本の対米従属、 アメリカの核基地・沖縄の軍事植民地化がいっそう促進され、われわれの裁判に対する政治的風圧も強まるおそれがある。 今メディアに問われているのは、 そうさせないために何をすべきかだ。
沖縄 「密約文書」 開示請求事件 ・ 次回公判のお知らせ 本事件第2回の公判は、 きたる8月25日午後4時から東京地裁で開かれます。 今回は、 杉原裁判長が行った質問に対して、政府側代理人が答える番です。 どんな回答が出てくるか、 大いに注目されます。 法廷から溢れるほどの傍聴参加を、 皆さんにお願いします。市民の大きな関心が、 メディアの姿勢と報道を望ましい方向に変 えていきます。 (終わり) |
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