矛盾に満ちた「選挙対策」 福田の政権投げ出しを受けて自民・公明に「選挙の顔」として昨年九月末に担ぎ出された麻生内閣は、支持率の低下で国会解散を先延ばし続けてきた。麻生政権は選挙のために「景気対策」と称して就任後半年もたたないうちに一次補正、二次補正を組み、今年になると大型の〇九年度本予算を編成し人気浮揚を図った。しかし、政権の看板ともいうべき「定額給付金」も人気浮揚には結びつかず、〇九年度予算が成立したとたん「追加経済対策」を発表し、それに基づき四月末に今度は十三兆九千三百億円という途方もない補正予算案を国会に上程した。都合四回にもわたる予算編成は明らかに「百年に一回」の世界的不況を口実にした「政権の延命」と「選挙対策」のための政策なきバラまき予算そのものである。 しかも十三兆九千三百億円という数字は政府内の政策の積み重ねや検討を通して引き出されたものではなく、麻生のパフォーマンスから出た数字に他ならない。G20でアメリカ大統領オバマは経済危機に対応するために「GDPの二%の財政支出」を各国首脳に提案した。だがフランスやドイツなどが反対にまわったため、麻生は援護射撃として三%(GDP約500兆円として15兆円=追加経済対策では15・4兆円)の財政支出をぶち上げた。この一時の思いつきから生まれた数字である。 〇九年度本予算と補正予算を合わせると財政規模は史上初めて百兆円を超えた。同時に公債発行総額は四十四兆円にも達し、予算全体の約四〇%強が借入金でまかなわれるのである。国と地方を合わせると〇九年度の長期債務残高は八百八十六兆円となり、国民一人当たりにすると六百四十万円の借金を抱えている計算になる。 麻生は四月二十八日の衆院本会議で「対策は景気の底割れを絶対に防ぎ、雇用を確保し国民の痛みを軽減する」と述べ、自公政権の選挙対策の手段としてこの途方もない額の税金をたれ流すことを宣言した。 だが決定的に重要なこの補正予算をめぐる政策論争を棚上げにし、補正予算を早期に成立させ総選挙に持ち込むという民主党の戦術は、自公政権が進めている財政政策の矛盾を労働者人民に対して隠蔽する役割を果たすこととなった。さらに検察が「国策捜査」ばりに民主党代表である小沢の西松建設の偽装献金問題を取り上げ、秘書の逮捕という事態に直面すると民主党は徹頭徹尾守勢にまわりただの一度も攻勢的な追及を行うことなく、補正予算の可決も許したのである。 「中小企業・雇用対策」の欺瞞 アメリカのサブプライムローン問題に端を発した経済危機は現在に至ってもクライスラーやGMの破産に見られるように依然として回復の兆しを見せていない。「百年に一度の世界不況」をつくり出したものは実体経済とかけ離れた投機マネーによって利潤を追求する「マネー資本主義」の破産によるものであり、これを極限まで押し進めた新自由主義的グローバル化の行き詰まりである。 日本資本主義は一方で「低金利」政策によって世界中に「ファンドマネー」を供給する役割を担い、他方では「円安」政策によって輸出産業主導の経済政策を押し進めた。「規制緩和」を旗印にした新自由主義政策は小泉―竹中によって極限まで押し広げられた。好景気と言われながら利益を享受し続けたのは一部の大企業と銀行などの金融機関だけであり、労働者の賃金は十数年間にわたって減り続けた。この十年間にトヨタを中心とする自動車産業やソニー、パナソニックなどの電機産業は内部留保だけで約二百兆円も積み上げた。これと並行して非正規雇用が増大し今や全労働者の三分の一を占めるに至っている。とりわけ最も不安定な派遣労働者や偽装請負労働者が日本中につくり出され、働いても最低限の人間らしい生活さえできないワーキングプアと呼ばれる貧困層が広がり、あらゆる格差が増大した。 去年秋以降、世界的不況の波が自動車や電機などの輸出産業を直撃するとこれらの大企業は内部留保金に一切手をつけることなく「派遣切り」という形で労働者を解雇し、寒風吹きすさぶ中で住宅さえ奪った。資本の「働き方の多様化」を口実とした「派遣労働」は、企業の「雇用調整弁」でしかなかったのである。昨秋から今春まで「派遣切り・請負切り」された労働者はすでに四十万人に達し、真綿で首を絞められるように下請けの企業でも解雇はジワジワと広がり続けている。 補正予算十三兆九千億円のうち「大量の失業と企業倒産の防止」のための緊急対策として組まれた額は四兆九千億円である。そのうちの三兆円は企業の危機対応融資枠と中小企業向け緊急保証枠の拡大費となっている。一言で言えば企業の資金繰りなどの対策費用として三兆円が支出されるのである。ここでの「中小企業向け」は付け足しであり、中小企業への融資に対しては「支援の対象は『新産業の創出につながるような新技術』(経済産業省)」という無理難題に近い厳しい条件がついている。 他方産業活動再生特別措置法で、「従業員五千人以上」の大企業には資本注入ができる仕組みが補正予算の十四兆円とは別枠で五十兆円も準備されている。雇用対策に使われる雇用調整助成金は一兆九千億しかなく、それとて「派遣労働者を雇用し続けている企業への援助が中心」で、労働者の職業訓練、生活支援給付や、住宅手当の創設、再就職の支援にまわるのはそうちのごく一部だけである。
社会保障削減政策は不変 大企業を優遇する政策はこれだけではない。「低炭素革命」と称して環境対応車や省エネ家電への買い換え、太陽光発電の支援として一兆六千億円が計上されている。明らかに自動車産業、電機産業の要望に沿うものであり、これを証明するようにトヨタ、ホンダのハイブリッド車が売れ、ソニー、パナソニックなどの大型テレビに購売の流れができはじめている。ここでの「エコ」は名ばかりで地球温暖化対策とは無縁の血税による企業救済である。 さらに大型の公共事業の前倒しが目白押しである。小泉政権時に「白紙」になった高速自動車道の計画が復活され、三大都市環状道路の整備がうたわれ東京外環道の完成が前面に登場している。加えてスーパー中枢港湾の機能強化、羽田空港の滑走路整備、そしてまたぞろ整備新幹線の整備・着工が計画され、インフラ整備の関連予算は二兆六千億円にもなる。まさにゼネコン救済策という以外にはない。またごく一部の資産家にしか恩恵がない住宅取得のための贈与税軽減なども計上されている。この不況の真っ只中で三千万円を超える住宅を購入できる労働者はほとんどいない。 歳出の中で唯一、社会福祉関係が一兆七千億円予算化されている。政策の中心は公明党の意向に沿った就学前の三歳から五歳の子どもがいる家庭に三万六千円を支給する「子育て支援」であり、まさに「子ども版給付金」である。さらにテレビの人気ドラマのテーマを横取りするように「女性特有のがん対策」も盛り込まれている。だが中身を読むと「子育て支援」も「女性特有のがん対策」も今年だけで来年は行われない一回限りのものであり、なぜ三歳から五歳なのかについても全く説明されていない。まさに「公明党の顔を立てた」だけであり、総選挙に「とりあえず」使用・宣伝できればいいという代物である。 社会福祉の中心問題ともいうべき、この間問題になっている「後期高齢者医療制度」や悪名高い「障がい者自立支援法」には一切触れていないばかりか、小泉政権時に押し進められ社会福祉分野を破壊してきた「社会保障費の自然増を毎年二千二百億円削減する」政策は全く変更がされていない。つまり「毎年二千二百億円を削減し続ける」という規制緩和の基本方針がそのまま残り続けている。その総額は五年間で一兆円を越える。 雇用保険の受給問題は「年越し派遣村」の闘いによって一定の条件で前進した。しかし依然として雇用保険を受給していない人への職業訓練期間中の生活保障は三年間のままであり、「仕事と住居」が一体であるセーフティネットを改善するために何ら予算措置がなされていない。 本・補正予算は「貧困と格差」を拡大させてきた構造改革路線を修正していないことは明白である。麻生が小泉政権の総務大臣の時に自ら遂行した「郵政の民営化」には反対であったと叫ぼうが、鳩山総務相が郵便会社の西川社長の更迭に「こだわろう」が新自由主義政策を踏襲しようとする強い意志が予算に全面的に反映されている。経済危機の原因がどこにあるのか、一顧だにされていない。 消費税率の大幅アップ攻撃 注目すべきことに補正予算の中に四十六もの基金が存在し、総額では補正予算の三分の一を超える四兆三千億円にもなっている。通常の予算における歳出は単年度で決算されるが、基金は複数年度にわたるものが多い。その上基金の受け皿は地方機関や民間組織の場合が多く「ひも付き」と言われる由縁であり、官僚と族議員の利権の巣窟となっている。四十六基金のうち実に二十の基金が農林水産関係であり、農水省の天下り先「御三家」と呼ばれる農林中金、中央競馬会、旧農林漁業金庫にからむものが多く含まれている。基金は一見するだけで利権と選挙対策であることは明白である。 すでに述べたように〇九年度予算に対する国債発行額は四十四兆円にも達し、政府自身が定めた国と地方自治体の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化するという目標は完全に投げ捨てられ、バラまきのツケは消費税率の大幅アップで穴埋めすると政府は公言し始めている。四月二十八日の衆院本会議で麻生首相は「財政に対する責任と社会保障に対する国民の安心強化を図るため、消費税を含む税制抜本改革を行う必要あり」と答弁し、さらに再度法人税率の引き下げに言及した。法人税はこの二十年間に四〇%から三〇%にまで下がり、消費税導入以来徴収された約二百兆円の九割、約百八十兆円が法人税の減税分に充当されている。その上、海外子会社から日本の親会社への配当を非課税とする国際課税の改正が進められ、大企業だけが最も恩恵を受ける研究開発減税まで盛り込まれている。専門家によると研究開発費ほど線引きがあいまいなものはないという。まさに〇九年度予算では大資本、大企業に対して歳出・歳入の両側面で旧来以上に税金による庇護がなされている。 さらに歳出面では法的根拠もないソマリア沖への自衛隊の派遣費を計上し、具体的な数字上の根拠を示せなかった沖縄の米海兵隊のグアムへの移転費や米軍への「思いやり予算」はそのまま残されている。 麻生自公政権は輸出型産業を中心とした外需依存の新自由主義的政策に一切手を付けないだけでなく、内部留保金を取り崩すことなく、「派遣切り」などにより延命をはかろうとする大資本・大企業を再び税金の投入によって救済し、他方では派遣労働を中心とする非正規労働者の現実には目をつぶり高齢者や障がい者の社会保障制度の改善は放棄され、逆にますます厳しい状況を強制し始めようとしている。 「政権交代」を叫ぶ民主党もまた新自由主義政策に対しては「行き過ぎ」に抵抗するだけで反対も闘争もしようとしてはいない。「百年に一度の世界的不況」の犠牲を労働者人民に押しつけ、大企業を防衛し、官僚と族議員の利権を温存する自公政権の「選挙対策」予算を絶対に許してはならない。今こそ新自由主義と対決する潮流の本格的形成が必要である。(松原雄二)
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