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(回答先: Re: はい。雰囲気は最悪ですね。 投稿者 ごんた 日時 2009 年 5 月 21 日 02:12:53)
今の子供たちと言うか、今の30代の人たちは、小学校時代から塾に行くのが当たり前。自分で考えて自分の目標設定をするということをしてきませんでしたし、それをさせないような社会環境にあったというべきです。
1.大体昭和60年ごろから中学受験が本格化し、公立中学に入ると、そこでは、小学校でトップだった連中が抜けていて、勉強で頑張ると言うモデルが既にクラス内に居ないと言う状況が特に都市部で普遍的にあった。
2.同様に、昭和60年ごろから、自宅学習が全くされずに、勉強は塾でやるものだと言う雰囲気が作られていった。これは、町の本屋さんがどんどんとつぶれ、かつ、学習参考書を本屋さんが置かなくなったこととも関連がある。また、教科書自体も、内容の精選と言う口実から、関連知識とか周辺知識を載せることがなくなり、読んでもなかなか興味が湧かない、つまり、自分の生活体験に結びつけることが出来ない内容になっていったことがあります。
3.「高校教師」というテレビドラマが1993年、つまり、平成5年に放送されたが、これは、ほぼ同時期に使われだした「援助交際」と言う言葉が象徴するように、普通の恋愛感情を貶めて、全てが金の問題だという意識を非常に強めた。
4.1994年に放送された「家なき子」も「高校教師」と同じく野島伸司が企画原案を書いたもので、「同情するなら金をくれ」と言う台詞が有名になり、やはり、金が全てであると言う風潮を強めた。
5.1992年、平成4年、中学現場における校外模試が当時の文部大臣鳩山邦夫によって禁止された。このことにより、塾に行っていない生徒は勉強の目標設定がよりできにくくなり、自分で勉強すると言う気風がますます薄れる結果になった。
つまり、個人の努力よりも、まず、経済的な格差の方に関心があり、その格差がある限り全ての努力は無駄であると言う雰囲気が作られていったのです。
そして、より重要なことは、国立大学の学費や塾の月謝などが、この頃から急激に上がりだし、現実に、ある程度の経済力がないと、将来が開けないという現実が作られていったことがあります。
自分は、1973年に大学入学しましたが、自分の大学では年間の授業料が6万円、当時、国立よりも安い学費でした。また、その頃の民間アパートは月に5千円で入居できました。しかも、水道代や電気代込みでした。今では、その10倍以上になってしまっています。あのころ、マクドナルドで徹夜で清掃のアルバイトをすると一晩で6千円ほどになったのです。多分、アルバイト代は2倍にもなっていないので、それだけ、自分で自分の将来を切り開くことは難しくなっています。
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