大企業の抵抗と「15%削減」のデタラメ 資本主義と地球環境は両立しない民衆の力で「持続可能な世界」を世界に恥をさら した麻生首相 麻生首相は六月十日の記者会見で、今年十二月にコペーンハーゲンで行われる国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)に向けて、二〇二〇年までに日本の温室効果ガスの排出量を「二〇〇五年比で一五%減」とする中期目標を発表した。しかしこの「〇五年比」としたこと自体が欺瞞である。一九九七年の京都議定書の基準は一九九〇年比なのであり、「二〇〇五年比一五%減」とは一九九〇年比にした場合八%減にすぎない。 一九九七年の京都議定書は、日本に対して二〇〇八年〜一二年の平均値として一九九〇年比で排出量の六%減を課している。しかし二〇〇七年度の温室効果ガス排出量は過去最悪で、基準年の一九九〇年比では九%以上の超となり、〇八年〜一二年で対九〇年比六%減の目標は絶望である。麻生首相が発表した「〇五年比一五%減」とは基準年を排出量の高い年度にずらすことでアピール度を高めようという意図の見え透いた操作である。 麻生は、当初「九〇年比七%減」でまとめると予測されていた「中期目標」案を発表直前に一%上乗せしたことを強調し、「太陽光発電の大胆な上乗せなどで、さらに削減幅を大きくした。きわめて野心的で、欧米の中期目標を大きく上回るものだ」と自画自賛した。しかしここにも「〇五年比」としたことによる数字のマジックがある。なぜなら現在、EUが打ち出している中期目標は〇五年比では「一三%以上」と麻生が発表した数字を下回っているものの、EUはすでに九〇年比で温室ガス排出量の削減を達成しているのであり、EUの中期目標は九〇年比では二〇%以上になるからである。 実際、国連気候変動枠組み条約事務局(ドイツ・ボン)は五月二十日に公表した二〇一三年以後の「国際枠組みの原案」で、先進国全体の中期枠組みとして「二〇二〇年までに九〇年比で少なくとも二五%〜四〇%減」を提起している。この設定からいっても麻生の「中期目標」が「低炭素社会の実現」という麻生の看板とは裏腹の、財界の意向を体現した「環境破壊」政策に過ぎないことは明白である。 六月十日、ボンで開催中の国連気候変動枠組み条約の作業部会で、日本政府代表団が「たった今、わが国の総理は中期目標を発表した。〇五年比で一五%削減だ」と勢い込んで発言したものの「会場からは拍手も起きず、冷ややかな空気が流れた。首相が強調した『世界をリードする目標』は早くも出ばなをくじかれた」(朝日、6月11日)。「会場の外では、国際NGOが早速『温暖化防止の国際交渉を妨害してきたブッシュ前米大統領の再来だ』として麻生氏とブッシュ氏の顔を半分ずつつなぎ合わせたチラシを配った。交渉に後ろ向きな国に贈られる『特別化石賞』の授賞式もすぐに続いた」(朝日、同記事)。 まさに麻生は恥を世界にさらしたのである。 大企業労使 一体のおどし 政府の中期目標検討委員会は、四月に温室効果ガスの排出量について一九九〇年比で@四%増(現在の省エネ努力を継続、米国・欧米と同程度の削減費用)A 一%増〜五%減(先進国全体で二五%減、1トン当たりの削減費用を均等化)B七%減(機器更新時に最先端の省エネ型に入れ替え)C八〜一七%減(先進国全体で25%減、GDPに占める削減費用の割合を均等化)D一五%減(新規導入機器を最先端のものにすることを義務化、更新前も一部先端化)E二五%減(先進国は一律で25%減)の六案を提示していた。 これに対し日経連、温室ガス排出量の圧倒的多くを占める鉄鋼産業、エネルギー産業が猛烈な反対圧力、キャンペーンを繰り返した。電力労連、化学エネルギー産業労連、紙パ労連、基幹産業労連、UIゼンセン同盟などの大企業と一体化した右派労組もそのキャンペーンに加わった。 五月二十一日には新聞各紙への全面広告「地球温暖化問題 考えてみませんか? 日本にふさわしい目標を」との見出しで日経連、日本自動車工業会、鉄鋼協会、百貨店協会、不動産協会、ホテル協会などの業界各団体と前掲の諸労組産別連合は、二〇二〇年に一九九〇年比で温室効果ガスの排出量を「プラス四%」に設定する@案支持という主張を行った。 この財界主導のキャンペーンは、六月十日の麻生首相の発表のベースになった一九九〇年比七%減という「中間的案」でも、「実質GDPが累積で〇・五〜〇・六%のマイナスとなって、日本全体で約二・八〜三・兆円の経済損失」「失業率が〇・二〜〇・三%上昇し、十一万〜十二万人の失業者が増加する」「可処分所得が〇・八〜三・一%減少し、世帯ごとに年四万〜十六万円が減少する」「光熱費が一三%〜二〇%増加し、世帯ごとに年約二〜三万円の負担増となる」としている。すなわち温室効果ガスの削減がいかに経済負担となって「豊かな社会」を脅かすものとなるか、というおどしである。そして「日本はすでに世界トップレベルの低炭素社会」なのだから、欧米と同様の「削減目標」を強制されるのは「不公平」であり、「国益」=「企業の利益」に反するというあからさまな主張である。 新日鉄の進藤孝生副社長は述べている。「国際社会の評価を気にするあまり、達成できないような高い目標を掲げ、日本の国民が他国以上に突出した費用負担で疲弊するのは本末転倒だ」「日本が過剰な排出削減義務を負い、産業界のコストが増大すれば、消費者に価格転嫁させていただくことになる。さらに海外に生産拠点を移さざるを得なくなった場合、雇用は減少し、製鉄と自動車のような日本の強さの源泉である産業間連携も弱体化する」(毎日5月23日「闘論」欄)。 進藤はさらに、現行の京都議定書を「不平等条約」と決めつけ、温室効果ガスの排出についても「鉄鋼や電力などの業種ごとに削減できる量を算出し、国別総量目標を積み上げる『セクター別アプローチ』を採用すべき」と強調している。つまり温室効果ガスの規制はあくまで産業界の「自主努力・自主申請」に委ねるべきであって、罰則を伴う上限規制などもってのほか、というわけだ。新日鉄会長であり経団連副会長でもある三村明夫も五月二十二日の講演で「京都議定書は外交上の失敗」と決めつけている。 政府がホームページで受け付けた「中期目標」前掲六案への意見募集に関しても、七割が「四%増」の@ 案支持であり、その多くが大企業労使による「組織票」であることが明白なのである。 「環境にやさしい」とか「エコ」を印象づける大企業の宣伝がメディアにあふれている。しかし彼らの本音が、「温室効果ガス」の排出削減に執拗に抵抗しているこの態度に現れている。新たな投資分野を開拓できるかぎり「環境」重視の姿勢をとるが、それが企業利益につながらないなら、まっぴらゴメンというのが資本の論理である。そして大企業の労組は「会社第一」のために温室効果ガス削減に背を向けている。これはかつて水俣病被害者の訴えに敵対したチッソ労組の姿と寸分変わるところがない。
負担増理由に 消費者を収奪 麻生が発表した「二〇〇五年比一五%削減(90年比8%削減)」の「中期目標」は、たしかに財界が束になって反対してきた「九〇年比四%増」案そのものではない。しかしそれが国際的批判をかわすだけのものであり、冒頭で述べたように財界の意向を汲んだものであること、そして交渉の過程でさまざまな理由をつけて大きく後退する可能性を含んだものであることに注意を怠ってはならない。 実際「中期目標」作成は「大量生産・大量消費」の理念にしがみつく大資本と経済産業省の主導で進められた。昨年三月に経産相の諮問機関である総合資源エネルギー調査会で出された「参考資料」が、温室効果ガス排出削減のための「中期目標」づくりのベースになっている。 麻生首相は「中期目標」発表にあたり「国民の皆様に相応の負担をお願いせざるをえない」と述べた。「政府の試算では温室効果ガスの大半を占めるエネルギー起源の二酸化炭素(CO2)排出量を『産業部門』で〇五年より一〇%、『家庭部門』では二五%、それぞれ削減すると見込んでいる。産業部門より家庭部門に、より多くの負担が求められているのだ」(朝日、6月11日)。 日本における二〇〇五年の分野別CO2排出量を見た場合、製造・建設・鉱業、農林水産業などの製造業と電力などのエネルギー転換部門で四六%と全体の半分近くを占めており、家庭関連の排出(自家用車、家庭での電力消費、一般廃棄物など)は約二〇%である。それにもかかわらず温室効果ガス削減の比率は家庭の方が大きいのである。たとえば、太陽光発電による家庭での余剰電力を電力会社に現在の二倍の価格で買い取らせる新制度導入でも各家庭の電気代が負担増となり、新規住宅建設の際の太陽光発電の設置でも、ハイブリッド車・電気自動車の購入でも各家庭への負担が増加する。 他方、資本の側では「エコカー」や「エコ家電」、太陽電池などの新たな投資分野が広がる。それだけではない。「温室効果ガス削減」を名目に、経産省は総発電電力量に占める原子力発電の比率を現在の約三〇%から四〇%超に引き上げることをもくろんでいる。それは二〇一八年度までに予定されている九基の原発の新増設、稼働率の引き上げ、出力向上などを加速する。「温室効果ガス削減」を原発増設のバネにしようという危険な目論見を許してはならない。
エコ社会主義 の思想と運動 ここで見てきたように「低炭素社会」を目指すとする麻生政権や財界の立場は、「大量生産・大量消費」の構造やエネルギー多消費の「車社会」といった気候変動の根本要因に取り組もうとするものではない。 「エコカー」の開発を通じて自動車産業救済の道を開くよりも、鉄道をはじめとした公共交通機関の再生を図ることこそが、はるかに「地球にやさしい」社会を実現する目標に適合している。「車の燃費改善は進んでいるとはいえ、鉄道が一人を一キロ運ぶのに出すCO2排出量は、車の九分の一、バスの三分の一と少ない」(朝日6月3日、「エコウォーズ 削減の舞台裏・下」)。 あらゆる科学的調査が示すように気候変動がもたらす地球環境の危機は現実のものである。人間とその社会の存在基盤を崩壊させる気候変動、その主要な要因である温室効果ガスの排出を削減し、地球温暖化にストップをかけることはまさに待ったなしの課題である。そのためには二〇二〇年までに先進国が温室効果ガスの四〇%削減を果たし、二〇五〇年までに八〇%削減を達成することが求められる。 われわれは、大企業に対して罰則を伴う温室効果ガス排出の義務的な公的削減協定と、それを補完する「国内排出取引制度」ならびに「環境税」導入を訴える。六ヶ所再処理工場の本格稼働阻止・プルサーマル実施の阻止をはじめとして脱原発社会の実現をめざそう。 「気候変動」に対する取り組みは、「大量生産・大量消費」の産業構造、利潤のための生産の論理と決別することを必要とする。今日の地球環境危機は、新自由主義的グローバル化の破綻に体現される資本主義の危機と分けて語ることはできない。 地球温暖化の諸問題は、金融・経済危機・食糧危機・平和の危機と別個に考えられるものではない。それは資本主義に代わる社会をめざす闘い、すなわち資本主義への批判と抵抗を通じたグローバルな二一世紀社会主義のための共同した行動を浮かび上がらせる。世界的に始まっているエコ社会主義の構想と運動に注目しなければならないのはそのためである。(6月14日 河村恵)
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